伊与原新 『宙わたる教室』2024/05/05



東新宿高校定時制は一学年が一クラスで定員は三十人。
例年定員割れで、二年生になるまでには六、七割、ひどい年には半分以下に減る。
さまざまな事情を抱えた生徒たちが通って来ている。

二年生のクラスのメンバーは、最前列に三人の年配組、七十代のやせこけた男と四、五十代の女、最後列には素行不良で全日制高校をつまみ出された生徒たち、いるかいないかわからない元不登校組などで、クラスのまとまりはない。
担任は藤竹という理科の教員で、二年生では「物理基礎」と「地学基礎」を教えている。

藤竹は藤竹自身の実験として科学部を作る。
そんなことは知らない科学部員たちは「火星のクレーター」を再現する実験を始める。

科学部のメンバーは四人。
①柳田岳人、二十一歳。退学を考えていたら、藤竹に呼ばれ、その時にディスレクシア(読み書きに困難のある学習障害)であることがわかる。
科学部の一番最初のメンバーで部の中心人物。
幼児が抱く全能感にも似た感覚を持ち、あれこれ逡巡する前に、手を動かしやってみるという美点がある。
②四十歳の越川アンジェラは日比ハーフで、夫とフィリピン料理店をしている。
この頃、勉強についていけなくて悩んでいる。
陽気でおしゃべりで、「ママ」というあだ名がついている。
同級生のマリが全日制の生徒に絡まれたのを助けたことがきっかけとなり、科学部に入る。
学力は他の科学部の生徒たちより劣っているが、人生経験とそれに裏打ちされた知識を持ち、彼女の世間知が科学部でいかんなく発揮されており、部の潤滑油的存在。
③名取佳純は中学校で起立性調節障害で不登校になり、定時制に進学した。
しかし、入学してから過呼吸を起こし、保健室登校をしている。
保健室によく来る同級生の女の子との諍いをきっかけに科学部のメンバーとなる。
豊かな想像力と観察したことをつぶさに記録するという能力を持つ。
④七十四歳の長嶺省造は中学を出て、集団就職で東京に来た。三十七歳で「長嶺製作所」を開業したという苦労人。岳人と一悶着あり、その後で科学部に入る。
長嶺はどんな実験アイデアが出てきても、それを形にすることができる、なくてはならない存在。

いろいろなことが起こるが、科学部は五月に幕張メッセで開かれる、日本地球惑星科学連合大会を目指し、研究を続けていく。

今現在の定時制高校がどんななのか知りませんが、この本のようなんでしょうか。

藤竹先生のことば
「待っているんですよ。我々定時制の教員は、高校生活を一度あきらめた人たちが、それを取り戻す場所を用意して待っている。あとは生徒たち次第です」

元看護師で保健室の先生、佐久間のことば
「定時制では授業中のリスカなんてありふれてるし、暴行事件も多い。前にいた学校では、先生が生徒に刺されたこともあった。わたしの第一の仕事は、学校の中で子どもたちを死なせないこと。全員を生きて帰すことよ」

藤竹先生のような考えを持った先生たちがいてくれるということは、どんなに心強いことでしょうか。
佐久間先生のことばには驚きます。
アメリカなどのように銃の乱射事件はなくても、危ないことはあるんですね。
生徒の命を優先するためには切り捨てなければならないことがあるとは、究極の選択ですね。

今は定時制高校に通う生徒が少なくなり、定時制高校も統合されて少なくなっています。でも、昔は四年間も通わなければならなかったのに、三年間で卒業できる単位制の定時制高校ができたり、通信制高校もあり、昔に比べれば選択肢が増えています。
学ぼうと思えば、いつでも機会はあります。
それをどう生かしていくかは、藤竹先生の言うように、生徒たち次第ですよね。
頑張って下さい。

定時制高校の生徒がこんな研究ができるなんて、ありえないお話だと思う人がいるかもしれませんが、あとがきによると本当にあったことだそうです。
高校生の課題図書だったらしいですが、是非、中学生にも読んでいただきたい本です。
地学を学ばなかったわたしにはわからないところがありましたが、火星はロマンです、笑。

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