篠田節子 『沈黙の画布』 ― 2022/01/22

三ヶ月前に廃刊になった芸術誌「美苑」から富裕層のためのプレミア誌「清風」に異動した橘は、女だらけの職場の雰囲気に居心地の悪さを感じていました。
そういう時にタレント兼エッセイストの泉千佐子の書いた記事に載っていた宮嶋哲朗の絵がどこにあるのかという問い合わせがきます。
調べてみると、宮嶋は長岡の郷土作家で個人所蔵の絵がほとんどでした。
泉は吉屋という料亭のお座敷で見た絵以外はスライドで見せてもらったようです。
その旨を告げ、問い合わせをしてきた読者に納得してもらいましたが、しばらくして今度は料亭「吉屋」から迷惑を被っているという電話がきます。
そのため橘は長岡まで謝罪に行くことになります。
吉屋の「錦鯉」の絵は悪くない絵でしたが、その後林田という学芸員に見せられたスライドの絵は、バルビゾン派風の木桑原町の風景を描いた、どこかしら胸に迫るものでした。
残念なことにスライドにあった風景画は不審火で焼けてしまっていました。
宮嶋は東京の美術学校を出て美術教師になり、そこで出逢った村上の由緒ある神社の跡取り娘の智子と駆け落ちをし、小桑原にやって来たのでした。
郷土に文化の香りを求めていた町の商店主や工場主たちは、そんな新婚夫婦を暖かく迎え入れました。
宮嶋の絵を見た洋画壇の重鎮、桐原重信から「百年に一度の逸材だ」とのお墨付きをもらいましたが、宮嶋は中央に出ることはせず、世俗的な野心を求めず、真摯に自分の芸術と向き合い、郷土と人を描こうとしました。
そのため宮嶋の実家が倒産し食い詰め時には、彼の絵を評価する零細企業の人たちが頒布会を開き、彼の絵を購入し、宮嶋夫婦を支えました。
長岡から戻った橘は宮嶋を別冊の企画で紹介することを思いつきます。
絵の掲載許可を取るために存命している妻の智子に電話をかけると、智子は彼女の家に来てそこにある絵を見るようにと言い張り、無理だというと掲載を断られてしまいます。
しばらくして橘のところに、来年開催される宮嶋の回顧展に向けて文永堂から画集を出すらしいという話が聞こえて来ます。
宮嶋のことをあきらめきれない橘は『封印された画家 宮嶋哲朗』をタイトルとする画集の企画を部長会議に出して、自分の手で宮嶋の画集を出すことにします。
著作権は智子にあるので、彼女と交渉に当たりますが、彼女は自分が知っている作品以外は偽物だとして認めません。
偽物だと言う作品の方が傑作が多いというのに…。
智子の不可解な言動に振り回される橘。
そんな頃、新しい絵が見つかります。
『母子像』で、出所は宮嶋が二年間籠もっていたという山寺でした。
智子はこの絵のことは知らないようで、見せない方がいいと忠告されますが、橘は絵の写真を智子に見せます。
案の定、彼女はこの絵は別の画家が描いた贋作だと言い張ります。
生活も家族も顧みずに、絵を描き続けた夫に献身的に尽くした妻なのに、自分のあずかり知らぬところで制作された絵など存在してはならないのでしょうか。
描かれている女性と子供は一体だれなのでしょうか。
画集は智子が認めない作品は偽物だということを明記して販売されることになります。
男よりも女の方が怖いと前にも書いたことがありますが、この本を読んでいると尚更そう思ってしまいます。
執念とか執着心、怨念などは女の方が強いのでしょうか。
夫の偉業は認めてもらいたいけど、でも…。
読みながら私だけかもしれませんが「娘道成寺」を思い出しました。
お勧めの本です。
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