桜木紫乃 『異常に非ず』2026/06/02



昭和54年(1979年)1月。
毎報新聞の社会部記者、海原雅志は昨年9月に札幌から大阪に転勤してきたばかりでまだ大阪に慣れていないときに、えらい事件に遭遇する。

阪央銀行北畠支店で猟銃を持った男が客と行員を人質に立て籠ったのだ。
大阪府警察は投降するように交渉し、犯人を説得するために母親を呼ぶが、男は会話を拒否。
事件発生から三日目に狙撃隊が突入し、男は射殺される。

犯人は三十歳になる花川清史で、彼は警官官二名と店長、行員を射殺していた。

毎報新聞は花川が立てこもりの終盤に語った、「オレは精神異常やない。道徳と善悪をわきまえんだけや」からタイトルを『異常に非ず』とし、花川清史という人間を追う連載企画をスタートさせる。
雅志はデスクの近藤と共に、花川の三十年の生涯をあぶり出していく。

実際にあった「三菱銀行人質事件」をもとに書かれた作品です。
桜木さんはその時に取材をしていた記者との会話からこの小説を書こうと思ったそうです。
三菱銀行北畠支店は三菱UFJ銀行北畠支店として事件のあった場所に未だあるそうですよ。

この物語は花川と縁のあった二人の女性に焦点が当たっています。
一人は花川の母のカヨ。
貧しい家に生まれ、十歳で遊郭に売られるが、器量がよくない上に口下手だったため、飯炊き女となり、それ以来、働き続けの人生を送っています。
三十を過ぎ、工場で働いているときに上司の勧めで配管工の繁と結婚し、四十二のときに清史を産みます。
遅くできた子だったためか、清史を溺愛し大事に育てます。
たとえ息子に暴力を振るわれても誰にも言わずにじっと耐えていました。
息子が窃盗を皮切りに十五歳で強盗殺人を犯しても、息子のやったことは自分ではどうしようもない運命だと見なし、被害者のことを思いもしません。
貧困と無学が負い目。
あくまでも母は息子の味方で、息子のためなら命さえ惜しくはないのです。

もう一人が清史と八年間暮らしていた亜紀。
広島の田舎町を飛び出してからホステスになり、店を転々とし、ミナミの老舗のクラブ「海鳥」に勤めているときに、黒服の花川と出会います。
最初はそれほどではなかったのに、次第に亜紀を束縛するようになり、果てには暴力を振るい始めます。
清史に翻弄されながらも、カヨと亜紀は母と娘のような関係になっていきます。

人の中には犯罪者の資質のようなものを持って生まれる人がいて、どんなに道徳とか善悪を言い聞かせてもダメな人っているんですね。
同じような境遇に生まれても、少しでもいい生活をしようと努力していく人もいれば、自分の境遇を嘆き、世間を恨むだけで何もしない人もいます。
残念ながら花川清史という人は後者で、どうしようもない人だったようですが、この本を読んでも彼が何故あのような犯罪を犯したのかがまったくわかりませんでした。
自分をないがしろにした世間へ復讐したのでしょうか。

昭和と男と女の確執を書かせたら、桜木さんの右に出る作家はいません。
お勧めの一冊です。

コメント

_ ろき ― 2026/06/03 17時51分08秒

~久々に入れた。送信でエラーになるかもですが…~
実在の事件に基づいているだけに、重いですね。読んでみたい。

>どんなに道徳とか善悪を言い聞かせてもダメ
そうなんですよね、どうしたものか。本人のせいでもない部分もあるので、難しいところ。

_ coco ― 2026/06/04 06時51分50秒

ろきさんも入れないですか。私はログインできても、コメント見たり、ブログに写真をアップしたり、書き終わったからアップしようとしたら時間がかかり、エラーにならないか毎回ドキドキしています。アサブロ、直す気がないわね。

桜木紫乃、渾身の作品ですので、良かったら読んでみてください。
桜木さんは翻訳されると海外でも売れそう。

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