中山七里 『セイレーンの懺悔』2021/02/27



今回はマスコミの報道のあり方に挑んだ中山さんです。

帝都テレビの報道番組「アフタヌーンJAPAN」は不祥事が続いたことで、番組存続の危機にさらされていました。(『切り裂きジャックの告白』参照)
起死回生を図るため、配属二年目の朝倉多香美と先輩記者の里谷太一は特ダネを狙っていました。
そこに誘拐事件が起こります。誘拐されたのは十六歳の東良彩香。
報道協定が結ばれますが、何もしない訳ではありません。
里谷たちは警視庁捜査一課特殊犯係桐島班のエース・宮藤健次を張ることにします。宮藤を着けていき、辿り着いた先は、生コン廃工場。
そこで多香美は無残な姿で殺された綾香の遺体を目撃します。

次に宮藤を着けていくと、彩香の通学していた北葛飾高校に行きます。
多香美たちは下校時間に校門で綾香と同じクラスの子を探し、インタビューすることにします。
何十人にもあたり、空振り。しかしある女の子から、彩香がクラスの一部から苛められていた、彩香が亡くなった日に、彩香が彼らと一緒に学校を出るのを見たという証言を得、そのいじめっ子グループを追うことにします。
多香美たちの取材内容を見た編集長の兵頭は、裏が取れていないからと里谷が止めるのを聞かず、独自のシナリオを考え、報道することにします。
しかし放送後、警察が逮捕したのは全くの別人でした。
犯人誤報の咎を負った多香美は・・・。

ヒロインの多香美の妹はいじめを苦に自殺していました。警察も教育委員会も学校もいじめを否定し、多香美たち家族は泣き寝入りするしかありませんでした。
そのため多香美は「自分は報道という手段で世界の歪みを正したいのだ。朝倉多香美というジャーナリストの存在を世に知らしめたいのだ」という思いが強く、里谷が言うように、「安っぽい正義感の面をしたただの野次馬根性」に陥りがちです。
「報道の原点は客観性だ。絶えず中立的、絶えず客観的な視座さえあれば、どんな下衆なネタを取材してもニュース自体の品位が落ちることはない」と里谷は多香美に言いますが、彼女はわかっていないようです。
よく刑事物のドラマに出てくる思いのままに突っ走っていく典型的なタイプで、残念ながら最後まで共感できませんでした。

気になったのは、誤報された人たちのことです。今回は誤報された方も他の犯罪を犯していましたが、それは別のこととして、一般的なことを書きます。
マスコミって誤報を謝りませんよね。下手をすればその人は社会的に抹殺されてしまったり、人生が狂ってしまったりしているんですよ。
里谷がマスコミの仕事なんか「カスみたいなもんだ」で、マスコミは「ただの野次馬根性を社会的意義とかにすり替えて免罪符にしているだけの下衆の集まりだ」とか、「世の中で本当に取り返しのつかないのは、人の命を奪うことだけだ。それ以外の失敗は大抵挽回し、償うことができる。早々に諦めちまうのは、それこそ責任から逃げているようなものだ」とは言っても、所詮は自己弁護にしか過ぎないよなぁと思ってしまいます。
マスコミが何と言おうが、浮かばれないのは誤報された人たちですけどね。命はあっても取り返しのつかないことってあるでしょう。
俺たちは正義の側なのだから、少しぐらいの誤報は許せって感じですかね。

今までの中山さんの本の中で、一番心に響かなかった本でした。
夫もこの本を読んだのですが、多香美のことを私みたいに思わなかったようです。
感じ方も人それぞれですからね。
事件の方はドンデン返しがあり、現代の家族の悲しい現実が描かれていました。
マスコミに働く女のことよりも、そちらの方を深く書いてくれたらよかったのに。
あ、事件を追うイケメン刑事・宮藤もね、笑。