こどもをやる気にさせる「4つのスイッチ」2009/06/01

気が向くと、日曜日の夜に見るテレビ番組のひとつが、『エチカの鏡』です。
近頃見た中で記憶に残ったのが、久保田カヨ子というおばあさんです。
彼女の夫は京都大学名誉教授の大脳生理学者で、彼の理論にもとずいて実の子を育て、子供は東京大学に見事入ったそうです。
でも、ちょっと思ったのは、教授の息子ですから、遺伝子がいいんじゃないのかしらね。
調べてみると、旦那さんは東大医学部ですから。
もともといい素質の子なら、特に何もしなくても東大に入ったかもしれませんね。
「子供は実験台」というなら、子供を二人つくり、一人は脳科学に基づいて育て、もう一人は普通の人のように育てて、結果はどうなったかというようにしてほしかったです。
今は「くぼたのうけん」という0歳~3歳児を対象とした幼児教室を自由が丘で開いているそうです。
もう70歳を超えているのに、パワフルばあさんで、子供はどうでもいいけれど、彼女を見習いたいと思った私です。

もう一人、面白そうだと思ったのが、プロゴルファーの横峯さくらの伯父さんです。
彼は独自の理論に基づいた幼稚園を経営しています。
彼の幼稚園では、毎日子供が裸足で駆けており、そのためか、足が速くなるし、跳び箱も10段飛べるようになります。
音楽の教育もしていて、絶対音感が持てて、楽器も弾けるようになっています。
文字も五十音順で教えるのではなく、簡単に書けるものから難しいものへと順序だてて教えています。
横峯氏が実践している「子供をやる気にさせる4つのスイッチ」には、なるほどと思いました。

 ①子どもは競争したがる。
 ②子どもは真似したがる。
 ③子どもはちょっとだけ難しいことをやりたがる。
 ④子どもは認めてもらいたがる。

特に新しいことを言っているわけではないのですが、全くそのとおりだと思います。
競うことはいけないと、小学校では徒競走などしなくなったそうですが、本当なのでしょうか?
やり過ぎはいけないと思いますが、適度な競争は子どもの成長に必要なのではないかと思います。
小学校や中学校でされている教育のことを考えると、幼稚園で培われたやる気を、そのまま持ち続けていけてるのかどうか、気になるところです。

「トーク・トゥー・ハー」を観る2009/06/03

私はよく2時間のサスペンス・ドラマに出ている人に似ていると言われます。今日も言われたので、今まで思っていた疑問をぶつけてみました。
「サスペンス・ドラマの殺される人に似てるの?」
「違うよ。謎を解く人のほうだよ。」
う~ん、これは喜んでいいのかどうか。微妙です。
片平なぎさ、名取裕子、沢口良子、賀来千賀子・・・。まあ、いいか。
でも、泉ピン子とか市原悦子だったら、どうしましよう。
冗談はこのぐらいにして、またまた私の勘違いを紹介しましょう。
映画の題名が「トーク・トゥ・ハー」だったら、どこの映画だと思いますか? 普通、アメリカ映画だと思いませんか。
なんと、観だすとスペイン語が聞こえるじゃあありませんか。びっくりしました。
内容も、全然思っていたのとは違いました。
自分の彼女が植物人間になったから、ずっと付き添っていて、色々な話をしてあげるという感動物だと思っていたら、ストーカーじみた話ではないですか。

物書きのマルコは女闘牛士のリディアに興味を持ち、記事を書かせてくれと申し入れをします。
ところがリディアは人気闘牛士との付き合いについて五月蝿く聞きだそうとするマスコミにうんざりしていたので、マルコの申し出を断ります。
その夜、家に帰るリディアを送って行った時、家に蛇が出、蛇嫌いのリディアは家にはいたくないと、マルコにホテルまで送ってもらいます。
そのことをきっかけに、リディアとマルコは付き合い出します。
しかし、それも長続きせず、リディアは試合で牛に倒されてしまい、植物状態になってしまいます。
リディアに付き添うマルコでしたが、同じような植物状態になっている女性を看護している男性看護師と、ふとしたことで仲良くなります。

看護師はベニグノといい、彼は自分の家の近所のバレエ教室で見かけたアリシアに恋していました。
彼はずっと母親の介護をしており、女性と付き合ったこともありませんでした。
そのためか、彼の行動はちょっと変です。
アリシアの後をつけていって、父親が精神科医だということがわかると、予約を入れて、わざわざ家まで行くのですから。

雨の日、アリシアは交通事故にあい、植物状態になってしまいます。
たまたまベニグノの病院に運び込まれ、優秀な看護師として医師から推薦されたベニグノが、24時間の完全看護で雇われます。
ベニグノにとって、アリシアを看護できる時間が至福のときなのです。
でも、こういうのって愛でしょうか?

マルコのところに、リディアの元彼だった闘牛士がやってきて、実は僕達は試合の前にヨリを戻していたと言います。
ショックを受けたマルコは旅に出ます。

マルコがいなくなってから、アリシアが妊娠していることがわかります。
一体誰がアリシアをレイプしたのでしょう。
もちろんベニグノが疑われ、裁判にかけられ、投獄されます。

旅先で、マルコはリディアが死んだことを知ります。
早速病院に電話をするのですが、ベニグノはいません。
ベニグノと一緒にアリシアを看護していた看護師から事件のことを聞き、マルコはわざわざ帰国し、ベニグノに会いにいきます。
ベニグノはマルコに、アリシアを見つけて欲しいといいます。
マルコはベニグノの部屋を借り、ベニグノが見ていたバレエ教室を窓から見ます。
すると、そこに、アリシアがいたのです。

弁護士に聞くと、あれからアリシアは目覚め、子どもは男の子で死産だったというのです。
でも、それはベニグノに言わないで、アリシアは未だこん睡状態であると言って欲しいと言うのです。
もう二度とアリシアには会えないと思ったベニグノは絶望して命を絶ってしまいます。

どうしても、ベニグノには感情移入できません。
どちらかと言えば、気持ち悪い部類に入るでしょう。
彼が育った過程を考えると、それも仕方ないのでしょうが。
マルコとベニグノが何故引き合ったのか。それは、共に孤独だったからでしょうか。
マルコがハンサムかどうかは、意見が分かれるでしょうが、でも魅力ある部類に入ると思います。
とにかく、人は人と触れ合わないと、本当に愛したとは言えないでしょ。

映像としては美しい映画ですが、サイレント映画は・・・。
ダンスは現代的過ぎて、よくわかりませんでしたが、カエターノ・ヴェローゾの歌の場面は魅力的でした。
最後に、マルコとアリシアの間に何か起こりそうな感じがしました。

ジル・ボルト・テイラー 『奇跡の脳』2009/06/05

ジル・ボルト・テイラー博士については、NHKの番組を紹介しましたが、彼女が脳卒中になった時のことを書いた『奇跡の脳』を読んでみました。
彼女の講演はYouTube上にもありますので、興味のある人は見てみてください。
本を読んで感心したのは、彼女の楽観的な性格です。
脳卒中になってリハビリをしている時も、何ができないと思うのではなくて、「何かできたこと」に喜んでいるのです。
もっとずっと悪くならなくて良かったと考えていたのです。
「成し遂げたことをすべて祝う気持ちで」いたことが、彼女の奇跡的な回復をもたらしたのです。
彼女が自分自身のことを、脳卒中の犠牲者ではなく、生存者という意味がそれなのです。

本よりもYouTube方がお勧めです。彼女のパワフルな講演を見てください。

ジル・チャーチル 『カオスの商人』2009/06/06

主婦探偵ジェーンのシリーズがでました。
あとがきに、このシリーズが1991年以来発売されていなかったのは、翻訳者が亡くなったためだったことが書いてありました。
と言っても、私は翻訳者の名前を見て本を買わないので、どうでもいいのですが。
だからといっても、ちょっと間が空きすぎですよね。
6月なのに、本の内容は12月。まあ、仕方ないですね。

クリスマスが近づき、ジェーンの家はてんやわんや。
というのも、恋人のマイクの母親がやってきて、急遽ジェーンの家に泊まることになったり、いつの間にか押し付けられた「聖歌の集い」と「クッキー交換パーティ」の準備をしなければならないからです。
それだけで十分大変なのに、なんと愛すべきキュートで陽気なおばかのジュリーが、「聖歌の集い」に悪名高きニュースレポーターのランス・キングを招待したというのです。
彼は急襲の達人で、カメラ・チームを率いて無防備な人々の家や会社へ押しかけ、下品な言葉で気の毒な人々を責め立てるのです。
ところが彼の告発には嘘も含まれていて、その場合は一週間後に現場に戻り、無礼な態度で謝るのです。
断固として、ランスを自分の家に招くのを断るジェーンでした。
しかし、ランスが諦めるはずがありません。「聖歌の集い」にやってきたのですが、ところが・・・。

まあ、ここまで書くとおわかりでしょうが、殺されるのはこのランスです。
そして、ジェーンはまたまた犯人探しに乗り出すんですね。
今回は奇妙な隣人夫婦や女の子とそのパパが登場します。

アメリカの主婦に生まれなくてよかったとつくづく思いました。
なんか日本よりご近所付合いが大変そうですから。

劇団四季 「李香蘭』」二回目2009/06/10

     6月9日(火)  18時45分開演
   《キャスト》
李香蘭:野村 玲子
川島芳子:濱田 めぐみ
李愛蓮:秋 夢子
杉本:芝 清道
王玉林:青山 祐士

「李香蘭」も二度目になると、いろいろと思うところもありました。
まず、主役の李香蘭役の野村さんは、前回風邪でもひいたのかと思っていたのですが、今回で相当喉に無理をかけていることがわかりました。
昔の彼女を知らないので、なんとも言えないのですが、声が衰えたのでしょうか?
(後で他の人のブログを読むと、だいぶ前に声帯を痛めたらしいですね。痛々しいぐらいでした。他の若手に変えてもいいのでは?)
前回と同じ川島芳子役の濱田さんはとても上手いです。
男装の麗人の芳子を格好良く演じていました。
杉本役の人は・・・なんか違和感がありました。

一緒に観た人と、はからずとも同じことを思ったのですが、最後の日本人だからと許される場面で、なんとなく納得がいかない思いを持ちました。
というのも、彼女は後に自民党から国会議員になっています。
その時、何か日本と中国のためにしたでしょうか?
このようなことがあったにもかかわらず、彼女は何もせずに生き延びたと思ってしまいました。
所詮、お嬢様なのですね。

劇団四季「春のめざめ」を観る2009/06/12

一週間の中で、2日もミュージカル・・・。というのも、最初に「春のめざめ」のチケットを取ったら、その後に「李香蘭」があることがわかり、続けて観ることになってしまったのです。

「春のめざめ」は、アメリカでトミー賞を取ったそうです。
一言で言えば、思春期の性のめざめと葛藤を扱ったものと言えばいいのでしょう。
よく内容を知らずにいたので、調べてみると、結構ショッキングな内容が書いてありました。
でも観た感じは全然そうではありませんでした。
高校生ぐらいが見るといいかもしれませんね。
自分のことと比べられるし、共感することも多いと思います。
私なんかは、そうそう、そんなことがあったよねと、若かったときのことを思い出していました。

 6月11日(木)  18時半開演
     《キャスト》
 ベンドラ:林 香純
 メルヒオール:柿澤 勇人
 マルタ:撫佐 仁美
 モリッツ:三雲 肇

ペンドラ役の人は歌は上手いのでしょうが、小太りで顔が地味なので、この役には、ちょっと無理があるなと思いました。
メルヒオール役は生意気な高校生という感じがして、顔もかわいらしく(オバサン目線ですが、会場の評判もよかったですよ)よかったです。
アメリカのものを日本人が演じるということ自体が元々不自然ですが・・・。
19世紀の末のドイツ。
自分の身体の変化に気づいたベンドラが、お姉さんに二人目の子供ができたことを知り、子供はどうやったらできるのかと聞く場面から話は始まります。
母親の狼狽振りには笑ってしまいました。
今の子たちはどうやって知るんでしょうね。私は友人の話からだったような・・・。
つまらないラテン語を勉強している男の子達が、教師に反発を覚え、歌う場面なんか、よ~くわかります。
学校の授業なんか、常に退屈でしたから、よく寝てたもんね。あ、自慢になりませんね。
ピアノ教師の胸を触りたいとか言う男の子。
男の子は女の子よりホルモンの働きの関係でもんもんとするらしく、大変ですねぇ。
男の子と女の子の○○の場面なんか、半ケツになって、「僕を信じて」なんて言うんですよ。
一番の笑い所でした。(そんなの信じる奴いないよ。)
性的虐待、自殺、妊娠、同性愛、中絶・・・。

こう書くと、ずいぶん過激に思うかもしれませんが、今じゃあ、そんなに衝撃的でもないでしょう。(私だけ?)
でも、翻訳物ミュージカルって、違和感ありますよね。
やっぱ、本場のを見たいですね。
でも、ブロードウェイでは終わっているそうです。残念。
YouTubeにあるので、見てみました。
結構忠実に再現してありますね。

茂木健一郎 『「赤毛のアン」に学ぶ幸福になる方法』2009/06/13

この本、NHKの「プロフェッショナル」に出ている、小太りの脳科学者、茂木健一郎さんが書いたものです。
「赤毛のアン」と茂木さん。
失礼ながら、これほど意外な組み合わせはないでしょうね。

彼は小五の時に図書館で『赤毛のアン』に出会い、高校生の時に原書で『赤毛のアン』を読み、その一連のシリーズも読破したそうです。
私は子ども版『赤毛のアン』だけ読み、それ以後のアンについて知ろうとは思わなかったのですが・・・。
アンには、大人になって欲しくはなかったのす。
いつまでも空想好きで、おしゃべりなままでいて欲しかったのです。
後になって、作者モントゴメリーが仕方なく続きの話を書いたとわかりました。
今もその後のアンは読んでいません。
茂木さんの本に書いてありましたが、その後のアンは、普通の人になり、ギルバートと幸せな結婚をしたそうです。

「大人になるということ」という章に、宮崎駿さんの話が載っていました。
「五歳くらいの子どもが、人生の最高の地点にある」と彼は言っています。
ある日、知り合いのお子さんがスタジオジブリを訪ねてきて、帰るときに車で送ってあげました。
彼の車にサンルーフがついていて、これを開けたら、この子がすごく喜ぶだろうなと思ったのですが、その日は雨。
シートが濡れてしまう。そう思って止めたそうです。
その後宮崎さんはずっと後悔したそうです。
何故か。その子はもう二度と同じ「子ども」としては来てくれない。子どもはどんどん成長して変っていってしまうから。
「子どもの黄金の時間というのはそれくらい一瞬にして過ぎ去ってしまうもの」
『赤毛のアン』が私達の心を打つのは、この子どもの頃の脆くも美しい、一時の輝きが書かれているからなのでしょう。
本の中で、大人になっていくアンに哀しみを感じているマリラと同じ思いを、私達もするのです。

この本で、茂木さんは「自らの運命をそれぞれ引き受けること」の大事さを言います。
時代は違っても、マシューやマリラ、そしてアンのように。
もう一度、英語版『赤毛のアン』を読んでみたくなりました。でも、どこにあるかしら・・・。

J・B・スタンリー 『ベーカリーは罪深い』2009/06/16

またまた新しいシリーズの誕生です。
母親が死んだため、一人残った父親のために大学の職を辞し、故郷に戻って図書館長を始めたジェイムズは、バツイチの体重が125キロを越えたデブです。
こんな自分に未来はないと、暗澹たる思いに沈んでいたところ、ダイエット・クラブに誘われます。
その名も、<デブ・ファイブ>。
仲間は高校の美術教師リンディと郵便配達員ベネット、保安官事務所の事務員ルーシー、そしてトリマーのジリアンです。
彼らは週に一回互いの家に集まってダイエット食を食べ、どれぐらい減量したのかを報告しあうことにしました。

第一回目の集まりの時、5人は保安官が車に乗り、猛スピードで走っていくのを見ます。
いつか保安官になりたいと思っていたルーシーは大事件が起こったのではと、事務所に行ってしまいます。
残されたデブ・ファイブの面々は、郵便配達員のジェイムズの無線機からベーカリー、<甘い天国>まで救急車の要請があったことを知り、<甘い天国>に行ってみることにします。
そこで元高校フットボール部員だったブリンクリー・マイヤーズが殺されていました。
デブ・ファイブたちはルーシーと一緒に犯人をつきとめることにします。

主人公がデブということで、デブに親近感を持っている私は飛びつきました。
それにしても、いろんな主人公が登場しますね。
体重はこれ以上増えて欲しくはないけれど、なかなか痩せられないデブ・ファイブの人たちには共感してしまいました,笑。

湊 かなえ 『告白』2009/06/18

2009年本屋大賞を受賞した本です。
一日で読める内容で、私は図書館から借りてきました。

公立中学校で理科を教えていた悠子が、教師を辞める時に、担任をしていたクラスで話をするところから始まります。
結婚予定の時、妊娠し、相手がHIVに感染していることがわかります。
彼女と生まれた子は感染していなかったのですが、相手は結婚を諦め、悠子の前から姿を消します。
シングルマザーになった悠子は、娘を一人で育てていきます。
そんなある日、娘の愛美は学校のプールで溺れて死んでしまいます。
事故で片付けられたのですが、買ったはずのないポシェットが見つかったことから、悠子は愛美が殺されたことに気づきます。
犯人は担任していたクラスの男の子二人でした。
その子達に悠子が考えた復讐は・・・。

愛美を殺した二人はそれぞれ特異な人生を送ることになります。
悠子、少年A、その姉、Aの彼女、少年B・・・と、それぞれの告白から意外な事実が明らかになっていきます。

ネタバレになるので、これ以上書きませんが、いい暇つぶしになる本です。
でも、出てくる人に対しては、全然共感できませんがね。
少年たちの告白を読みながら、「自分以下を求める心」を思い出しました。

ルイーズ・ペニー 『スリー・パインズ村と運命の女神』2009/06/20

カナダ、ケベック州にある小さな村、スリー・パインズ村で起こる殺人事件を解決しにやってくるガマシュ警部のシリーズです。
『スリー・パインズ村の不思議な事件』はとっても哲学的だったのですが、今回は・・・。
第一作の時に思ったのですが、不思議なトーンのミステリーです。
アメリカやイギリスの、同じように小さな村を扱ったシリーズとは違います。お国柄があるのでしょうか?

クリスマス直後に行われるカーリングの試合中にCCという女が感電死します。
彼女には夫と娘がいるのですが、夫は軽んじられ、娘は精神的虐待をされていました。
CCはもともとスリー・パインズ村出身ではなく、第一作で起こった殺人事件の現場、旧ハドリー邸を市場価格をはるかに下回る値段で買い取り、週末だけ村に来ていたのです。
最近、彼女は『ビー・カーム』という本を書き、新しい商売を始める予定でした。

毎年のクリスマスの恒例として、妻のレーヌ・マリーと一緒に未解決事件報告書を読んでいたガマシュは、ホームレスの女性の絞殺事件に興味を持ちます。
妻が彼女のことを知っていたのです。
彼女の遺品の中に、スリー・パインズ村に住んでいる詩人、ルース・ザルドの新作詩集を見つけたその時、殺人事件を告げる電話が・・・。
ガマシュはまたスリー・パインズ村に行くことになります。

今回、ものすごい存在感を発しているのが三人のおばあさん達です。
エミリー・ロンブレ、ベアトリス・メーヤー、ケイ・トンプソン。
捜査が進むにつれて、彼女達の過去が明らかになっていきます。

カナダの村の冬ってとんでもなく寒いんですね。
北海道出身の私でも驚くぐらいです。
カーリングをする場面も出てきて、カナダでは身近なスポーツなのですね。一度やってみたいものです。

今回一番印象に残ったのがガマシュの妻、レーヌ・マリーです。
聡明で優しそうな女性なのです。
彼女を見るガマシュの優しいまなざし。うらやましいです。

「ふたりとも初めて出会ったときにくらべて、体重が増え、どちらも結婚式の衣装はもう着られそうもない。しかしふたりはほかの面でも大きくなり、それは痩身と引き換えにする価値があるとガマシュは思った。人生とは心身ともに成長することなら、彼はまったく文句はなかった。
レーヌ・マリーも彼を抱き、振り出した雪で濡れたコートで自分のセーターが湿るのを感じた。けれど彼女は、それだけの価値があると思った。ほんのかすかな不快と引き換えに、計り知れないほどの安らぎをえたのだから。」

ご馳走様。
カナダというと、英語圏とフランス語圏があるのが不思議だったのですが、ガマシュの片腕、ボーヴォワールが、イギリス人というのはなんて変った連中だなどと思う場面があり、仲良くやっているようでいて、複雑な関係もあるのだということがわかりました。
ミステリーって意外と社会を映し出すんです。