アニケ・ハーゲ画、グードルン・パウゼヴァング原作 『みえない雲』2012/01/26



ドイツの原発まんがです。
この漫画には原作があり、同じ『みえない雲』という題名です。原作はチェルノブイリ事故の後に書かれたそうです。

図書館から借りて返してしまい、メモを取るのを忘れてしまったのですが、序言は「白いバラ」(ドイツの非暴力の反ナチス運動)の一員であった人のお姉さん(だと思う)が書いたものです。その中から抜粋して書いておきます。

「移住する?亡命する?でもどこへ?
今はもう、何も知らなかったとは言えない。逃げることも移住することもできない。地球はどんどん牢獄のようになっていく。原子力の進歩という牢獄に。今日何も行動を起こさなかったら、明日にも彼らは私たちの沈黙と「思慮深さ」に感謝するだろう。何ができるか。ひとりひとりが考えなくてはならない。それぞれの立ち位置で。こんどこそ私たちは忘れない」

ドイツのある町の原子力発電所で爆発事故が起きました。原発から70キロほどの町に住む14歳のヤンナは学校から急いで家に帰り、事故の起こった町にいる両親の言うとおりに弟のウリを連れてハンブルグの叔母さんの家まで避難しようとします。しかし、非難する人が多い上に弟は幼すぎて、なかなか前に進むことができません。そういう時に悲劇が襲います。ウリが自動車に轢かれてしまうのです。ウリを葬ることができないまま通りかかった家族に連れられ、ヤンナは駅に辿りつきます。そこには群衆がいて、その群衆に飲み込まれたヤンナは気を失い、彼女の上に放射能を含んだ雨が降り注ぎます。
気づくとヤンナは病院にいました。やがて彼女の髪の毛が抜けてきます。
その後、しばらくして彼女が病院にいるということを知った叔母さんが会いにきて、叔母さんの家に引き取られます。学校にも通い始めるのですが、周りの「ヒバクシャ」であるヤンナを見る目は冷たいものでした。
元クラスメイトのエルマーとも再会するのですが、優等生だった彼は今や劣等生で進級も危うくなっていました。同じ身の上の彼と話すことにより癒されていたヤンナでしたが、エルマーは彼女に何も言わずに自殺してしまいます。
一体自分はどれぐらい生きられるの?
叔母さんは学校に行って自分の将来のことを考えるようにと言いますが、自分に未来はあるの?
ヤンナは不確実な未来のために備えるのではなく、今やりたいことをやることにします。ウリを探しにいくのです。

漫画ではヤンナがウリが死んだ菜の花畑にいる場面で終わっていて、その後は描かれていません。
彼女は死んだのでしょうか?それとも生きながらえて、癌に苦しんでいるのでしょうか?結婚して子どもを産むことができたでしょうか?
ヤンナの未来はフクシマの子供たちの未来かもしれません。

架空の話だったのに、今や現実。
「原子力の進歩という牢獄」という言葉が重いです。
読売新聞では4年間で首都直下型地震が起こる確率が約70%の確立という記事を載せました。
今は地震が怖いという以上に、地震によりまたフクシマのようなことが引き起こされたらということの方がもっと恐ろしいです。これ以上何かが起こったら、私たちはどこにも行けません。

何ができるか。よく考えてみようと思います。