「ルーシー・リー展ー東西をつなぐ優美のうつわ」@東京都庭園美術館 ― 2026/07/14
ルーシー・リーの作品を見に、久しぶりに東京都庭園美術館に行ってきました。

日時指定制ですので、行く日がはっきりしているなら前もって買っておくといいかもしれません。
それほど人が多くないように思いましたが、入り口の横にあるレストランは11時頃でも並んでいました。

10時開館に合わせて入場している人が多いのかもしれませんね。

香水塔。

優雅な入り口の装飾です。

ルーシー・リーは1902年にオーストリア、ウィーンの裕福なユダヤ人家庭に生まれました。
本名はルツィエ・ゴンペルツ(Luzie Gomperz)。
それなのに何故ルーシー・リーとなったのかといいますと、1926年にハンス・リーと結婚して、リー姓になり、1938年にイギリスに亡命した後、「Luzie」を英語読みにし、1940年に離婚した後も旧姓に戻らず使い続けたからだそうです。
しばらく前まで私は彼女のことを中国系イギリス人だと思っていました。
今回の展覧会には日本国内にあるルーシー・リーの作品が集結しているそうです。
*リーの作品名を書きたいのですが、近くが見えないメガネをしていったため、作品名や解説が読めず、写真だけになっていますので、ご容赦ください。

結構、人がいて、なかなかゆっくり見るという感じではありませんでした。

形が独特です。
彼女の作った物は使うものではなくて、鑑賞するものですね。
中に置くものによっては倒れてしまいそうです。

ちょっとボケてしまいましたが、ティーセット。
こんな普通のものも作っていたのですね。

二階にはロンドンで出会ったというバーナード・リーチの作品がありました。

バーナード・リーチ ≪蛸図大皿≫1925年
繊細なリーの作品とは全く違い、いかにも民藝という感じがしますね。
どんな料理を盛ろうかしら、と思えます。

戦時中に作陶ができなくなり、リーはファッション業界から依頼を受けて陶製ボタン作りで生計を立てていたそうです。
この時にドイツから亡命したハンス・コパーをアシスタントとして雇いました。
リーとコパーは結婚していたこともあるようです。
コパーはリーとの共同制作を経て、独自の作品を作るようになっていったそうです。

お風呂の中にも器がありますw。

ブロンズ色の鉢。
他にもピンクとか白とか黄色とかもあります。

青い鉢はルーシー・リー展のポスターに使われていることが多いようですが、いくつも作成されているのですね。

こういう花瓶にどんな花をいけるといいのでしょうか。

入り口にあった鉢。これがポスターに使われている鉢ですね。
綺麗な青です。
他にハンス・コパーや濱田庄司、ジャネット・リーチなどリーと交流のあった人たちの作品が展示されていました。
カフェに人が並んでいなかったので、入ってみました。

暑いけれど外の席にし、私が食べられそうなサンドイッチと冷茶を頼みました。
作り置きされているためかパンがパサパサしています。
そういえば、カフェができたばかりの時に入ったら…。(自主規制しましょうw)
カフェは一時間の時間指定があり、後から別のものも頼めませんので、そのつもりで入りましょう。
時間があるなら恵比寿にでも行ってゆっくり食事をする方がいいかもしれません。
庭園を散歩してから帰りましょう。

横から見た旧朝香宮邸。

新館のカフェ。

日本庭園にある茶室「光華」の入り口。

茶室側。

気に入ったのが、西洋庭園です。
椅子が所々にあり、天気がよかったら、ここでのんびりできそうです。
庭に入るには入場料が必要で、一般200円、大学生160円、高校生・65歳以上100円ですので、それほど人がいない静かなところを探している人にはいいかも。
年間パスポート(800円)もあるようです。
近くに住んでいたら利用したいです。
フィンランド旅行・最終日(ヘルシンキ) ― 2026/06/26
<六日目>
夕方に日本に帰国するので、ヘルシンキで過ごすことにしました。
ホテルに荷物を預けてから出かけます。

ホテルは以前泊まった時とオーナーが変わり、リニューアルしてあるので、部屋の中はきれいで、洗面台の排水もスムーズでした(これ大事)。
二泊ずつ二回に分けて泊まりました。
二回ともバスタブのある部屋でしたが、二回目に一番端の部屋で二面に窓があるいい部屋になりました。
次に泊まるときは端の部屋にしてとリクエストでもいれましょうか。
忘れないように書いておきますが、ホテルの部屋に湯沸かしポットがありません。
フロントで借りれますが、5€するようです。
フロントのそばにコーヒーマシンがあり、お湯だけ無料でももらえますが、お茶を頻繁に飲みたいという人は携帯沸かし器を持っていくといいでしょう。
扇風機もないことがあります。貸してもらえるとは思いますが、たぶんお金がかかるでしょう。
ついでに書くと、ティッシュとスリッパもなかったので、持っていくといいかも。スリッパは売っていましたが、前にホテルでもらった使い捨てか、ビーチサンダルを持っていくといいですよ。
ティッシュは現地でも調達できますが、質がよくないです。
シャンプーなどはありましたが、匂いがイマイチだったので、自分のを使いました。
よっぱどの高級ホテル以外はこんな感じだと思います。
ある人のブログを見ると、シネブリュコフ美術館(Sinebrycoff Art Museum)がよさそうだったので、行くことにしました。
中央駅の前から6番のトラムに乗り、Hietalahdentonで下車するとすぐです。
美術館の建物は1842年にロシアの実業家、ニコライ・シネブリチョフによって彼のビールの醸造所に隣接して建てられたものです。
醸造所は1992年まで稼働していたそうで、ニコライ兄弟が住み、甥のパウルが美術品取集を行い、1921年に収集品をフィンランド政府に寄贈しました。
1975年にフィンランド政府が建物を買い上げ、修復を行い、1980年に美術館として開館し、主に14世紀から19世紀初頭までのヨーロッパの芸術品を擁しています。
開館まで少し時間があったので、美術館のそばにあるシネブリュコフ公園に行ってみました。

これが醸造所でしょうね。

これはひょっとしたらドッグランでしょうか。

ドッグランの利用規約がフィンランド語とスウェーデン語で掲示されています。
ドッグランはフィンランド語で「koirapuisto」というようですね。
ちょうど女性が犬を連れて散歩をしていて、ドッグランに入っていきました。
フィンランド人は犬好きだという噂がありますが、本当だと思います。
犬がいたるところにいて、バスやトラム、カフェなどに当たり前のように入って来て、静かにしています。
躾がいいなと思っていたらそうでもなく、吠えることもあります。
我が家の犬と同じだと親近感が湧きましたw。
そうそうパリとは違い、道には犬の糞が落ちていないですよ。

とても落ち着く公園です。

ここの傍に住みたいです。
しばらくすると美術館の係の人がやってきました。
裏口を入り口と勘違いしていました。
フィンランドの美術館の入り口って意外と小さくないですか。

フィンランドの画家、アルベルト・エデルフェルトにより1885年に描かれた<アンネ・シネブリチョフの肖像>です。
Aiによると、彼女は「19世紀末のフィンランドにおいて、実業家ポール・シネブリチョフの死後、彼が遺したシネブリチョフ醸造所を率いた女性実業家で、経営者としてだけではなく、慈善事業家や社交界の有力者として活躍」した女性だそうです。
彼女の肖像画が何枚も展示されていました。
2階の豪華な室内をご覧ください。





面白いと思ったのがこれ(↓)です。

変わった装飾ですね。



一番有名なのはレンブラントの<Lukeva munkki/Monk Reading>です。
この絵の前だけ近づけないようにロープが張られていました。
一階では「Yö(夜)」という企画展示をしていました。

よく見えませんが、真ん中の三つがゴヤの版画です。

Saara Salmi <Rabbit (Sarjasta about Alice and the rabbit)>
Saara Salmi(サーラ・サルミ)のアリスとウサギという連作の中の一つ。
ちょっと不気味なうさぎさんです。
もっとゆっくりと見たかったのですが、買い物をしたいこともありパッパッと見てしまいました。
結構好きな美術館なので、次に来ることがあったらじっくりと味わいたいと思います。
KOFFビールがオーナー一族のビールだそうです。
私は飲めないのですが、どんなビールか興味があります。飲んでみて下さい
美術館からアカデミア書店に行くことにしました。
フィンランド語の絵本とノートを買い、カフェ・アアルトに入り、ランチを食べました。

デカフェ・ラテと小エビのクロワッサンサンドです。
クロワッサンの上に小エビがのっていて、美味しかったです。
いろいろなカフェのデカフェを飲んだのですが、デカフェはあまり美味しいものではないですね。
チェーン店のスモールサイズの値段は5~6€(約千円)です。
強いて言えばスタバのデカフェが一番美味しかったかも。
フィンランドの牛乳は日本のよりも薄い感じがしました。
調べてみるとフィンランドで一般的に飲まれている牛乳は低脂肪乳(乳脂肪分 約1.5%)か無脂肪乳だそうです。
日本の牛乳は乳脂肪分約3.5%以上です。
トイレを使用したい人がいるかもしれないので書いておきますが、お店のトイレはコードを知らなければ開かないことがあります。
カフェ・アアルトでコードを聞いたら、給仕の人がレシートに印刷されていると教えてくれました。
確かめてみると「WC-CODE ●●●●」と印刷されています。

他のカフェのレシートを見てみると、一番下に「WC KOODI ●●●●」と太字で印刷されていました。
給仕の女性によるとレシートはフィンランドの法律で渡さなければならないとされているそうなので、くれない時は遠慮せずにちゃんともらってくださいね。
ホテルで荷物を受け取り、次の日の便でイギリスに帰る友だちと別れて、三時過ぎの列車で空港まで行きました。
荷物を預け、保安検査をして、免税店でお土産を買ってから出国審査です。
結構人が多かったのですが、入国ほど時間がかかりませんでした。
パスポートと搭乗券を審査官に見せ、4本指の指紋を照合させたら終わりです。
帰りの飛行機は日本人が多かったです。
機体の整備が遅れ、30分ぐらい遅れました。
消化のよい食事はサーモンのハンバーグみたいなものとサラダ、フルーツ。
なぜかフルーツはパイナップルが多く、すっぱくて食べられませんでした。
おやつにバナナをもらいました。
朝食はグタグタに煮たほうれん草とスクランブルエッグ、サラダなどで、とってもまずかったですww。
普通の食事がいいですね。
無事に日本に着きましたが、荷物がなかなか出てきませんでした。
その時に麻薬探知犬が現れ、傍に寄って来て手荷物を調べられました。
しょっていたリュックまで嗅いでいきました。
麻薬探知犬に調べられたのは初めてです。
この頃外国から入国する人が多いので、検査を強化したのでしょうか。
税関を通ることをすっかり忘れていて、書類を書いていませんでした。
デジタル庁に入国審査、税関申告、免税購入に必要な情報を登録することのできるウェブサービスがあるようなので、次は利用しようと思いましたが、忘れちゃいそうですw。
フィンランド旅行の費用をご紹介しましょう。
フィンランドでは現金を全く使わず、カードだけで大丈夫でした。
飛行機代は戦争が始まる前だったので、約20万円。
滞在費は宿泊料+交通費+ランチ(カフェで食べる)+朝食・夕食(スーパー利用)で10万円弱でした。
私は胃の調子が悪いので、それほど食べていないと思います。
沢山食べる人や朝食や夕食を外で食べるとプラス5万円から10万円は軽くかかるでしょう。
ちなみにカフェで食べたランチは3000~4000円でした。
レストランで夕食を食べると一万円以上になりそうです。
1€185円と思っていましたが、実際はカード会社の手数料が入るので1€192円ぐらいです。
お土産は人によるので、含めませんでした。
何を着て行けばいいのか迷う人がいるかもしれませんが、FMI Weatherというアプリでフィンランドの各都市の天気が見られます。
私がフィンランドにいた時はだいたい最高気温が20℃ぐらいで、晴れると暑かったです。
半袖でもいいぐらいでした。
朝晩は少し涼しいので、薄い羽織ものを持って行けば十分でした。
フィンランドは日本と同じように治安がよく、親切な人が多く、観光しやすい国です。
なによりも観光客がそれほど多くないので、のんびり観光できると思います。
次はいつ行けるかわかりませんが、これからもフィンランド語の勉強を続けていき、次回は使えるようになりたいと思います。
フィンランド旅行・第三日・四日目(トゥルク) ― 2026/06/23
<第三日目>
三日目はフィンランド最古の町トゥルク(Turku)に行きました。
ヘルシンキ駅から列車で約2時間、夏のバーゲンで往復20€以下でした。
列車は定時にアナウンスもなく静かに発車します。
中世の初期にスウェーデンがフィンランドへ進出し始めるころに、トゥルクをフィンランド支配の基地としたそうです。
フィンランド語では「Turku」ですが、スウェーデン語では「Åbo」と言います。
ヘルシンキに首都が遷都されるまで、トゥルクがフィンランドの首都でした。
9時35分発の列車に乗り、11時39分にトゥルクに着きました。
博物館や美術館などはやっていましたが、夏至の前なのでいつもよりも閉館時間が早いです。
夏至の前日から三日間ぐらいは美術館や博物館、デパートなどは休みのところが多いようです。
トゥルク駅から川岸の方に行く時に気をつけてください。

近道をしようと思って駅前にある公園(Puolala Park)を突っ切って行こうと思いますよね。
それは間違いです。
駅を出たら、写真に写っている公園に続く階段には行かずに駅前の道を左か右に行って下さい。
体力に自信があるなら石段を登ってもいいですよ。頑張ってね。
私たちは石段を登ってしまい、疲れましたww。
後から階段を上らずにホテルに行けることがわかりました。

宿泊したのが公園のそばにある「Park Hotel Turku」です。
1902年に建てられた建物を利用したホテルです。

早めに着いたのですが、部屋にすぐ入れました。
居心地のいいアンティーク風の部屋です。
しばし石段を登り疲れた身体を休ませましたが、部屋の中が少し暑かったです。
フィンランドは二日目は少し涼しかったのですが、三日目からは気温が20℃ぐらいまで上がり、日が当たると暑いぐらいです。
トゥルク城は15時で閉まるのでトゥルク大聖堂に向かうことにし、途中のマーケット広場でランチを食べることにしました。
まだ道のことを知らない私たちはトゥルク美術館の方からマーケット広場に行きました。
坂道を下ることになるので、帰りに上ることを想像してゾッとしました。
マーケット広場付近にはショッピングモールがあり栄えています。
一度入りたかったファッツェル・カフェに入り、ランチにしました。
胃にコーヒーはよくないのですが、デカフェ・ラテがあることがわかり、頼むようになりました。
ランチの後、大聖堂に向かいます。

アウラ川の向こう岸に大聖堂が見えてきました。

大聖堂は現在修復工事の真っ最中で、2028年12月まで一般公開はされないそうです。
トゥルク大聖堂は1300年に建造されたフィンランドで唯一の中世の大聖堂で、フィンランドの福音ルーテル教会の母教会です。

教会の庭に屋外カフェがありました。


ここにも階段があり、足が筋肉痛になりそうです。
白い花の木はちょっと見、紫陽花に見えなかったのですが、日本の紫陽花よりも繊細な花(花ではなく装飾花だけど)の紫陽花が咲いていました。
フィンランドの美術館の入り口にカフェの看板があり、どこが入り口か迷いました。

<家にて(裁縫する母)>1903年
ヘレン・シャルフベックの絵が数点あり、その中にお母さんの絵がありました。
映画「魂のまなざし」の影響で、お母さんに関しては娘の生き方を否定する嫌みな女という印象です。
一階ではアイスランドの画家、Eggert Pétursson(エッゲルト・ペトゥルソン)の個展をしていました。
幼い頃から花に惹かれ、アイスランドの花をモチーフにした絵を描いているようです。

<Untitled> 2011年
画面いっぱいに様々な花が描いてあります。
ビデオでは70歳になっても、花を求めてアイスランドの草原を歩いている姿が映っていました。
写真ではわかりませんが、大きな絵で、今回の旅行で一番印象深い作品でした。
<第四日目>
パークホテル・トゥルクは素泊まりがなく、朝食付です。

ダイニングルーム。

こちらで朝食を食べました。
(安い軽いカメラを持っていったのですが、画質が悪いですねぇ)

パンと手作りっぽいジャム。

フルーツやらチーズ、卵料理などがあります。
とにかく適当に消化のよさそうなものを食べました。
Japanese teaを飲んだのですが、変わった味がしました。
夏至祭を見るために13時34分発のヘルシンキ行きの列車に乗るので、それまで川岸を散策することにしました。

川の水がよどんでいます。
調べてみると、「フィンランド南西部の農地や粘土質の土壌を削りながら流れるため、細かい土砂が常に水中に混ざりこんでいるのが最大の理由」だそうです。
Ai、解説、ありがとう。

川岸に点々と何やら不気味な像があります。なんで手の指が三本しかないの?

遊覧船が川を行き来しているようです。次に来ることがあったら、島巡りでもしてみたいです。
工事が多くて、川岸はあまりいい景色ではありません。
無料のシティ・フェリー(Föri)とケーブルカー(Funicular)があるというので、乗りに行きました。
思ったよりも町が小さいようで、ちょっと歩くとすぐにフェリー乗り場に着いてしまいました。

向こう岸からのフェリーが来ました。といっても1分ぐらいで着いちゃうんですけどねw。

教会の塔が見えます。

いつも乗る人がこんなに少ないのかどうかわかりませんが、どうなんでしょうね。

水が汚く見えると、景色もイマイチ…かな。
向こう岸に行って下りずに戻ってきました。

すぐ近くにケーブルカー乗り場があります。
結構新しい感じです。

入り口。
この中に入って、ボタンを押して待っていると、ケーブルカーが下りてきます。

乗り物、結構好きです。

実はこの上に刑務所があったのです。

ここはカコラ(Kakola)といい、刑務所がリノベーションされ、ホテルやカフェ、集合住宅になっています。

人が住んでいるのでしょうが、みんな夏至で休みなので田舎のサマーコテージに行っているのか、いませんね。

ショップもカフェも閉まっています。

子ども用の遊具があります。
まさか刑務所で使われていたわけではないですよね。

木の柵みたいものは何のためにあるのでしょう?

刑務所だったとは言え、うまくリノベーションされていますね。
建物の中も見学してみたかったです。

帰りのケーブルカーは下るので怖いかと思ったら、傾斜が緩いので全く怖くありません。
列車までの時間がまだあるのでゆっくりと川岸を歩いて戻り、お茶をすることにしました。
HPに休むとは書いていなかったカフェに行ってみると閉まっています。
フィンランドの人は親切で、私たちに休みだよと教えてくれます。

紫陽花が飾られています。綺麗ですねぇ。
カフェで休んでから荷物を取りにホテルに戻り、列車に乗りました。
珍しく機械の故障か何かで途中の駅で停まってしまいましたが、無事に少しの遅れでヘルシンキまで帰れました。
次回は夏至以外の時に来たいものです。
フィンランド旅行・第一日・二日目(ヘルシンキ) ― 2026/06/22

夏至の様子が見たくて、2024年に引き続き七日間の予定でフィンランドに行ってきました。
写真はフィンランドのトゥルクに咲いていた紫陽花です。
<第一日目・入国>
前回と同じJALの早朝便に乗りましたが、機体が変わっていたのが残念でした。
前は左右の座席が二つずつで、真ん中はたぶん四つで、ゆったりした座席でした。
今回は左右が三つずつに変わっていて、座席はそれほど広くなく、機体は古いようです。
食事は胃の調子があまり良くないので、「消化のいい食事」を頼んでみました。
驚いたのは、乗務員の方に「消化のいい食事」を頼んだ理由を聞かれたことです。
「胃の調子が悪いから」と答えましたが、人前で聞くことですかね。
夕食は白身魚とポテトサラダ、フルーツ、パンなどで、軽食は片手に収まる卵サンド、朝食ははんぺんみたいなハンバーグ風なものにサラダ、フルーツ、パンでした。
パンはボソボソしていて美味しくないので食べませんでした。
はっきり言って普通の食事より量が少なく、あまり美味しいものではないので、私のように胃の調子が悪い人以外は頼まない方がいいですよ。
今回の食事はひどいなぁと思ったら、別のものを頼んでいたというオチがww。
飲み物はスープか水を頼みましたが、デカフェもあるそうです。
楽しみにしていた映画はいいのがなかったので、とりあえず「マテリアリスト 結婚の条件」、「ソロ・ミオ」、「レンタル・ファミリー」を見ました。
どれもイマイチでした。
2026年4月10日以降からヨーロッパのシェンゲン協定加盟国に入国するにあたり、すべての非EU国籍者に対して「EES(出入域システム)」が導入されました。
スタンプがなくなり、初回の入国時に「顔写真の撮影」と右手の親指以外の「4本指の指紋登録」が義務付けられたのです。
登録されたデータはシステムに3年間保存されるので、2回目以降の入国は顔認証のみになり、手続きが短縮されるそうです。
フィンランドの入国審査場には前回の三、四倍の人たちがいました。
専用キオスク端末はありますが使わず、審査官によって指紋と顔写真が登録されます。
審査官は時間によって5人から7人の間を行ったり来たりで、入国者が多いから増やすということはしないようです。
なかなか進まず、終わるまで二時間半もかかり、疲れました。
私の時は審査官がニコニコ笑いながら「Moi」で迎えてくれ、聞き取りやすい英語で質問してくれました。
東京から来たのか。何しに来たのか。どの都市を回るのか。何日いるのか。ホテルはどこかなどを聞かれ、最後に帰りのチケットを見せるように言われました。
質問の後に写真を撮り、指紋を登録し、パスポートを返してくれて、両手を可愛らしく振りながらの「Moi,moi」で終わりました。
フィンランド語を勉強しているのに、すべて英語で答えてしまいました。
最後ぐらい「Kiitos. Moi,moi」で終わりたかったですわw。
友人も愛想のいい審査官だったらしく、日本語で質問をしてくれたそうです。
夏至祭で「Kokko(焚火)」を見ると言ったらなんと、フィンランド語の早口言葉を教えてくれたそうです。
ちなみに早口言葉はこんな感じだったようです。
Kokko, kokoo kokoon koko kokko
(コッコ、ココー ココーン ココ コッコ)
ーKoko Kokkoko?
(ココ コッココ)
ーKoko kokko.
(ココ コッコ)
意味:コッコ(人の名前)、全部のかがり火を準備して。
ーかがり火?
ーかがり火。
ひょっとしてフィンランドの審査官は日本人に優しいのかしら?
入国した後、電車でヘルシンキ中央駅まで行き、駅近のホテルにチェックイン。
その後、夕食と次の日の朝食をスーパーに買いに行きました。
イギリスから来る友人は前回と同じように深夜に現れました。
<第二日目・ヘルシンキ市内>
大聖堂の外壁改修工事が終わったようです。

ヘルシンキ大聖堂の地下にカフェがあると聞き、行ってみることにしました。
Cafe Kryptは6月から8月までの月曜日~土曜日、10時~17時、日曜日、11時~ 17時までやっています。
たまに変わることがあるので、チェックしてから行きましょうね。

大聖堂のところに入り口があると思ったら、違いました。
この矢印のとおりに大聖堂をぐるっと一周したのに、入り口がありません。
しばらくして下の通りのところに矢印があるのに気づきました。

トラムの「Hallituskatu」で降りるとすぐのところにあるようです。
大聖堂に向かって右側の通りです。

ここが入り口です。
中に入っていくと、スウェーデンの芸術家アンドレ・プラ(André Prah)による、第二次世界大戦中のラドガ湖で起きた悲劇(クルツィオ・マルパルテの小説『カプート』に登場する、凍りついた馬の逸話)をモチーフにした「Ice Horses of Ladoga」展がやっていました。

照明の青が強烈ですね。漂流してきた木を使い、馬を作っています。
6月21日でこの展示は終了したようです。
この展示の横にカフェがあります。

デカフェがなく、私が飲めるものがないのですが、ここでしばらくゆっくりしたいので、ホットチョコレートを頼みました。
チョコって胃に悪いのに、なんで選んだのか、我ながら不思議です。
結局、三口ぐらい飲んで止めました。紅茶にすればよかったかも。

しばしくつろぎ、次の目的地に行きます。
小雨が降っていますが、美術館なので大丈夫でしょう。
トラム4に乗り、Meilahdentieで下車し、バスの510番に乗り換えます。
トラム乗り場とバス乗り場が近くにあったので、迷わず便利でした。
Kuusisaarenkujaで降り、ディドリクセン美術館(Didrichsenin Art Museum)に行きます。
ウィリアム・モリス展をしていました。

1965年にディドリクセン夫妻が自身のコレクションを自宅公開するかたちでスタートした美術館だそうです。
小さな美術館ですが、周りが大使館や高級住宅街のいい場所にあります。
雨が降っていなければ、散策ができたのに…。
ディドリクセン美術館から歩いて数分のところにヴェラ・ギレンバーグ(Villa Gyllenberg)があります。

銀行業等で成功したギレンバーグ夫妻の住まいで、彼らが収集したフィンランドとヨーロッパの美術品が展示されているほかに、美しい邸宅の調度品が見られます。

庭は晴れていたらもっときれいだったでしょうね。

素敵な部屋です。

窓が大きいのがいいです。
ディドリクセン美術館のカフェはカフェとは言えないのですが、ヴェラ・ギレンバーグのカフェ・シグネ(シグネは奥さんの名前)はちゃんとしたカフェです。
お茶はこちらでした方がいいようです。
2つの美術館は晴れの日に訪れ、周りを散策するのがおすすめです。

ディドリクセン美術館の駐車場にはこんな彫刻があります。
バスはこの彫刻の前あたりに停まります。
510番バスに乗り戻ろうとしたのですが、前に乗り換えた停留所を乗り越してしまったのか、どこで降りたらいいのかわからなくなったので、Googlemapを使い、適当にメトロの駅の近くのバス亭で降りました。

バスに犬も乗ります。吠えないいいわんこでした。
メトロでカンピまで行き、バス乗り場をなんとなく見てからカンピショッピングセンターの4階にあるMujiに行ってみました。
フィンランドのエスカレーターは右側に立つ様ですので、間違えないようにしましょう。日本と同じように、みんな静かに立っています。
ここにはレストランがあり、日本食が食べられます。

うどんやとんかつ、から揚げがありましたが、胃が受け付けてくれそうなサーモンの照り焼き定食を食べてみました。
付け合わせはポテトサラダときゅうりとワカメの酢の物、そして味噌汁とご飯。
きゅうりは日本のよりも大味で、キャベツ(だよね)は固いですが、十分に美味しいです。
サーモンは厚くて立派だったので、何もつけずに焼いて食べたかったです。
日本食を食べたくなったらここがいいでしょう。
20€以下で日本食が食べられます。

ショッピングモール内のマリメッコとイッタラを見てからカンピ礼拝堂の横を通ってホテルに戻りました。
米子に行く①(足立美術館) ― 2025/03/24
足立美術館が人気があると聞き、一度行ってみたいと思っていました。
そこで思いきって、行ってきました。
飛行機は出雲空港と米子空港のどちらかの空港を使います。
出雲と松江には大学時代に行ったので、米子空港を使うことにしました。
米子空港はANA、出雲空港はJALなんですね。
米子空港から米子駅までリムジンバスに乗りました。
飛行機は満席に近いぐらいだったのに、リムジンバスに乗る人は少なく、今はレンタカーを借りる人が多いようです。
ホテルに荷物を置いて、米子駅から安来駅まで行き、安来駅前から足立美術館への無料シャトルバスに乗りました。
山陰線の普通列車は一時間に一本です。シャトルバスはこの時間に合わせて運行しています。
帰りの無料シャトルバスの整理券は、美術館に入ってすぐのところにありますので、チケットを見せる前に取っておきましょうね。

入り口から入ると、見える景色です。

庭は自由に写真を撮っていいのですが、絵画や陶芸などは撮影禁止です。
通路に漆芸の素晴らしいものが展示されています。


創設者の足立全康翁が庭を案内しています。

魯山人館。
現在、開館55周年記念特別企画「北大路魯山人」を魯山人館と新館でやっています。
足立美術館が所蔵する魯山人の書、篆刻、陶芸、絵画、漆芸の500点が一度に見られます。
はっきり言って、多すぎて、流すように見ていくしかなかったです。
新館まで見る人は少なく、特に新館の二階は人がいなくて、ゆっくり見られます。
椿鉢と行灯が欲しかったですww。
お皿など、見ただけでは私には良さがわかりませんが、料理を盛った写真があり、魯山人の器は料理を盛ってこそのものだと思いました。
紹介されている魯山人の言葉も含蓄のあるものでした。
魯山人の年表を見ていて気づいたのですが、魯山人って6回も離婚しているんですね。自由人ですかね。

枯山水庭。
喫茶室「翆」ではお茶代千円でこの庭をずっと見ていられます。



池庭。

喫茶室「大観」で食事やスイーツを食べられます。
魯山人館と開館55周年記念特別企画「横山大観の軌跡」を見た後で疲れたので、私はケーキセット(1100円)を頼みました。

「生の額絵」。
人がいつもいるので、こんな感じになってしまいます。


「生の掛軸」。


「横山大観の軌跡」では横山大観の絶筆「不二」が初公開されています。
私は富士山の絵よりは自然を描いた絵の方が好きです。
「春風秋雨」とか「冬之夕」、「紅葉」etc.なんかがいいです。

絵葉書を買ってきたので、「春風秋雨」の桜を載せておきます。
そろそろ桜の季節ですから。
足立美術館の庭は、私は一度見たので、満足しました。
あくまでも私の個人的な感想ですが、足立美術館の庭は整い過ぎた、管理されつくした庭という感じでした。
言ってみれば「陽」の庭ですかね。
もっと「陰」の、俗にいうわびさびの世界観を持っている庭の方が私の好みです。
日本人よりも外国人、特に西洋人好みの庭のように思いました。

帰りに安来駅の中を見てみると、かわいい人形がありました。
全く失念していたのですが、安来は安来節の安来だったのですね。
一色さゆり 『モネの宝箱 あの日の睡蓮を探して』 ― 2025/01/22
『ユリイカの宝箱 アートの島と秘密の鍵』に続く第二作。
どうも展覧会「モネ 睡蓮のとき」に合わせて出版されたっぽいですね。

アートの旅に特化した旅行会社・梅村トラベルの新入社員、桜野優彩は、先輩の志比桐子と梅村社長とともに世田谷区の閑静な高級住宅地にある一軒家に赴く。
その家の主の柳橋は社長の古くからの知り合いらしい。
柳橋から頼まれたのは、旅行のアテンドで、旅行に行くのは柳橋ではなく彼が指名した代理人だ。
旅の目的は、柳橋がある人と一緒に見たい≪睡蓮≫を探すこと。
代理人が訪れるのは次の四つの美術館。
①東京の国立西洋美術館
代理人は交通事故に遭った柳橋のリハビリをしたという理学療法士の息子の森下一翔。
②箱根のポーラ美術館
代理人は柳橋家から作庭を依頼されたことのある庭師の春日井晴美。
③倉敷の大原美術館
代理人は柳橋の大学の頃親しかった友人で、花屋の花田大輝。
④京都のアサヒグループ大山崎山荘美術館
代理人は柳橋の妻、咲子。
柳橋がこのようなことを考えたのには理由があります。
代理人たちも柳橋も人生に迷い、悩み、後悔し、前に進もうとしているのです。
そのきっかけになるのが、今回はモネの≪睡蓮≫。
この四つの美術館のどこに柳橋の≪睡蓮≫があるのでしょうか。
勘のいい人ならわかってしまいそうですね。
私は国立西洋美術館とポーラ美術館に行っています。
大原には行ったことがあります。でも記憶が定かでは無いのですが、大原美術館には忙しくて入る暇がなかったような気がします。
京都なので、今はインバウンドの人たちが多く観光がしずらいようなので、もう少し人が少なくなったら行こうと思いますが、そんなこと言っていたらいつになるのかわかりませんねww。
モネの≪睡蓮≫以外の絵も出て来ます。
優彩が好きと言ったマリー・ガブリエル・カペの≪自画像≫を載せておきます。

優彩も桐子も互いに似ていると思っています。
優彩は自信に満ち溢れているところが桐子に、桐子は天真爛漫さが優彩に近いと思っています。
互いに思いやれるところがいいですね。
ちなみに桐子さんが好きなのは、ルーベンスの≪眠る二人の子供≫だそうです。

子供のいる人ならなお一層惹かれそうな絵ですね。
どちらも国立西洋美術館にあります。
「モネ 睡蓮のとき」は2月11日までだそうです。
私は行きたいのですが、混んでいてじっくり見られそうもないので、パスします。
3月からは京都市京セラ美術館でやるそうなので、大山崎山荘美術館といっしょに見てもいいかも。考えときますわ。
展覧会に行く予定の方、もしくはこれから行こうと思っている方は、この本を読んでから行かれると、より深くモネの≪睡蓮≫がわかるのではないかと思います(たぶんww)。
「印象派モネからアメリカへ ウスター美術館所蔵」@東京富士美術館 ― 2024/09/16
東京都美術館で開催しているのを見逃した展覧会が八王子の東京富士美術館でやっているのを見つけ、三連休にこれといって行くところがなかったので、行ってみました。

ウスター美術館は1898年にアメリカのマサチューセッツ州ウースターに開館しました。ウースターはボストンから車で約一時間、電車で約2時間ほどです。
所蔵品はローマのモザイク画やヨーロッパやアメリカの絵画、日本の版画、アメリカで二番目に多い武器や防具のコレクションなど約4万点ほどあるそうです。
<Chapter 1 伝統への挑戦>
19世紀になって、画家たちは農民の生活や田園風景を主題に選ぶようになる。

ジャン・パティスト=カミーユ・コロー
≪ヴィル=ダヴレーの牧歌的な場所ーー池畔の釣り人≫ 1865-70年

ウィンスロー・ホーマー ≪冬の海岸≫ 1892年
ほかにコンスタン・トロワイヨンやギュスター・クールベ、トマス・コールなどの絵があります。
<Chapter 2 パリと印象派の画家たち>
1874年パリで、のちに「印象派」と呼ばれる画家たちの初めての展覧会が開催される。

クロード・モネ ≪税関使の小屋・荒れた海≫ 1882年

ベルト・モリゾ ≪テラスにて≫ 1874年

ピエール=オーギュスト・ルノワール ≪アラブの女≫ 1882年

メアリー・カサット
≪裸の赤ん坊を抱くレーヌ・ルフェーヴル(母と子)≫ 1902-03年

ピエール=オーギュスト・ルノワール
≪闘牛士姿のアンブロワーズ・ヴォラール≫ 1917年

クロード・モネ ≪睡蓮≫ 1908年
このほかにルイ=ウジェーヌ・ブーダンやアルフレッド・シスレー、カミーユ・ピサロ、チャイルド・ハッサムの絵画が展示してあります。
モネの「睡蓮」はウスター美術館が世界で初めて購入した「睡蓮」の連作二点のうちの一点です。購入の際にやり取りされた手紙などが展示されていました。
<Chapter 3 国際的な広がり>
パリに留学した画家たちは新しい絵画の表現技法を母国へ持ち帰り、各地で独自に展開していく。

アンデシュ・レオナード・ソーン ≪オパール≫ 1891年
ソーンはスウェーデン出身の画家です。

ジョン・シンガー・サージェント ≪コルフ島のオレンジの木≫ 1909年頃
サージェントはフランスで美術教育を受けたアメリカの画家です。

黒田清輝 ≪落葉≫ 1891年
他に久米桂一郎や藤島武二、斎藤豊作、大田喜二郎、児島虎次郎、中沢弘光、山下新太郎の絵があります。
<Chapter 4 アメリカの印象派>
1880年代半場、アメリカの画商や収集家の間でヨーロッパの印象派が人気になってきた。そのため多くのアメリカ人画家がヨーロッパに留学し、印象派の様式を現地で学んだ。

ジョゼフ・H・グリーンウッド ≪リンゴ園≫ 1903年

ジョゼフ・H・グリーンウッド ≪雪どけ≫ 1918年

チャイルド・ハッサム ≪朝食室、冬の朝、ニューヨーク≫ 1911年
ウィリアム・メリット・チェイス、フランク・ウェストン・ベンソン、ジョン・ヘンリー・トワックマンなどのアメリカ人の画家の作品があります。
<Chapter 5 まだ見ぬ景色を求めて>
「フランスのポスト印象派は光への関心を継承しつつも自然主義を脱却」、ドイツでは「自らの内面の表出を重視する表現主義の芽生え」が見られ、アメリカでは、「トーナリズム(色調主義)の風景画が人気を博した」

ポール・セザンヌ ≪「カード遊びをする人々」のための習作≫ 1890-92年

ジョン・ヘンリー・トワックマン ≪急流、イエローストーン≫ 1890-99年頃
ポール・シニャック、ジョルジュ・ブラック、ロヴィス・コリントなどの作品があります。
普段見られない作品が展示されていた展覧会でした。
チケットは美術館で買うよりもネットで買った方が安いです。
この展覧会を見逃した方、9月29日までやっていますので、ちょっと遠いかもしれませんが、八王子まで足を伸ばして下さい。
もっと空いているかと思って行ったのに、結構混んでいたので、平日がお勧めです。
他に「大使館の美術展Ⅱ 文化交流随想 インドネシア大使館」、「アメリカン・フォトグラフス~近代写真の系譜」、「西洋絵画 ルネサンスから20世紀まで」、「ジュエリー・コレクション」(皇后ジョセフィーヌのティアラ)、≪タヴォラ・ドーリア≫特別展示がありました。

ナポレオンの肖像画。

エディエンヌ=モーリス・ファルコネ ≪アモール≫ (18世紀)
他に現代の画家ではピエール=オーギュスト・ルノワール、クロード・モネ、イリヤ・レーピンなどの作品も展示されていました。
詳しくは美術館の展示中の収蔵品をご覧ください。
暑くてあまり歩かないせいか、また右膝の調子が悪くなり、一時間以上経つと傷みが出るようになりました。
そんなわけで、常設展示の方はいい加減に見てしまい、後でブリューゲルの作品を見ておくんだったと思いました。

カフェがなくなり、和室になっていて、インドネシアのものが置いてありました。
お昼になったので、レストランに行くと満席で、紙に名前を書いてからしばらく待たなければなりませんでした。

夫は鳥グリルレモンカレーとアイスコーヒーフロート、わたしはプレートランチが売り切れだったので、カルツォーネプレートとアイスコーヒーを頼みました。
アイスコーヒーはたっぷりの量で、わたしは飲みきれず。
夫のコーヒーフロートにのっていたアイスクリームがびっくりするぐらい多くて、わたしももらいました。
フィンランド旅行④ーオーディとイッタラ&アラビア ― 2024/08/02
【第六日目】
昨夜からバスルームのシンクの水が流れなくなりました。
友人は次の日にイギリスに帰るので、頼んでフロントに電話をしてもらいました。
すると、係の者は帰ってしまったので、明日の10時に部屋にうかがわせると言われました。
次の日、本当に来てくれるのかわからなかったので、10時過ぎに友人がフロントまで直接行きました。
そうするとしばらくして係の人が来てくれました。
水が流れる音がしたので、これで大丈夫。そう思って私たちは出かけました。
この日は14時頃に友人が空港に行くというので、アモスレックスの近くにあるムーミンショップに行った後にオーディ(Oodi)に行くことにしました。

アモスレックスの天窓
オーディはフィンランド独立100周年記念事業として2018年にオープンした公共図書館です。
「オーディは、フィンランドの新しい時代の幕開けを象徴するとともに、ヘルシンキ市や国の図書館全体を代表するシンボルであり、またその名のとおり、「フィンランド文化」「読書」「言語・表現の自由」「平等」「民主主義」へのOodi(頌歌・賛歌)を体現しているということである。また、2019年8月には、国際図書館連盟(IFLA)からPublic Library of the Year 2019を受賞し、世界中から注目を集めている」

ホテルの窓から見えていたのは、オーディの裏側でした。

なんとも不思議な建物です。

全面に木が使われています。
1階にはレストランや誰でも使えるチェス盤が置いてあり、映画館もあります。
2階は窓が少なく、3Dプリンターやミシン、拡大印刷機、音楽スタジオ、キッチン、ゲームルーム、個室、ミーティングルームなど様々な学習活動や作業ができるスペースがあります。
三階が十万冊(思ったよりも少ないです)の蔵書があるという図書館です。
椅子が多く、どこにでも座って本が読めます。
テラスがあり、市民よりも観光客が多いんじゃないかと思うぐらいで、そこにいる人たちは日光を浴びてくつろいでいます。
カフェもあります。

本を運ぶロボットを見かけました。この後ロボットは左側の駕籠の下に入っていきました。

こんな感じで本を運んでいます。(斜めってしまったw)

この先にみんなが行きたがる、端っこがあります。

高所恐怖症気味のわたしはちょっとブルブル、笑。
ここのガラスは透明ではありません。

こんな感じです。

らせん階段がありました。美しいです。
素晴らしい施設の何時間でもいられる図書館です。
少し早いですがオーディのレストランでランチを食べました。
ビュッフェランチが11時からで、13.50ユーロ。

ショウガの入ったスープと大きいミートボールとサラダです。
外の席で食べていると、雀たちが寄ってきました。

パン屑でも探しているのでしょうか。
しばらくするとカモメが飛んで来ました。

高いところから餌がないか見張っています。

警官たちもやって来ました。
オーディの前の広場で何かイベントがあるようです。
一旦ホテルに帰って、友人は荷物整理をします。
わたしも一緒に帰り、少し休み、空港へ行く友人と別れてから一人でイッタラ&アラビア・デザインセンターに行きました。
RautatieasemaからArabia行きの6番のトラムに乗って、Arabiankatuで降ります。ここのミュージアムは平日11時からです。

2、3分歩くと見えて来ました。

ここが入り口です。

この通路を歩いて行くと、左側にイッタラ&アラビアのショップ、右側にカフェと他のメーカーのショップがあります。
ミュージアム(無料)にはエレベーターで8階まで上ります。
受付の女性がイッタラ&アラビアのショップの15%割引券をくれました。写真は自由に撮っていいそうです。

写真の展覧会をしていました。

ずらっと年代順に並んだイッタラのカップとコップたち。
反対側にアラビアの製品が並んでいます。


今売っているものとは絵柄が違いますね。



ムーミンもいました。
イッタラとアラビアの製品の変遷がよくわかる展示でした。
ショップにはヴィンテージ品があると聞いていたのですが、あまりなかったです。
ムーミン製品はここで買うよりも日本のアマゾンの方が安いみたいで、ムーミンフィギュアは2600円ぐらいで買えます。円安の影響でしょうか。
別のお店で木のムーミン一家を見つけました。残念なことに、ムーミンだけがいません。ムーミンが一番人気なんですね。
カフェでアイスラテを飲んでまったりしてから中央駅まで戻り、スーパーに寄ってホテルに戻りました。
ここで悲劇が起ります、笑。
シンクの水が流れていなかったのです。
五時を過ぎていたので、修理の人は帰ってしまっていますが、フロントに言いに行きました。
するとフロントの女性が来てくれて、排水溝クリーナーみたいな道具を使って直そうとしてくれましたが、全くつまりが取れません。
後二日泊まるので、部屋を変えてくれと交渉すると、変えてくれました。
今度の部屋は同じ階ですが、見晴らしが悪く、シャワーだけの部屋です。
しかし、部屋の掃除は行き届いていて、バスルームの歯磨き用コップには埃よけが被せてあります。前の部屋と掃除する人が違うのでしょうかね。
排水は前よりも段違いにいいです。もっと早く言えば良かった…。
ホテルは中央駅からすぐなので立地はよく、フロントの方々もいいのですが、設備が古く、掃除がいい加減なのが残念でした。とはいっても、わたしたちは全く気にしていなくて、次も泊まるかもしれません。
そうそう、シーツが四日間変わらなかったのは、頼まなかったからかしら?
日本とは違うことがあるので、何でもわからなかったら訊いてみた方がいいですね。
今回の反省点としますww。
フィンランド旅行③ーラーセポリ博物館とムーミン美術館 ― 2024/08/01
【第四日目】
二日間、ヘルシンキ市内を回ったので、この日はヘルシンキ郊外へ行くことにしました。
友人が大好きなヘレン・シャルフベックの絵がある、小さな博物館まで行きました。
博物館はラーセポリ博物館(Raaseporin Museo / Raseborgs museum)といい、タンミサーリ(Tammisaari / Ekenäs)という町にあります。
*(フィンランド語/スウェーデン語)
友人が交通機関を調べてくれたので、わたしはただ着いて行くばかりで、楽ちんでした。
VRアプリで電車の切符もバスの切符も買えました。
あまり電車やバスがないので、気をつけないと接続が悪く、帰りが遅くなります。
ちょうどヘルシンキからの電車が全線改良工事をしていたため、ヘルシンキからカリス(Karyaa/karis)までバス(片道10ユーロ)、カリスからローカル線(片道 3.40ユーロ)に乗り、タンミサーリ(Tammisaari / Ekenäs)まで行きました。
バスも電車も好きな座席に座れました。
田舎の風景が見られて、楽しかったです。
タンミサーリ駅から博物館(入館料12ユーロ)まではGoogleさんに頼りましたが、わたしの携帯では案内人が道から外れていて、不思議でした。
詳しい経路を知りたい方はこちらをご覧下さい。
ヘレン・シャルフベック(1862年ー1946年)の絵はシャルフベック館にあります。
絵の他に彼女が使用していた杖とかイーゼルとかもありました。
英語の説明書きがなかったのが残念です。
軽く彼女の生涯を紹介しときますね。
1862年にヘルシンキに生まれる。
3歳の時に階段から落ち、足が不自由になり、一生杖をつく生活をした。
小学校に通えず、家庭教師に教わる。
11歳の時に絵の才能が認められ、フィンランド芸術協会の素描学校で学ぶ。
1880年、≪雪の中の負傷兵≫がフィンランド芸術協会に買い上げられ、奨学金を得ると18歳でパリに行き、画塾アカデミー・コラロッシで学ぶ。

≪雪の中の負傷兵≫ 1880年 アテネウム美術館蔵
1889年、≪快復期≫で国際的な名声を得る。

≪快復期≫ 1888年 アテネウム美術館蔵
1890年にフィンランドに帰国。ヘルシンキの素描学校で教鞭を執る。
1902年に療養をかねてヒュヴィンカーへ引越し、母と暮らすが、その後15年間、家に引き籠もって制作に集中する。
1914年、フィンランドを代表する9人の美術家のひとりとして、フィンランド芸術協会から自画像を依頼される。

≪黒い背景の自画像≫ 1915年 アテネウム美術館蔵
1918年、内戦が勃発。タンミサーリに二週間滞在する。
1920年、フィンランド大統領から高位勲章の白薔薇勲章を授与される。
1923年、母が死去。
1925年、タンミサーリに引越す。
1939年、第二次世界大戦が始まり、フィンランドは冬戦争に突入し、シャルフベックはタンミサーリから北のテンホラにあるポルカの農場に疎開する。
1939年、第二次世界大戦が始まり、フィンランドは冬戦争に突入し、シャルフベックはタンミサーリから北のテンホラにあるポルカの農場に疎開する。
1944年、スウェーデンのサルトショーバーデンの療養ホテルに定住する。
晩年には自画像連作を描いて、1946年1月23日83歳で死去する。
大きな失恋をパリ時代とヒュヴィンカー時代に二回ほどしたようです。
写真が写せないので、どういう絵があったのか紹介できませんが、わたしが一番印象に残ったのが、彼女の自画像です。彼女は40点以上の自画像を描いたそうです。その中に彼女は自分の悲痛な思いを込めているのかもしれません。
入り口の壁に若い頃から順番に自画像の写真が並べてありましたが、晩年のものは…ハリーポッターに出てくるヴォルデモート卿かと思えるほどです(失礼)。
ショップとカフェがあったので、カプチーノを頼み、しばし庭でくつろぎました。

両側に犬連れの方々がいて、右側のわんこはご主人様がやって来ると、嬉しくて飛び上がっていました。か・わ・い・い。

ランチがまだだったので、駅までの帰り道の途中にあるカフェに入ってみました。

海老ののったオープンサンド(紅茶とともに7.50ユーロ)を食べました。
カフェの横から海が見えたので、行ってみることにしました。

石の教会が見えました。

通り過ぎていくと、パターゴルフをしている人たちがいます。

水辺に行くと、犬を連れて水の中に入っていく女性がいました。

わんこは水が好きなんですね。

もう一匹やって来ました。
お姉さん、スカートが短くて、お尻が見えていますよ。水着かな?
わんこがブルブルすると大変です。

浜辺になっていて、海水浴をしている人もいるようです。

空が晴れ渡っています。

ガレージセールかな?色々と古いいらなくなった物を売っていました。

海辺にはヨットが沢山停めてあります。
乗ってみたいですねぇ。
ヘレン・シャルフベックの絵も浜辺もよくて、ずっとここにいたかったです。
帰りは電車からバスに乗り込み、無事にヘルシンキまで戻って来られました。
【第五日目】
この日はタンペレ(Tampere)のムーミン美術館(Muumimuseo)に行きました。
前日にVRアプリで特急列車の切符を買っておきました。今回は座席指定しなければなりません。行きと帰りの運賃が違います。
1時間半で着く電車もあったのですが、少し運賃が高かったので、2時間ぐらいかかる電車にしました。行き、22.90ユーロ、帰り、23.90ユーロ。
ひょとすると、もっと前に予約するともっと安かったかもしれません。

わたしたちの前の座席にテーブルがありました。
長距離の電車には二階席や食堂車があり、犬禁止の車両もあります。
電車に乗っていて気づいたのですが、フィンランドの白樺って北海道のに比べると細いですね。寒いと白樺も大きくなれないのかしら?
ヘルシンキでは晴天で汗をかくぐらいの天気が続いたのですが、なんとタンペレではザンザン降りの大雨に遭いました。
ゴアテックスのスニーカーとポリエステルの服とパンツをはいていたので、わたしはそれほど被害はなかったのですが、友人はスニーカーがグッショリ濡れて、大変でした。
駅からムーミン美術館の道のりが遠く感じました。

この大きなタンペレホールの中にムーミン美術館はあります。

右側がホールの入り口です。

ムーミン美術館の入り口。
大雨にもかかわらず、ムーミン美術館(14.50ユーロ)には沢山人がいました。
人気なんですね。

美術館にはムーミンの挿絵の原画やスケッチ、5階建てのムーミン屋敷、本のワンシーンのミニチュアなどが展示されていて、日本語でもムーミン作品の朗読が鑑賞できます。
狭い部屋に人が多くて、わたしは疲れが出たのか、あまり見る気になれず、ほどほどに見て、お腹が空いていたので、カフェで食事をしながら友だちを待ちました。
そうそう、ムーミンの銅像は見に行きましたよ。といってもホール正面の左側にポツンとにありましたけどね。

かわいいムーミンです。
少し大きくしてみましょうか。

握手ができますね。
ショップは小さく、それほどムーミングッズが置いてなくて、残念でした。
帰る時には晴れていて、行きのわたしたちが歩いている時だけ雨が降ったようです。
帰りの道はあっけなく、こんなに駅から近かったのかと思うほどでした。
この後、パイプオルガンのコンサートに行くので、タンペレの町は見ずにヘルシンキに戻りました。

フィンランドの電車を載せておきます。

猫の絵が描いてあった電車です。猫はこの地方のマスコットなのかしら?
7時からヨハンネス教会(Johanneksenkirkko)でパイプオルガンのコンサートがありました。
この教会に行くにはソコスデパートの横にあるLasipalatsiから10番のトラムに乗ります。

トラムのJohanneksenkirkko駅からすぐの所にある、ルーテル派教会で、フィンランド最大規模の石造教会だそうです。

スウェーデンの建築家が多くの装飾や窓材料をスウェーデンから輸入して建てたそうです。

入り口の上、座席の後ろ側にパイプオルガンがあります。
コンサートは10ユーロで一時間でした。今回はパイプオルガンとバリトンの共演です。
<Program>
RICHARD WAGNER オペラ「さまよえるオランダ人」序曲
リヒャルト・ワーグナー 「ヴェーゼンドンク歌曲集」より
「天使」、「悩み」、「夢」
「タンホイザー」
ヴォルフラム:
Blick ich umher
Pilgerchor
Wie Todesahnung... O du mein
holder Abendstern
OSKAR MERIKANTO Rukous (祈り)
オスカル・メリカント Suvi-illan vieno tuuli (san. Eino leino)
(夏の夜の風)
Häähymni (婚礼讃美歌)
Juhana Kotilainen , baritone
Arttu Selonen, organ
プログラムに英語がない上に、「タンホイザー」のことをよく知らないので、ヴォルフラムの歌う歌をドイツ後のまま書いています。(どなたか教えて下さい)
Oskar Merikanto(オスカル・メリカント)はフィンランドの作曲家だそうで、フィンランド語の訳を載せました。

オルガニスト(前)もバリトン(後)の方も若いですね。バリトンの人の声がよかったです。
多彩なパイプオルガンの曲を聴きましたが、たまには正統派のバッハなども聴きたくなりました。
帰りにダンスをしている人たちを見かけました。

遠くから撮ったので、よくわからないかもしれませんが、昔のフォークダンス風の踊りでした。
楽しそうでいいですね。
この日は帰ってからハプニングがありました。
フィンランド旅行①ーヘルシンキ市内とパイプオルガン ― 2024/07/30
【第一日目】
フィンランドへの飛行機は夜の11時ぐらいに出発し、ヘルシンキに早朝5時頃着く便があります。
朝着いてすぐに活動するほどの元気がないので、日本を午前10時過ぎに出発するフィンエアに予約をしました。
ところが8時25分発のJAL便に変更になってしまいました。
朝が苦手なのに、家を五時過ぎに出なければなりません。
休日にもかかわらず、結構電車に人が乗っていて、驚きました。
仕事に行くのか、朝帰りなのか…?
空港は夏休みになったばかりなので、少し混んでいました。
アプリでオンラインチェックインをしていたので、自動手荷物預け機で荷物を預けます。
この時、バーコードをかざす場所がわからなかったり、バーコードをかざしてもなかなか読み取ってくれなかったりして焦りました。
FACE EXPRESSを使うために、顔情報を登録しようとしましたが、またバーコードをかざす所がわからず、やっと見つけてかざしてみても読み取ってもらえません。
他の人がどうやっているのかよく観察してからやってみると、見事成功ww。
バーコードはわたしには鬼門です。
バーコードやパスポートは下に向けましょうねww。
バーコードで苦労した以外は何事もなく、無事に搭乗でき、隣の席が空いていてラッキーでした。
窓からフィンエアのマリメッコ機体が見えました。

これに乗りたかったわ…。
機内では寝ないで映画を観まくりました。
観たのは「異人たち」、「アーサー・ザ・キング」、「バービー」、「ウォンカとチョコレート工場のはじまり」の4本です。
「異人たち」は見る時に注意が必要です。男同士の…があるんですもの。
機内食の味はまあまあで、量は男の人には少ないかも。
メインの食事ではチキンか豚肉かを選び、デザートはハーゲンダッツのアイス、軽食としてツナサンドをもらい、最後の食事は無印のバターチキンカレーでした。
カレーが一番美味しかったです。
ヘルシンキに15時40分に着く予定でしたが、15時10分ぐらいに着きました。
早くホテルに行けると思ったら、とんでもなかったです。
入国審査場まで遠くて、その上、入国審査に時間がかかり過ぎでした。
フィンランド国籍のある人はパスポートを機械にかざすだけでOKですが、それ以外の国籍の人は入国審査官に呼ばれるまで待っています。
呼ばれても、なかなか終わらないんですよ。何を質問しているんだか。
わたしの時は一人で旅行するのかとか、何日間いるのか、他の国に行かないのかなどということを訊かれ、すぐに終わりました。
若い審査官でしたが、英語が聞き取りにくくて困りました。
入国審査に時間がかかったので、荷物はすでに出ていました。
空港を歩いていると、犬がいました。
フィンランドって犬がOKの場所が沢山ありそうです。
ヘルシンキ中央駅の近くのホテルに滞在するので、電車で行くことにしましたが、駅までもが遠かった。東京の大江戸線みたい。
切符の買い方はVlogなどを見ていたので、迷わず買えました。
空港からヘルシンキ駅までABCゾーンで4.10ユーロです。
電車に乗ると、思わぬことが起りました。
行き先に「Helsingin rautatieasema」がないんです。
心配になって乗っている女性に英語で聞くと、この電車でいいと言われました。
でも、行き先が…。
ここで閃きました。電車の場合、中央駅は「Helsinki」なんですよ。
アナウンスで「Helsinki Central Station」って言ってました。
「Rautatieasema」はトラムや地下鉄の駅なんです。
後でこのことを話すと、友だちも迷ったそうです。
私たちだけがわからなかったのかしら?
ヘルシンキ中央駅に着いたのが五時過ぎ。
お腹がすくかもしれないと思いキオスクでヨーグルトとクロワッサンサンドを買いました。
カードを使うと、日本語で指示されましたが、キオスクと空港以外では日本語表示はでないようです。
ホテルの部屋はツインでバスタブのついている部屋です。
しかし、バスルームのシンクの排水が悪く、ちょっと心配。
友人はイギリスから来たのですが、夜の11時過ぎにホテルに着きました。
【第二日目】

ちょっと薄曇りの朝。中央駅付近に人はそれほどいません。
まず最初にアテネウム美術館に行きました。
2019年に国立西洋美術館で日本とフィンランドの外交関係樹立百周年記念として開催された「モダン・ウーマン―フィンランド美術を彩った女性芸術家たち」展で印象的だったヘレン・シャルフベックの絵があるということで、最初に行くことにしました。
入館料は22ユーロで、特別展のエーロ・ヤルネフェルト展にも入れます。
財布以外の荷物をロッカーに入れてしまい、後で困りました。
せめて携帯を持っていれば、好きな絵を写真で撮れたのに。
そんなわけで、この美術館の詳しい情報はこちらのブログでご覧下さい。
ヘレン・シャルフベックの絵は数点しかなく、それもあちこちにあるので、ウォーリーをさがせ!状態でしたww。
子どもたちを描いた絵が可愛くて、好きです。
エーロ・ヤルネフェルト展はそれほどの規模ではないだろうなんて思っていたら、とんでもなかったです。展示されている絵画が多すぎです。
彼の後期の風景画が気に入りました。さすが雪国の人。雪の描き方が上手いです。
腰が痛くなってきたので、最後の方の肖像画は飛ばしました。
友だちとの待ち合わせまで後10分というところで、足と腰にきたので見るのを諦めてカフェに入り、カプチーノ(4.90ユーロ)を飲みました。
初めてのフィンランドのカプチーノは美味しかったです。
カフェは美術学校時代には彫刻のギャラリーだったそうです。
美術館の後はエスプラナーディ公園へ。

銅像の頭の上にカモメがとまっています。
カモメは人の頭の上が好きなんでしょうか。

かわいいわんこがいました。オペラ座の怪人風なので、名付けて仮面わんこ。
この公園は小さいですが、芝生があるので、寝そべったり、ピクニックしたりするのがよさそうです。
ヘルシンキといったら、ヘルシンキ大聖堂でしょう。

雲が多いですが、雨は降りませんでした。
ここの階段を上るのは嫌でしたが、仕方なく上りました。
意外と上りやすく、筋肉痛にはなりそうもありません。(なりませんでしたよ)
実はこの階段を上らなくても、教会に行けます。
足が不自由な方は左側の通りから行ってみてください。
そうでない方は階段を上りましょうね。

階段上から見た元老院広場です。
教会の入り口に夜の7時からパイプオルガンのコンサートが開かれるというポスターがあったので、行ってみることにしました。
お腹が空いたので、マーケット広場とオールド・マーケットホールに向かいます。

海辺はいいですね。晴れてきました。

この船がスオメリンナ島へ行くのでしょうか。
マーケット広場にはベリー類や食べ物を売っている屋台のテントがあります。

日差しが強く、暑いので、オールド・マーケットホールに入ってみることにしました。
この中に食料品や食べ物を売っているお店が入っています。
サーモンやトナカイ肉なども売っています。
ちょうど真ん中にあるStoryというお店でサーモンスープランチ(16.90ユーロ)を食べることにしました。

たっぷりとたくさんのデルやサーモン、ジャガイモが入ったスープです。
これだけでお腹がいっぱいになりましたが、ちょっとわたしには塩辛かったです。
夜にパイプオルガンを聞きにいくので、エスプラナーディ公園に戻り、マリメッコなどのお店を覗いてから、デパートのストックマンとソコスの地下にあるスーパーを見学に行ったついでに夕食を買うことにしました。
そうそう、帽子を忘れたので、買いました。(しかし、最終日になくしてしまったのです(>o<)。馬鹿なわたし)

ストックマンではスーパーに行くまでの間にペットショップがあり、わんこたちに音のするおもちゃを買いました。フィンランド製ではなく、中国製でスウェーデンの会社のものです。

スーパーにサーモンのお寿司が売っています。大体12〜13ユーロぐらいでした。
醤油がついていませんが、このまま食べました。
カード決済では、フィンランド語、スウェーデン語、英語のどれでするかと聞かれます。
英語が3番なので3番を押すと、決済できないことが多いです。何故なのでしょうね。

少し休んで、パイプオルガンを聞くために、再度ヘルシンキ大聖堂に行きました。
道を間違えたおかげで、階段を上らずに行くことができましたww。
オルガニストは井上圭子という日本の方です。
<Program>
NICOLAS DE GRIGNY Récit de Tierce en taille
CÉSAR FRANCK Choral No.1 E-dur
THÉODORE DUBOIS Toccata
HARRI VIITANEN Images d'oiseau
LOUIS VIERNE Cathédrales ("Pièces de Fantasie")
Hymne au soleil ("Pièces de Fantasie")
10ユーロで1時間の演奏会でした。
「Images d'oiseau」という曲を作った作曲家のHARRI VIITANENさんが来ていました。
パイプオルガンの音色の多彩さが印象的なコンサートでした。鳥の鳴き声もオルガンで描けるんですよ。
夏のこの時期にはヘルシンキ市内のどこかの教会でパイプオルガンのコンサートがほぼ毎日開かれているようです。
興味のある方は是非行ってみて下さい。
前売り券を買わなくても、その場で入場券が買えます。もちろんカード払いもできます。
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