南杏子 『ブラックウェルに憧れて』2020/08/16

某医科大学入試で、女子学生が何年にも渡って差別的取り扱いをされていたというニュースがあったのはいつだったでしょう?
それまでは大学入試は純粋に点数で合否が決まっているんだと思っていましたし、命を扱う医科大学でということにショックを受けました。
あれから入試は是正されたのでしょうか?


題名の「ブラックウェル」とは、アメリカで初めて医学校を卒業した女性です。
エリザベス・ブラックウェル(1821-1919)はイギリスのブリストルに生まれ、11歳の時にアメリカに移住します。
ブラックウェル家は熱心なクエーカー教徒で、男女の差別を嫌い、奴隷制に反対だったそうです。
教師として家族の生活を支えるために働いていた24歳の時に、子宮癌の友人が彼女にこう言いました。
「女性のお医者さんがいたら、恥ずかしい思いをしなくてすんだかもしれない」
「なぜ、あなたは医学を勉強しないの?」
この言葉を聞き、ブラックウェルは医師になることを決意します。
12の医学校に手紙を出しますが、ことごとく入学を拒否されますが、ただ1校、ニューヨーク州のジェネルヴァ医学校だけが彼女を受け入れてくれました。
しかし、入学してからも男女差別の壁が立ちはだかります。
1849年に首席で学位をえて卒業しますが、アメリカの病院は彼女を採用してくれませんでした。
仕方なくパリの産院で修行しますが、眼病で右目を失明し、外科医の道はたたれます。
それでもブラックウェルは諦めませんでした。
NYで診療所を開き、女性だけで運営する病院を開院し、女性医師養成学校を設立していきます。
(詳しくはこちらを参考にしてください)

ブラックウェルの意思は受け継がれ、沢山の女性医師が誕生しています。
彼女が受けた男女差別はもはや昔のことでしょうか?

2018年8月、中央医科大学の解剖学教室の教授・城之内泰子の元に『月刊証言者』の記者・原口久和がやってきます。
彼は「長年に渡る女性差別が露見した中で、医学部に入学し、卒業して医師となった女学生たちが、どのようなキャリアプランを掲げ、どのような思いで医療の道に踏み出し、それぞれに闘っているのか」を書きたいので、城之内自身のキャリアに関する話を取材したい。そして卒業生も紹介して欲しいというのです。
城之内は教授になって初めて解剖学実習を受け持った、4人の卒業生を紹介します。
解剖実習の班編制は成績順に決められますが、女性が班に2人になると、男性3人に女性1人となるように操作されていました。
城之内はそういう操作を行わないことにし、その結果として女性だけ4人の班ができました。
女性だけの班を止めるようにと言う圧力がかかりましたが、城之内は自分の辞任をかけて、突っぱねます。
そこには彼女の深い後悔の念があったのです。

長谷川仁美は眼科医になりました。
白内障の手術なら外科手術班の誰にも負けないという自信があります。
次の白内障オペチームのリーダーに自分が選ばれると思っていました。
しかし、思ってもみなかった人が選ばれます。
そしてその後、陰湿ないじめが起こり、彼女は自分のキャリアの変更まで考え始めます。

仁美の話を読んでいるとあまりにも辛くて、途中で読むのを止めて、一息ついてからまた読み始めました。
女性であるというだけでコミュニティーから外され、生理休暇を取るから、少しぐらいオペが上手くても、一回やらせれば手技を教えてもらえるし、いい加減、嫁にいけば・・・。
こういう言葉が心に刺さってきます。
南さんは医師ですから、こういうことを男性医師が実際に言う様々な場面に出会ってきたのでしょうね。
知性と品性は比例しないんですね。

板東早紀は検診医。
かつて母校の病院で循環器内科医として働いてきました。
学生だった頃に出産し、シングルマザーとして父の助けを借り、なんとか働いてきましたが、無理だと悟り、キャリアを捨てました。
市中病院の勤務医をした後、認知症の父の介護のためにアルバイトの検診医となったのです。
父の症状は進み、徘徊、妄想、失禁・・・と大変な毎日です。

椎名涼子は救急救命医でしたが、仕事中に倒れ、閑職に追いやられていました。
そんな彼女に持ちかけられたのが、エスコートドクター。
外務省医務官だった父親の都合で、海外滞在経験があったからです。
私生活では麻酔科医の夫は家を出ていき、離婚届を送ってきました。
まだ夫に未練があります。
エスコートドクターとして関わった人に言われた言葉に救われます。

安蘭恵子はNICU(新生児集中治療室)で働く小児科医。
限られた人数で24時間ケアをしており、ナースもドクターも限界の状態です。
彼女には夫と一人娘がいます。夫は脱サラし、自然派農場経営に手を出しますが、上手くいっていません。
そんな時に、体に異変が起こります。

医師になろうと思う人には真面目な人が多いと思います。
地道に勉強し続けるというのは真面目さが必要ですもの。
おまけに女性医師は仕事の過酷さの他に、職場や家庭での女性差別にも対処していかなければならないのですもの。
女性医師には優秀な人が多いと思っていましたが、艱難辛苦を乗り越える力があるからでしょうか。

まだまだ女性差別のなくならない日本社会ですが、働いている女性たちの一人一人がブラックウェルのようにあきらめずに、次の世代のために働き続けていってもらいたいです。

本の中で城之内教授が言っています。
「人間の脳には、男性脳も女性脳もないというのが解剖学の最新の知見」だと。
脳には性差がない、あるのは個人差だけ。
そう思うと、男はとか女はとか言うのが馬鹿らしくなりますね。
思い込みやステレオタイプの偏見を捨て、人間として生き易い社会を作っていくことができればと思います。

「もし社会が女性の自由な成長を認めないなら、社会の方が変わるべきなのです」

ブラックウェルのこの言葉を噛みしめながら、共に歩んでいきましょう。