修善寺に行く ― 2025/05/06
昨年の連休にどこに行ったのか記憶にないので、ブログをみてみると、立川に行っていました。
一時間ぐらいで行けたのでよかったのですが、今回、よく考えずに修善寺まで行ってしまいました。
そもそも美容院の店長さんが修善寺のホテルの食事がすごくいいと薦めてくれたのが始まりです。
ちょうどドッグフレンドリールームが空いていて、決めちゃいました。
しかし、連休中は止めた方がよかったです。
3時間ぐらいで着けるかなと思っていたら、4時間以上もかかってしまいました。
途中までナビ子(使えないカーナビゲーションのことをこう呼ぶ)は高速には乗らずに下の道で行くように指示します。
一時間ぐらいの間隔でコンビニでトイレを借りつつ犬を外に出せたので、下の道でもよかったのですがね。

高速に入ってすぐのPA(名前を忘れたw)に犬がくつろげる場所がありました。
やや狭いけど、犬用ゴミ箱があってありがたいです。
ここまでは兄犬はご機嫌でした。
なんとかホテルに着きました。
最後が山道だったので、兄は車酔いのためか機嫌が悪く、いつもは吠えないのにクレートの中で吠えています。
抱くと静かになったのですが、ホテルの従業員の女性は犬が嫌そうでした。

粗相をしないように部屋に入るとすぐにおしめをします。
へや中をかぎまわる兄犬。やっと落ち着いたようです。
この後、静かにクレートの中で寝ていました。
残念なことに、床が滑るようですし、犬がドアから出ないようにするフェンスもありません。
ここより軽井沢の同じ系統のホテルの方が犬連れにはお薦めですね。
夕食は、メインが八種類(かな?)の中から選べ、後はビュッフェです。

私は鹿肉、夫はTボーンステーキ(写真)を頼みました。
ビュッフェは品数が少なかったですが、味はまあまあでした。
どうも期待しすぎたみたいですww。
次の日は修善寺温泉に行ってみました。
修善寺温泉は1200年前に弘法大師が発見した温泉だそうです。
鎌倉時代には「源氏興亡の哀史を秘めた舞台」になりました。
修禅寺の横の駐車場(500円)に入れました。
まず、修禅寺に行きます。
私は「修善寺」だと思っていたのですが、「修禅寺」なのですね。
曹洞宗の禅寺なので、「禅」なのかしら。

天気がよくて、暑いくらいです。

川が流れていて、右側にとっこの湯の河原湯(足場)が見えます。

修禅寺に向かいます。人が多そうなので、兄はママのスリングに、弟はパパが抱きます。
修禅寺は平安時代の807年に弘法大師空海により開創されたそうです。

山門から入ると左側にトイレがあり、お百度石と鐘楼堂があります。
手水舎には温泉が流れているそうです。

本堂。
「だるま石」を見るのを忘れました。

壇信徒会館の前のお地蔵さま。

ここにもお地蔵さまがいます。

米子に行ってからお地蔵さまが気になります。

弘法大師像。

藤の花のご朱印。
隣に日枝神社があるので、行きました。
ここも弘法大師の建立だそうです。

鳥居をくぐると、巨木があります。

木のパワーをもらいました。

境内に夫婦杉があります。ここは子宝祈願の神社です。

逆光でしたw。

自販機?見てみると、絵馬を売っています。
社務所が開いていないことが多いのでしょうかね。

県の天然記念物の「一位樫」。

朱塗りの虎渓橋を渡って指月殿に行きます。
コーヒーの匂いが漂う場所をすぎて斜面を上っていきます。

十三士の墓。
鎌倉幕府2代将軍源頼家の家臣で、頼家が暗殺された後に謀叛を企てたのが発覚して殺されたか、殉死したそうです。

源頼家の墓。

お願い石。持ち上げると重かった。願は叶わないのか・・・。

なんか色々とありましたww。
みなさん、右側に行かずに斜面を上っていきます。
私は上るのが嫌なので、古い建物の方へ行ってみました。

伊豆最古の木造建築物といわれている、暗殺された頼家の冥福を祈って母政子が修禅寺に寄進した「指月堂」があるではないですか。
みなさん、ここを見ないで何を見に行ったのでしょう。
禅宗式という珍しい様式の丈六釈迦如来座像が安置されています。
右手に蓮の花を持っています。

竹林の小径に行くと、人気らしく、人が増えます。

半鐘かな。

狭い範囲に橋が2つかかっています。
若い人が多いですね。
最後に源範頼の墓に行きました。

源範頼は源頼朝の異母弟で、義経の異母兄だそうです。

のどかな風景です。
一時間ぐらいで全部を回りました。
犬がいないとお店にも入れるので、二時間以上はかかるでしょうね。
お昼のために持って帰られる食べ物がないかと探したのですが、ないです。コンビニで何か買いましょう。
一服してから歩き足りないわんこたちのために、ホテルのドッグランに行きました。
ドッグランから富士山が見えました。

ドッグランは斜面で、狭いので、大型犬は物足りないでしょうね。

そろそろおやつを欲しがっているようです。

パパ、下さい。
兄がいつもおやつをくれるママの方を見ています。

パパ、早く、下さい。

兄はお行儀よくお座りしていますが、待てない弟は・・・。

おやつを平らげた弟はサッサと去ります。
ちゃっかりしてますねぇ。
風が強かったのですが、ベンチに座っていると、気持ちがいいです。
緑が多いと癒されますね。
部屋でしばらく休み、夕食に行きました。
昨夜よりも人が多いのか、ビュッフェを食べ終わったのにメインがなかなか来ません。
やっと届いたお肉は焼き過ぎ。残念。

食事後に外に出てみると、富士山が見えました。
翌日は小室山に行ってから帰ることにしました。
しかし・・・。

10時半頃に着いたのに、道路まで並んでいます。
聞いてみると、リフトに乗るまで45分から一時間かかるとのことです。
わんこたちがいるので、諦めました。
車酔いし始めたのか、兄の機嫌がメチャ悪いです。

つつじ園の方に行ってみましたが、つつじは咲き終わり、少ししか咲いていません。

つつじが咲くときれいでしょうね。
始めは家に三時ぐらいに着ける予定だったのに、とんでもありませんでした。
走っているうちに渋滞にはまってしまいました。

大磯PAには犬用ゴミ箱がある、犬が休めるスペースがあります。
子どもも遊んでいました。
車から下りると兄は元気になります。

他の犬が来始めたので、そろそろ車に戻りましょう。
結局、また渋滞にはまり、家に着いたのは五時近くになりました。
家に帰ってからの兄の便が緩くなっています。
実は持っていったウエットのドッグフードを開けると水がこぼれてきたのが気になっています。別のお店で買った時は全く水っぽくなかったのです。
通販で買ったドッグフードの保管が悪かったのかもしれないので、しばらく別の物を食べさせて様子をみます。
修善寺はちょっと遠かったです。
次は連休は避けて、二時間以内で行けるところにします。
深大寺に行く ― 2025/04/29
深大寺で秘仏「元三大師像大開帳」があると聞き、急遽行ってみることにしました。
混みそうなので、10時頃に行こうと思い、朝食を近くの果実屋珈琲で食べてから行くことにしました。
駐車場は空いていたのですが、ほぼ満席状態で、みなさん、歩いて来てるの?

フルーツサンドと卵サンド、シーフードサラダのセットとカフェオレを頼みました。
その後、パフェも食べたくなり、イチゴのパフェも頼んじゃいました。

この前はイチゴがちょっと酸っぱかったのですが、今回は少し甘味がついていました。
これは二人で食べました。(少し私の方がイチゴを多く食べましたよww)
お腹がいっぱいです。
10時前に深大寺に行くと、結構人がいます。

入り口には人がそれほどいませんが、中に入ると違います。

本堂です。

常香炉の真ん中ににお線香を入れて煙をたて、身を清め、拝みます。

本堂の左側に見事ななんじゃもんじゃの木があります。
満開で、嬉しかったです。

左側の坂道を上って行くと三元大師堂があります。

左側に秘仏「元三大師像大開帳」の入り口があり、拝観料千円を払います。
しかし、拝観まで45分待ちという表示が出ていて、10時前だというのに人が並んで待っています。
本当に45分も待つのかどうかわかりませんが、6月2日まで拝観できるというので、別の日に拝観することにしました。

北門から出ると神代植物公園へ行けます。

入口で入場券(一般・大人500円、65歳以上250円)を買います。
都立なので入場料が安いんですね。
前はバラが咲いていましたが、どうでしょう。

残念ながら、それほど咲いていません。

ばら園の真ん中に噴水があります。

春のバラフェスタは5月3日からなのですが、連休中はあまり咲いていないみたいですねぇ。

昨夜の雨の水滴がバラについていました。

大温室に入りました。最初は熱帯の花木室です。

ヨウラクボクが咲いたようですが、花びらが落ちていました。

Googleによるとアフェランド・シンクレリアナ(?)。

メディニラマグニフィカ。

ヒスイカズラ。珍しい色ですね。

ベゴニア室。花屋さんに売っているものよりも大きな花です。

熱帯スイレン室。少しだけスイレンが咲いていました。

外に出てばら園を臨みます。
ぼたん・しゃくやく園とダリア園の方へ行ってみます。

ぼたんが少しだけ咲いていました。

藤の花が咲いているので、見に行きました。

そういえばあしかがフラワーパークは藤の花で有名ですね。
今は盛りなのでしょうか。

ピンクのプラスチックみたいな花が咲いていました。
ラナンキュラスの一種でしょうか。

広い芝生広場です。ボール遊びは禁止されているので、安心して座れますw。
道路の向こうには無料開放区域の自由広場があり、犬OKのようです。
ドッグランもあります。
深大寺に来たからには蕎麦でも食べていくかと思ったのですが、どこの蕎麦屋も並んでいます。

人が少なさそうな店に並んでみたのですが、店の前に貼ってあるメニューを見てびっくり。
「現金のみ」と書いてあります。財布の中を覗いてみると・・・ざる以外を食べるとどうも足りなさそう。
この頃、クレカを使うことが多く、あまり現金を持って歩かなくなっています。
観光地に行くと、まだクレカが使えないところがありそうなので、気をつけなければなりませんね。
蕎麦がダメならうどんでもと思ったら、こちらも長蛇の列で、諦めました。
私はそれほどお腹が空いていなかったのですが、夫は家に帰ってからカップ麺を食べていましたwww。
東扇島東公園に行く♪ ― 2025/04/19
昨年、川崎の工場夜景を見に行った時に行った東扇島東公園に行って来ました。
二日前に、ママがいなくてパパのいる時に兄わんこが吐いたらしいので、ちょっと心配でしたが、二匹を連れて行きました。
兄は何回車に乗っても車酔いするみたいです。
今まではクレートに入れていたのですが、今回、初めてママが兄を抱いていました。
人工海浜側の駐車場が空いていたので、そこに車を停めました。
(駐車料金:三時間まで200円、硬貨か千円札のみ)

こんな風に砂浜があります。意外と人が少ないです。
夏にはもっと人がいるのでしょうね。
砂浜には犬は入れませんので、気をつけて下さい。
釣りも禁止です。

左側に磯みたいなものがあり、潮干狩りができるみたいです。

天然のアサリが採れるらしいです。

わんこたちは車から降りれば元気いっぱいです。
初めての所に来たので、落ち着きのないわんこたちです。

ママが急いで先に行き、振り返って写真を撮ろうとすると、気づいたわんこたちは横を向いてしまいました。
お座りと言っても無視されましたww。

デッキを歩いて行こうとすると、犬の吠え声が聞こえてきました。

スリングに入っていた兄が反応して吠え始めたので、浜辺の方に戻り、パパに二匹をあずけて、ママだけ公園を回ってみました。

多目的広場では小学生のサッカーの練習か試合をしていました。

草地ではディスクドッグ競技会が開かれるようで、人間がフライングディスクを投げる練習をしていました。
犬たちはテントの中で競技会が始まるのを待っています。
まっすぐ行くとヘリポートや芝生広場、バーベキュー広場がありますが、行かずにドッグランを見に行きました。

ドッグラン(わんわん広場)が二つあります。こちらは小型犬用です。

中・大型犬用のドッグラン。
ドッグランを使用するには登録が必要です。登録を考えている人はこちらをご覧下さい。
朝の9時過ぎでしたが、小型犬は結構いましたが、大型犬は2、3匹しかいませんでした。
時間が経つにつれ、犬たちが続々とやって来ます。
残念ながら、うちの兄犬のように他の犬が苦手な犬にはこの公園は向かないかも。
潮風デッキの方へ行きます。

このデッキから対岸の工場夜景を見ました。

夜はこんな感じです。

夜になると・・・。

アラ?違う所?
高い煙突の左側にあった煙突がなくなった?

横に汐入の池があります。

船があるので、そっちに行ってみると、途中で立ち入り禁止になってしまいました。
デッキを歩いてわんこたちのいる方へ戻ります。

船がやって来ます。

二隻が行き交います。
トイレが広くてきれいで、管理人がよく巡回していますので、安心して使える公園です。
再度、桜を見に行く🌸 ― 2025/04/04
晴れたので、毎年行っている善福寺緑地に桜を見に行ってみました。

雨のため桜は散り始めているようです。

携帯のカメラではこれぐらいしか撮れません。

明日、別のところに犬連れで行こうかと思っていますが、どうでしょう。

ほどほどに見て戻ってきましたが、わんことお散歩に行った近くの公園の桜が満開でした。

兄をスリングに入れて、写真を撮ってみました。

相変わらず横を向いています。

なんとか前向きが撮れました。
でも、看板と手が写ってしまい、桜は何輪かしか写っていませんww。
どうやってもわんこと写真はうまくいかないようです。
井の頭恩賜公園の桜 ― 2025/04/03
雨が降っていましたが、外出したついでに井の頭恩賜公園に桜を見に行ってきました。
雨でも人が多いのは仕方がないですね。
外国の方も来ていました。

鴨が集まっていました。

雨でもスワンボートが沢山浮いています。

スワンボートは人気なんですね。

雨で桜が散っているようです。

桜でない花が満開でした。
ピンクのコブシです。
コブシはハクモクレンよりも花が小さいのですね。
何回調べても忘れてしまいますww。
明日は晴れるようなので、兄わんこを連れて花見に行って来ましょうか。
別に弟を連れて行ってもいいのですが、弟は知らない場所が苦手で、挙動不審になってしまうのです。

「ママ、失礼です。ぼくは兄よりもいい子で、写真を撮る時はお座りをするのに」
残念ながら、桜はお座りしたら写りませんねぇwww。
鴨川に行く②(佐久間ダム親水公園&道の駅保田小学校) ― 2025/04/01
朝日を見ようと5時過ぎに起きたのに、見られませんでした。

春は朝日が見られない確率が高いのでしょうか。
雨が降っていないので、よしとしましょう。
ホテルのエレベーターの前に撮影スポットがあるので、11月の時のようにヨーキー弟を座らせてみました。

桜といっしょに。

立派なベッドですね。
どうです。ちゃんとお座りして前を向いています。
なんで昨日、兄と撮影する時に後ろを向いたのか訊いてみると、一人前にこう言っていました。
「ぼくは、兄とは共演NGです」
ちょっと生意気ですね。

朝食を食べてから浜辺をお散歩をして、ゆっくりチェックアウトをしました。
曇りですが、予定通りに桜を見に行きましょう。
行った先は佐久間ダム親水公園です。

ダムのようですが、そうは見えませんね。

向こう岸に桜が咲いています。

曇っているので、あまり綺麗に見えません。

とっても寒いので、甘酒(麹で作ってあるので、アルコール分がない)とお花見団子を買いました。

お花見団子はすあまを丸めたもののような、ほんのり甘い味がしました。

犬がいるので、外で甘酒をすすりました。寒いです。
「ぼくたちは寒くても甘酒は飲めません」by ワンコズ

次の目的地に行こうと走り出した時に、花が満開の場所を見かけたので、湖をグルッと回って行ってみようと思ったら、通行止めで回れませんでした。
次に天気がいい時にまた来てもいいかも。
行きに見つけた「道の駅 保田小学校」に寄ってみました。

元小学校の敷地を利用しているみたいです。

直売店や飲食店の他に宿泊施設があります。
パンを買いたかったのですが、人が並んでいて混んでいるようなので、止めました。
犬がいると、お店に入れないのが難です。
ドッグランがあります。

犬がいません。今のうちに使いましょう。
受付に行って、使用許可書に記入して許可証をもらいます。
小型犬にはちょうどいい大きさのドッグランで、下が芝生なのがいいです。
わんこたちは嬉しそうに走ったりクンクンしたりしていましたが、パパが兄のことを心配して、しばらくしたら走るのを止めさせました。
何しろ膝に故障がありますから。
その代わりに弟が大活躍しました。
滅多にドッグランで走ることがなかったのに、「おいで」と呼びかけると、走って来ます。

兄はパパに抱かれて、走る弟を見てイヤイヤをしています。走りたいんです。
弟はママのところまで一直線に駆けてきます。

見てください。凛々しくなった末っ子です。
ママ、嬉しいわwww。
何度も「おいで」と言うと走って来ました。
直売店で野菜を買って帰って来ました。
雨は降りませんでしたが、ちょっと寒くて、残念な旅行でした。
でもヨーキー弟がたくましくなったのが見られてよかったです。
しばらく雨模様ですが、今週末あたりにいつもの場所へ花見に行きたいです。
もちろん、電車に乗れないわんこたちは連れて行きません。
「ママ、ずるいです」by ワンゴズ
鴨川に行く①(大山千枚田の桜と天津神明宮) ― 2025/03/31
桜を見に千葉の方へ行って来ました。
ホテルか何かのインスタで大山千枚田の桜がオススメと書いてあったので、11月にも行ったのですが、また行ってみました。
(*11月の様子はこちら)

今回は田んぼに、水が張られています。
右側の木は桜ではなくて、アンズの木です。もう花が散っています。

思ったほど桜の木は多くないです。

久しぶりに見たタンポポ。

兄は車が苦手です。
海ほたるが満車だったので、外に出られず、君津PAまで乗っていたので、兄は車の中で吐いていました。
それでも外に出ると元気一杯で、グイグイ歩きます。
坂道もものともしません。

桜が咲いているところまで行ってみました。

わんこたちはなかなかジッとしてくれません。

桜はどこ?

お座りと言っても、お座りせず。前を向いてくれただけましです。

パパがお水をあげようとしているのに、無視をするわんこたち(笑)。
まだホテルのチェックインまで時間があったので、天津神明宮に行ってみることにしました。
千枚田から30分ぐらいかかりました。

ここの鳥居は伊勢神宮と同じタイプのものだそうです。
境内はペットを連れて行けないので、パパとママは別々に拝んできました。

鳥居を入って左側に県指定天然記念物「まるばちしゃの木」があります。

この木かしら?

私の前に拝んでいる女性が長くて、何を拝んでいるのかしら。
そんなことを思ってイライラしたせいか、おみくじを引くと、「小吉」でした。
アララ。
気にせず、これからよくなると思いましょう。

パパが戻るまで暇なので、わんこたちと黄色い花を撮ろうとしたら、珍しく二匹ともにお座りしました。
しかし・・・。なんでヨーキー弟は後ろを向いているのでしょうか。
ホテルにチェックインし、お部屋で自由にさせると、弟はすぐに座っているママのところに来て、膝の上にのります。
弟はジャンプ力があるので、椅子に飛び乗ります。
兄は椅子にはのれないので、ママが椅子の上にのせてやります。
弟は自分で椅子から下りますが、兄は下りれません。

兄はママたちが何をしているのか気になるみたいです。
見栄えが悪いのですが、絶対にお部屋で粗相をさせないように、しっかりとマナーベルトをし、いつも取れないようにガムテープでとめています。

二匹がママの脚の上にのり、寝ています。重いんですが。
早めに餌を食べさせ、パパママは食事に行きました。

とても春らしい先付けです。

海のそばなので、お刺身が新鮮で美味しかったです。
明日は天気が悪そうで。どこに行きましょうか。
米子に行く③(米子城下町散歩) ― 2025/03/26
次の日の朝、ホテルでゆっくり朝食を食べ、9時過ぎに出かけました。
結構、朝から食べてしまい、お昼は食べませんでした。
鳥取のガイドブックを買ってみてみましたが、びっくりしたことに米子市については地図のみで詳しい情報が全く載っていません。
この頃のガイドブックにはグルメとショッピングしか載せないのでしょうか。
みんなネットで調べるようになっているので、紙のガイドブックも地図もなくなるんでしょうね。
仕方ないので、ネットで調べてみました。
帰りの飛行機が混んでいて、早い時間のしか取れなかったので、2時間ぐらいしか時間がありません。
お寺が好きなので、寺町付近に行ってみることにしました。
国道9号線を三の丸を通り過ぎて歩いていくと、賀茂神社天満宮があったのに、私は中に入らずに通り過ぎてしまいました。
何でお参りしなかったのか、今になって後悔しています。
しばらくすると、鳥取大学医学部付属病院があります。
この病院は2つも大きな駐車場がある、立派な病院です。

建物が古くなったので、建て替えの話が出ていて、隣にある泰山公園の土地が使われるようです。

チラッと道路からのぞいてみた泰山公園。ここも時間がないので、中に入りませんでした。
何故米子市に鳥取大学医学部と附属病院があるのかというと、第二次世界大戦中に軍医が不足し、軍医養成のため医専増設を文部省が考えたからです。
この時、鳥取市は昭和18年に起きた大地震で壊滅的な被害を受け、余裕がなかったため、米子市が適地であるとされ、昭和20年に米子医学専門学校が開校されたそうです。(鳥取大学医学部HP「医学部の歴史」より)
ずっと歩いていくと加茂川にぶつかります。
加茂川に沿って歩いていくと、立派なお屋敷がありました。

後藤家住宅です。

住宅以外に長楽軒と松風庵などもあるようですが、一般公開はしていないようです。
後藤家は石見国浜田の出身で、戦国末から近世初頭に米子に来住し、江戸時代に廻船問屋として財をなしました。
明治期に後藤家の養子になった後藤快五郎が山陰鉄道の建設に尽力し、「山陰鉄道の父」と言われているそうです。

加茂川はもともと外堀だったみたいです。
加茂川沿いに土蔵が沢山あったそうです。

土蔵も壊されてなくなっているようです。

加茂川にかかる京橋。
加茂川と京橋。京都と何か関係があるのかしら?

お地蔵さんがいました。
「橋守り地蔵」で交通安全祈願のお地蔵さんです。
上に白い紙と赤い紙が貼ってあります。
これは「札打ち札」といい、身内に不幸があったとき、霊を慰め、浄土に着かれるまでお地蔵さんにお守りいただくように、7日ごとに7回札を貼ります。
おしまいの四十九日目には赤札を貼り法要を行うという風習なのだそうです。
安永の初め頃に宮大工の彦祖伊兵衛が、加茂川で亡くなった子どもたちの供養のために、川や橋のたもとに36カ所の地蔵札所を奉納し、祠堂を建てたのが始まりだそうです。
旧加茂川の地蔵は平成28年に「地蔵信仰が育んだ日本最古の大山牛馬市」の構成文化財として日本遺産に認定されたそうです。
お地蔵さんは二千体以上あるそうです。
この辺りにお地蔵さんがいくつかあるそうなので、探しながら歩いてみましょう。

「判屋船越家」。
米子には京都と同じように町家があります。
この船越家の住宅は主屋、土蔵2棟、裏門からなる町家だそうです。
船越家は江戸時代初期に備前岡山から移り住み、代々船問屋を営んできた有力商人だったそうです。
米子には約700の町家が残されていますが、壊される傾向にあるそうです。
ホテルにしたり、お店にしたりしてでもいいので、保存してもらいたいですね。
米子の町家は京都のとは違い、入ったら土間があり、吹き抜けになっていて、大きな神棚があるそうです。
竃は外にあり、坪庭ではなく、庭園があったりと、京都のよりは大きいみたいです。

裏門と二つの蔵。左側の蔵には窓がありますが、戦時中に人に貸し、部屋として使っていたそうです。

京橋を渡ると、「橋番地蔵」があります。「お許し祈願」のお地蔵さまです。
京橋の袂に刑場があり、罪人が百叩きの刑を受けた後に泣いてお詫びして帰ったそうですww。
お地蔵さまは閻魔様ですからね。
このお地蔵さん、よくみると、丸い石のままです。ただの石でもお地蔵さんにしちゃうんですね。

「米子まちなか観光案内所」も町家で、旧外江屋店舗(旧海産物問屋)だそうです。
中に入ると、お土産物や飲み物などを売っています。蕎麦なども食べられるそうです。ガイドも一時間2000円でしてくれるそうです。
町家を改築しているので、右奥に行くと町家らしい大きな神棚と明かり取りがあります。

正面の神棚。

左側の神棚。何かを入れる引き出しかと思いました。

振り返るとこんなものがありました。

「げぎょ」といって、「防火のまじないを込めた屋根飾り」。
本当に米子城のものか?という感じですね。

道を見ると、真っ直ぐではなく、ズレています。

「鹿島小路」。「小路」は「しょうじ」と読みます。この辺に沢山小路があります。(参考:「なつかしの小路と町家めぐり」)
鹿島家は岡山から行商に来ているうちに定住した、米屋、質屋と手広く営んだ豪商で、ここら辺の土地を持っていたようです。
米子城の小天守再建の費用を肩代わりしたのですが、お金は戻らず、その代わりに下贈された鯱(しゃちほこ)が残されています。
鹿島茶舗が本家だそうです。
寺町の方に行ってみましょう。

立派な門のお寺は心光寺です。
本堂は焼失後、昭和49年に再建されたようで、コンクリート製です。

鐘楼も立派です。
このお寺は庭園が有名で、豪商のお墓もあるそうです。

ここにもお地蔵さまがいました。
「心光寺地蔵」です。子安祈願だそうです。ぼけてますが(恥)。

この通りにお寺が九つほど並んでいます。

アラ、お地蔵さまじゃないのに、札打ち札が貼ってあります。
石ならすべてがお地蔵さまなんですかあwww。

「妙善寺小路」。
米子を代表する小路だそうです。
町家、お地蔵さん、お寺、鳥取大学医学部、米子城が見えるからです。

「与太郎地蔵」。新転祈願です。
毎年8月23日の地蔵盆の宵祭りに、近くの遊園地に移されますが、いつもちゃんと戻ってくるので、新転祈願なんだとか。

明治元年創業の駄菓子屋の「岡本一銭屋」。
江戸末期の町家で、二階建てに見えますが三階建てで、大正時代の一銭硬貨をあしらった看板です。

享和元年(1801年)創業の老舗のお茶商、ながた茶店。
つし二階、漆喰壁、虫子窓、うだつなど良質な町家だそうです。

かわいらしい「つなぎ地蔵」。良縁祈願だそうです。
この地蔵の制作は安来市の石彫刻家清水洋一氏で、後ろの詩句は仏教詩人板村真民氏のもの。

江戸時代に木綿問屋を生業にした豪商の坂口家住宅。
そういえば心光寺にお墓があり、米子市寄贈の燈籠がありました。

門の屋根から松が顔を出しています。

向かい側も坂口家の住宅のようで、この門は戦後、天皇陛下が坂口家にご宿泊した時以来、開かずの門になっているそうです。

右奥が坂口合名ビルで、地方財閥坂口平兵衛が昭和6年に本社ビルとして建てた近代洋風ビルです。

町家はレストランや飲み屋、ショップなどになって使われているようです。
このお店、女性に人気らしいです。次回に行ってみましょうかね。
最後に2つ、お地蔵さんに会って来ました。

「出現地蔵」。立て直し祈願のお地蔵さまだそうです。
木下薬局の徳子さんが7歳の時に、観世音菩薩のお告げを聞き、加茂川の井戸を掘り下げたところ、お告げとおりの地蔵尊が現れたそうです。

最後は「咲(わら)い地蔵」。
もともとは左端のお方が祀られていたそうです。
笑い人生祈願といって、とてもいいお地蔵さまですね。
このお地蔵さまは心が広くて、どんなお地蔵さまでも受け入れるそうです。
出現地蔵さまから拒否された方もここにいらっしゃるとか。
一番人気でしょうかね。
笑いが多い人生になるように、拝んでおきました。
ここで時間がなくなったので、ホテルに荷物を取りに行って空港に向かいました。
初めての米子でしたが、十分楽しめました。
米子市はこれから海外の裕福層向けの観光地を目指していくそうです。
行くなら今のうちかもしれません。
<注意事項>
米子のバスは現金のみで、運賃箱に入れてしまうとお釣りが出ません。
知らずに入れてしまい、「お釣りは出ません」と運転手さんに言われてしまいました。
忘れずに両替しましょう。

お土産物を並べて写真を撮ろうとしたら、食いしん坊の兄がやって来て、蒲鉾の匂いをかいでいましたww。

買って来たのは、夫用の辛口のお酒としじみと羊羹などです。
何故かお座りした兄。
兄には何もありません。ごめんね。
でも君はママが帰って来ても塩対応だっだもんね。
弟はものすごい勢いでママに抱きつき、匂いをかいでいましたよ。
今度はどこに行こうかしら。
ひとつ行きたいところがあるんだけど。
「ママ、いい加減にしてください」by ワンコズ
*米子について詳しく知りたい方はこんなHPを見つけたので、見てみて下さい。
米子に行く②(米子城跡) ― 2025/03/25
2022年に放送されたNHKの「日本最強の城スペシャル」で米子城は「絶景日本最強の城」に選ばれたそうです。
とにかく景色がよさそうなので、足立美術館に行った後の夕暮れの頃に行ってみました。(参照:米子城公式ホームページ)
(*以下の文で間違いがあったら教えていただけると嬉しいです)
まず、国道9号線から城跡を見てみます。

三の丸の整備をしているようです。
ここでは昭和25年に鳥取県産業観光博覧会が開催され、その後昭和28年に泰山野球場が作られたようですが、今はありません。

駐車場とトイレ、そしてガイダンス用の建物が建っています。

本丸が見えます。
左側に行き、1つ目の角を曲がり歩いていくと城の入り口があります。

立派な石垣です。

左側に幟が見えたので行ってみると、大正14年に市民の浄財によって創始された四国八十八か所霊場があり、200体余の石仏が城山を八の字に取り巻く園路沿いに設置されているそうです。
廻ると一時間半ぐらいかかるそうですが、霊験あらかただそう(たぶん)。
さて、暗くなる前に本丸まで行きましょう。

入ってすぐに枡形石垣があります。

虎口。

二の丸からみた枡形石垣。

石段を上って行きます。すると右側に二の丸跡に移築された旧小原家長屋門があります。

小原家は、鳥取藩の米子預かりであった主席家老、荒尾氏の家臣で100~150石取りの中級武士だったそうです。(米子市HPより)

もともとの門は身分不相応に大きいということで、三分の一の大きさになったそうです。
写真の右手にテニスコートがありますが、このテニスコートはなくなるそうです。

二の丸跡から見た三の丸。
長方形に形づくられたものは発掘された米蔵跡で、長さ30メートル、幅6メートルの規模だそうです。
十棟以上あったようですが、二棟だけ復元するのでしょうか?

二の丸跡にこんな石(?)が並んで二つありました。
これは鳥取県産業観光博覧会の時に作られた滑り台の跡らしいです。
ここから一気に本丸まで上って行きます。
久しぶりの山登りで息が上がってしまいました。
15~20分程度で、それほど長く上っていないのにねぇ。
上る途中に県の準絶滅危惧種に指定されているカザグルマという植物が咲く場所があるようです。

番所跡でお休みしました。
遠くに高島屋の看板が見えます。この頃、デパートは経営難でなくなる傾向ですが、人口が14万人ちょっとなのに、米子市には高島屋と天満屋の2つもデパートがあるそうです。
鳥取県にはあと鳥取市に丸由百貨店があるだけだそうです。
本丸の中心の天守郭には、戦国末期に吉川広家が築城した三重四階の小天守と、慶長七年頃(1602年)、駿府から入城した初代米子藩主中村忠一が作った四重五階の大天守があったそうです。

見晴らしがいいですね。
少し日が落ちて来たようです。

五月初旬から下旬、七月下旬から八月上旬に八尋鼻と萱島の間に夕日が落ちるので、綺麗な太陽の道、オレンジロードが見られるそうです。(米子市HPより)
何やらここは米子のデートスポットなのかしら?
カップルが多いです。

大山(だいせん)が見えるはずですが・・・。
ダイヤモンド大山っていうのもあるようです。
2月20日ごろと10月22日ごろの気象条件がいい時に、大山から朝日が昇るのが見られるそうです。

下を見ると、急な斜面になっています。(写真ではわかりませんがねww)
敵が登ってこれないようになっているそうです。

もう一つの天守郭があった方へいくと、土台が残されています。

撮るつもりはないのですが、カップルがどこにでもいます。

ここも・・・。
部屋の大きさとかが何となく推測できますね。

ここにも・・・。
三の丸を見下ろしてみました。

飯山(采女丸)。

内膳丸。

見えている建物は鳥取大学医学部附属病院です。
弓ヶ浜半島を見てみると、山がありません。

実はここは日本最大の砂州なんだそうです。
じゃあ砂はどこから来たのかというと、中国山地や大山から崩れて来た砂もありますが、たたら製鉄の砂鉄を採るため山を崩して鉄穴流しをした際の排砂が半島の砂の供給源にもなったそうです。
そろそろ日が沈むかと思って見ると、残念。太陽が雲の中に隠れてしまいました。

町の夜景。

そろそろ帰らないと、足元が危ないです。
絶景でした。また来たいです。
今度は朝日を見たいです。
そうそう、米子城にまつわる、悲しいお話があります。
戦国時代末期の天正19年(1591)頃、毛利一族の吉川広家が築城を始めたのですが、慶長五年(1600)の関ヶ原の戦い後に、国替えの命を受け、広家は岩国に飛ばされ、米子の領主となった中村一忠が米子城を慶長七年(1602)に完成させました。
その後、城主は代わり続け、寛永9年(1632)からは鳥取藩主主席家老の荒尾成利が米子城預かりとなり、明治2年(1869)に藩庁に引き渡されるまで代々荒尾氏が管理していたそうです。
明治3年(1872)に、米子城が位置する山は士族らに無償で払い下げられましたが、明治6年(1875)年に米子城は取り壊されてしまったそうです。
取り壊された木材は当時の30円で古物商に売られ、風呂の薪として売り出されたなんていう説があるそうです。
なんとも残念なことですね。
(参考:「山陰を代表する米子城!完成したのは戦国時代後・・・名城に相応しくない残念な最後とは」、「米子城を極める!(現地ウォーク)資料」)
ホテルに帰って、この日、唯一のまともな食事をしました。

ご馳走様でした。
歩いた歩数は13418歩で、約9.36キロ歩いたようです。
あしかがフラワーパーク ― 2025/02/10
イルミネーションを見るはずでしたが、なかなか暗くならず、半端な感じになってしまいました。
正面ゲートを入ると、おみやげ売場と花売場があり、通り過ぎるとスープ&フードコーナーになっています。
遅くまでいられる方は最初にレストランに入って暗くなるまでの時間を潰すといいでしょう。
レストランは混んでいるみたいだったので、結局入らず、フラワーパーク内を三周ぐらいしてしまい、膝が痛くなりました。バカですね。

4時過ぎですが、明るいです。

クリスマスローズが咲いていました。造花かと思い、触ってみたら、本物でした。

花の花手水。いくつかありました。

レインボーマジック。なんとなく見えています。

藤の花のイルミネーション。
まだ太陽が沈んでいません。

大藤神社だそうです。

藤の花が咲く頃に来ると、こんな感じなんでしょうか。

「みんなの地球」

「ひかりのピラミッド」

背後に「スノーワールド」

少し暗くなってきました。
梅の花と藤の花のイルミネーション。

私が気に入ったのが「フラワーキャッスル」。

ヴァレンタインデーを意識していますね。

「光のバラ園」
ここもよかったです。

もう少し暗くなると、もっとよかったかも。

背景が変わっていき、奇麗でした。
やっと暗くなってきたというところで明日があるので、帰って来ました。
もっと広いと思っていましたが、そうでもなかったです。
一度見たので、私は満足しました。
カップルか小さいお子さん連れ向きだと思いました。
歩数は一万三千歩以上でした。
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