白岩玄 『プリテンド・ファーザー』2023/01/17

将来子どもが欲しいと思っている、若い男性に読んでもらいたい作品です。


大手飲料メーカーに勤めている三十六歳の汐屋恭平はシングルファーザー。
一年前に妻が亡くなり、四歳になる娘の志乃を育てている。
近くに頼れる身内がいないため、すべてを自分一人でやらなければならず、営業部から人事部へ異動した。どうしても都合がつかない時にはベビーシッターに頼んでいる。
なかなか今の生活に馴染めず、この前娘の下着選びを後輩の女性に頼んでドン引きされる。

フリーランスのベビーシッターをしている藍沢章吾は、妻の海外赴任地へ着いて行くつもりだったが、勤務予定地が危険地域になったため、妻は単身赴任となり、一人で一歳半になる息子の耕太を育てている。

こんな二人がカフェで再会する。
恭平と章吾は高校の同級生で三年間同じクラスだったが、特に仲がよかったわけではない。
しかしちがう境遇ではありながらも、シングルに近い暮らしをしていることに親近感を覚えた恭平は章吾に娘のシッターをやってくれないかと頼む。
平日の夕方から夜は自分の子どもをみなければならないからと断られたが、それなら一緒に住まないかと章吾は提案する。

二人は来年の春までという約束で同居生活を始める。

何と言っても恭平の後輩の井口さんがいいです。
恭平に娘の下着選びを頼まれた時、「汐屋さん、その感覚、だいぶやばいですよ。自分ができないとかやりたくないことを頼みやすいっていう理由だけで後輩の私に丸投げしてません?もし私が年上だったら、同じ理由で頼めます?」とハッキリ言います。
電車で痴漢に遭い、事情聴取で遅れてきたというのに、無断で遅刻をしたと怒る上司には、「部下の女性が痴漢にあったのに『大丈夫か?』の一言もないんですか?普通、それ訊きません?」
子どものいる男同士の同居に偏見のある恭平に、「抵抗があるのは、汐屋さんが自分みたいな男を世の中のスタンダードだと思っているからですよ。その思い上がりをやめれば解決する話なんじゃないですか?」
夫の転勤先にある支社に移りたいと希望を出した女性に人事部長が、「君の旦那は一流企業に勤めているんだろ?だったらそこまでして働く必要があるのか、結婚したんだから家に入ればいいじゃないか」と言ったことに対して、「『他人の価値基準に口出しすんじゃねえ』ってどつきに行こうかと思いました。」etc.。
こういうことを言える女性っていいですね。

全く正反対の性格だった恭平も章吾も一緒に暮らすことにより、変わっていきます。

恭平は「井口のその主張は、分厚い金属製のドアを、握りこぶしで叩いているようなものだ。どんなに言葉を尽くして不平等さを説いたところで、社会はそう簡単に変わらない」と思っていましたが、妻の死により男性社会の中の弱者になったことで、前なら感じることも知ることもなかったことを経験していき、最後にはこう章吾に語ります。
「小さいところでは守ってやれても、俺は会社で志乃をいっぱい裏切っている。男尊女卑や女性差別を仕方がないことだと見過ごして、志乃が将来出ていく社会を悪くしている一方だ」と。

章吾は章吾で昔から男性性の支配する社会に溶け込めず、違和感を持って生きていて、自分の存在意義を感じられませんでした。
でも「僕の存在が志乃ちゃんの記憶に残らなくても、行為の中に愛があるのなら、それでいい。大事に思う存在が、その愛を栄養にして育つのであれば、僕がここにいる意味はあるのだ。」と思えるようになります。

「子どもを作るのは親のエゴでも、実際に生まれてきた子どもが歓迎されない社会にはしたくない」という章吾の言葉は重いです。
日本社会がすぐには変わるとは思いませんが、気づく人が少しずつ増えていけば、男性も女性も共に生きやすい世の中に変わっていくと思います。
男性諸君、是非読んでみて下さい。