曽野綾子 『夫の後始末』2017/11/15



曽野さんの夫の三浦朱門さんは今年の2月にお亡くなりになりました。
お亡くなりになる前の一年半の介護生活について書かれたのが、この本です。

自身も80歳を過ぎて、病気まであるというのに、90歳になる夫の介護を決意します。
三浦さんは変わったユーモアのセンスの持ち主で、このユーモア(毒舌?)があるためか、介護に悲壮感が感じられません。
でも、まじめな人が聞くとびっくりしそうなユーモアです。

うらやましかったのが、三浦さんのいた部屋が広いことです。
それぐらい広い部屋があれば・・・とつくづく思いました。
そうそう、曽野さん一人で介護をやっていたのでしょうか?
外国人の介護士のことが書かれていたので、介護士がいたのかもしれませんね。

読んでいると、とってもいい夫婦関係だったことがわかります。

願わくば、私たち夫婦もこんな風に最期を迎えられたらいいなと思います。
出来れば夫が先がいいんだろうけどね(笑)。
あ、ワンコがいるので、ワンコが先だ。
今弟が3歳だから、後、10年、生きていなければ。
大丈夫かしら?


「大丈夫です。僕がママを介護しますから」by 兄。


「ママ、長生きして、僕を介護してください」by 弟。

曽野さんは三浦さんが亡くなってから、なんと、猫を飼い始めたそうです。
はっきりとは書いていませんが、淋しいんでしょうね。

曽野さんの今後の活躍を楽しみにしています。

『日本で老いて死ぬということ 2025年、老人「医療・介護」崩壊で何が起こるか』朝日新聞迫る2025ショック取材班2017/09/20



最初に私的なことですが、義母が亡くなりました。
癌の末期だとわかってから約2ヶ月、ホスピスを探し始めてから1カ月ほどでした。
最期まで痛みを訴えることなく、最期の数日は苦しそうな表情をすることもありましたが、静かな最期だったと思います。
某病院の院長が「長くないと思うよ」とか「言葉は悪いけど、認知症だということはいいことでもあるんだよ」と言っていたことが思い出されます。
実は医師はOKを出したのに母の入院を拒否したホスピスのコーディネーターに理由を聞きたいという思いが未だにあります。
その病院に入院できていたらと思うと残念でしょうがありませんもの。

さて、本のことですが、2025年になにが起こるかというと、団塊の世代がすべて後期高齢者の75歳になるのです。
病院も介護施設も足りなくなり、在宅死を迎える人が増えざる得ないという現実が迫っているのです。
その時までに訪問医師や看護師、介護福祉士が増えているのかどうか。
今と同じように不足しているというのが現実ではないでしょうか。
この本に出てくるような在宅死をどの地域に住んでいようが誰もが迎えられるような制度が早くできることを望みます。

まだまだ遠い自分の最期と思っていましたが、いつどうなるのかわかりません。
もし癌になったら、ホスピスは少なくとも6ヶ月ぐらい前に訪問しようと思っています。
悪くなってからすぐには入れない所がありますから。
私の場合は癌よりも脳や心臓の病気で死ぬ確率が高そうですがね。
とにかく延命処置はしないでほしいです。
葬式はしないで直葬とかがありますから、そうしてもらおうと思っています。
花が好きなので、花をいっぱい用意してもらい、音楽はフォーレのレクイエムかな?モーツァルトでもいいわ。
お墓には入りたくないので、海に遺骨を撒いてもらいたいのですが、許可なくできるのかどうか調べておきましょう・・・。

義母が亡くなったのをいい機会として、こういうことを家族に伝えておこうと思います。
夫は俺にではなく他の家族に言っておいてくれと言います。
自分が先に亡くなると思っているようです(笑)。

久坂部羊 『人間の死に方 医者だった父の、多くを望まない最期』2017/09/03



久坂部さんのお父様のことを書いた本です。

久坂部さんのお父様は医者なのに医者嫌い。
人と争わず、先手必勝ではなく、「先手必敗」。
糖尿病になったのに、血糖値は測らず、薬は飲まず、ほったらかしで好きな物を食べて暮し、後に左足の指が壊死して真っ黒になっても、インシュリンの量を適当に増やすというとんでもないことをして、自然治癒させてしまいます。
外科医から麻酔科医になり、定年を楽しみに働き、定年になったら仕事をきっぱり辞めます。
85歳になって前立腺がんになった時は、「しめた!これで長生きせんですむ」と喜んだんですって(85歳ですから、どう考えても長生きですよね)。
晩年、認知症になりましたが、絶妙な認知症で、最期まで自宅で過ごしたそうです。

久坂部さんも書いてますが、お父様がこのように過ごせたのは息子の久坂部さんが医者であることが大きいと思います。
普通の人はこれほどおおらかにしていられません。
まあ、久坂部さんがずっと家にいて、つきっきりでお父様の世話をしていなかったということもありますよね。
圧迫骨折が治っても、リハビリを嫌がり、自分から動こうとしないで、周りの人にすべてやらせようとするなんて、まるっきり昔の男性です。
お父様の側にいたお母様がお父様に腹を立てて、虐待まがいのことをしたこともあると書いてありますが、お母様の気持ちもわかりますわ。
とにかくお父様、うらやましいです。

さて、私たちはこのような最期を迎えられるでしょうか。
これからどんどん老人人口が増え、病院や介護施設に入れる人数も限られ、在宅を余儀なくされますが、在宅医療を支える医師は増えていくのでしょうか?
医療に大きな期待をせず、あるがままにいくしかないようですが・・・。

小笠原文雄 『なんとめでたいご臨終』2017/08/05



岐阜市内に開院している在宅医の小笠原医師が書いた本です。
患者が病院ではなく自宅で闘病をしたいという時にお世話になるのが、在宅医療です。
病院ではなく、自宅で過ごせれば、それほどいいことはないと思います。
彼のようなベテラン医師と一緒に働いている看護師などのスタッフのように、患者がどのような最期を迎えたいのかを真剣に考えて関わってくれるような、そういう在宅医療が身近にあればいいと思います。
でもねぇ、今までの経験からいうと、そういう病院を探すのが大変なのです。
(医療関係者の心無い言葉でどれほど傷つけられ、憤ったことか・・・。)
この本にはおひとり様でも在宅医療が受けられるということが書いてあります。
どこの在宅医療の病院でも引き受けてくれるのでしょうか?

読むと、すべてハッピーな終わり方で、それはそれでいいのですが、本当にみなさん、ハッピーで終わったのでしょうか。(疑い深くてすみません)
在宅で亡くなっても上手くいかなかった例もあるのではないでしょうか。
上手くいかない例では、最期が病院ということですが、病院で亡くなるということは不幸なことなのでしょうか。

実家では祖母も父も病院で亡くなりました。
母も義姉も病気があり、とても自宅でみられる状況ではありませんでした。
この本で書かれているように、家族はただそばにいるだけでいいなどということが本当にどの地域でも実現されているのでしょうか?

この本を読んで在宅医療っていいなぁ、と誰でも思いますが、自分の住んでいる地域の状況をきちんと把握してからどうするのか考えることが必要ですね。
やり始めてから、アレ、本とは違うなんてことがありそうですから。

昔は誰でもが家で最期を迎えたとかいいますが、昔は病院も少ないし、介護施設もなかったので、状況が違いますよ。
一番いいのは、在宅、病院、介護施設などどこを選んでも、いい最期が迎えられることですよね。
人は誰でも死ぬのですから、これからの高齢者社会に向けて考えてもらいたいことです。


幸せな犬は昨夜も大股開きでした。


今日は左側に寄っています。


見つかったので、少し角度が変わりました(笑)。

小さな幸福感2017/07/20

聖路加国際病院名誉院長、日野原重明さんが亡くなられたそうです。
105歳という高齢だったそうで、すごいですね。
私なんかとてもじゃないけれど、そんな年まで生きれませんわ。

前に彼の本を読み、心に残った言葉があったのを思い出しました。


再度、載せておきます。

「幸福感をたくさんもてればもてるほど、その人は幸福だといえるでしょう。みなさんの幸福をつくるのは、モノではないし、お金ではないし、名誉でもない。幸福とは、小さな幸福感をどれだけ積み重ねられるかなのですよ」

私がこの本を読んだのはおよそ10年前で、日野原さんは現代人は「幸福感」に鈍感になっていると書いていました。
10年が経ちましたが、はたして、私たちは「幸福感」を感じることができるようになったのでしょうか。
私自身も小さな幸福感を積み重ねられるようになったでしょうか。

私に関して言うと、なんか、まだ、これ以上の幸福があるはずだと思い、無駄な努力をし続けているような気もします。

これから私に必要なのは、自分自身の心の安定とバランスのとれた生活なのかもしれません。
ここらで立ち止まって、本当にやりたいことを見つけてみましょうか。
人生は短いのだから。



はらロールで抹茶ロールを頂きました。
他のロールケーキよりもスポンジが軽く、普通の抹茶ケーキよりの感じです。

今日は学校の終業式だったせいか、どのお店も空いていました。