群ようこ 『サチコ』 ― 2026/07/03

スズキサチコは55歳で長年勤めた会社を早期退職するまで、なんの苦労もせずに、のほほんと生きて来た。
親が年を取ってからの子どもで、兄とは十三歳、姉とは十二歳違いだ。
両親からは溺愛されて育った。
サチコは内向的で、愛想がなく、読書さえしていれば幸せだった。
学校も就職先も親がすべてお膳立てをしてくれ、サチコはそれに乗ればいいだけ。
一人暮らしをしようとすると、父親が投資用に買っていたと言ってはいたが、実はサチコのために買っていたマンションをあてがわれる。
勤めて二十年ほど経ったときに、父親が亡くなり、しばらくして母親も亡くなる。
兄夫婦は両親の財産を多くもらおうとするが、久しぶりに会った姉は、遺産には興味がないようだ。
サチコはいかに自分が彼らに守られてきたかを知る。
五十代半ばになり、サチコは早期退職をする。
何もすることのなくなったサチコは不安になり、アルバイトを探す。
近所のスーパーマーケットでアルバイトをするが変な噂を流され、抗議をしてから辞める。
そんな時に自宅から歩いて三分の食堂キングでアルバイト募集の張り紙を見て、応募してみると、すぐに採用される。
サチコの新たな人生が開幕する。
こんな風にサチコさんの日常が淡々と描かれたお話です。
こんな女性はさがせばどこかにいそうですね。
食堂キングの奥さんとご主人、常連さんたちがいい人でよかった。
意地の悪い人たちだったら続かなかったでしょう。
それにしてもサチコさんは体が丈夫なんですね。
わたしならすぐに辞めてます。
仕事が事務職で趣味は読書といいますから、体に無理をしていないからかしら。
普通なら腱鞘炎になったり、腰痛になったり、色々と体が悲鳴を上げると思いますけど。
恵まれていますねぇ。
食堂キングの行く末も、謎の女スズコのことも明らかになっていないので、続編がありそうですね。
淡々と行くのもいいけど、サチコさんの心がもっと波立つことが起こることを期待しています。
人生で大切なのは何かを教えてくれる映画 ― 2026/07/02
観た映画を二作品紹介します。
まず、行きの飛行機の中で観た映画です。

「マテリアリスト 結婚の条件」
原題:「Materialists」
監督:セリーヌ・ソン
キャスト:ルーシー ダコタ・ジョンソン
ジョン クリス・エバンス
ハリー ペトロ・パスカル
ルーシーはニューヨークの結婚相談所で働くマッチメーカー。
高い理想や条件がマッチングしたクライアント同士を引き合わせ、結婚を成立させるのが仕事だ。
マッチングしたカップルの結婚式で、ハリーという裕福な投資家と出会う。
ルーシーのことが気に入ったハリーから交際を申し込まれる。
家柄も人柄も学歴も、そして容姿も好条件の彼とルーシーは交際を始める。
同じ日、披露宴でウェイターをしていた元恋人で俳優を目指しているジョンと再会する。
彼とは夢があっても貧乏な暮らしが耐え切れずに別れたのだ。
彼への未練があったルーシーは彼と会うことを約束してしまう。
そんな頃にクライアントが事件に巻き込まれる。
このままこの仕事を続けていくのか。
ハリーとジョンのどちらを選ぶのか。
人生の岐路に立つルーシー。
今はマッチングアプリで恋人を探す人が多いと聞きましたが、この映画のように結婚相談所に行く人もいるのですね。
クライアントの結婚相手の条件にはあきれてしまいました。
ある男性クライアントなんか今まで会った五人(だと思う)の女性の持ついい所をすべて持った女性がいいとか言ってましたw。
一見何もありそうもないハリーにも秘密はあったしね。
今の婚活市場がこの映画のようだったら大変だろうなぁと思いました。
でもね、愛か金かと問われたら、究極のところは愛を選ぶ人が多いんじゃないかと思いますよ。
というか、そうあって欲しいですね。
主演のルーシーがダコタ・ジョンソンだったのですね。気がつきませんでした。
飛行機の中で暇つぶしに見たのですが、観なくてもいい映画だったなぁと思いました(ごめんなさい)。

「ひつじ探偵団」
原題:The Sheep Detectives」
原作:レオニー・スヴァン 『Glennkill』
監督:カイル・バルダ
キャスト:ジョージ・ハーディ ヒュー・ジャックマン
ティム・デリー巡査 ニコラス・ブラウン
エリオット・マシューズ ニコラス・ガリツィン
レベッカ・ハムステッド モリー・ゴードン
リディア・ハーボトル エマ・トンプソン
リリー(声) ジュリア・ルイス=ドレイファス
セバスチャン(声) ブライアン・クランストン
リッチフィールド卿(声) パトリック・スチュワート
イギリスの田舎町テンブルックで羊飼いをしているジョージ・ハーディは、いつも羊たちに探偵小説を読んで聞かせていた。
ジョージは知らなかったが、羊たちは彼の読む探偵小説を楽しんで聞いていた。
ある日、ジョージが死体となって発見される。
無能のデリー巡査はよく調べもせずジョージは心臓発作で死んだ、事件性はないとして処理しようとする。
しかし、たまたま「文化フェスティバル」の取材に来ていた新米記者のマシューズがデリーにジョージのトレーラーハウスの中を見てみるように言う。
テーブルに二人分のグラスが残されていた。誰かが来ていたのだ。
羊は辛いことは忘れることにしている。1、2、3、と三秒で忘れられるのだ。
羊のリリーがみんなにジョージのことを忘れようと言うが、セバスチャンが反対する。
友は忘れてはいけない。恩を返さなければならないと彼は言う。
ジョージが何者かに殺されたと確信したリリーは羊たちでジョージを殺した犯人を捜そうと決心する。
原作がドイツ語で、世界的ベストセラーになったそうですが、映画は原作とは違うところが多いようです。
羊たちが可愛いので観てみたのですが、面白い映画でした。
ヒュー・ジャックマンが羊思いの羊飼いを好演しています。
彼は体を鍛えているのですね。上腕二頭筋と大胸筋がすごいです。(どこを見てるんだかww)
久しぶりのエマ姉さんに会えてうれしかったです。
愛する飼い主のために大活躍する羊たちもいいです。
羊たち一匹一匹に名前がついていて、キャラ立ちしていました。
クスっと笑えるところもありますし、何よりも羊たちの犯人捜しは堂に入っていました。ジョージの読み聞かせの賜物です。
まあ、いろいろと考えたくなる人がいるかもしれませんが、そんなことは抜きで、子どもでも大人でも楽しめる映画です。
私はAmazon Prime Videoで観ましたが、劇場で観た方がいいかどうかは人によりますね。
美味しい洋食屋のお話 ― 2026/06/30

長月天音 『キッチン常夜灯 満月のキッシュロレーヌ』
高坂あかりは仙台から上京し、ファミリーグリル・シリウスで働き始めた。
研修は神保町シリウスで行われ、配属希望は神保町だったが、駅ビルのレストランフロアーにある池袋店に配属された。
研修と実際の仕事は想定していたこととは大違いで、不甲斐ない自分に情けなく思うあかりだった。
心身ともに疲れが溜まった頃、店長のいつきがあかりを連れて行ってくれたのは、「キッチン常夜灯」だった。
今回のヒロインは新入社員のあかりです。
今の若い人のことは全く分かりませんが、あかりみたいな承認欲求の強い人が多いのでしょうか。
彼女や彼女の同期の女の子みたいな人は苦手なタイプだな。
後輩にいたら、困ってしまいそう。
その点、店長のいつきさんは上手くやっています。
常夜灯のみなさんがあかりを暖かく迎え、励ましを与えてくれるのがいいですね。
そんなお店が私が新入社員のときに欲しかったです。
ファミレス業界がブラックだと言われてから何十年も経っていますが、未だにブラックなのでしょうか。
働き方改革とは言われていますが、早く働きやすい職場になるといいですね。
沖田円 『丘の上の洋食屋オリオン 雨上がりのごちそう』
「第一話 おすすめはポテトサラダ」
侑喜は父母がやっている弁当屋『かわひろ』で働いている。他にやりたいこともなかったので、専門学校を出てから就職はせずに手伝い始めたが、この頃、このままでいいのかと悩んでいる。常連の三ツ矢にその話をすると、彼の祖母の開いた洋食店を継いでいる妹の店に行かないかと誘われる。
「第二話 あの日のコーンクリームコロッケ」
28歳になる千早は結婚が決まり、夏休みのような一カ月を過ごすために実家に帰って来た。近所のおばちゃんに騙されて犬の散歩をしている時に、洋食屋オリオンの前を通った。千早にある思い出が蘇る。
「第三話 雨上がりのぶどうのタルト」
広場恐怖症と診断された深月は仕事を辞め、姉の弥生と暮らし始める。ある日、散歩の途中でオリオンという洋食屋を見つけた深月は弥生と行ってみるが、店の中で症状がでてしまい、料理を食べられずに帰ってきてしまう。しかし、店員が料理をパックづめしてくれたので、家で食べた。深月はオリオンにお礼をしに、看板猫のバンダナを作ってもって行く。
「第四話 カツサンドとふたりの足跡」
豊と蒔子夫婦は晴ケ丘唯一の書店、『春木堂書店』を経営しているが、店を閉めることにした。洋食屋オリオンと同じ頃に開店した店だった。閉店の日…。
「第五話 はれの日のビーフシチュー」
パティシエを目指している中学二年生の日向乃は職場体験学習の体験先で、第三希望の『飲食・レストラン』になってがっかりしていた。行先は『洋食屋オリオン』で自分ひとりで行くのだ。不安だったが、行ってみると…。
美味しいフレンチと日本の洋食が出てきて、目だけで十分でした。
今の私にはポテトサラダ以外は食べられそうもないのです。
もう若い頃のように食べられないので、あっさりした和食で美味しいものをゆっくりと味わえるようになりたいものです。
どのお話もほっこりとした気持ちになります。
洋食屋は本来そういう場所なのでしょうね。
ヨーキー、トリミングに行く ― 2026/06/29
ママがいない間にチワマル兄のお腹の具合が悪くなったので、台風でキャンセルになったトリミングをヨーキー弟だけで行ってきました。
弟は元気いっぱいで、なんと、体重が3.1㎏から3.3㎏に増えていました。
なんということでしょう。ママがいなくても平気なのです。
その代わりに兄は、ママがいないとダメなのですね。
どちらをより可愛がるか、お分かりになりますよねww。

ママのポケット(スリングのことよ)に入り家まで帰ってきました。
いつもは嫌がって出ようとするのに、今日は何故かちゃんと入っていました。
いつもは兄が入っていますが、兄がいないと特別感があるのでしょうか。

おやつがまだだったので、兄も連れてきました。
弟の匂いをかいでいます。
トリミングに行ったことがわかったかな。

兄のしつこさに嫌そうな弟。

やっと兄が前を向いてくれました。
トリミングをしていないので、ボサボサでなさけない顔をしています。
(それにちょっと臭いですw)

おやつをもらおうと、やっとこっちを見てくれました。

と思ったら、また弟にちょっかいを出す兄。

ママ、早くおやつをください、というように舌をベロンとする兄。

やっと止めたと思ったら、顔の右の毛が変ですね。
来週にトリミングに行くので、可愛い顔を見せられるでしょう。
弟はママがいなくてもやっていけそうで、ママは安心しました。
お腹周りにできものができているそうです。
トイレの上に寝ることがあるので、菌でも繁殖したかな。
左耳も汚れが溜まっているとか。
体質でしょうか。
兄はまだお腹の調子がよくないので、整腸剤をもらって来ました。
来週のトリミングまでに治るでしょうか。
どんなに●●をしても食欲だけはなくならない兄ですww。
一色さゆり 『モナリザの裏側』 ― 2026/06/27
旅行に行っている間に本が溜まってしまいました。
内容を忘れないうちに書かなければと焦っています。
まず図書館の本から紹介します。

「オスロで光の種をまく」
エドヴァルド・ムンク ≪月光≫1895年、≪叫び≫1893年
大江沙弥夫は人前でうまく話せなくなり、仕事を辞め引き籠りの生活を送っていた。ある日、テレビでオスロのムンク美術館を見て、急に思い立ち、フォローしていたオスロ在住の照明デザイナー、Ilyaのインスタグラムを見ると、ムンクの≪月光≫が載っていた。沙弥夫はオスロに行こうと思い、Ilyaに会いたいとメッセージを送る。
「青い馬の瞳」
フランツ・マルク ≪青い馬の塔≫ 1913年
ナチスが政権を把握してから四年。近代美術を弾圧・嘲笑するために退廃美術展が開催された。日本大使館に勤める島田野似はひょんなことからガブリエレという女性と知り合い、ナチスに処分されてしまう絵を帰国するときに持ち出してもらえないかと頼まれる。
「富士山のハンマープライス」
フィンセント・ファン・ゴッホ ≪医師ガッシュの肖像≫ 1890年
バブル真っ盛りの頃、ゴッホの≪医師ガッシュの肖像≫が競売に出されることになり、静岡の缶詰会社の前会長、油谷福造が落札しようと名乗り出た。オークションハウスに勤めている日比野真美は湯谷に付き添うため一人息子を連れてニューヨークに行く。真美は息子とうまく行っていないことに心を痛めていた。
「千年のあこがれ」
エドゥアール・マネ ≪すみれの花束をつけたベルト・モリゾ≫ 1872年
老舗呉服屋の娘の白船ぼたんは絵を描きたい気持ちと黒川薫子への憧れから私塾の京都画廊で薫子とともに洋画を学んでいる。家族からは早く嫁に行くことが望まれている。
京都美術展で京都画廊から一人、ぼたんが審査員特別賞を受賞したが、ぼたんは嬉しくなかった。何故薫子ではなく自分が選ばれたのかわからなかったからだ。会場に絵を設営する日、ぼたんの絵に何者かが白いペンキをかけた。「女の敵は女」と思う男たちはその犯人は薫子であると断定するが、ぼたんはそうは思わなかった。
「モナリザの裏側」
ティッツァーノ・ウェチェッリオ ≪田園の奏楽≫ 1510年頃
19歳の夏、絵未子の母親が乳がんで入院する。母は絵未子とルーブル美術館に行きたいという。ルーブルで母から絵未子は父と母の出会いとふたりの秘密を聞くことになる。それはモナリザの後ろに飾られていたある絵に関することだった。
過去、現在、未来と様々な時代に生きる人たちの絵画に纏わるお話です。
章の下に絵のタイトルを載せておきましたので、読むときにどんな絵か調べてみて下さい。
私はマネとゴッホの絵以外は見たことがないです。
ノルウェーのムンク美術館は奇抜な立派な建物で、一度行ってみたいと思いました。
ナチス時代にどれほど多くの芸術作品が廃棄されたことか。
お話のように日本人が少しでも貢献しているといいですね。。
昔の女性たちが現状打破しようとする生き様を読み、現状に甘んじている自分をちょっと情けなく思いました。
この本でいいと思った言葉を載せておきます。
「たった一点でいい。これしかないと思える作品と出会えれば、それだけで幸せだと思うよ。人との出会いも同じじゃないかな。絵未子だって今までたくさんの人と出会ったと思うけど、自分にとって本当に大事だと思える相手は、そんなに多くはなかったでしょう?もちろん大事な人がたくさんいるのも素晴らしいことだと思う。でもたった一人でも特別な出会いがあったのなら、それだけでも幸運だよ」
たったひとつの特別な出会いがあればいい。それが幸せ。
そう思えるといいですね。
これからの残り少ない人生に、特別な出会いがあることを祈りながら生きていきますわww。
フィンランド旅行・最終日(ヘルシンキ) ― 2026/06/26
<六日目>
夕方に日本に帰国するので、ヘルシンキで過ごすことにしました。
ホテルに荷物を預けてから出かけます。

ホテルは以前泊まった時とオーナーが変わり、リニューアルしてあるので、部屋の中はきれいで、洗面台の排水もスムーズでした(これ大事)。
二泊ずつ二回に分けて泊まりました。
二回ともバスタブのある部屋でしたが、二回目に一番端の部屋で二面に窓があるいい部屋になりました。
次に泊まるときは端の部屋にしてとリクエストでもいれましょうか。
忘れないように書いておきますが、ホテルの部屋に湯沸かしポットがありません。
フロントで借りれますが、5€するようです。
フロントのそばにコーヒーマシンがあり、お湯だけ無料でももらえますが、お茶を頻繁に飲みたいという人は携帯沸かし器を持っていくといいでしょう。
扇風機もないことがあります。貸してもらえるとは思いますが、たぶんお金がかかるでしょう。
ついでに書くと、ティッシュとスリッパもなかったので、持っていくといいかも。スリッパは売っていましたが、前にホテルでもらった使い捨てか、ビーチサンダルを持っていくといいですよ。
ティッシュは現地でも調達できますが、質がよくないです。
シャンプーなどはありましたが、匂いがイマイチだったので、自分のを使いました。
よっぱどの高級ホテル以外はこんな感じだと思います。
ある人のブログを見ると、シネブリュコフ美術館(Sinebrycoff Art Museum)がよさそうだったので、行くことにしました。
中央駅の前から6番のトラムに乗り、Hietalahdentonで下車するとすぐです。
美術館の建物は1842年にロシアの実業家、ニコライ・シネブリチョフによって彼のビールの醸造所に隣接して建てられたものです。
醸造所は1992年まで稼働していたそうで、ニコライ兄弟が住み、甥のパウルが美術品取集を行い、1921年に収集品をフィンランド政府に寄贈しました。
1975年にフィンランド政府が建物を買い上げ、修復を行い、1980年に美術館として開館し、主に14世紀から19世紀初頭までのヨーロッパの芸術品を擁しています。
開館まで少し時間があったので、美術館のそばにあるシネブリュコフ公園に行ってみました。

これが醸造所でしょうね。

これはひょっとしたらドッグランでしょうか。

ドッグランの利用規約がフィンランド語とスウェーデン語で掲示されています。
ドッグランはフィンランド語で「koirapuisto」というようですね。
ちょうど女性が犬を連れて散歩をしていて、ドッグランに入っていきました。
フィンランド人は犬好きだという噂がありますが、本当だと思います。
犬がいたるところにいて、バスやトラム、カフェなどに当たり前のように入って来て、静かにしています。
躾がいいなと思っていたらそうでもなく、吠えることもあります。
我が家の犬と同じだと親近感が湧きましたw。
そうそうパリとは違い、道には犬の糞が落ちていないですよ。

とても落ち着く公園です。

ここの傍に住みたいです。
しばらくすると美術館の係の人がやってきました。
裏口を入り口と勘違いしていました。
フィンランドの美術館の入り口って意外と小さくないですか。

フィンランドの画家、アルベルト・エデルフェルトにより1885年に描かれた<アンネ・シネブリチョフの肖像>です。
Aiによると、彼女は「19世紀末のフィンランドにおいて、実業家ポール・シネブリチョフの死後、彼が遺したシネブリチョフ醸造所を率いた女性実業家で、経営者としてだけではなく、慈善事業家や社交界の有力者として活躍」した女性だそうです。
彼女の肖像画が何枚も展示されていました。
2階の豪華な室内をご覧ください。





面白いと思ったのがこれ(↓)です。

変わった装飾ですね。



一番有名なのはレンブラントの<Lukeva munkki/Monk Reading>です。
この絵の前だけ近づけないようにロープが張られていました。
一階では「Yö(夜)」という企画展示をしていました。

よく見えませんが、真ん中の三つがゴヤの版画です。

Saara Salmi <Rabbit (Sarjasta about Alice and the rabbit)>
Saara Salmi(サーラ・サルミ)のアリスとウサギという連作の中の一つ。
ちょっと不気味なうさぎさんです。
もっとゆっくりと見たかったのですが、買い物をしたいこともありパッパッと見てしまいました。
結構好きな美術館なので、次に来ることがあったらじっくりと味わいたいと思います。
KOFFビールがオーナー一族のビールだそうです。
私は飲めないのですが、どんなビールか興味があります。飲んでみて下さい
美術館からアカデミア書店に行くことにしました。
フィンランド語の絵本とノートを買い、カフェ・アアルトに入り、ランチを食べました。

デカフェ・ラテと小エビのクロワッサンサンドです。
クロワッサンの上に小エビがのっていて、美味しかったです。
いろいろなカフェのデカフェを飲んだのですが、デカフェはあまり美味しいものではないですね。
チェーン店のスモールサイズの値段は5~6€(約千円)です。
強いて言えばスタバのデカフェが一番美味しかったかも。
フィンランドの牛乳は日本のよりも薄い感じがしました。
調べてみるとフィンランドで一般的に飲まれている牛乳は低脂肪乳(乳脂肪分 約1.5%)か無脂肪乳を飲んでいるようです。
日本の牛乳は乳脂肪分約3.5%以上です。
トイレを使用したい人がいるかもしれないので書いておきますが、お店のトイレはコードを知らなければ開かないことがあります。
カフェ・アアルトでコードを聞いたら、給仕の人がレシートに印刷されていると教えてくれました。
確かめてみると「WC-CODE ●●●●」と印刷されています。

他のカフェのレシートを見てみると、一番下に「WC KOODI ●●●●」と太字で印刷されていました。
給仕の女性によるとレシートはフィンランドの法律で渡さなければならないとされているそうなので、くれない時は遠慮せずにちゃんともらってくださいね。
ホテルで荷物を受け取り、次の日の便でイギリスに帰る友だちと別れて、三時過ぎの列車で空港まで行きました。
荷物を預け、保安検査をして、免税店でお土産を買ってから出国審査です。
結構人が多かったのですが、入国ほど時間がかかりませんでした。
パスポートと搭乗券を審査官に見せ、4本指の指紋を照合させたら終わりです。
帰りの飛行機は日本人が多かったです。
機体の整備が遅れ、30分ぐらい遅れました。
消化のよい食事はサーモンのハンバーグみたいなものとサラダ、フルーツ。
なぜかフルーツはパイナップルが多く、すっぱくて食べられませんでした。
おやつにバナナをもらいました。
朝食はグタグタに煮たほうれん草とスクランブルエッグ、サラダなどで、とってもまずかったですww。
普通の食事がいいですね。
無事に日本に着きましたが、荷物がなかなか出てきませんでした。
その時に麻薬探知犬が現れ、傍に寄って来て手荷物を調べられました。
しょっていたリュックまで嗅いでいきました。
麻薬探知犬に調べられたのは初めてです。
この頃外国から入国する人が多いので、検査を強化したのでしょうか。
税関を通ることをすっかり忘れていて、書類を書いていませんでした。
デジタル庁に入国審査、税関申告、免税購入に必要な情報を登録することのできるウェブサービスがあるようなので、次は利用しようと思いましたが、忘れちゃいそうですw。
フィンランド旅行の費用をご紹介しましょう。
フィンランドでは現金を全く使わず、カードだけで大丈夫でした。
飛行機代は戦争が始まる前だったので、約20万円。
滞在費は宿泊料+交通費+ランチ(カフェで食べる)+朝食・夕食(スーパー利用)で10万円弱でした。
私は胃の調子が悪いので、それほど食べていないと思います。
沢山食べる人や朝食や夕食を外で食べるとプラス5万円から10万円は軽くかかるでしょう。
ちなみにカフェで食べたランチは3000~4000円でした。
レストランで夕食を食べると一万円以上になりそうです。
1€185円と思っていましたが、実際はカード会社の手数料が入るので1€192円ぐらいです。
お土産は人によるので、含めませんでした。
何を着て行けばいいのか迷う人がいるかもしれませんが、FMI Weatherというアプリでフィンランドの各都市の天気が見られます。
私がフィンランドにいた時はだいたい最高気温が20℃ぐらいで、晴れると暑かったです。
半袖でもいいぐらいでした。
朝晩は少し涼しいので、薄い羽織ものを持って行けば十分でした。
フィンランドは日本と同じように治安がよく、親切な人が多く、観光しやすい国です。
なによりも観光客がそれほど多くないので、のんびり観光できると思います。
次はいつ行けるかわかりませんが、これからもフィンランド語の勉強を続けていき、次回は使えるようになりたいと思います。
フィンランド旅行・五日目(ボルヴォー) ― 2026/06/25
ポルヴォーはスウェーデン王エリクソンによって1346年に設立された、フィンランドで二番目に古い町です。
フィンランド国歌を作詞した国民的詩人のJ.L.ルーネベリと息子の彫刻家ヴァルテルが生まれた場所でもあるとか。
ヘルシンキからバスで約1時間ですが、私たちは行きは船に乗って行ってみることにしました。(片道37€)
船はマーケット広場の船着き場から出航します。

MSJ.L.Runebergは10時に出航し、13時半にポルヴォーに着きます。

スウェーデンから戻って来たシリヤライン。
これに乗っていつかスウェーデンに行きたいです。

曇っていますが、雨は降っていません。
一階と二階に船室と甲板に椅子席があり、地下は売店と食堂です。

サンドイッチやピザ、飲み物などが売っています。

カルヤランピーラッカがありました。ゆで卵とバターを混ぜた「エッグバター」をトッピングして食べるそうですが、本当にエッグバターがトッピングされています。食べたかったのですが、ランチを予約していました。
予約したランチはサーモンスープとパン、ルーネベリタルト、コーヒーか紅茶がついて16€です。
11時過ぎにランチの用意ができたと放送が入りました。

売店の横の席で食べることにしました。

前に食べたサーモンスープはクリームスープでしたが、今回のは透明な塩味ベースのスープです。
塩味の方も美味しいです。
横にあるパンは三種類あり、左上の長方形の黒いパンはモルト(麦芽)やダークシロップを加えて作られた群島パン(サーリストライスレイパ)で、少し甘いです。

デザートは詩人のルーネベリにちなんで作られたルーネベリタルト。
甘党のルーネベリのために奥さんが作ったとか。
ものすごく甘いケーキで、生地を砂糖水に漬けたのかと思うほどです。
上のベリージャムと砂糖の塊は避けて食べました。
日本茶を飲んだのですがやはり風味が違います。何を入れているのでしょうね。
日本ではフォークでケーキを食べますが、こちらはスプーンが一般的なようです。

水の傍にサマーコテージがあるのが見えます。
コテージは水洗トイレや水道、シャワーなどがないものが多いそうです。
私には無理かもww。
船の上はちょっと寒いです。ブランケットを借りましたが、もう一枚着てくればよかったと思いました。
途中にランチを取ったりしたので、三時間半が短く感じました。

ポルヴォーが近づいてきました。

もう少しで発着所に着きます。

船旅はボーと景色を見るのがお好きな方におすすめです。
船を降りてから帰りのバス乗り場を確かめにマーケット広場に行くことにしました。

Runeberginpuistoにあるルーネベリの像。

ライラックがきれいでした。
バス乗り場はすぐにわかったので、教会に向かいます。

ポルヴォー大聖堂は1450年に建立された石造りの福音ルーテル派の大聖堂です。

可愛らしい教会ですね。

残念ながら中は見られません。


観光地らしく、こんなのがありました。

誰も写真を撮っていませんけどww。

ポルヴォー博物館。1764年建造の旧市庁舎。
夏至の日なのでどこも閉館しています。

道を見ても人がいません。夏至ですからww。
開いてるチョコレートのお店があったので入ってみましたが、私はチョコレートは食べられないので買いませんでした。
有名な倉庫群の方へ行ってみましょう。

橋の上から撮ったらこうなります。

橋を渡っていくと、川岸に行けます。

小樽の倉庫を彷彿させる景色ですね。
三時半ごろのバスでヘルシンキに帰ることにしました。
少し時間があるので、川べりにあるカフェに入り、デカフェがなかったので、また日本茶を頼みました。味が…。
バスに乗る前にトイレに行こうと思いマーケット広場に行くと、公衆トイレがありました。
誰かが入っているようで、少し待ちましたが出てきません。
トイレに住んでいるのでしょうかww。
バスにトイレがあるので、バスのを使用することにしました。
フィンランドはどこに行ってもトイレがきれいですので、安心してください。
一時間ちょっとでヘルシンキに着きました。
スーパーで夕食を買いましたが、夏至だったからか寿司が売っていなくて、サラダバーもやっていませんでした。
開いているだけでありがたいです。
フィンランド旅行・夏至祭 ― 2026/06/24
今年の夏至祭(juhannus ヨハンヌス)は6月20日でした。
フィンランド人は夏至をお祝いする週末は都市部を離れ、郊外のサマーコテージで過ごすのが一般的なので、街中のレストランやスーパー、デパートなどは土日に休業しているところが多いと言われています。
毎年、ヘルシンキのセウラサーリ島(Seurasaari)で夏至祭の前夜祭が行われるというので、行ってみました。
セウラサーリ島には野外博物館があります。
カンピのバスターミナルの一階から24番のバスに乗り、30分ほどで着きます。
セウラサーリ島の夏至祭に行く人のために、いつもよりバスの便が多いようです。
前もってチケットを買うことはできますが、チケットの受け取りにアプリを入れなければならないので、私は当日買いました。(27.50€)
6時頃に行きましたが、それほど並んでいる人がいないので、すぐにチケットが買えました。

島に続く橋のところに白鳥の親子がいました。

数えたら子どもが8羽もいましたが、白鳥は普通何羽産むんでしょうね。

筏に乗ったかがり火(kokko)がやってきました。
6時になったら火がつけられるようですが、帰りに見ようと思っていたら、消えていました。
kokkoは豊作を祈願し、悪霊を追い払い、幸福を呼び込むために焚かれるそうです。

農作物の収穫を祝い、子孫の繁栄を願うという思いが込められているメイポール(maistanko)。

道沿いに古い建物があります。
これはボート小屋。

広場で大きいメイポール(maistanko)を立てています。

ここで花冠を作るワークショップが行われていました。
夏至の草花には特別な力が宿ると信じられており、夜に七種類の野花を摘んで枕の下に入れて眠ると運命の人に出会えるという言い伝えがあるそうです。

昔の水車でしょうか。
道沿いに手芸品を売るお店が数軒ありました。

食べ物も売っていましたが、思ったほどお店がなくて、長い列になっていました。

竹馬で楽しんでいる子供たち。竹馬は「puujalat」というのだそうで、歴史的に伝統的な子どもの遊びだそうです。

ここがメインの広場です。
階段の上のステージの左側に楽器が置いてあります。
ステージと観客席の間に広場があり、子どもたちが遊んでいます。
6時45分からウエルカム・ソングがあるようなので、座って待つことにしました。

楽しそうに親子で遊んでいます。
6時45分からウエルカム・ソングが披露され、若い女性が一人マイクの前に立ち、フィンランド語、スウェーデン語、ドイツ語などで祭りの宣言をしました。

フィンランドの国旗を持ち、民族衣装を着た人たちが行進してきます。


この後、女性歌手のSanna Matinniemi が「Nocturne(ノクターン)」を歌いました。
「Nocturne」はフィンランドの国民的詩人ヴェイッコ・アンテロ・コスケンニエミの詩に、作曲家オスカル・メリカントが曲をつけた非常に有名な歌曲だそうです。
歌の後は陽気な「Children's polonaise(子どものポロネーズ)」が演奏され、舞台の前の広場を子どもと親が二列になって歩きます。

みんなニコニコして楽しそうです。
この後、フォークダンスを夜中までするようなので、火をつける前のkokko(かがり火)を見に行きました。

ここで9時から10時の間にkokkoに火がつけられます。
朝から歩き回っていたので、そろそろ帰ることにしました。
途中で見かけた食べ物屋とトイレは長蛇の列です。
時間が経つと、トイレが待てない酔っぱらいはそこらでしそう…。
島は風が強く、街中よりも寒いので、羽織ものを忘れずに。
夏至祭は夜中の一時まで続くようです。

これから続々と人がやって来そうです。
24番のバスに乗り、カンピまで戻り、スーパーで夜食を買いました。
お店は開いていないとは聞いていましたが、スーパーはやっているみたいです。
ここで、私の失敗を告白しますww。
うっかりして忘れ物をしてしまいました。
前回はトラムの中に帽子を忘れたので取りに行けませんでしたが、今回はすぐに気が付いたので、取りに行けました。
もしかして前回もヘルシンキ市の交通局に問い合わせをしたら見つかったかもしれませんね。
忘れ物が見つかるのは日本だけではありません。
フィンランドでも大丈夫ですので、安心して旅をしてくださいね。
スウェーデンでも夏至祭は盛んなので、YouTubeにあったスウェーデンの夏至祭の様子を載せておきます。
次はスウェーデンの小さな町で行われる夏至祭に行ってみたいです。
フィンランド旅行・第三日・四日目(トゥルク) ― 2026/06/23
<第三日目>
三日目はフィンランド最古の町トゥルク(Turku)に行きました。
ヘルシンキ駅から列車で約2時間、夏のバーゲンで往復20€以下でした。
列車は定時にアナウンスもなく静かに発車します。
中世の初期にスウェーデンがフィンランドへ進出し始めるころに、トゥルクをフィンランド支配の基地としたそうです。
フィンランド語では「Turku」ですが、スウェーデン語では「Åbo」と言います。
ヘルシンキに首都が遷都されるまで、トゥルクがフィンランドの首都でした。
9時35分発の列車に乗り、11時39分にトゥルクに着きました。
博物館や美術館などはやっていましたが、夏至の前なのでいつもよりも閉館時間が早いです。
夏至の前日から三日間ぐらいは美術館や博物館、デパートなどは休みのところが多いようです。
トゥルク駅から川岸の方に行く時に気をつけてください。

近道をしようと思って駅前にある公園(Puolala Park)を突っ切って行こうと思いますよね。
それは間違いです。
駅を出たら、写真に写っている公園に続く階段には行かずに駅前の道を左か右に行って下さい。
体力に自信があるなら石段を登ってもいいですよ。頑張ってね。
私たちは石段を登ってしまい、疲れましたww。
後から階段を上らずにホテルに行けることがわかりました。

宿泊したのが公園のそばにある「Park Hotel Turku」です。
1902年に建てられた建物を利用したホテルです。

早めに着いたのですが、部屋にすぐ入れました。
居心地のいいアンティーク風の部屋です。
しばし石段を登り疲れた身体を休ませましたが、部屋の中が少し暑かったです。
フィンランドは二日目は少し涼しかったのですが、三日目からは気温が20℃ぐらいまで上がり、日が当たると暑いぐらいです。
トゥルク城は15時で閉まるのでトゥルク大聖堂に向かうことにし、途中のマーケット広場でランチを食べることにしました。
まだ道のことを知らない私たちはトゥルク美術館の方からマーケット広場に行きました。
坂道を下ることになるので、帰りに上ることを想像してゾッとしました。
マーケット広場付近にはショッピングモールがあり栄えています。
一度入りたかったファッツェル・カフェに入り、ランチにしました。
胃にコーヒーはよくないのですが、デカフェ・ラテがあることがわかり、頼むようになりました。
ランチの後、大聖堂に向かいます。

アウラ川の向こう岸に大聖堂が見えてきました。

大聖堂は現在修復工事の真っ最中で、2028年12月まで一般公開はされないそうです。
トゥルク大聖堂は1300年に建造されたフィンランドで唯一の中世の大聖堂で、フィンランドの福音ルーテル教会の母教会です。

教会の庭に屋外カフェがありました。


ここにも階段があり、足が筋肉痛になりそうです。
白い花の木はちょっと見、紫陽花に見えなかったのですが、日本の紫陽花よりも繊細な花(花ではなく装飾花だけど)の紫陽花が咲いていました。
フィンランドの美術館の入り口にカフェの看板があり、どこが入り口か迷いました。

<家にて(裁縫する母)>1903年
ヘレン・シャルフベックの絵が数点あり、その中にお母さんの絵がありました。
映画「魂のまなざし」の影響で、お母さんに関しては娘の生き方を否定する嫌みな女という印象です。
一階ではアイスランドの画家、Eggert Pétursson(エッゲルト・ペトゥルソン)の個展をしていました。
幼い頃から花に惹かれ、アイスランドの花をモチーフにした絵を描いているようです。

<Untitled> 2011年
画面いっぱいに様々な花が描いてあります。
ビデオでは70歳になっても、花を求めてアイスランドの草原を歩いている姿が映っていました。
写真ではわかりませんが、大きな絵で、今回の旅行で一番印象深い作品でした。
<第四日目>
パークホテル・トゥルクは素泊まりがなく、朝食付です。

ダイニングルーム。

こちらで朝食を食べました。
(安い軽いカメラを持っていったのですが、画質が悪いですねぇ)

パンと手作りっぽいジャム。

フルーツやらチーズ、卵料理などがあります。
とにかく適当に消化のよさそうなものを食べました。
Japanese teaを飲んだのですが、変わった味がしました。
夏至祭を見るために13時34分発のヘルシンキ行きの列車に乗るので、それまで川岸を散策することにしました。

川の水がよどんでいます。
調べてみると、「フィンランド南西部の農地や粘土質の土壌を削りながら流れるため、細かい土砂が常に水中に混ざりこんでいるのが最大の理由」だそうです。
Ai、解説、ありがとう。

川岸に点々と何やら不気味な像があります。なんで手の指が三本しかないの?

遊覧船が川を行き来しているようです。次に来ることがあったら、島巡りでもしてみたいです。
工事が多くて、川岸はあまりいい景色ではありません。
無料のシティ・フェリー(Föri)とケーブルカー(Funicular)があるというので、乗りに行きました。
思ったよりも町が小さいようで、ちょっと歩くとすぐにフェリー乗り場に着いてしまいました。

向こう岸からのフェリーが来ました。といっても1分ぐらいで着いちゃうんですけどねw。

教会の塔が見えます。

いつも乗る人がこんなに少ないのかどうかわかりませんが、どうなんでしょうね。

水が汚く見えると、景色もイマイチ…かな。
向こう岸に行って下りずに戻ってきました。

すぐ近くにケーブルカー乗り場があります。
結構新しい感じです。

入り口。
この中に入って、ボタンを押して待っていると、ケーブルカーが下りてきます。

乗り物、結構好きです。

実はこの上に刑務所があったのです。

ここはカコラ(Kakola)といい、刑務所がリノベーションされ、ホテルやカフェ、集合住宅になっています。

人が住んでいるのでしょうが、みんな夏至で休みなので田舎のサマーコテージに行っているのか、いませんね。

ショップもカフェも閉まっています。

子ども用の遊具があります。
まさか刑務所で使われていたわけではないですよね。

木の柵みたいものは何のためにあるのでしょう?

刑務所だったとは言え、うまくリノベーションされていますね。
建物の中も見学してみたかったです。

帰りのケーブルカーは下るので怖いかと思ったら、傾斜が緩いので全く怖くありません。
列車までの時間がまだあるのでゆっくりと川岸を歩いて戻り、お茶をすることにしました。
HPに休むとは書いていなかったカフェに行ってみると閉まっています。
フィンランドの人は親切で、私たちに休みだよと教えてくれます。

紫陽花が飾られています。綺麗ですねぇ。
カフェで休んでから荷物を取りにホテルに戻り、列車に乗りました。
珍しく機械の故障か何かで途中の駅で停まってしまいましたが、無事に少しの遅れでヘルシンキまで帰れました。
次回は夏至以外の時に来たいものです。
フィンランド旅行・第一日・二日目(ヘルシンキ) ― 2026/06/22

夏至の様子が見たくて、2024年に引き続き七日間の予定でフィンランドに行ってきました。
写真はフィンランドのトゥルクに咲いていた紫陽花です。
<第一日目・入国>
前回と同じJALの早朝便に乗りましたが、機体が変わっていたのが残念でした。
前は左右の座席が二つずつで、真ん中はたぶん四つで、ゆったりした座席でした。
今回は左右が三つずつに変わっていて、座席はそれほど広くなく、機体は古いようです。
食事は胃の調子があまり良くないので、「消化のいい食事」を頼んでみました。
驚いたのは、乗務員の方に「消化のいい食事」を頼んだ理由を聞かれたことです。
「胃の調子が悪いから」と答えましたが、人前で聞くことですかね。
夕食は白身魚とポテトサラダ、フルーツ、パンなどで、軽食は片手に収まる卵サンド、朝食ははんぺんみたいなハンバーグ風なものにサラダ、フルーツ、パンでした。
パンはボソボソしていて美味しくないので食べませんでした。
はっきり言って普通の食事より量が少なく、あまり美味しいものではないので、私のように胃の調子が悪い人以外は頼まない方がいいですよ。
今回の食事はひどいなぁと思ったら、別のものを頼んでいたというオチがww。
飲み物はスープか水を頼みましたが、デカフェもあるそうです。
楽しみにしていた映画はいいのがなかったので、とりあえず「マテリアリスト 結婚の条件」、「ソロ・ミオ」、「レンタル・ファミリー」を見ました。
どれもイマイチでした。
2026年4月10日以降からヨーロッパのシェンゲン協定加盟国に入国するにあたり、すべての非EU国籍者に対して「EES(出入域システム)」が導入されました。
スタンプがなくなり、初回の入国時に「顔写真の撮影」と右手の親指以外の「4本指の指紋登録」が義務付けられたのです。
登録されたデータはシステムに3年間保存されるので、2回目以降の入国は顔認証のみになり、手続きが短縮されるそうです。
フィンランドの入国審査場には前回の三、四倍の人たちがいました。
専用キオスク端末はありますが使わず、審査官によって指紋と顔写真が登録されます。
審査官は時間によって5人から7人の間を行ったり来たりで、入国者が多いから増やすということはしないようです。
なかなか進まず、終わるまで二時間半もかかり、疲れました。
私の時は審査官がニコニコ笑いながら「Moi」で迎えてくれ、聞き取りやすい英語で質問してくれました。
東京から来たのか。何しに来たのか。どの都市を回るのか。何日いるのか。ホテルはどこかなどを聞かれ、最後に帰りのチケットを見せるように言われました。
質問の後に写真を撮り、指紋を登録し、パスポートを返してくれて、両手を可愛らしく振りながらの「Moi,moi」で終わりました。
フィンランド語を勉強しているのに、すべて英語で答えてしまいました。
最後ぐらい「Kiitos. Moi,moi」で終わりたかったですわw。
友人も愛想のいい審査官だったらしく、日本語で質問をしてくれたそうです。
夏至祭で「Kokko(焚火)」を見ると言ったらなんと、フィンランド語の早口言葉を教えてくれたそうです。
ちなみに早口言葉はこんな感じだったようです。
Kokko, kokoo kokoon koko kokko
(コッコ、ココー ココーン ココ コッコ)
ーKoko Kokkoko?
(ココ コッココ)
ーKoko kokko.
(ココ コッコ)
意味:コッコ(人の名前)、全部のかがり火を準備して。
ーかがり火?
ーかがり火。
ひょっとしてフィンランドの審査官は日本人に優しいのかしら?
入国した後、電車でヘルシンキ中央駅まで行き、駅近のホテルにチェックイン。
その後、夕食と次の日の朝食をスーパーに買いに行きました。
イギリスから来る友人は前回と同じように深夜に現れました。
<第二日目・ヘルシンキ市内>
大聖堂の外壁改修工事が終わったようです。

ヘルシンキ大聖堂の地下にカフェがあると聞き、行ってみることにしました。
Cafe Kryptは6月から8月までの月曜日~土曜日、10時~17時、日曜日、11時~ 17時までやっています。
たまに変わることがあるので、チェックしてから行きましょうね。

大聖堂のところに入り口があると思ったら、違いました。
この矢印のとおりに大聖堂をぐるっと一周したのに、入り口がありません。
しばらくして下の通りのところに矢印があるのに気づきました。

トラムの「Hallituskatu」で降りるとすぐのところにあるようです。
大聖堂に向かって右側の通りです。

ここが入り口です。
中に入っていくと、スウェーデンの芸術家アンドレ・プラ(André Prah)による、第二次世界大戦中のラドガ湖で起きた悲劇(クルツィオ・マルパルテの小説『カプート』に登場する、凍りついた馬の逸話)をモチーフにした「Ice Horses of Ladoga」展がやっていました。

照明の青が強烈ですね。漂流してきた木を使い、馬を作っています。
6月21日でこの展示は終了したようです。
この展示の横にカフェがあります。

デカフェがなく、私が飲めるものがないのですが、ここでしばらくゆっくりしたいので、ホットチョコレートを頼みました。
チョコって胃に悪いのに、なんで選んだのか、我ながら不思議です。
結局、三口ぐらい飲んで止めました。紅茶にすればよかったかも。

しばしくつろぎ、次の目的地に行きます。
小雨が降っていますが、美術館なので大丈夫でしょう。
トラム4に乗り、Meilahdentieで下車し、バスの510番に乗り換えます。
トラム乗り場とバス乗り場が近くにあったので、迷わず便利でした。
Kuusisaarenkujaで降り、ディドリクセン美術館(Didrichsenin Art Museum)に行きます。
ウィリアム・モリス展をしていました。

1965年にディドリクセン夫妻が自身のコレクションを自宅公開するかたちでスタートした美術館だそうです。
小さな美術館ですが、周りが大使館や高級住宅街のいい場所にあります。
雨が降っていなければ、散策ができたのに…。
ディドリクセン美術館から歩いて数分のところにヴェラ・ギレンバーグ(Villa Gyllenberg)があります。

銀行業等で成功したギレンバーグ夫妻の住まいで、彼らが収集したフィンランドとヨーロッパの美術品が展示されているほかに、美しい邸宅の調度品が見られます。

庭は晴れていたらもっときれいだったでしょうね。

素敵な部屋です。

窓が大きいのがいいです。
ディドリクセン美術館のカフェはカフェとは言えないのですが、ヴェラ・ギレンバーグのカフェ・シグネ(シグネは奥さんの名前)はちゃんとしたカフェです。
お茶はこちらでした方がいいようです。
2つの美術館は晴れの日に訪れ、周りを散策するのがおすすめです。

ディドリクセン美術館の駐車場にはこんな彫刻があります。
バスはこの彫刻の前あたりに停まります。
510番バスに乗り戻ろうとしたのですが、前に乗り換えた停留所を乗り越してしまったのか、どこで降りたらいいのかわからなくなったので、Googlemapを使い、適当にメトロの駅の近くのバス亭で降りました。

バスに犬も乗ります。吠えないいいわんこでした。
メトロでカンピまで行き、バス乗り場をなんとなく見てからカンピショッピングセンターの4階にあるMujiに行ってみました。
ここにはレストランがあり、日本食が食べられます。

うどんやとんかつ、から揚げがありましたが、胃が受け付けてくれそうなサーモンの照り焼き定食を食べてみました。
付け合わせはポテトサラダときゅうりとワカメの酢の物、そして味噌汁とご飯。
きゅうりは日本のよりも大味で、キャベツ(だよね)は固いですが、十分に美味しいです。
サーモンは厚くて立派だったので、何もつけずに焼いて食べたかったです。
日本食を食べたくなったらここがいいでしょう。
20€以下で日本食が食べられます。

ショッピングモール内のマリメッコとイッタラを見てからカンピ礼拝堂の横を通ってホテルに戻りました。
最近のコメント