ブレイディみかこ 『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』2020/10/23



2016年2月、20年ぶりに一ヶ月、日本に滞在することになったみかこさんは、日本人が見ていない、いえ目に入れようとしない「ブロークン・ジャパン」の状態を草の根の活動家たちに会って記録しておこうと思いました。
本にはイギリスの状況も書いてありますが、ここではできるだけみかこさんの見た日本の状況のみ書いて行こうと思います。(詳しくは本を読んでね)

最初に訪れた場所は上野。そこで争議に行きます。
キャバクラユニオンのメンバーたちがあるキャバクラに行き、賃金未払いについて話し合うために責任者に会おうとするのですが会えません。
キャバクラから外に出ると、そこには黒服軍団がいて、ユニオンのメンバーたちに罵詈雑言を浴びせます。

みかこさんは水商売で荒稼ぎをしてイギリス留学の資金を貯めたそうです。
私が20代で新宿の歌舞伎町に行った時、「お姉ちゃん、働かない。100万円」と声をかけられたことがあります。(一日、100万?一ヶ月、100万よね、と胸算用していました、笑)
その時、水商売ってお金が儲かるんだと思い、ずっとそう思っていました。
しかし、それも過去のことなのだそうです。
キャバ嬢たちの給料が例えば時給3000円とか言っていても、厚生費や雑費という名目(ティッシュペーパー代やボールペン代、おしぼり代とかもあるんですって)で給料から引かれていたり、遅刻や欠勤をすると罰金が取られたりします。
そのため引かれた後の手取りは最低賃金を割っていることもあるとか。
その上、キャバクラによっては精神的虐待があり、すべて自己責任、「私が悪い」と思い込まされたり、暴力的に管理されていたりするようです。
キャバクラのキャストは労働者ピラミッドの底辺、キャッチはそれより上の存在だそうです。そのためかキャッチ達は団結してユニオンと闘っているそうです。
普通に考えたら、キャストやキャッチは同じ労働者。団結して雇用者と闘うのが筋なのにねぇ。
みかこさんは思います。「労働運動が健やかに広がり、逞しく進化しなかった社会では、労働者のプライドは育たないだろう」と。

『下流老人』という本を書いている藤田孝典は「日本には下層意識が根付かない」と言っています。
1970年代から日本人には中流意識がありました。いいえ、未だに日本人の9割が中流意識を持っているそうです。
今や子供の6人に1人が貧困と言われているのに、おかしいですね。
若者たちは貧困という現実に向き合うと終わっちゃうから、「考えたくない」のだそうです。
自分のことを労働問題として考えることを嫌がるのだそうです。
非正規でも仕事があるよ、生涯アルバイトさえあればいい、結婚とか子供をつくるとかはエリートのすること、などと思っているとか。
結婚や子供を作ることは普通のことではないですかぁ。
藤田さんによると、「現在の若者はまるで監獄に入れられている奴隷のようです。それなのにそのことに気づいていない。気づいていないからより深刻」なのだそうです。
日本政府も「抽象論を展開しておいて、暮らし自体を見させない」ということをしているそうです。
日本はお金の話、すなわち経済を劣ったもののように見なす傾向があるため、労働問題に経済が持ち込まれていないのです。
すなわち「地べたのミクロを政治のマクロに持ち込め」ていないんですね。
みかこさん曰く、「経済にデモクラシーを」。

保育士であるみかこさんは世田谷区の保育施設を見に行きます。
彼女を案内してくれたジャーナリストの方が「子供を産まないのは、日本の女のテロなのよ!」と言ったそうですが、産まないというより、諸事情で産めないというのが実情ですよね。

日本と英国の園児と保育士の比率を見ていくと、3歳児以降の違いに驚きます。
英国は3歳児と4歳児は8人に1人なのに、日本は2歳児6人に1人から一気に3歳児20人に1人、4歳児以降30人に1人になるのです。
あんなに動き回る子が20人、30人も・・・私は保育士にはなれませんわぁ。
どうやって1人で20~30人を見ていられるのかというと、「保育士は積極的に子供と何かするのではなく、何事も起こらないように全体を監視する」ようにしているからとか。
私は幼稚園しか知らないのですが、保育所もそうなんですか。
みかこさんはイギリスの保育士なので、こう言っています。
日本のような保育ではアドベンチャーをさせられない。そのため失敗したり成功したりという経験の積み重ねができず、決断力が育たない。
あわせて他人と違うことをやってみたいということからクリエイティビティは育つので、日本のような保育では想像力も育たない。
日本の保育の良いところは給食だそうです(笑)。
英国の保育所にも日本の保育所にも共通するのは緊縮財政で、牛乳パックを色々なことに再利用したり、おむつなどを家庭に持ち帰らしたりしている日本は最前線を行っている・・・かな?

何故世田谷区の保育施設を見に行ったのか、疑問をもった方もいるでしょう。
たまたまなんでしょうが、実は世田谷区は日本の待機児童ワースト区です。(2019年ワースト一位、2020年2月では世田谷区ワースト二位)
産後ケアセンターとかプレイパークなど子供の施策が充実していて子供応援都市を宣言しているそうですが。

英国では保育園、託児所、チャイルドマインダー、ベビーシッターなど子供を預かる仕事をしている人はすべてOFSTED(Office for Standards in Education英国教育水準局)への登録が義務づけられているそうです。
保育施設もすべて当局に登録・認可される必要があり、認可された後もOFSTEDの職員が定期的に監査を行うようです。
日本の保育施設は誰が監査を行っているのでしょうか?

「日本で一番進んでいる草の根は障害者運動」であると企業組合あうんの中村光男は言います。
障害者運動は当事者運動であり、労働を自分たちの運動のなかに取り込んで発展していったそうです。
中村さんは障害者運動の発展に刺激を受けながら、山谷で「当事者一人ひとりがもう一度自分の人生を取り戻す」、そして「仲間自身が仲間を守る」という発想で活動を進めていきます。
NPOは出資や投資が禁止されていて、経済的自立ができないので、事業体として「あうん」を立ち上げます。
反貧困ネットワークにも参加しますが、この運動の問題点は当事者が参加していないため、垣根を越えられない、学び合えない、そのため繋がれないという結果になっているそうです。

「日本の貧困問題を社会的に解決する」というミッション(HPによる)のもと、活動を続けているもやい事務所のボランティア志望者セミナーにもみかこさんは参加します。
彼女が驚いたのは、「人権って何ですか?」という質問が出たことです。
英国では人権は普通に生活のなかにあるものなので、こういう質問はされないそうです。
気になったみかこさんが日本の小学校で人権はどう教えられているのか調べてみると、貧困をつくりだす政治や経済システムも人権課題であるのに、人権教育の指導内容に「貧困問題」がなかったそうです。

みかこさんの思った日本と英国の違い。
日本では「権利と義務はセット」で「国民は義務を果たしてこそ権利を得る」。
つまり「アフォード(税金を支払う能力がある)できなければ、権利は要求してはならず、そんなことをする人間は恥知らずだと判断される」。
英国では「「権利」といえば普通は国民の側にあるものを指し、「義務」は国家が持つ」。人権は誰にでも普遍的に与えられているものと考えている。

日本社会を変えるためには、人権についての考え方を変えるところからやらなければならないようですね。

「人権というのは、アフォードする力(日本流「人間の尊厳」)も、コミュニケーション力(相互扶助スキル)も、すげての力を人間が失ってしまったときにそこにあってわたしたちをまるごと受け止めてくれるものなのだ」

日本に住んでいても見えない(見ようとしない?)日本の貧困の一部を見させてもらい、色々と考えさせられる本でした。
イギリスについての記述はケン・ローチ監督の映画を見る参考になりますので、映画を観る前でも後でもいいので、興味がありましたら読んでみてください。