山田宗樹 『嫌われ松子の一生』2006/06/01

大学生の笙は、会ったことのない叔母の松子が殺され、部屋を片付けにいったことから、松子の人生に興味を持ち、叔母の人生をたどり始めます。

松子は父親の関心が病弱な妹にだけあると思いこみ、なんとかして父から声をかけてもらいたくて頑張ります。
自分の望みを押し殺し、父の希望通りの国立大学に入り、父の希望通りに教師になります。
教師になったはいいのですが、修学旅行の下見で校長に犯されそうになります。
修学旅行では旅館のお金がなくなり、盗んだと思われる自分のクラスの生徒に問い詰めますが、生徒は認めません。
これでは自分の指導力が問われると思い込んでしまい、自分が盗んだと旅館に言ってしまいます。
その上、お金を返そうとし、足りなかったので、同僚のお金を取ってしまいます。
やがてそのことが学校にばれ、彼女は学校にいられなくなり、転落の人生の第一歩を歩むことになります。
ここのところがあまりにも馬鹿なやり方で、ちょっと現実離れしているように、思うのですけどね。

故郷を飛び出してから、小説家志望の男と暮らしますが、その男は自殺してしまいます。
その後ソープで働き、持ち前のまじめさで店一番の稼ぎ手になったのはいいのですが、男に騙され、自分を物のように扱ったその男を殺したりと、あまりにも悲惨で惨めな人生。
最後は殺されてしまうのですが、なんか読んでいるうちに、こんなに馬鹿な女がいるのかとつくづく思いました。

駄目な男につくしてしまうようになるのは何故なのか?
父との関係がどうしても男関係につきまとっているようです。
もっと毅然として、男に頼らない生き方ができないのかと思います。
人から認められたいという気持ちが大きいと、どうしても人に媚びてしまいます。
それが、人から軽蔑されるということに気づかないのですね、松子は。
こういう本はすぐ読めますが、なんか後味が悪いです。
松子は頭悪すぎるよ、と思うのは私だけ?

小泉吉宏 『ブッダとシッタカブッタ』2006/06/02

哲学の本などというとなにやら難しそうと思うでしょう。ところが、この『ブッタとシッタカブッタ』シリーズは全然難しくありません。その代わりに、豚のシッタカブッタの愛嬌のあること。本当にかわいい!と思います。豚が哲学するというのが良いじゃないですか。
哲学するというのは、物の見方を変えるということです。いつもいつも悩んでいても、ぐるぐる同じ所を回るだけ。ところがこの本を読む(見る)と、ホッとするのです。
例えば、

 競争って疲れるね
 競争って疲れるね
 競争から降りることって
     負けることかなぁ
 降りることって
     できるかなぁ

思いこみを捨てると、楽になれる。人と競うのを止めたら、楽になれる。自分は自分。そう思えると、いいでしょう。
そういうことを、思わせてくれる本(漫画?)です。

エミール・ジェンキンス 『アンティーク鑑定士は見やぶる』2006/06/03

私の好きな職業は、本屋か古本屋の店主、ケータラー、美術館の学芸員、画家、そしてアンティーク鑑定士です。
昨日から読み始めた本の主人公はアンティーク鑑定士。スターリング・グラスという面白い名前の人です。
旦那と死に別れ、鑑定士として誠実に働いています。
遺産査定で、死んだ老女と不釣り合いのブローチやサモワールが見つかります。
ニューヨークに住んでいる不思議な老紳士が見せたいものがあるから、来てくれと言ってきます。
なにやら起こりそうな雰囲気・・・。

鑑定士の裏話やアンティークに関するQ&A、骨董品のうんちくなどおもしろい本です。
ミステリを読みながら、骨董品に関する知識が増えるなんて、一石二鳥かな?

現代のこどもの食事2006/06/06

テレビで小学生の食生活についてやっているのを仕事をやりながら見ていました。
小学校の食育の一貫として、毎日朝食を写真に撮らせていたのを見たら、びっくりしました。
たこ焼き、ケーキ、菓子パンなどなどが食卓にのっていたのです。
自分が朝何を食べてるかを考えると、文句を言えないかもしれませんが、私の子供の時にはご飯とみそ汁は必ず食卓にのっていました。
夕食も魚や野菜の煮付けがあるのに子供に食べさせず、特別な料理を作っています。
冷凍食材が冷凍庫にいっぱい入っていて、その中の冷凍牛丼を子供に食べさせていたのです。
子供は具のタマネギが嫌いだからと言って、タマネギを丁寧により分けていました。
なんということでしょう!
もっとびっくりしたことに、テレビに出ていた母親はうるさく言っても駄目で、自然に食べるようになるのを待つというようなことを言っていました。
馬鹿じゃないの。子供がほっといて食べるようになるはずがないでしょ。

うちの相棒はカボチャの煮付けとかの野菜の煮付けを出すと、始めは嫌な顔をしていました。
ところが食べると美味しいのがわかり、今は全部食べます。
彼は食べられないのではなく、しいて食べないようにしていただけだと言っていますが、よくよく聞いてみると、家の食事で出てきたことがあまりないそうです。

働くお母さんが増え、食事に対して気をつかいたくても使えなくなっていることは分かります。
私だって、仕事の後にまともな食事を作ったりしないですから。
でも、子供がいたらどうだろう・・・。もう少し、気にしていたと思います。
少なくとも、朝からたこ焼きはありえないし、子どもの好きなものだけで冷蔵庫をいっぱいにはしないでしょう。

学校で子供に野菜を作らせると、自分の作った野菜は嫌いでも食べるそうです。
親と一緒に料理したものには口をつけるそうです。
学校に食育をまかせるだけではなく、家庭での何事も親と「一緒に」というのが大事なのだと思います。

知り合いの高校の家庭科教師がなげいていました。
彼女の勤務している高校は上位の方なのですが、なんとスパゲティ・ミートソースを作らせたとき、挽肉を見て、「先生挽肉ってどう切ったらいいのですか」と聞く生徒が各クラス男女1名ずついたそうです。
何か変。いくら頭がよくたって、これでは駄目でしょう。

ぜひ家庭で必要最低限のことは教えてくださいね。お母さん、お父さん。

北尾トロ 『危ないお仕事!』2006/06/08

この本は題名で買いました。
『危ない仕事』って何だろう、原発の作業員?やくざ?麻薬の密売人?近頃始まった駐車違反を取り締まる人も考えようによっては危ない仕事ですよね。

この本に載っているのは、「万引きバスター」、「私立探偵」、「警察マニア」、「超能力開発セミナー講師」、「タイの日本人カモリ屋」、「メルマガ・ライター」、「フーゾク専門不動産屋」、「イケナイ、スレスレ主婦」、「ダッチワイフ製造業者」、「我が青春の汁男優」の面々です。
どこが危ないのか?疑問が湧いてきますが。
私が考えたのは、命が危ない仕事でしたが、この本の「危ない」は別の意味でしたね。

「万引きバスター」では、へ~こんなことやるんだ、と変なところで感心しました。
私は天地天命にかけて、万引きはやったことはありません。
万引きした友だちから消しゴム(?)をもらったことはあります(同罪でしょうか)。
ところが、挙動不審の所があり、(相棒曰く)怪しい人に見られるとのことです。
コンビニに荷物の入ったトートバッグを持って行ったら、よく店員につけられます。
失礼なといつも思っているのですが、行動がどうも人とは違うらしいのです。
しっかりと品物の裏側を見て、何が入っているのかをチェックしています。
華麗にステップを踏んでまっすぐ歩いていたのに、急に方向転換をします。
やっぱり変か・・・。

「ダッチワイフ製造業者」では、フムフム、生身の女のように作るのって大変ね、とか男はこんな物が欲しいのかと変な感心をしました。
風俗に行く奴より、ダッチワイフを買う奴の方がまだ許せるか?難しいところです。どっちも嫌ですね。

まあ、世の中私なんかに想像もできない世界があるということですね。

手塚治虫 『ブッダ』2006/06/10

たまたま図書館に行ったら、手塚治虫の描いた『ブッダ』が置いてありました。
前に読んだことがあるはずですが、もう一度読んでみました。

人も動物もみな苦から逃れられない運命であるのは何故か?ブッダは悩みます。
そして、生きていることが苦なのに、なにを好んで苦行をするのかと思い、苦行を止めてしまいます。
驚いたのが、ブッダがもてることもてること。常に女性が迫ってきます。
人間的なブッダです。

『ダ・ビンチ・コード』ではキリストとマグダラのマリアが夫婦で子供がいたとか。
人間的な神様、仏様、別に良いじゃない。
(などというと宗教界から弾圧が来るでしょうか?私は有名人じゃないので、大丈夫でしょう、笑)
漫画『ブッダ』は教典に忠実ではないとのこと。
手塚さんの空想の産物なのですね。
でも、ブッダを知るいい手がかりになると思います。
まあ、私的には『シッタカブッタ』の方が好きですが、笑。

武内英樹 『のだめカンタービレ 15』2006/06/11

のだめちゃんが初コンサートを開きました。
ブルターニュの城主でモーツアルトマニアのところに招かれ、千秋とピアニストのロシア人ターニャ、オーボエ奏者黒木さんと一緒にお城に乗り込みます。
持って行った衣装が太ったため着れず、なんとモーツアルトの恰好でコンサートを開いてしまいます。
苦手なモーツアルトも何とかこなし、好評のうちに終わります。
ブルターニュから戻り、千秋はいよいよオーケストラのオーディションを行います。
いい演奏家が集まるでしょうか?

ホント、一度でいいからのだめの弾くのを聞いてみたいです。

タミー・ホウグ『風が見ていた午後』2006/06/12

なにやらハーレクイン物のような題名とカバーの絵ですが、ちゃんとしたミステリーです。
主人公は2人。ミネアポリス市警殺人課部長刑事で2児のシングルマザーのニッキ・リスカとリスカの同僚でバツ2のサム・コヴァック。
この2人の掛け合い漫才のような会話が絶妙です。

元市警巡査で20年前の警察官殺害事件で脊椎を撃たれ、車椅子生活を余儀なくされたマイク・ファロンの息子で、市警の内務監査課に努めているアンディ・ファロンが裸体で首をつって死んでいるのが見つかります。
周りは自殺として終わらせようとしていますが、コヴァックは自殺と見なすことになにやら嘘くささを感じます。
今度は息子の葬式の前日にマイク・ファロンがピストルで撃たれ死んでいるのが見つかります。
また自殺にしようとする動きがありますが、左利きなのに、何故かピストルは右側に落ちているのがおかしいとコヴァックは思います。
調査していくうちにマイクがかかわった警察官殺害事件が、この2人の殺害に微妙な陰を投げかけているのがわかってきます。

コヴァックの孤独な姿が身にしみます。
アメリカの警察官は離婚が多く、孤独な人が多いのですねぇ。

読んでいる途中で、ある人物がおかしいと思い、なんで、○○を調べないの、と不思議に思いました。まあ、それをやっちゃうと話が続かないですかね。
題名のわりには、おもいしろいミステリーでした。

マイクル・ベイデン 『永遠の沈黙』2006/06/13

見かけはさえないけれど腕のいい検屍官ジェイクと、両親にたとえ夕食に豆のスープしか食べられなくても、最高の服を買いなさいと教えられ、その言葉の通りにブランド物を身につけている弁護士のマニーが活躍するミステリーです。

恩師で検屍のノウハウを習ったピート・ハリガン博士がジェイクに電話をしてきます。
ピートが住んでいるターナーという町のショッピングモール建設予定地を掘削しているときに、骨がいくつか見つかったというのです。
その土地には昔、ターナー精神病院がありました。
骨のひとつはその病院に入院していた退役軍人のものであることが判明しました。
何故彼の骨がここに埋まっていたのか。それを探り出そうとしたピートが死んでしまい、ピートの家の掃除に着ていた家政婦も毒殺されてしまいます。
彼女の遺体は誰かの電話の指示で、間違ったところに運ばれ、焼かれてしまい、行方不明になってしまいます。
一体誰が何のためにしたのか。
ジェイクとマニーが突きとめていきます。
 
骨についてのジェイクの独白を紹介します。

「 人間の身体はすばらしいものだ。その基本要素である骨は、彼を魅了してやまなかった。崇高な音楽よりも、人間という創造物の中にさらなる美があった。物言わぬ骨だが、もし自分がその言語を完全に理解できさえすれば、雄弁に語るものだと感じることがある。」

ジェイクのお宅さがよくわかりますね。

動物の言葉がわかったら・・・2006/06/16

週刊文春をたまに読みます。その中でも、動物行動研究家の竹内久美子さんの書いている『ズバリ、答えましょう』はいつもおもしろく読んでいます。
今回は『子ども電話相談に「どうしてイヌは人間の言葉がわかるのに、人間はイヌの言葉がわからないのですか?」という質問があったのに、回答者はバウリンガルの話でお茶を濁した。実際のところ、どうしてわからないのでしょうか?』というものです。
「バウリンガル」はイグ・ノーベル賞を受賞したそうです。
イグ・ノーベル賞とは、ノーベル賞とIgnoble(下品な)をもじったものだそうです。
笑えて、かんがえさせられるものに与えられるそうです。
何故イヌ語翻訳機「バウリンガル」はあるのに、ネコ語翻訳機「ミャーリンガル」はないのでしょうかね?
実は私はネコと片言ですが、話せます(ウソ)。
竹内さんは、「動物行動学の父」コンラート・ローレンツ(彼の本を大学時代読み、動物行動学にちょっと興味を持ちました)のコクマルガラスの例をあげたり、日本のサル学(というものがあったのだ)の基礎を築いた伊谷純一郎の例などいろいろとを紹介しています。
彼女の結論は、「本気を出せば人間も動物の言葉の理解が可能」だそうです。
そうか、我々人間は本気を出していなかったのか・・・。
手塚の「ブッダ」を読むと、お釈迦様は動物とも話せたらしいですものね。
ひょっとして、超能力のある人は動物と話せるのかもしれません。
動物と話ができると楽しいかもしれませんが、何を知っているのか、ちょっと怖いですよね。