デンマーク・ロイヤル・バレエ団 「ロミオとジュリエット」2009/05/23

ジョン・ノイマイヤー版の「ロミオとジュリエット」です。
ガラでパルコニーの場面を見ていたので、楽しみにしていたのですが、振付が他の人だったようです。
彼の振付は現代的(?)なので、私的には好きなところと嫌いなところがありました。
ノイマイヤーはこういう劇的なものが得意ですね。

 5月22日(金) 6時半開演
《キャスト》
 ジュリエット:スザンネ・グリンデル
 ロミオ:セバスティアン・クロボー
 マキューシオ:モーテン・エガト
 ベンボォーリオ:アレクサンダー・ステーゲル
 ティボルト:マス・ブランストルップ
 キャピュレット夫人:ギッテ・リンストロム
 キャピュレット公:モーエンス・ボーセン

「ロミオとジュリエット」のあらすじを知らない人はいないとは思いますが、とりあえず幕ごとの内容を簡単に書きます。

《第一幕》
酔っ払って眠りこけているロミオがしょっぱなから登場。友達の僧ローレンスがロミオを起こします。
僧ローレンス役がとっても若く見えて(遠かったから?)、ちょっと原作のイメージと違いましたが、神様に身を捧げている清純なかわいい僧という感じで、まあ許せました。
ジュリエットの従姉妹ロザラインに恋していたロミオは、祭で彼女に会えるのを楽しみにしていました。
原作でもそうだったっけ?
ジュリエットの乳母が召使を伴って広場を歩いていると、反目しあうモンタギュー家の召使になじられます。
ここから喧嘩が始まり、剣まで出てくる始末。
そこにヴェローナ公が現れ、なんとか治めます。
その夜、キュピレット家では舞踏会が開かれる予定でした。
招待客のリストを渡された乳母は字が読めないので、ピーターに渡しますが、彼も読めないので、何故かいろいろな人の手に渡ることになり、ロミオはそのリストを見てしまいます。
ロザラインも来るのがわかり、彼は友人と一緒に舞踏会に行くことにします。
場面は変り、ジュリエットが入浴しています。
舞踏会ではしゃいでいるのでしょうか。なんともかわいいジュリエットです。
さて、舞踏会ですが、そこでロミオはジュリエットに気づき、目が離せなくなります。
ここで、おいおいロザラインはどうしたんだい、と言いたくなりますね。
ロミオは気が多いんでしょうか。
他の振付では、ここで二人はういういしく踊ると思いますが(ガラだから、二人の踊りが長かったのかしら?)、ノイマイヤー版は二人の踊りが少ないです。
舞踏会の後が有名なバルコニーの場面です。
ロミオ役とジュリエット役は若くないと見栄えがしないでしょうね。
今回踊った二人も20代前半です。
二人とも小柄で、若いロミオとジュリエットの雰囲気がでています。

《第二幕》
僧ローレンスを通して、ジュリエットに結婚を申し込むロミオ。
ローレンスは二人の家の争いを終わらせたいと思い、ロミオとジュリエットの秘密裏の結婚に同意します。
祭の最中、ティボルトがマキューシオをなじり、二人は決闘をすることになります。
この場面、結構長く、マキューシオが刺されて苦悶しているのが、冗談なのか、本当なのかという感じです。
マキューシオはティボルトに殺され、ロミオは友達の敵討ちをしてしまいます。
彼は芝居一座に紛れて身を隠します。

《第三幕》
ジュリエットと一夜を共にするロミオ。日の出と共に去っていくロミオとの別れを惜しむジュリエットです。
その日、両親から舞踏会で紹介されたパリス伯爵との結婚を申し渡されたジュリエットは、僧ローレンスに助けを求めます。
ローレンスは24時間効く眠り薬をジュリエットに渡します。
眠り薬で眠っているジュリエットは死んだと思われ、墓場に運ばれます。
ジュリエットの死を知らされたロミオは墓場へ駆けつけてきます。 そして・・・。

やっぱり、ロミオとジュリエットの二人の踊りの場面が一番です。
「ナポリ」の時も思ったのですが、町の場面ではゴチャゴチャしているような。
他のバレエ団の時はそれほどとは思わなかったのですが・・・。
文化会館の舞台は狭いのでしょうかね。
来年イギリスのロイヤル・バレエ団が「ロミオとジュリエット」をやるので、ノイマイヤー版と比べてみるのが楽しみです。
S席でも後ろだったので、ダンサーの表情が見ずらかったのが残念でした。
一度は見ておくといいバレエです。
私の勘違いでなければ、会場に芸術監督のニコライ・ヒュッベとプリンシバル・ダンサーのトマス・ルンドがいたようです。
結構地味目な感じで、前に見たコルプのような華はなかったです。
彼が特別なのかしら?

デンマーク・ロイヤル・バレエ団 「ロミオとジュリエット』」2回目2009/05/24

「ロミオとジュリエット」を違うダンサーで見るとどうなるのか。
たまたまエコノミー券が手に入ったので、二日連続で行ってきました。
昨日はS席でも後ろだったのですが、今回は4階。
4階の方が見やすかったんですよ。
他の用事をやってから、少し時間があると喫茶店に入ったのが間違いの始まり。頼んだものが出てくるまで30分ぐらいも待たされ、結局一幕には間に合わない時間になってしまいました。始めにすぐ出せるものを聞くべきでした。
仕方なく、ロビーで待つかと文化会館に行くと、場の途中で入れてくれるんですね。
それも1階の扉の前。
立っているか、階段に座るかしてくださいと言われ、階段に座って舞台を見ると・・・なんと昨日より見やすいじゃあないですか。なんのためのS席だったのか・・・。
4階の席に1幕終了後に行くと、カップルが座っていて、私の席には荷物が置いてありました。
不思議なことに、このカップル、私が座るとしばらくして出て行き、2幕にはもどってきませんでした。
どこに行ったんでしょう?
3幕でもとなりにいたはずの女性がいなくなりました。
ひょっとすると、座席が空いてるから座っていただけ?
4階は空いていて、S席より見やすいという逆転現象が起こりました。
上から見ると舞台の奥行きがわかっていいという利点もあります。
空いている時はS席にこだわらない方がいいですね。

   5月23日(土)  15時開演
 《キャスト》
 ジュリエット:クリスティーナ・ミシャネック
 ロミオ:ウルリック・ビヤケアー
 キャピュレット夫人:グルロン・ボイエセン
 キャピュレット公:フェルナンド・モラ
 マキューシオ:ティム・マティアキス
 ベンボォーリオ:チャールズ・アナセン
 ティボルト:ジュリアン・リングダール

2回目になると、舞台を余裕を持って見ることができました。
とにかく舞台に人が多く、それもノイマイヤーの趣味なのか、細かく一人一人に振付をしてあるので、一回では見れないのです。
2回目以降は周りを見るという楽しみがあります。
今回のジュリエットは実年齢はどうかわかりませんが、昨日よりもお姉さんという感じでした。
背も高いようで、カップルとして見ると、クロボーとでは年齢差を感じさせちゃうんでしょうね。
配役交代、なるほどと思いました。
若い、無邪気なジュリエットが昨日だとしたら、ミシャネックは見かけが少し大人びた感じがしました。
私としては、どちらも甲乙つけがたいです。
僧のローレンスは今日も若い人でした。
僧役の人がロミオをやってもよさそうです。私の顔の好みは僧役の人ですが。
なんといっても、昨日との大きな違いが、キャピュレット夫妻です。
昨日はスキンヘッドの夫と結構背の高い女性のカップルでした。
威厳のある、怖い親という感じでした。
ジュリエットにパリスと結婚するようにと告げる場面なんか、毅然としていてよかったです。
あくまでも見た目で判断してますが。
早く英国ロイヤル・バレエ団の「ロミオとジュリエット」を見たいですわ。

「夏時間の庭」を見る2009/05/25

オルセー美術館20周年企画として、全面協力の下で作られた映画だそうです。
週刊文春の映画評で結構いい評価だったので、見てみることにしました。

名のある画家であった大叔父ポール・ベルティエが生前使っていたアトリエを受け継ぎ、そこに一人で暮らしている母親に会いに、三人の子供とその家族がやってきました。
長男のフレデリックは経済学者でフランスに住み、次男のジェレミーは中国で働いています。
長女のアドリエンヌはデザイナーで、アメリカを本拠地にして、世界中を飛び回っています。
母は自分の死後のことを気にしていました。
アトリエには美術的価値のあるものがたくさんあるからです。
コロー、ルドン、ブラックモンの花器、アール・ヌーヴォーの机・・・。
母は自分が死んだらこれらの美術品は売って欲しいと長男に頼みます。
しかし、長男は売る気はなく、家も美術品も子供たちが受け継ぐと言うのでした。

その一年後、大叔父の回顧展が終わった後、母は急死します。
膨大な遺産が残され、とまどう兄弟。
フレデリックはそれらを手放すつもりはありませんでしたが、アドリエンヌはアメリカ人の恋人との結婚を決め、ジェレミーも中国に生活の拠点を移し、現地での住宅購入の意志を告げるのでした。
妹と弟にとっても愛着がある家や遺品ですが、それらはもはや必要なものではないのです。
フレデリックだけが遺品を残そうと思うのですが、現実を見ると、相続するには莫大な相続税がかかります。
結局、美術品をオルセー美術館に寄贈し、家は売ることにします。
オルセー美術館に寄贈した机や花瓶を見に行ったフレデリックには、それらはもはや光を失った形骸にしか見えませんでした。
家を引き渡す前に、フレデリックの子供のシルヴィは家でパーティを開くことにします。
現代っ子で問題児の彼女ですが、彼女には彼女の思い出が、この家にはあったのです。

相続の問題では、国による違いがそんなにないんだなと思いました。
あくまでも、コローにこだわり、コローは手元に置いておきたかったと言って、奥さんからもういい加減にしなさいと起こられるフレデリック。
もうフランスには生活の基盤がないという妹と弟。
そして、思い出に生きるのは自分だけでいいと、美術品を売るようにと告げる母親。
ものにこだわるのはいいけれど、でもそれよりも大事なものがあります。
それは心の中に残る思い出なのです。

淡々とした進み方に、ちょっと眠気を誘われましたが、映像の綺麗な映画でした。

レイチェル・ナオミ・リーメン 『失われた物語を求めて キッチン・テーブルの知恵』2009/05/26

柳原和子さんの『がん患者学Ⅲ』に出ていた、レイチェル・ナオミ・リーメン博士の本です。
リーメン博士はクローン病を患っており、医師から長くは生きられないだろうと言われたにもかかわらず、医学部を卒業し、小児科医として働き、後にがん患者・がん専門医のセラピストとなり、現在に至っています。
彼女が六時間もかかった腹部手術で腹膜炎と敗血症を起こしたとき、炎症があるので、縫合をせずに自然治癒を待つことになりました。
腹部がぱっくりとあいて穴になっていたのです。
始め、リーメン博士はこんな姿でどうやって生きてけばいいのだろうと思いました。
しかし、何日かが経ち、思い切って傷を見てみると、なんということでしょう。奥のほうから肉が盛り上がり、穴も小さくなっていたのです。
人には誰でも持っている「生命の力」があるのです。

この力を信じない医師がいます。
リンパ腫の患者に「(治る)見込みがない」と言い切り、その医師の言葉で希望を失った患者が亡くなってしまうということもあるそうです。
リーメン博士が出合った、「クローン病の名医」もそうでした。
彼女の話を聞き、「現在は症状がずいぶん良くなっている」と言っているにもかかわらず、「あなたは今でもすこしは医者の仕事ができるのですか?」と言った医師。
医師は患者に希望を語ってはいけないのでしょうか?

医師という仕事にも、いろいろな思い込みがあるようです。
例えば、プロは泣いてはいけないとか。
死を身近に見ている医師や看護師の「燃え尽き」現象の大きな原因は、「死を深く悲しみ喪失を癒そうとする過程を踏まずに、死から目をそらす」からだと言います。
悲しむということは、プロとして恥であるという変な風潮があるんです。
そうじゃないのです。「悲しむことは自分のために」して、「死に直面したあとも、倒れずに先へ行くために。悲しむことで癒されるから、それでふたたび愛することが可能になる」のです。
冷たい医師より、人間的な医師の方に、私なら診てもらいたいですね。

私達が陥りがちなことに対しても、彼女は警告を発しています。
完全主義者であろうとしたり、他人の評価に自分を合わせようとしたり・・・。
ようするにありのままの自分を受け入れていないということなのです。
そうすると、「心の声」が「あなたは自分の価値観に正直ではないね」と囁き、そこからストレスが生じていることがあるのです。
「外圧ばかりがストレスの原因を作るのでは」なくて、「本来の自分の価値観や考えを妥協させる」ことからもストレスは生じるのです。
「まるのままの自分を回復」するには、「自己の内にある両面性を認め、受け入れること」であるとリーマン博士は言います。
両面性、良いとか悪いとかもレッテルを貼ることになりますよね。
そういうことを思わず、私は私と思えるといいんでしょうね。
そうすれば、誰からどう思われようが気にならなくなるし、人のことも受け入れられるんでしょうね。

残念ながら、この本は本屋では買えません。
図書館や古本屋で探してみてください。
もし英語が読めるのなら、"Kitchen Table Wisdom" を買って読んでください。
そんなに難しい英語ではないですし、本当にいい本です。
私は英語版も買い、職場の休み時間にひとつひとつ読んでいます。

「絵画探偵ハロルド・スミス 消えたフェルメールを探して」を観る2009/05/27

現存するフェルメールは35点。そのうち、盗難のため現在見られないものが1点あります。
「合奏」です。
この絵画はボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館所蔵でしたが、1990年3月、警官をよそおった何者かが侵入し、ドガやモネ、レンブラントと一緒にフェルメールの「合奏」を盗んで行ったのです。
500万ドルもの懸賞金をかけても、まだ見つかっていません。
そこで登場したのが、絵画探偵ハロルド・スミス。
彼は山高帽に黒いアイパッチ、そして50年間わずらっている皮膚ガンのために義鼻をつけています。
この映画がドキュメンタリーであることを知らなかった私は、始めは誰か俳優が演じているのだと思いました。
ところが、本人だったのです。
ものすごい存在感です。

彼は、8人いる子供のうち、たった一人、跡を継いでくれた息子と一緒に、捜査を始めます。
いろいろな人の名前もでてきますし、情報提供者にお金を払い、だまされたりもします。
一体どこにフェルメールの「合奏」はあるのでしょう。
美術収集家の美を独り占めにしたいというエゴのせいで、我々にはもう「合奏」が見られないのでしょうか。

ハロルド・スミスもいいキャラクターでしたが、もう一人の人は、もっとすごいですよ。
そう、美術館の名前になっているイザベラ・スチュワート・ガードナーです。
彼女は上流階級の男性と結婚し、2歳の息子を無くすという不幸に見舞われ、その後、父親の多額の遺産を相続したことから、絵画を買いあさったのです。
彼女は美人ではなかったのですが、スタイルがよかったようです。
彼女の肖像画の腰のラインが、すごいですよ。
夫そっちのけで、絵画を買っていたらしいのです。
彼女の死後、住んでいた邸宅は美術館になり、遺言で作品の貸し出しや、新しい作品を加えること、あるいは展示位置を変えることが禁じられています。
そのため、盗まれた絵のところには現在、額縁だけが飾られています。

結局「合奏」は見つからなくて、一体この映画は何だ!といいたくなりますが、まあ、ガードナー美術館の紹介だと思えば、腹も立ちませんわ。
ボストンに行ったら、行ってみたいところになりました。

クレオ・コイル 『コーヒーのない四つ星レストラン』2009/05/29

ホント、この本を読むと、美味しいコーヒーが飲みたくなります。

グリニッチビレッジにあるコーヒーハウスのマネジャーをしているクレア・コージーには、ちょっとした心配事があります。
娘のジョイが三十歳も年上の妻子あるシェフのトミー・ケンテルと付き合っていて、その上、彼の店『ソランジュ』でインターンとして働らいているのです。
娘と約束し、口出しをしないことにはしていたのですが、元姑のマダムと一緒に、ついつい様子を探りに『ソランジュ』に行ってしまいます。
『ソランジュ』は今人気のレストランですが、料理は一流でもコーヒーはまずく、毒のよう。
クレアが娘の働く様子を見ようと、厨房に案内してもらうと、なんと怒鳴りあう声が。
そして、娘のジョイにシェフナイフをつきつけている女が・・・。
娘の一大事と、そばにあったまな板をつかんで対抗すると、給仕長が来て、助けてくれました。
その夜、『ソランジュ』で一緒に働いているビニーの家に行ったジョイが電話をしてきます。
彼が血まみれで、床に倒れていたのです。
『ソランジュ』には何かありそうです。
クレアはジョイのために『ソランジュ』に乗り込み、事件を解決することにします。
コーヒーがまずかったのをいいことに、『ソランジュ』のコーヒーサービスの向上を請け負うと売り込むことにしたのです。
上手く、ケンテルに気に入られ、『ソランジュ』でコーヒーを出すことになったのですが、今度はケンテルが殺され、ジョイが容疑者として捕らえられてしまいます。
クレアは娘のため、恋人になった六分署の捜査官、クィン警部補の力を借り、潜入捜査を始めます。
さて、どうなることでしょうか。

この本の楽しみのひとつ、コーヒーですが、今回はすごいものが出ています。
コーヒーの美味しさを表すのに、「フルーティー」とか「ラズベリーとレモンを感じる」、「クロフサスグリ・・・」、「旨味成分」、「天日で干したドライトマトの風味」、「ステーキの懐かしいような風味」、「グラン・クリュを連想させる」なんていう表現使いますかね。
このコーヒーはケニアです。
「グラン・クリュ」とは、ちなみに「フランスワインの産地における、畑の格付け。
プルミエクリュの上で、最上級のぶどうを産出する」ということです。
他にも、「フルボディで、あくまでもジューシー」、「ラベンダーのアロマとフレーバー」、「ブラム、ブドウ、ラズベリーのフレーバー」なんていうのがあります。
このコーヒーは「パープル・プリンセス」というのだそうですが、本当にあるのかどうかは不明です。
ワインとコーヒーは共通するものがあるのでしょうかね。
私にはわからない世界です。
私にはスターバックスのラテがあれば十分ですわ。

佐々木忠次 『闘うバレエ』2009/05/31

シルヴィ・ギエムの写真に引かれて買ってみました。が、別に買わなくてもよかったなぁ・・・。
佐々木さんは東京バレエ団を、今のようなバレエ団にした人なのだそうです。
倒産したバレエ団を引き受け、1965年1月に「白鳥の湖」で旗揚げ公演。
バレエというと、今もそうですが、昔はもっとお稽古事という感じがあって、チケットも一般に売り出せなく、父兄がみんな買い占めていたとか。
役からはずされたダンサーの夫と称する人が、ヤクザを連れて脅かしに来たり、代役を頼んだら、非常識なほどのギャラをふっかけられたり。
1960年代には、まだまだバレエは芸術とは認められていなかったんですねぇ。

彼はとにかく海外へ行って、有名なバレエ団の公演を見まくります。
そして、「日本人は西洋人に体型で勝てるはずがない。けれど、アンサンブルでは勝てるのではないか」と思い、バレエ団にアンサンブルの重要性を強調し続けたのです。
東京バレエ団が世界で認められたのも、このコール・ド・バレエのおかげなのですね。

他にも「世界バレエフェスティバル」を開催するまでのことやベジャールとのこととが書かれています。
帯に「ギエム、ドン、マラーホフ・・・天才たちの知られざる素顔」などと書いてあるので、期待して(本当は東京バレエ団はどうでもよかったんですが)読んだのですが、全然詳しく書かれていなくて、肩透かしでした。
まあ、佐々木さんの自慢と東京バレエ団のことが大部分だと思って読むといいようです。