ヘニング・マンケル 『ピラミッド』2023/01/19

クルト・ヴァランダー警部シリーズの第一作『殺人者の顔』以前のことを描いた五編の短編集です。
まだ22歳の警察官になりたてのヴァランダーが出てきます。
彼は初めはマルメ警察署に勤めてから今のイースタ警察署に異動したのですね。


「ナイフの一突き」
1969年6月。22歳のヴァランダーは昨年コペンハーゲンからマルメに戻る船の中で出会ったモナと付き合っていて、結婚したいと思っている。
この頃、ベトナム戦争反対デモが何度も繰り返し行われており、ヴァランダーは臨時に結成された機動隊に所属しているが、刑事課で働くことを希望している。
数年前に警察官になると告げた時から父との仲は冷え切っている。

ある日、ヴァランダーは非番でアパートでレコードを聴いているうちに眠ってしまい、バンという大きな音に起こされる。買い物に行こうと思い、部屋を出た時に隣室のドアが半開きになっているのに気づく。ノックをして声をかけるが、応えはない。部屋に入って見てみると、隣室の老人のホレーンが床に倒れて死んでいた。

刑事課で性格に難があるが非常に優秀だという噂の犯罪捜査官ヘムベリ刑事が捜査することになる。
ホレーンは自殺したと思われたが、その日の夜中に、何者かがホレーンの部屋に忍び込み、その三日後の昼間に不審火が出る。
ヘムベリは被害者を最初に見つけたということでヴァランダーを捜査に加える。
ヴァランダーは事件捜査にはまり、新米警察官という立場を超えた行動をしていく。

モナに振り回されているヴァランダーが可哀想です。
たいした女じゃないのにねぇ(失礼)。他に付き合っていた女もねぇ。
ひょっとしてヴァランダーは女を見る目がないのかww。
お父さんは昔からエキセントリックだったんですね。服装の趣味が普通じゃないし、息子に内緒で引越しも決めちゃうし、嘘は言うし…。
ヘムベリはヴァランダーの資質を見抜き、捜査のイロハを教えていったようです。
イースタ警察署のリードベリみたいな人がヘムベリだったようです。

「裂け目」
1975年のクリスマスイブ。
モナとの生活は言い争いが日常になっている。
娘のリンダは五歳。彼女がモナとヴァランダーの間をつなぎ止めている。
来年の夏にイースタ警察に移ることになっている。

ヴァランダーが家に帰ろうとしたところにヘムベリがやって来る。
家具センターのそばの小さな食料品店の店主から店の周りをおかしな人物が歩き回っていると電話がきたので、帰る途中に店に寄って店主と話しをしてくれと頼まれる。
店に入ると女店主はうつむきに倒れており、ヴァランダーは後ろから頭を殴られ気を失ってしまう。気づくと両手両足がロープで縛られていた。
ロープを解こうとしていると、目出し帽をかぶり手袋をした男が現れる。
武器を持っていないようだったので、ヴァランダーは男に飛びかかったが、男はピストルを持っていた。
男はピストルをヴァランダーの頭に狙いをつけたまま動こうとはしない。
何故なのか。
沈黙に耐えきれなくなったヴァランダーは男に向かって話し始める…。

「海辺の男」
1987年4月。ヴァランダーはもうじき40歳になる。
イースタ署に配属されてからずっとポーランドへ高級車を密輸する犯罪集団の追跡をしている。
モナとリンダはカナリア諸島で二週間の休暇を過ごしている。
リンダは高校をやめてしまった。モナとの結婚生活に亀裂が生じている。

ヴァランダーは同僚のハンソンから病院に呼び出される。
ステンベリというタクシー運転手がスヴァルテからイースタの広場までアレキサンダーソンという名の男を乗せた。
広場に着いたときに声をかけても、揺すっても目を開けなかったので、病院へ車を回した。
緊急搬入部によると、男はもう死んでいるという。
死んだ男はストックホルム在住の49歳のエレクトロニクス企業の社長。
自然死に見えたのだが、検死で専門家だけが調合できるという毒が見つかる。
彼は四日間のイースタ滞在中に、毎朝タクシーでスヴァルテに出かけ、海岸を散歩し、午後遅く電話を借りてタクシーを呼び寄せてイースタに戻っていた。
毎日海岸で犬の散歩をしている老人は誰も見かけなかったというが…。

「写真家の死」
1988年4月。
ヴァランダーはモナと別れた。
歯が割れて、痛みが出ている。
リードベリはこの頃背中が痛いと言って、仕事を休むことが多くなっている。

週に三回フォトスタジオの掃除をしているヒルダは、ある朝、店主シーモン・ランベリの死体を見つける。
ランベリはヴァランダーも何度か記念写真を撮ってもらった男だ。
清掃人によるとランベリは週に二回、夜にアトリエに行っていたようだ。
妻は夫を殺した人間に心当たりもないし、彼に敵はいない、秘密の多い人だったという。

ランベリは有名人の顔の写真を歪め、細部の寸法を変えて作った写真をアルバムに貼っていた。驚いたことに、その中にヴァランダーの写真もあった。
目的は何なのか?

ある夜、フォトスタジオのドアから中に入り込んだ男がいるという通報がある。
ヴァランダーは外に出てきた男を追跡するが逃げられてしまう。
スタジオの中は変わりがなかったが、ラジオの局が変わっていた。
男はなぜ戻って来たのか?何かを忘れたのか?
謎は深まるばかりだった。

「ピラミッド」
1989年12月。
ヴァランダーはまだモナと別れたことを受け入れられないでいる。
モナが出て行ってからいい加減な食事をしているため肥満になっているのを受付のエッバに注意される。

ある日、モスビー海岸の北にある畑に小型の軽飛行機が墜落する。
機体に焼死体が二体。
管制塔によると、朝の五時に通過する許可を与えた単独飛行機は一機もないし、緊急事態を知らせる非常通報も受けていない、レーダーには何も映っていないという。
墜落場所の近くに住んでいる老人は、朝の五時頃通り過ぎる飛行機の音が聞こえ、それから静かになり、少ししてからまた飛行機の音が聞こえ、そして爆発音がしたという。
どこかで積荷を投下して戻ってきたのだろうか?

そんな頃、エーベルハルズソン姉妹の手芸用品店が放火され、姉妹は焼死体で見つかる。彼女たちの後ろ首に銃弾が撃ち込まれていた。
誰が何の目的で老婦人を殺したのか?
彼女たちは本当に、みんなの思うような罪のない老婦人だったのか?

二つの事件に奔走するヴァランダー…。

お父さん、やってくれました。
夢を叶えてエジプトに行き、クフ王のピラミッドに登ろうとしたのです。
もちろん禁止されていることですから、警察に捕まってしまいますよねwww。
ヴァランダーは二つの事件の捜査で忙しいというのに、お父さんのためにわざわざエジプトまで行かなければならなくなっちゃいます。
お父さん、八十歳になるというのに、元気です。

誰かはわかりませんが、ヴァランダーが勤務中にお父さんを空港に送っていったのを署長にチクった奴がいますが、私はマーティンソンのような気がします。どうでしょう。彼って味方っぽいのに、裏切りそう。

人間って誰にも知られていない裏の顔があるから面白いのかもしれないと、ふと思いました。
その点、ヴァランダーの家族はみな裏表のない性格みたいで、もろわかり過ぎてしまいますね。悪いことのできない家族です、笑。

どのお話も面白かったです。
特に「ピラミッド」の中の、ヴァランダーがピラミッドを見ながら「夢を大事にするべきだと思う。自分は何を大切にしてきただろう?」と思う場面が好きです。
ヴァランダーをより詳しく知りたい方にオススメの本です。