五十嵐貴久 『奇跡を蒔くひと』2022/10/29

この本は実際にあった病院の再建を、フィクションを交えて書かれたものです。
問題の病院は志摩市民病院で、病院紹介を見ると、若い院長のことがわかります。


速水隆太は詩波市民病院に勤める医師。
東京出身で、両親共に医師という家庭だった。
父親に反発し、やんちゃな学生生活を送っていたが、高校三年の時に映画「パッチ・アダムス」を見て感動し、医師を志し、猛勉強を始めた。
二浪して絵美大の医学部に合格。大学では二度留年し、医師免許を所得。
研修を終えるまでトータルで十三年かかった。
目標はアダムスのような医師だが、詩波市民病院に赴任すると、それどころではなくなった。
というのも、病院は年間4億もの赤字を出し、指定管理にしようという声が上がっていた。そのため五名のうち四名の医師が辞職し、34歳の隆太が突然院長に任命され、彼の肩に病院の再建という問題が降りかかってきたのだ。

隆太は病院に来た患者を「絶対に断らない」ことを基本理念にして、病院再建への舵を取るが…。

実際は4億の赤字ではなくて、7億だそうです。
不思議に思ったのは、病院ってやって来た患者を断らないものだと思っていたら、詩波市民病院はそうじゃなかったのですね。
公務員みたいなもんで、辞めされられないし、給料もそれなりにいいから、最小限の仕事をしていればいいなんて、医師が思っていたなんて、情けないですねぇ。
みんながうらやむ医師になったというのに…。
そんな医師の元で働いていたら、士気も上がりませんよね。

隆太はとにかく突っ走ります。
彼の敵は市議の沼田(後に市長になる)と厚生労働省審議官の服部。
この二人は私怨もあり、市民病院を目の敵にして潰そうとしてきます。
怖いと思ったのが、服部が語っていたことです。

「このままでは、高齢者対策のために国の財政が破綻します。(中略)そもそも老人を長生きさせるために国の助けを当てにされても困ります。今は病床数が多すぎるのです」
「自分の力で何とかしてください、そういうことです。その次は共助で、国が出るのは最後ですよ。セーフティネットだけは作るとしても、それ以上は無理です。高齢者の医療費のために国が滅びたら、本末転倒でしょう」
「私たち厚労省審議官は全国の病院を回って適正な病床数を算定し、不要と判断すれば削減を命じる権限があります。公的病院の統廃合の目的も同じです。病床の削減によって、自動的に高齢者の医療費を抑えることができるんです」
税金で老人の面倒を見る余裕はないってことだ、と沼田は大きな口を開けて笑った。

コロナ禍でよくわかりました。
重症になっても救急車は来ず、来ても受け入れてくれる病院がない。
世界に誇れる医療だと思っていたのが、幻想だったことがわかりましたね。
誰でも年を取ります。年を取ると病気になります。
それなのに、自助でどうにかしろと言うのでしょうか。
長く生きすぎたのだから、医療にかからず、死ねというのでしょうか。
フィクションなのですが、フィクションに思えませんでした。

「ピン、ピン、コロリ」(PPK)が目標とすべき死に方だといいます。
本当にそういう風に死ねたらいいなとつくづく思います。

<死ぬのも生きるうち>

痛快な病院再建のお話なのでしょうが、自分が高齢になった時のことを考えさせられ、暗澹たる思いになりました。