西條奈加 『無暁の鈴』2021/09/07



久斎は下野国、宇都宮の名家に庶子として生まれ、母の実家で暮らしていました。
6歳で母を亡くし、垂水家に引き取られましたが、学問も剣術もできがよかったためか、義母には疎んじられ、腹違いの兄たちには虐げられていました。

そんなある日、兄たちが口にした言葉に母が辱めを受けたと思った久斎は兄たちを殴ってしまい、隣国の山奥にある西菅寺に預けられてしまいます。
しかし寺の生活も同じでした。人よりも覚えがいいことがあだとなり、周囲の嫉妬をかってしまったのです。
そんな久斎の唯一の潤いがしのの存在でした。
毎朝、沢での水汲みでしのと会うことが、いつしか久斎の喜びとなっていたのです。
それなのにそんな生活も長くは続きませんでした。
しのの父が亡くなり、葬式を出した日の夜に…。

寺から逃げ出した久斎は名を無暁とし、たまたま出逢った万吉に誘われ、江戸に行くことにします。
江戸に着き、万吉が望んだ吉原に行ったところ、男たちに難癖をつけられ、騒ぎを起こしてしまいます。
この時に出逢った荒隈に頼まれ死んだ遊女のために経を読んだことから、無暁と万吉はやくざの沖辰一家の世話になることになります。

やがて万吉は一家を抜けて堅気の仕事につこうと思い始めます。
一方無暁は自分の気持ちを持て余していました。そんな無暁に万吉は「おまえの欲しいものは、仏門にしかねえように思う」と言うのでした。
この話をしてから二日後、無暁は闇討ちに遭い、助けに来た万吉が殺されてしまいます。
万吉の仇を討つため、荒隈の乙蔵が手下を従えて薊野一家に殴り込みをかけます。
捕方に捕らえられた無暁たちは詮議にかけられ、人殺しを犯した無暁は八丈島への島流しの刑となります。

何も手に職のない無暁には八丈での暮らしはきついものでした。
持ってきた食料も尽き、働いて食い扶持を稼がなければならないのですが、人殺しで若くて体が大きいがために怖れられ、仕事にも滅多にありつけず、ありついたとしても野良仕事などやったことのない無暁は役に立たなかったのです。
終いには流人頭にも見放されてしまいます。
やがて夢を見ては叫び、周りに迷惑をかけるようになり、洞で寝るように言われます。
洞のある森を抜けていくと、西菅寺の裏山にあった『不帰の崖』と似た崖がありました。
毎日無暁は崖に通い、ひたすら経を唱え続けます…。

自然の雄大さと残酷さ、そしてその自然に愚弄される人間の卑小さを思う無暁の
辿り着いた先は、仏門でした。
できれば自分のために身を捧げるのではなく、生きて苦しむ民のために身を挺して欲しかったです。

西條さんの書いた無暁の生き様に圧倒されました。
お勧めの本です。