ボニー・ガルマス 『化学の授業をはじめます。』2024/07/13



エリザベス・ゾットは奮闘していた。
アメリカの1950年代から60年代は、女性は劣っているという偏見に支えられた家父長制社会だった。
UCLAで修士号を取ったが、彼女をレイプしようとした指導教官に暴行を働いたため、博士課程進学許可を取り消され、仕方なくヘイスティングズ研究所に職を得た。
彼女は科学者としてヘイスティングズ研究所に勤務しているつもりだったが、与えられる仕事は男性の補助的な仕事ばかりだった。

ある日、ノーベル賞候補にまでなるようなスター科学者であるキャルヴィン・エヴァンズとの幸運な出会いがある。
実態はとんでもない出会いだったが、その後、彼らはつき合い、一緒に暮らし始め、唯一無二の存在として互いに認めあうようになる。
二人の育った家庭は悲惨なものだったが、キャルヴィンは家族になろうとエリザベスにプロポーズするが、断られる。
エリザベスは結婚しないし、子どもも作らないという。
その代わりに、彼らはシックス=サーティという野良犬を飼う。

ところが悲劇が起る。
キャルヴィンが事故で亡くなったのだ。
失意のエリザベスに遺されたのは、思ってもみなかった物だった。
エリザベスは妊娠していたのだ。
社会は未婚で子供を産む女性に対して不寛容で、エリザベスはヘイスティング研究所から解雇される。
最悪なことに科学研究部部長のドナティは後援者からの寄付金を得るためにエリザベスの功績を我が物とする。

解雇されてからエリザベスは自宅に研究室を作る。
生計を立てていくために、自分の名前を出さずに相談に来た元同僚の仕事を代わりにやり、料金をもらうことにしたのだ。

子どもが産まれてから、エリザベスの毎日は修羅場となる。
そんな彼女に隣人のハリエット・スローンという助っ人が現れる。
ハリエットは夫と上手くいっていないが、カソリックであるため離婚をしようとは思わずにいた。
最初はエリザベスの手助けをし、できるだけ家にいないようにしようと考えたのだが、最終的に彼らは友人となる。

エリザベスに転機が訪れる。
それは娘のマデリンのお弁当が誰かに盗まれているとエリザベスが気づいてから始まった。
お弁当を盗んでいたアマンダ・パインの父親でテレビ番組のプロデューサー、ウォルターがエリザベスに料理番組に出演しないかと声をかけたのだ。
背に腹は代えられないとエリザベスは引き受ける。
しかし、料理番組はウォルターの考えるようにはならなかった。
エリザベスは科学的に料理を説くのだ。

はたして彼女の料理番組はどうなるのか…?

1950年代から1960年代のアメリカが描かれています。
前半は読みながら胸クソ悪くなりました。
少し長いですが、本から抜粋します。

「彼らはエリザベスを管理したがり、さわりたがり、支配したがり、黙らせたがり、矯正したがり、指図したがる。なぜ仲間の人間として、同僚として、友人として、対等な相手として、あるいはただ通りすがりの他人として女性に接することができないのか」
「ハリエットに言わせれば、男は女とはほとんど別種の生き物だった。男は甘やかされることを必要とし、すぐに傷つき、自分より知的だったり能力が高かったりする女性を許せない」

自分の言うことを聞かなければ、最後はレイプですか。

エリザベスは言います。

「要するに、女性を男性より劣ったものとして貶め、男性を女性より優れたものとして持ちあげるのは、生物学的な習性ではありません。文化的な習慣なんです」

ふと疑問が湧きました。
なんで今頃、この本が出版されたのでしょう?
「全米250万部、全世界600万部。2022年、最も売れたデビュー小説!」だそうです。
ひょっとして、日本よりも女性が活躍しているアメリカなのに、女性たちには色々と不満があるのでしょうかね。

お話の後半でエリザベスが大躍進し、最後は勧善懲悪でスカッとします。
今、何かやろうと思っても躊躇している人が読むと、一歩踏み出せるようになるかもしれませんね。

最後にハリエットとエリザベスのわたしが好きな言葉を載せておきます。

ハリエット 
「家族とは、つねに保守点検が必要なのだ」

エリザベス
「勇気が変化の根っこになりますーそして、わたしたちは変化するよう化学的に設計されている。だから明日、目を覚ましたら、誓いを立ててください。これからはもう我慢しない。自分になにができるかできないか、他人に決めさせない。性別や人種や貧富や宗教など、役に立たない区分で分類されるのを許さない。みなさん、自分の才能を眠らせたままにしないでください。自身の将来を設計しましょう。今日、帰宅したら、あなたはなにを変えるのか、自身に問いかけてください。そうしたら、それをはじめましょう」

ボニー・ガルマスは1957年生まれで67歳になりますが、この本がデビュー作です。British Book Awards Author of the Year 2023をはじめ、色々な賞を取っています。
何歳になっても本が書けるといういいお手本ですね。
500ページを超える本で、最初は翻訳に違和感を感じますが(わたしだけかも)、面白そうと思った方は是非読んでみてください。
後悔はしないと思います(たぶんww)。

そうそう、犬のシックス=サーティは可愛いです。
ボニーさんの愛犬は99だそうです。
犬の名前に数字をつけるのが好きなんですね。

ヘニング・マンケル 『スウェーディッシュ・ブーツ』2023/05/12

スウェーデンのミステリー作家マンケルが書いた小説『イタリアン・シューズ』の続編です。
英語版の『After the fire』を読む前に翻訳が出てしまいました(恥)。


元医師のフレデリック・ヴェリーンは70歳。
未だ祖父から遺された小島に一人で住んでいる。

ある夜、火事で目覚める。
警察が調べると、放火であることがわかる。
とんでもないことに警察はフレデリックがやったのではないかと疑っている。
そんな彼のところにインタビューをしたいとリーサ・モディーンという女性記者がやって来る。
フレデリックは彼女と関係を持ちたいと思う。

娘のルイースに家が焼けたことを連絡するとすぐに島にやって来る。
フレデリックは娘とどう接したらいいのかわからない。
彼女はエキセントリックで、何かと腹を立てるのだ。
いったい何をして暮らしているのだ。
やがて警察から呼び出しが来る。
ルイースは一緒に行くというが断ると喧嘩になる。
翌日、ルイースはいなくなる。

しばらくしてルイースから電話が来る。
パリで警察に捕まっているので助けて欲しいというのだ。
フレデリックはパリへ向かう。
親しくなっていたリーサ・モディーンも誘うが断られる。

パリでは大使館員に助けられ、ルイースと会うことができた。
ルイースは思ってもいなかったことをフレデリックに告白する。
そしてフレデリックに付近の群島の家が焼けたという連絡が…。

この本はミステリではないので、フレデリックは犯人捜しをしませんが、彼の悪癖から偶然に犯人を突きとめてしまいます。
読みながら私も彼ではないかと思っていました。
誰もが人を正確に理解しているわけではなく、人には思いもかけないことがあります。
中学校の人気教師が強盗殺人事件を起こしてしまうようにね(本当のことなのか、信じたくないですが)。

それにしても70歳になるというのにフレデリックには驚きました。
自分よりも大分若い女性のことをすぐに好きになってしまうんですもの。
そういえば50代のヴァランダー(マンケルのミステリーの主人公)もヴィスティング(ホルストのミステリーの主人公)も女性を求めていましたね。
年を取ると一層、特に一人暮らしだと男女関係なく、そういう関係を求めるのかもしれませんね。

この小説はマンケルの最後の作品です。
そのためか死の影がどの場面にも色濃く感じられます。
マンケルはスウェーデンに明るい未来を感じていなかったのでしょうか。
新しい命に希望を託していたと思いたいです。

ちなみに「スウェーディッシュ・ブーツ」とはスウェーデンのトレトン社製のゴム長靴のことです。
火事で片方無くし、注文するのですが、何故かすぐに手に入らないのです。

老年に足を踏み入れた人が読むと身に染みる本かもしれません。

ポール・ギャリコ 『ミセス・ハリス、パリへ行く』2022/11/06



秋も深まり、イチョウの葉が黄色く色づいてきました。


相変わらず、うちの犬たちはカメラを向けるとそっぽを向きます。


やっぱりおやつを見せないとダメかしら…。


映画になったというので、読んでみました。

1950年代のロンドン。
ハリスおばさんことエイダ・ハリスは通いの家政婦をしている。
夫は亡くなり、質素な生活を送っている、もうすぐ60歳の女性だ。
ある日、勤め先のレディ・ダントの衣装戸棚にあった完璧な美しさをもつディオールのドレスを見て、心が引かれ、こう思った。
自分もこんなドレスが欲しい。
世界で最高に高価な店と折り紙のついている、パリのディオールの店から、なんとしてもドレスを買いたい。

そんな時にフットボールの賭けが当たる。
賞金は百二ポンド七シリング九ペンス半。
しかしディオールのドレスは四百五十ポンド。
全然足りないとがっかりするハリスおばさん。
でも美しいドレスを手に入れたら、もうこの世には、なにもほしいものはのこってやしない。
そう思い、ハリスおばさんは爪に火を灯すように節約を心掛けた。

二年六ヶ月と三週間たった後、とうとうお金が貯まった。
喜び勇んでパリへいくハリスおばさんだったが…。

ハリスおばさんは自分の仕事に誇りがあります。
自分が汗水垂らして稼いだお金なのだから、何も卑屈になったり、恥じることはない。
そう思う彼女から醸し出される気概がディオールのお店でも受け入れられ、様々な人たちから手を差し伸べられ、愛されることになったのでしょう。
最後はちょっぴりほろ苦いけど、人生ってそんなもんかもしれませんね。
ハリスおばさんは全くものともしていないのが救いですけど。
ハリスおばさんのように年を取りたいもんです。
人に笑われてもいいから、やりたいことをしたいですね。

児童書なのかな?でも大人が読んだ方がもっと楽しめそうです。
ほっこりとしたいいお話です。

映画の予告編はこちら

ヘニング・マンケル 『イタリアン・シューズ』2022/09/18

ヘニング・マンケルは刑事ヴァランダー・シリーズを書いたスウェーデンの推理小説家です。
この本は彼が書いた普通の小説で、こういう作品も書くのだとちょっと驚きました。
マンケルは2015年に67歳でお亡くなりになっています。


フレドリック・ヴェリーンは離れ小島に住む元医師。
経済的に不自由のない六十六歳の男。
十五歳の時にウェイターをしている父に何になりたいかと聞かれ、医者になることにした。
しかし十二年前、医療事故を起こしてしまい、彼は医師を辞め、祖父が住んでいたこの島に引きこもった。
島にいるのは彼と犬と猫と蟻塚…。

島にやってくるのは郵便配達員のヤンソンだけ。
十二年前にダイレクトメールだけなら寄らなくてもいいと言ったにもかかわらず、ヤンソンは郵便物がなくても、午後二時にやって来る。

ある日、四十年も前に捨てた女、ハリエット・フーンフェルトが現れる。
アメリカへ出発する日を一日遅く告げ、別れの言葉も言わずに彼は消えたのだ。
ハリエットは病で余命幾ばくもなく、約束を果たして欲しいと言う。
正真正銘唯一の美しい約束を…。

フレドリックとハリエットは湖に向けて出発する。

湖の帰りに、ハリエットは遠回りをして、彼女の娘のルイースに会って欲しいと頼んだ。
トレーラーハウスから出てきた娘に、ハリエットは…。

島に帰ってきたフレドリックは、彼が医師を辞めたきっかけになった娘、アグネス・クラーストルムを訪ねようと思う。
アグネスは身寄りのない三人の少女たちをあずかり、小さな施設を運営していた。

ハリエットが島に来てから、彼の生活は少しずつ変化していく。
やがてアグネスの施設にいたシマという少女がやって来て、そしてハリエットがルイースと共に最期の日々を過ごしに来る…。

フレドリックはとんでもなく、嫌な男です。
人の話を盗み聞きし、人の手紙をこっそり読み、人のハンドバッグの中を調べたりするという悪い癖があります。
責任を取らずに逃げてばかりいるし、状況によっては嘘をつくし、自意識過剰でエゴイスト。島で一人でいると、傷つかなくてもいいしね。
でもそんな彼に過去が否応もなく追いついてきました。
人は死ぬ前に自分の人生の清算をさせられるものなのでしょうか。

本の中の印象的な言葉。

「人生は人と靴の関係のようなものだ(中略)いつか足に合うようになるなどと思ってはいけない。足に合わない靴は合わないのだ。それが現実なのだ」

スウェーデンの美しい景色と男の孤独が身に染みる小説です。
続編もあるようで、英語版で『After the Fire』が出版されているので、読んでみようかと思いますが、フレドリックのような男は懲りなさそうです、笑。

ファビオ・スタッシ 『読書セラピスト』2022/04/22

読書は「癒やしの活動」と言われています。
医療の専門家や心理学者は読書の癒やし効果を認め、長い間治療の補助として本を処方してきたそうです。
1916年にアメリカの牧師でエッセイストでもあったサミュエル・マッコード クローザーズ(Samuel McChord Crothers)が「ビブリオセラピー(読書療法:Biblio-therapy)」という言葉を初めて使い、1930年代にアメリカのメニンガー兄弟の研究をきっかけに読書療法は注目され、2013年6月にイギリスでは政府公認で医師が精神疾患のある患者に本を処方する医療システムが始まったらしいです。
ストレスの約68%が読書により軽減され、本を読む人は読まない人よりも2年長生きをするらしいですよ。(「STUDY HACKER」2019/3/24より)

みなさん、本を読みましょう!
ただし、読書習慣のない方にはこの本は薦めません。
この本は、文学的ミステリー小説と言ったらいいのかな、読書初心者にはとっても読みずらい本です。
ミステリーが好きなら、東京創元社のハードカバーではなく、創元推理文庫から始めましょう。


国語教師の資格を持っているにもかかわらず、何故か採用されないビンチェ・コルソは、二ヶ月の約束で古い建物の最上階の部屋を借り、読書セラピーを開業する。
やって来たのは、「髪型がいうことを聞かないという女性」や「夫を下宿人として見ていた女性」、「十二歳歳下のライバルのせいで見捨てられた女性」、「世界を見過ぎたという、目に病気のある女性」、「太らなければならない女性」etc.。
それぞれが癖ありで、ビンチェは彼女たちに翻弄される。
彼女たちは彼が処方する本に納得するかと思えば、怒り出す始末。(どちらかと言えば納得しない人の方が多い、笑)
意気消沈するビンチェ。

そんな頃、階下の女性が失踪し、夫が殺したのではないかと言う噂が出回る。
彼女が読者家だと知り、ビンチェの好奇心は高まる。
知り合いの古書店主のところに残されていた彼女の本のリストを見たビンチェは、リストを手がかりとして彼女の行方を追う。

謎解きを楽しむというよりも、やって来る女性とビンチェとの丁々発止の会話を楽しんで読むという感じです。
残念ながら処方されるのが海外文学作品なので(一冊日本の本があります。意外な本ですよ)私が読んだ本が少ししかなかったです。
出てくる本のあらすじを読んでから読むとより面白く読めたかもしれません。

シリーズになっているようです。
頼りなさげなビンチェ君がちゃんと読書セラピストとしてやっていけるのか、おばさんは心配です、笑。

蛇足ながら日本読書療法学会というのもあるようです。

アン・タイラー 『この道に、いつもの赤毛』2022/04/20

タイトル(『Redhead by the side of the Road』)を表すものが表紙にあります。わかるかなぁ…。


アン・タイラーというと、平凡で善良な、どこにでもいるような孤独な人を温かな目線で描く作家です。
この本の主人公のマイカもそんな人です。

マイカは44歳。ボルティモア郊外に住み、コンピューターの出張修理をしながら、アパートの管理人をしている。
結婚は一度もせず、今決まった彼女がいるが、一緒には暮らしていない。
毎日決めた日課に従って行動している。

ある日、アパートの入口の階段に一人の青年が座っていた。
彼はブリンク・アダムズと名乗り、ローナ・バーテルの息子だと言う。
マイカは驚く。ローナは大学時代の元カノだ。一体彼に何の用があるというのだ。
話を聞いてみると、彼は自分がマイカの息子ではないかと思っているようだ。
どう考えてもローナと会わなくなって20年以上経つので、18歳の彼が息子である可能性はないし、ローナとはそういう関係ではなかった。
小学校の教師をしている彼女のキャス・スレイドが食事にやって来て、ブリンクと一緒に食事をする。
キャスはブリンクがマイカのところに泊まると聞くと、泊まらずに帰って行った。
次の日の朝、キッチンのカウンターに置いてあったブリンクの携帯が鳴ったので、覗いてみると、どうもブリンクは母親に言わずにマイカに会いに来たようだ。
母親に連絡するように言うと、ブリンクは怒って出て行ってしまった。
マイカはローナに息子のことを知らせることにする。

いつものような一日を送ろうと思ったのに、キャスからマイカは別れを告げられる。
キャスが住むべき家がなくなると心配しているのに、マイカは同居しようと言わなかった、それなのにブリンクには空き部屋を提供した、とマイカをせめる。
キャスが同居してもいいなんて思っていたなんて、女心ってわからん、と思うマイカ。

淡々となんのハプニングも起こらずに終わる人生だと思っていたら、ブリンクという思わぬバグ(でいいかな?)が見つかり、マイカの人生は乱され、図らずとも再起動が必要になってしまいます。戸惑いながらも、新しい世界へ一歩踏み出すマイカ。
人生にはちょっとした冒険が必要なのかもしれませんね。

アメリカ版の心がほっこりするお話です。

<今日のわんこ>
相変わらず、おもちゃの好きな弟。
新しいカモシカを出したら、その日のうちに音が出なくなりました。
彼の顎の力はすごいです。


今日は古い雪だるまで遊びました。
なかなか離しません。


兄も呆れています。

アン・タイラー 『ヴィネガー・ガール』2021/11/01

この本は<ホガース・シェイクスピア>の中の一冊です。
ホガース・シェイクスピア>とは、シェイクスピアの死後400年を祝うため、ヴァージニア・ウルフと夫のレナード・ウルフが設立した出版社であるホガースプレスが企画した、現代の作家がシェイクスピア作品を選んで語り直すというプロジェクトです。
日本では「語りなおしシェイクスピア」シリーズとして集英社から出版されています。
第一弾は『侍女の物語』が代表作のカナダの作家マーガレット・アトウッドが『テンペスト』を語りなおした『獄中シェイクスピア劇団』、第二弾はイングランドの作家で『パトリック・メルローズ』シリーズで知られているエドワード・セント・オービンが『リア王』を語りなおした『ダンバー メディァ王の悲劇』です。
『ヴィネガー・ガール』はシリーズの第三弾目。
アン・タイラーはアメリカのボルティモア在住の『ここがホームシック・レストラン』や『ブリージング・レッスン』などでピューリッツアー賞を取っている作家です。
第四弾以降の作家は、ギリアン・フリン(『ハムレット』)、トレイシー・シュヴァリエ(『オセロ』)、ジャネット・ウィンターソン(『冬物語』)、ハワード・ジェイコブソン(『ベニスの商人』)、ジョー・ネスボ(『マクベス』)などで、どの順番に翻訳されるのかはわかりません。
各作家がどのようにシェイクスピアを語りなおしているか、楽しみなシリーズです。(と言っても知っている作家がこの中にいないですけど、笑)


実はアン・タイラーはシェイクスピアの戯曲が嫌いで、とりわけ嫌いなのは『じゃじゃ馬ならし』らしいです。
それなのに何故『じゃじゃ馬ならし』を取り上げたのと言いたくなりますよね。

『じゃじゃ馬ならし』とはどんな話かというと…。
簡単に言うと、ヴェローナの紳士ペトルーチオは持参金目当てでかたくなで強情なじゃじゃ馬であるキャタリーナに求愛し、キャタリーナを手なずけるために、様々なやり方で心理的に苦しめます。しかし最後にはキャタリーナは彼に調教されてしまい、従順な妻になってしまうというお話です。
女の方からしてみるととんでもないお話しですが、馬鹿な男の夢物語だと思ってやってください、笑。
さて、アン・タイラーはこの話をどう料理したのでしょうか。

ケイト・バティスタはボルティモアに住む、長身でおしゃれに関心のない、無愛想で無遠慮な29歳の女性です。
植物学者になろうと思い大学に進みますが、教授の光合成の説明の仕方が「中途ハンパ」だと言ったため(他にも何かやらかしたらしいけど)、大学から退学勧告をされ、ボルティモアの実家に戻ってきたのです。
今はプリスクールの四歳児クラスのアシスタントをやりながら、自己免疫疾患の研究者である父と妹のバニーの世話をしています。
こんな暮らしに夢なんてないし、将来もなさそうです…。

ある日、父が電話をしてきて、ランチを忘れたから届けて欲しいと言います。
父は電話嫌いで、今まで電話なんかしてきたことがないのに、何故?
そう思いながらランチを届けると、父は優秀な助手のピョートル・チェーバコブと会わせようとします。
おかしいと思い問い詰めると、彼のビザがきれそうなので、自分の娘と偽装結婚させて永住権を取らせようと考えているようです。
嫌だと言って断わりますが、父とピョートルは様々な手を使って結婚させようとします。
いつまでたっても嫁にも行きそうもなく、これといった未来もない娘を自分の野心のために人身御供にするのかと怒るケイト。
何故か気難しいはずの叔父と叔母はピョートルのことを気に入ってしまい、披露宴を自宅でしてあげるとまで言い出します。
唯一バニーだけは最後まで反対しますが…。

実験のことしか考えない、変わり者の父親とケイトとは正反対の美人でおしゃれ好きで頭が空っぽのバニー。
ケイトとこの2人とのやりとりだけでも面白いのに、ピョートルが出てきて面白さ倍増。
父親はあくまでも偽装結婚だと思っていますが、実はピョートルはもとからケイトのことが好きで本当に結婚したかったのではないでしょうか。
厚かましいようではありますが、ピョートルはケイトのことを大事に思ってくれているように思えました。

性差別的と言われている作品がアン・タイラーによって心暖まる家族のお話に変ってしまいました。
他の作品がどのように味付けされているのか、読んで見るのもいいみたいです。

コルム・トビーン 『ブルックリン』2021/06/08

映画『ブルックリン』の原作を読んでみました。
2009年に刊行されています。


1950年代、アイルランドには仕事がなく、多くの人たちはイングランドに出稼ぎに行っていました。
田舎町エニスコーシーに住むアイリーシュの三人の兄達もそうでした。
アイリーシュ自身も仕事がなく、簿記と経理事務の勉強をしていました。
30歳になる姉のローズは事務の仕事につき、母と妹を経済的に支えながら、趣味のゴルフに勤しむ生活をしていました。

ある日、ケリーズ食料雑貨店の店主のミス・ケリーから呼びつけられます。
アイリーシュが数字に強いと聞き、日曜日だけ働いて欲しいというのです。
仕事がないので働くことにしますが、ミス・ケリーは人使いが荒い上に給料は安いのです。
特定のお客たちへの贔屓は日常的で、批判も物ともしません。
というのも日曜日の朝に開いている店は町ではここだけだからでした。

妹のことを思いやった姉は、アメリカに行かせることにします。
アメリカで百貨店に勤めることになりますが、大人しく消極的なアイリーシュはアメリカの生活に馴染むことができず、しばらくしてホームシックにかかってしまいます。
しかしフラッド神父のおかげでブルックリン・カレッジの夜間クラスで学べることになり、忙しい思いをしているうちにホームシックから立ち直ることができました。
それからしばらくして2回目に行った教区ホールのダンスの会で、イタリア系移民のトニーと出会い、付き合うことになります。

やっとアメリカでの生活に慣れた頃、ローズが急に亡くなってしまいます。
すぐにはアイルランドに戻らず、試験を受けて、資格が取れるのがわかってから、アイリーシュはアイルランドに一時帰国することにします。
トニーはアイリーシュが戻って来ないことを恐れ、結婚しようと言い出し、アイリーシュは承諾します。

久しぶりの母との生活は息がつまるようでした。
友人のナンシーと会うことにしますが、ナンシーはジョージと結婚することになっており、ジョージと行動を共にしています。
ジョージにはナンシーの妹に振られたばかりのジムがいつも着いて来ます。
昔ダンスパーティで会ったことのあるジムは愛想が悪く、悪い印象しかありませんでした。
しかししばらくジムと接するうちに、アイリーシュは彼に好意を持つようになります。

いつしかブルックリンでの生活は遠ざかり、夢の世界のように思えてきました。
アメリカに行く前の彼女は何者でもありませんでしたが、アメリカから帰って来た彼女には魅力があり、その魅力がすべてを変えたのです。
愛していると思っていたトニーも、愛していないということに気づきます。
このままアイルランドにいてもいいかもしれないと思い始めたアイリーシュ。
しかし、ミス・ケリーからの呼び出しが来ます。
そこでわかったのは、ミス・ケリーと下宿の家主のミセス・キーホーはいとこ同士で、彼女たちはアイリーシュが結婚したことを知っているということです。
アイリーシュは家に帰るとすぐに明後日の船の予約をします。

彼女はトニーのもとに戻るのでしょうか。それとも…。

映画と違うことが幾つかありましたが、それほど大きな影響はありません。
ローズは自分の病のことを知り、閉鎖的な町と母親の呪縛からアイリーシュを解放しようと思ったのかもしれませんね。
アイリーシュは流されやすく優柔不断な性格なので、後で後悔することになっています。
映画ではトニーのもとに帰りますが、小説ではどうなるのかは書いていません。
アイルランドとイタリアはカトリックですから、離婚は難しいでしょうね。
はたして彼女は自分の居場所を決められるのでしょうか。

映画と同様にクリスマスの場面が好きです。


今週のお取り寄せ。
銀座ハプスブルク・ファイルヒェンのオーストリアの伝統的なクッキー、テーベッカライ グロース。


柔らかいクッキーです。
紅茶でもコーヒーでも良いようです。

暑くなってきたので、兄はヘソ天をやり始めました。


まあ、大胆、笑。

椹野道流 『男ふたり夜ふかしごはん』2021/05/27



誰もが子どもの頃、読んだことのある絵本の作者、エリック・カールさんが23日に91歳でお亡くなりになったそうです。
私が小さかった頃、彼の絵本は出版されていなかったので読めませんでしたが、英語の授業かなにかで「Brown Bear Brown Bear What Do You See?」を読んだ覚えがあります。
どの絵本もとても色鮮やかですが、日本経済新聞によると、「少年時代を第二次世界大戦下のドイツで過ごした経験から、作品ではグレーなど地味な色を避け、明るい色を選ぶようになった」そうです。
ご冥福をお祈りいたします。



私のような食いしん坊が読むと、よだれのでそうな本です。
内容は大したことない(失礼)ので、真剣に読まなくていいです。
今回は出てくる夜食がどんなものか、読むための本です(笑)。

芦屋の古い一軒屋に暮らす眼科医の遠峯のところに、高校時代の後輩白石が転がり込んできました。
彼は小説家で、書くのにいきずまってやって来たのでした。
白石の取り柄は料理です。
美味しい料理を作り、遠峯の胃袋をガッチリ掴みました。

さて、こんなふたりが今回夢中になるのが、夜食です。
まだ二十代後半だから大丈夫だと思うのですが、夜に食べると太りますよね。
遠峯は眼科医ですから、動きません。大丈夫?

夜食に出てくる料理はポテトサラダ、水餃子、お子様ランチ、温麺、蒸し寿司…。
どれも美味しそうです。
一家に一人は白石が欲しいです、笑。

出てくるお店は本当にある店なのですね。
私、「スライスようかん」が食べたくて、ネットで頼んでしまいました。
名古屋ではトーストに餡をのっけますから、トーストに羊羹もありではないでしょうか?
興味をお持ちになったら、京都の老舗和菓子屋、亀屋良長のHPを見てください。

他にも餃子に味噌だれを試してみようかと思いました。
挿絵の方がちゃんとイラストを載せてくれていますので、作ろうと思ったらできます。
挿絵のひたきさん、私と好みが同じかしら?

物語の中で、白石が料理をブログに載せていたのが本になるそうです。
名付けて『小説家とドクターのおいしい日々』。
冗談ではなく、本当に出版してもよさそうです。
漫画の『きのう何食べた?』の料理本がでてますもの。

読んだ本2021/04/27

本が溜まってきたので、一遍に紹介します。


ペネロピ・フィッツジェラルド 『ブックショップ』
映画「マイ・ブックショップ」の原作本。細かな点で違っているところもありましたが、ほぼ映画と同じ内容です。
大きな違いはクリスティーン。私は映画の彼女の方が好きです。
本には『ロリータ』は出てきましたが、ブラッドベリーは出てきませんでした。

”人間は絶滅させる者とさせられる者に分かれている、いかなるときも前者のほうが優勢だ”

この言葉の通りにフローレンスはなってしまいましたが、現実ではどうでしょうね。願わくは、絶滅させる者とならないことを…。

佐藤青南 『白バイガール フルスロットル』
神奈川県の白バイ隊員・本田木乃美は全国白バイ競技会へ出場することになりました。彼女の目標は箱根駅伝の先導で、目標に一歩近づけました。
茨城県ひたちなか市、自動車安全運転センター安全運転中央研修所で、全国白バイ安全運転競技会に出場予定の関東七都県から集まった交通機動隊員たちが合同訓練を行っていました。木乃美は誰とでも仲良くなれるという性格なので、ライバルなのにみんなと仲良くなっていきます。
そんな頃、優勝候補の他県の女性白バイ隊員たちが次々と猫をよけようとしてハンドル操作を誤り事故を起こし、負傷していきます。不審に思った木乃美は仲間の助けを借り、調べることにします。
同じ頃、横浜市内で椿山組と『凶龍』との抗争が勃発。椿山組を除名された三人が怪しい動きをしています。彼らの狙いは…?

完結篇なので、もう白バイ隊員たちに会えなくなりますが、番外篇希望します。

喜多みどり 『弁当屋さんのおもてなし しあわせ宅配篇2』
「くま弁」で宅配のバイトをしている雪緒のお話4つ。
第一話:突然弟の薫が雪緒のところにやってきます。雪緒に今の仕事のことを色々と聞いてきますが、何かある様子。心配して電話をしてきた叔父によると、バイトをしている叔父の店でミスをし、それから仕事に来ていないとのこと。さて、どうしたらいいものか…。
第二話:常連の黒川の娘、茜が夏休みで帰省してきます。いつもは休む「くま弁」ですが、今年はユウが仕事を入れています。一緒に過ごせなくて寂しく思っている千春に雪緒と茜がお節介をします。
第三話:常連さんからの不思議なお届けもののお話。墓地までおはぎを持って行って、幽霊に渡して欲しいと言うのですが…。
第四話:急に雪緒が前の会社を辞めるきっかけになった猪笹美月が電話をしてきます。彼女のことがずっと気になっていた雪緒。会って話すと元気そうでしたが、雪緒の仕事のことを聞くと美月は…。

仕事には貴賤はないとは言うけれど、世間一般の見方は変りません。
雪緒はどうやってそんな人たちの気持ちを変えっていったのでしょうか。

青山美智子 『鎌倉うずまき案内所』
出てくる人たちが次々と関わっていきますので、年表を書きたくなりますが、心配しないで下さい。後ろに年表があります。平成元年から平成31年まで、いろいろありましたね。最初は何だこれ、と思いましたが、ぐるぐるしたら、もう一回したくなりました。
こんな変った案内所があったら、私も行きたいですわ、笑。

佐伯泰英 『初詣で 照降町四季1』
18歳の時に男と駆け落ちをした佳乃が三年ぶりに照降町に戻ってきました。
実家は鼻緒屋。父親は病に伏せっており、脱藩武士の八頭司周五郎が奉公人として働いています。
佳乃は父親の代わりに職人として働くことになりますが、昔取った杵柄で、腕は鈍っていませんでした。
彼女の選ぶ鼻緒の斬新さもあり、老舗の下駄問屋・宮田屋にも認められていき、次々と仕事を頼まれます。
しかしそんな佳乃を追って、駆け落ち相手の三郎次がやってきます。

江戸時代に女の職人が結構いたのですね。
三郎次のことにけりがついたので、次からは八頭司のことがメインになるのでしょうね。四月から四ヶ月連続刊行だそうで、佐伯さんは多作な作家さんなのですね。

高野結史 『臨床法医学者・真壁天 秘密基地の首吊り死体』
第19回「このミステリーがすごい!」大賞の隠し玉だそうです。大賞を取ったのは『元彼の遺言状』です。

法医学者の真壁天は函館医大法医学教室の助教です。人と接するよりは死体を解剖する方がいいという変った人です。それなのに教授が彼に児童虐待を鑑定する仕事を押しつけてきました。彼の鑑定は的確なので、当てにされてしまい、抜け出せません。
しかし、しばらくして彼が子どもの虐待を指摘した親たちが次々と首吊り死体になって殺されていきます。その状態は彼が小学校の時に見た親友の首吊り死体と似ていました…。

なんかあっけなく読み終わってしまいました。
真壁のキャラが面白いので、シリーズ化してもよさそうですね。

平居紀一 『甘美なる誘拐』
こっちは第19回「このミステリーがすごい!」大賞・文庫グランプリ受賞作品。
色々と賞があるんですね。知りませんでした。

市岡真二と草塩悠人はヤクザの使い走りをやっていました。
上司の荒木田はセコく、人使いの荒い奴です。宝くじを買いに行かされ、やりたくもない地上げ屋の真似をさせられ、パーティ券のノルマを押しつけられ…。このために借金までしなくてはならず、まずいことに行ったら金貸しの爺さんが死んでいたりしました。
ある日、彼らは荒木田から宗教団体・ニルヴァーナの教祖の孫娘を誘拐するという仕事を押しつけられます。

地上げされそうな植草部品がどこに関係するのかと思ってたら、そこかという感じでした。
騙された感はありますが、ミステリーとしてはそこそこです。

桜木紫乃 『いつかあなたをわすれても』


桜木さんはこう言っています。

母が、私の名前を忘れていることに気づいたとき、実はあまり悲しくなかったんです。おおそうか、とうとうきたか、という感じでした
(中略)
「おかあさん、わたしをわすれていいよ。わすれたほうが、さびしくないから。わすれたほうが、こわくないから」この言葉を、気持ちを、母に手渡したい。
その気持ちが、絵本というかたちになりました。

とっても素敵な絵と文です。
母の日に、大人になった女性に読んでもらいたい絵本です。


今週のおやつ。


可愛らしいプティ・フールです。
両側にあるソフトクッキーサンドの中にクリームが入っていて美味しいです。