『ウィンディ・ストリート』読み終わる2006/07/02

V・Iのシリーズ、『ウィンディ・ストリート FIRE SALE』を読み終わりました。
<バイ・スマート>の経営者たちの人間関係に発端がある殺人事件の話でした。

一族の孫と、V・Iのコーチするバスケット・ボール・チームの一人が姿を消し、殺人が起こります。
一体何のためにかれらが逃げているのかをつきとめるために、頼まれもしないのにV・Iが顔を突っ込み、2回も痛い目に会うのです。
最後はめでたしめでたしになるのですが、V・Iはその結果にガッカリします。

V・Iが友人の産科医ロティ(ユダヤ人でアメリカに逃れてきた)に愚痴をいい、それにロティが答える場面が心に残りました。

「ヴィクトリア、うちの祖父ー父方の祖父ーが、戒律を厳しく守るユダヤ教徒だったことは知っているでしょ」・・・「「みんなが一緒に暮らすことになった1938年のきびしい冬、ウィーンのゲットーで二部屋に15人以上が押し込められていたときに、祖父は孫を全員集めて、みんなにラビの言葉を教えたの。死んで正義の神の前にひきだされたとき、人は4つの質問を受けるのですって。商取引をしたときに公正かつ正直だったか。家族と共に愛情に満ちた時間をすごしたか。律法を学んだか。そして、最後に、もっとも重要な質問として、救世主の到来に希望を持ちながら生きてきたか。あのころのわたしたちは食料もなく、ましてや希望など持てるはずもないなかでくらしていたけど、祖父は希望のない人生を送ってはならないと諭してくれたのよ。・・・わたし自身は神を信じていないし、まして、救世主の到来なんて信じるわけがない。でも、おじいちゃんからしっかり学んだわ。人は希望のなかで生きていかなくてはならない。自分の仕事で世の中を変えることができるんだ・・・救世主が到来するとすれば、それはひとえに、あなたのような人たちがこういう小さいけれど困難な仕事をこなし、この過酷な世界に小さな変化をもたらしているおかげなのよ」

仕事でそんな大それたことをできるとは思っていませんが、たった一人でもよい方向に変えられればいいと思いながら、やっていくしかないのかもしれません。
大切なのは希望を持ち、信じて一歩踏み出す勇気ですかね。
そういえば、マザー・テレサも自分の行為は大河の一滴にしかすぎないと言っていました。
思いがけず、ミステリで深い言葉に会いました。

マライア・スチュアート 『ダーク・リバー』2006/07/07

『ダーク・リバー』はいろいろと仕掛けのあるミステリですが、最後の落ちが今ひとつでした。
犯罪捜査の時に人相書きが出るときがありますね。その人相書きを専門にしているケンドラ・スミスがヒロイン。

ケンドラは母親の自殺の後の不幸な結婚生活に終止符を打ち、また人相書画家として復帰することにします。
最初に来た依頼はFBIからで、母の自殺の前に2、3回デートをしたことがあり、それっきりになってしまっていたアダムが受け持つ事件でした。
連続殺人事件で、被害者は片親で子どものスポーツ活動に熱心に参加している母親たちでした。彼女たちはレイプ後に絞殺されています。
一見普通の連続殺人事件だと思われていたのですが、なんと被害者の髪にケンドラが使っているのと同じ種類のピンがとめられていたり、ケンドラのネックレスと同じネックレスがつけられていることから、事件は意外な方向へ進んでいきます。
犯人はケンドラに向けてメッセージを送っているのです。
ケンドラの弟は従兄弟と一緒に失踪していて、どこかで殺されたのではないかと言われていたのですが、それと何らかの繋がりがあるのか?

これはシリーズ物になりそうな予感がします。
次回には人の未来を予測できる親友のセレナも活躍してくれそうです。楽しみです。

重松清 『小さき者へ』2006/07/09

重松は本当に泣かせどころを知っています。
なにげない日常の一こまを描いてはいるのですが、そこに何らかの意味を与え、解答を出さないあざとさ。
うまい作家です。
『小さき者へ』には6つの短編がのっています。
そのどれもが、夫婦と子どもの家族の話です。

「海まで」は、老いた母親の住む故郷に里帰りをしつつも、いつまで母を一人で置いておけるのか、その答えを出ししぶっている息子が出てきます。
彼には2人息子がいて、それぞれタイプが違います。
次男が生まれるまではおばあちゃんのお気に入りだったのに、今は何事にも屈託のない次男に自分の場を奪われてしまった長男。
その長男の気持ちを推し量っている息子は、母に長男に対する態度を変えない限り、もう来ないと告げます。
母は何も答えず、墓参りに連れて行って欲しいと頼みます。
漁村の高台にある墓には今の母は一人で行けません。
結局、結論も何もなく、すべて空に浮いたまま、物語は終わります。
本当に何気ない日常のヒトコマなのだけれど、でもそれはそれぞれの人に特有で、答えはありません。
それぞれが自分なりに答えを出すしかない、そのことを重松は言っているのでしょうか?

「団旗はためくもとに」から。

「・・・人生には押して忍ばなきゃいけない場面がたくさんあるけれど、いちばんたいせつなのは、なにかに後悔しそうになったときなんだ。後悔をグッと呑み込んで、自分の決めた道を黙々と進む、それが『押忍』なんだ、人生なんだ。決断には失敗もあるし、間違いもある。悔しいけれど、自分のスジを曲げなきゃいけないときだってある。そういうときも、『押忍』の心があれば、いいんだ」

彼が描いているのは、この『押忍』の心で生きているおじさんたちのつぶやきなのかもしれません。
人生って辛いね、でも後悔してるって言えないね、そういう気持ち、わかっているよ、がんばろうねっていう・・・。
重松の世界はおじさんたちのメルヘンなのかもしれません。

藤木蓮風 『アレルギーは鍼で治せ!』2006/07/10

昔、日本では中国から入った鍼灸を自分の国にあったように改良を加えていって、一般の人たちは病気になると鍼を打ったりしていたそうですが、西洋医学が入ると、この日本で育っていた医療を捨て去ったそうです。
日本人の新しもの好きのせいでしょうかね。

私が今まで受けていた治療が「慰安鍼」というもので、医療としての鍼ではないということが書いてありました。
肩が凝るからといって、肩にうつ鍼は一時的なもので、肩がこるのでもんでもらうのと同じこと。
根本的な肩こりはなおっていないというのです。
どうりで、何回鍼に行っても凝りは取れなかったはずです。納得。

医療としての鍼は経絡に沿って流れる気を整えることを第一義としているため、痛むところには打たないそうです。
痛む部分を治すのではなく、痛む原因となる五臓や六腑の気のひずみを治すために鍼を打つそうで、鍼は多くは打たないそうです。

この本にはアトピー、花粉症、じんましん、リウマチ等の症例があります。
どんな症状にでも言えることですが、すぐにはよくはならないということです。
根本的なところから治していくので、発症から時間がたっていなければ、それだけ治るのも早いといいます。
しかし、人は日常生活を営む上で、いろいろなストレスなどと闘っているため、どうしても治るのに時間がかかるそうです。

この本を読んでいて、ひとつだけ気になったのは、緑内障の症例で、いかにも緑内障が鍼で治るようなことが書いてあることです。
視覚障害や視力低下に鍼治療が効果的ということに、疑問をはさもうとは思いませんが、緑内障が治るように勘違いをされるような書かれかたには、ちょっと文句を言いたいです。
本の中の緑内障の人の症状は、目が充血して、目やにが出て、涙がとまらないというものです。
はっきり言ってこれは緑内障の症状とは違うと思います。(私が知らないだけ?手術をした人にこういう症状がでることがありますけど)
この症状が治っても、犯された視神経は元にはもどりませんから、緑内障が治ったとは言えません。
眼圧が低くなったとか、視野の欠損の進行が止まったというのなら、鍼は緑内障に効くと言えます。

私自身何が悪いというところはないのですが、なにやら調子が悪いという症状が続いています。
頚椎症や緑内障も東洋医学的には気のバランスの乱れから起こるというそうです。
私のように首の手術をしたり、緑内障で時間がたっていると、そう簡単にバランスの乱れが治らないように思います。
気長にやっていくしかないのでしょう。
そういえばこの頃、前のように肩に鍼を打っていないのですが、肩こりが気にならなくなりました。
前より肩が柔らかくなったように思います。

本当に今まで無駄な鍼を打っていたと思います。

Ayelet Waldman "The Big Nap"2006/07/12

妊婦ミステリということで前に紹介した『マタニティ・ママは名探偵』の第3作目。

やっと息子が生まれ、4ヶ月になろうとしています。
ところがこの息子、なかなか寝ない。
寝たとしても15分も寝ていないというとんでもない子なのです。
Julietは育児疲れでフラフラなのに、夫はというと仕事ででかけてばかり。
とうとう我慢の限界が来て、ついついユダヤ人用の食料品店で泣いてしまいます。
そこで働いている親切な女性が彼女の姪をベビーシッターとして紹介してくれ、午前中10時から12時まで自由時間が確保出来ることになりました。
しかし、ホッとしたのもつかの間、そういう生活は一日で終わりをつげます。
なんとベビーシッターとしてきてくれた美しいHasidicの女の子、Fraydleがいなくなってしまうのです。
ここで張り切ってしまうが、我がJuliet。
何故か彼女の失踪に対して変な罪悪感を持ってしまい、Fraydleを探し回るのです。
ホント、お節介な性格ですね。
さて、Fraydleは見つかるのでしょうか?

軽いミステリです。簡単な英語なので、是非原文でどうぞ。

松田博公 『鍼灸の挑戦 ー自然治癒力を生かす』2006/07/14

この本の中に、いろいろな鍼灸師の人が紹介されています。
大部分の人が、鍼をあまりささない派の人たちです。
私が前に通っていた女性の先生がでていて、びっくりしました。
彼女は結構鍼を何本も打つ人で、私の首が鍼ではよくならなくて、彼女から強く手術を勧められました。
他の鍼灸師のところに行っていたら、手術をしなくてもよかったのかな?もしくは手術の時期が遅くなったかな?などと思ったりします。
この本に名前が載っているからいい鍼灸師と思わずに、よく確かめた方がいいと思います。
この本で紹介されている鍼灸師もこう言っています。

「鍼灸師を選ぶなら、患部だけにブスブスはりをする人は避けるべきです。浅い軽いはりで全身治療ができ、病気体質を健康体質に変えられる人がいいですね」

私が今まで行っていた鍼灸院はこのブスブス患部だけに鍼をさすところでした。
首の具合がよくなったはずなのに、何故身体の具合がよくならないのかと不思議に思っていました。
今まで費やした時間とお金はなんのためだったのでしょうかね。

この本の中で面白いと思ったのは、鍼を科学するという章です。
アメリカでは、民間の医療保険会社がはりの治療費を支払うようになったと書いてあります。(2004年12月)
エイズ患者にはりをすると免疫力が増し、延命効果があることがわかったことがきっかけだそうです。
はりに病気の治療効果だけではなく、予防効果もあることから、保険会社がもうかることになるのです。
合理的なアメリカの保険会社が認めているとは、驚きです。

最終章の「生き方の医学」では、ある鍼灸師が、東洋のみならず、スピリチュアル・ヒーリングなど西洋の医療思想を遍歴して出した結論が、「患者さんが病気をきっかけに魂の奥底の本当の自分に出会うと生き方が変わるだろう。そして真の癒しが訪れるだろう。その手助けができる治療なら、やる価値がありそうだ」というものだそうです。
生き方がその人の病気を作るということでしょう。
鍼治療が深い思想を持って行われているのです。

鍼治療ってどんなものか知りたい人にはお勧めの本です。鍼灸師巡りをしないですむように、是非読んでみてください。

キース・オートリー 『ホームズ対フロイト』2006/07/16

『ホームズ対フロイト』は昔読んだことのあるような、ないような。デ・ジャ・ブでしょうかね。

イギリスに住んでいた女主人公エミリーは、幼くして親が死んだので、後見人に引き取られました。
ところがその後見人はとんでも無い奴で、処女の女の子好きで、彼女は後見人に犯されてしまいます。
逃げようにも行くところのないエミリーは大学に行くまで我慢を続け、アメリカの大学に行くことで魔の手からのがれます。
卒業後はウィーンの女学校に職を得るのですが、後見人にはアメリカにいると嘘をついていました。

そんなある日、とうとう後見人に見つかってしまったのです。
彼女は後見人の登場により、精神的に混乱してしまい、学校の父母の前でしなければならない講演ができず、学校を首になってしまいます。
同僚のサラのおかげで、彼女は助けられ、フロイトに精神分析を受けることになります。
彼女が後見人に犯されたことを言っても、フロイトは彼女の想像の中のことではないかと疑います。
すべてのことを性的なことに結びつけてしまうフロイトさん。
彼こそそういうことに支配されていた人なのでは?などと思ったりします。

後見人に忘れられない、一緒にくらそうと言われ、彼女は考えるためにアルプスに行きます。
ところが後をつけられていたのです。
彼女は迫ってきた後見人を突きとばしてしまいます。

後見人が山で死んで見つかり、彼が外務省の仕事をしていたことから、ホームズは彼が何故ヨーロッパに行ったのかつきとめるという仕事を頼まれます。
ちょうとホームズは鬱気味の時で、喜んでこの仕事を引き受けます。
さて、ホームズは謎を解けるでしょうか?

期待をして読んだのですが、翻訳の文のせいか、内容のせいか、私にはおもしろく思えませんでした。
これよりも同じようにホームズが出てくるメアリー・ラッセル・シリーズの方がよっぽどいいですわ。
心理学に興味のある人には、良いかもしれません。試して読んでみて下さい。

パブとコスプレ2006/07/17

NHKのBSではたまにいい番組をしています。
昨夜見たのは、『こだわりライフ ヨーロッパ』「地域社会の輪はパブから」と、『NY街物語』。

イギリスといえばパブ。おいしいビールと料理が食べられるところで有名ですが、地方のパブの存続が難しいといいます。
去年地方のパブの活性化を図り、チャールズ皇太子が乗り出したそうです。
番組で紹介されていたのが、イギリス北部ヨークシャー州、スタンフォース村のパブです。
お姉さんからパブを買い取り、昨年からパブの持ち主になったケビンさん。
人口280人ほどの街の要に彼のパブがなるように奮闘している姿が描かれていました。
老人達のためにランチの日をもうけたり、一人暮らしの老人のところに食事を持って行ったり、パブによく来る老人の誕生会を開いたりと、いろいろなことをやって、地域の住民たちの交流の場に、彼のパブがなっているのです。
よくよく考えてみると、日本にはパブのようなところがありませんね。
デイケアセンターなんて行っても老人しかいないし…。
イギリスのパブみたいなところがあると、年をとっても人と交流できていいだろうなっと思います。

『NY街物語』では毎回NYに住んでいるいろいろな人たちが出てきます。
今回は19歳のデザインの勉強をしている女の子の話です。
彼女は幼い頃から日本のアニメが好きで、自分でアニメの主人公達の衣装を作ったことをきっかけに、デザインの勉強を始めたそうです。
彼女は今もコスプレを続けていて、インターネットを通じて同じような趣味の人たちと交流を続けています。
知らなかったのですが、全米のコスプレ大会があるそうです。
この大会では2人1組になり、衣装のできを競うそうで、衣装は全部手作りだそうです。
日本のアニメが意外にも、アメリカで根付いているのですね。

本当のところはわかりませんが、イギリスやアメリカの生活を見てみると、日本より豊かに思えたりします。
特にヨーロッパの都市など、緑が豊かで、ところどころに公園があり、ベンチに座ってボーとでき、旅をしたときなどホッとしたものです。
東京を歩いていても、座れるところがなくて、疲れ切ってしまいます。
人に優しい都市を目指して欲しいですね。

佐々木倫子 『動物のお医者さん』2006/07/20

図書館に漫画コーナーがあって、ついつい『動物のお医者さん』を手にとって読んでしまいました。
この漫画はだいぶ前に読んでいたのですが、再度読んでも笑えます。
北海道の北大風の大学の獣医学部のお話です。
高校生頃に『野生のエルザ』を読んで、獣医になりたいと思ったことがある私にとって、この漫画おもしろすぎます。
登場人物が変。
獣医学部の獣医であるはずの教授がアフリカかぶれで、うまく動物を扱えなく、何かやるたびに学生たちに迷惑をかけるし、ハスキー犬のチョビは怖い顔をしているわりに、臆病だし、ハムテルのおばあさんは個性的。
猫のミケは強面、二階堂は極端なネズミ嫌いなのに獣医学部にいるし、オーバードクターの菱沼さんは低体温、超低血圧で痛みの感覚が人よりないし・・・。
どう考えても、おかしな人たちです。
真面目な話がなくて、獣医学部で起こることを、ギャグにしているところが好きです。
6巻までしかなかったので、つい残りの巻を買おうかなっと思っているこの頃です。

速水敏彦 『人を見下す若者たち』2006/07/22

テレビを見ていると、この頃の若者が何故か人を見下すようになっているという話題をしていました。
『他人を見下す若者立ち』という本が流行っているそうです。今度読んでみますわ。

番組に出てきた若者は、ちょうど大学4年生で就職活動をしている男の子です。
彼は会社訪問をしていて、三つボタンの背広のボタンを三つともかけている人を見ると、背広の着方もしらないのかと見下し、こんな奴は1回の面接で落ちると思うそうです。
くだらないことで人を見下すのですね。服装=人ではないのにね。
そういって見下した彼も結局はどの会社からも内定をもらっていなかったりするのです。
もう一人の若者は、女の子で、奇抜な恰好をして街を歩いています。
彼女は中学校時代不登校で、高校へ行っても続かず、大検もやめてしまっています。
そういう彼女が街を歩いていて、ダサイ(彼女がそう思う)若者を見下します。
こういうのを「仮想的有能感」というそうです。

何故彼らは同年代の他人を見下すのでしょうか。
石原まこちん氏は「自分を守る最後の砦」であり、他人を見下すことにより、自分をささえていると言います。
結局自分に自信がないから、他人の欠点や劣るところを探すのでしょう。
番組に出ていた大学教授は、人間関係が上手くいかないから、仮想的有能感を持ってしまうといいます。
そうならないためには、自信をつけさせること、人の役に立っている、人に認められるということを体験させ、他の人とのコミュニケーションを持たせなければならないそうです。

本当にこういう若者、増えているのでしょうか?