西條奈加 『曲亭の家』2021/10/02

「曲亭」とは『南総里見八犬伝』を書いた「曲亭馬琴(滝沢馬琴)」のことです。
どんな人なのか、簡単に書いておきます。

明和4年(1767年)、旗本・松平信成の用人・滝沢興義の五男として江戸・深川に生まれる。
10歳にして滝沢家を継いだが、主君の暗愚に耐えかね、14歳で主家を出奔。
旗本の間を転々と渡り奉公し、放蕩の生活を送ったが、23歳で官医山本宗英の塾に入り、医を志す。しかし1790年、24歳で戯作で身をたてることを決意し、山東京伝に弟子入り。壬生狂言に取材して、翌年黄表紙『尺用二分狂言』を刊行。
一時、版元書肆蔦屋重三郎の番頭に雇われ、27歳で商屋伊勢屋に婿入りするが、姑の死後商売はやめ、姓を滝沢に復す。一男二女の父となる。
寛政8年(1796)30歳の頃から本格的な創作活動が始まる。
天保4年(1833)67歳の頃から右目に異常を覚え、左目もかすむようになり、天保10年(1839)に失明。このため、息子の妻・お路が口述筆記をすることになる。
代表作の『南総里見八犬伝』は文化11年(1814)から天保13年(1842)までの
28年間を費やし完成させる。
ほとんど原稿料のみで生計を営むことのできた日本で最初の著述家。
永元年(1848)没。享年82歳。


紀州藩家老三浦長門守の医師・土岐村元立の次女・鉄は22歳で曲亭馬琴の嫡子・宗伯に嫁し、路と改名しました。
土岐村家はいつも笑いが絶えず、歌舞音曲を好み、騒々しいほどににぎやかでしたが、馬琴の名に惹かれ嫁いだ滝沢家は全く家風が違っていました。

夫の宗伯は医師としての腕は世間並で、評判も悪くないのですが、何しろ生来病弱故に診察を休みがちで、満足な収入を得ていません。その上、日頃はひ弱で大人しく、荒い真似など決してしないのに、癇性の姑に似たのか、何かのきっかけでいったん怒り狂うと誰も止められない、恐ろしいまでの癇癖持ちなのです。
馬琴はというと、おおらかさに欠け、些細なことも四角四面に始末をつけなければ納得せず、その一方で繊細で傷つきやすく、自らは人と争うことを厭うという甚だ面倒極まりない性格でした。
とにかく家の中が重苦しく、お路は息が詰まりそうなのです。
とうとう婚家を飛び出してしまいましたが、次の日、宗伯が兄の家に来て、舅が倒れたから迎えに来たと言います。
何事も舅のためという宗伯にあきれながらも、子ができたこともあり、お路は嫌々滝沢家に戻ります。

夫婦仲が悪くても、子はでき、夫の暴力で二男が流れたにも関わらず、お路は滝沢家に留まり続けます。
病人の世話をするために、この家に嫁いだようなものだと実母に歎かれながらも、お路はいつしか滝沢家の要となっていきます。

やがて夫の宗伯は39歳で亡くなります。
偉大な父を仰ぎ見るばかりで、手の中にある幸せに気づかない人生でした。
父が偉大過ぎると、特に長男は父へのコンプレックスからか潰れてしまうことが多いですよね。
夫の亡き後、馬琴の意向もあり、お路は子のために滝沢家に留まります。
そのため姑はお路と馬琴の仲を疑い、家を出て行ってしまいます。
夫と姑のいない毎日は、馬琴が相変わらず小うるさいのが玉に瑕ですが、結構穏やかで、のびのびできていいもんです、笑。

しかしそんな暮らしも長くは続きませんでした。
馬琴と宗伯に身を粉にして使えていた娘婿の清右衛門が亡くなり、馬琴の眼疾は進み、失明寸前になります。
馬琴は周りの意見も聞かず、急ぎ孫の太郎が成人するまでの中継ぎだった代養子の二郎を廃嫡し、太郎を数え13歳の若さで元服させ、鉄砲同心の役目に就かせます。
納得しない二郎との交渉は自分ではせず、人に任せるのが馬琴です。
馬琴を動かしているのは、孫への情愛ではなく、滝沢家を存続させるという一念
ではないかと思うお路…。

太郎が滝沢家の九世として跡目を継いだ次の年、お路は馬琴から『八犬伝』の口述筆記を頼まれます。
一切の妥協は許さない馬琴にいったい何人の人が追い出され、怒って出て行ったことか。
お路には家婦としての役目があります。それなのに馬琴は他人では駄目だ、お路しかいないと言うのです。
「馬琴の生への執着を繋げたのは、八犬伝だ。周囲の生を吸いとってまで、大きく成長した物語は、いまも作者の頭の中で、いまかいまかと、早く出せと出番を催促している」。
「馬琴の中からあふれ出る物語を、受け止めることができるのはーー物語の声を、馬琴の口述を紙に焼きつけ、この世に留め、世間に示すことができるのはーー江戸広しと言えど、お路だけ」なのです。
馬琴こだわりの難読な字と馬琴独特のふりがなに苦心しながらも、なんとか代筆原稿ができあがり、姑のお百が亡った半年後に八犬伝の口述筆記は終わります。

『八犬伝』完成の影に、お路という女性がいたことは知りませんでした(恥)。
NHKの連続人形劇「新八犬伝」しか知りませんもの、笑。


DVDがありました。特撮がなかったので、人形劇にしたのかな?

昔の女性には凛とした強さがありますね。
今だったら我慢なんかせずに、それこそ早々に離婚をしてしまっていますよね。
女性作家たちがこのような女性たちを発掘し、書いてくださることに感謝の念に堪えません。

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