宝生会 春の別會能2008/03/23

能の話題ばかりになっていますが、今日は宝生能楽堂に行ってきました。
宝生能楽堂は家から近いので、月一ぐらいは通いたいのですが、なんせ大変なのです。というのも国立能楽堂は能と狂言が1つずつ演じられるのですが、宝生能楽堂では狂言1つ(何て言えばいいんだろう?)に能3曲(というのかな?)が半日で演じられるのです。
全部見ると、最後の方では腰は痛いわ、疲れるわで、苦行になっているのです。

今回の別會能とは、「滅多に見られない大曲や秘曲を最高のメンバーで演じる会」だそうです。
演目は
能  「鶴亀」  シテ 近藤 乾之介  ワキ 工藤 和哉
狂言 「二人袴」 山本 東次郎
仕舞 「八島」・「藤」・「昭君」
能  「西行桜」 シテ 今井 泰男  ワキ 宝生 閑
仕舞 「玉乃段」・「雲林院」・「籠太鼓」
能  「道成寺」  シテ 小林 晋也   ワキ 殿田 謙吉

正午から始まり、終了したのは6時ちょっと前でした。
鶴と亀は子役の小学校高学年ぐらいの子達が演じました。シテの方のお孫さんが出ていたそうです。
最後の皇帝が喜んで自ら舞を舞う場面が長かったです。
何歳の方がやっているのかわかりませんが、玉座から下りるときなど、ちょっと大丈夫かいと言いたくなりました。(調べると今年79歳だそうです)

狂言「二人袴」はコミカルで、今まで観た狂言の中でベスト3に入りそうなおもしろさです。
婿入りの挨拶に一人で行けないからと父親に同行してもらう倅の話です。
舅の家まで一緒に行き、倅だけ座敷に上がるのですが、太郎冠者が父親の顔を覚えていて、舅に父親も来ていると言います。
では、父親も呼ぶようにと言われ、倅と父親は困ってしまいます。袴が一つしかないのです。
最初は一人ずつ出て行くのですが、二人そろってくるようにと言われ、二人で袴を取り合っているうちに、袴が裂けてしまいます。
上手い具合に裂けたので、前垂れのようにして、二人で出て挨拶をします。
そのうち酒宴になり、舞を所望されます。
最初は前を向いて舞っていたのですが、三人で舞おうということになり、酔った勢いでつい回ってしまい、袴の後ろがないのがばれてしまいます。
なんともバカバカしいお話です。

「西行桜」は、西行法師が西行庵に花見に来る人が毎年多いので、今年は禁制であると、寺男(アイ)に申しつけます。
ところがそれを知らない都の人々がやってきます。
仕方がないので、中に入れ、一緒に夜桜を愛でます。
桜の樹の下で、みんなと共寝をしていると、西行の夢枕に花の精が現れ、西行と歌の問答を交わし、その後舞を舞います。
花の精なのに、顔はおじいさんです。
シテ(花の精)の人も86歳。う~ん、それが枯れた趣があるというんでしょうか。私にはまだわかりません。

最後の「道成寺」はいくらなんでも、年寄りには無理でしょうと思いましたが、調べると30代の人のようです。
「道成寺」を演じて、一人前の役者として認められるそうです。
「道成寺」と言えば、恋に狂った女が男を追っていき、嫉妬に狂った女は蛇になって鐘の中に隠れた男を焼き殺すというものが有名ですね。あ、簡単すぎましたぁ。
能の「道成寺」はそれとは違います。
普通の舞台は初めから大道具は置いてあるのですが、能は道具を運ぶことから始まります。
舞台に狂言方の後見が大きな鐘の作り物を持って出てきて、鐘を釣り上げます。
その後、道成寺の住僧が従僧達と共に登場し、鐘を再興したことを述べ、能力(アイ)に女人禁制の触れをだすようにと命じます。
そこへ一人の白拍子が現れ、供養のために舞を舞わせよと強要し、舞を舞い始めます。
この舞、ほとんど動きがなく、ずーと立っていることが多いのです。
延々と30分ぐらいも続きます。
「乱拍子」と言うそうですが、この静止状態はどういう意味があるのでしょうか。
その後アップテンポになり、「鐘入り」となります。
能力は鐘の落ちた音を聞き、雷か地震かと騒ぐのですが、鐘が落ちたことに気づきます。
そこで僧に鐘が落ちたことを報告に行きます。
僧達は鐘を見に行き、祈り始めます。
すると、鐘があがり、蛇体の女がうずくまっていました。
僧と女の戦いです。
僧が祈り続けると、蛇体の女は日高川に飛び込んで、終わりとなります。
大曲と言われることはあります。が、能を2つも観た後では辛かった。
歌舞伎や浄瑠璃の「道成寺」と能の「道成寺」は違うということ、これがわかっただけでもいいとしましょう。

そういえば「道成寺」の鼓は大蔵正之助という人がやっていましたが、彼は私の元同僚の知人で、葉山の海で真夜中の鼓の会をやっているのを聞きにいったことがあります。
彼はバイクが好きで、映画『イージー・ライダー』に出てくるような大型バイクに乗ってやってきて、バイクスーツ姿で鼓を打っていました。
今もあのスタイルを維持しているんでしょうかね。