中島要 『誰に似たのか 筆墨問屋白井屋の人々』 ― 2023/10/06

江戸日本橋の筆墨問屋白井屋の店主・太兵衛は三代目にして店を大店にした人物。
商売には長けてるが、女癖が悪く、若い女を次々と妾にしていたが、隠居してから妾とは手を切り、五十九で亡くなるまでの四年間は妻と仲良く物見遊山に出かけていたが…。
太兵衛の妻、お清は亡くなってからも夫に妾がいたことがわかり、大激怒。
それからは好き勝手に出歩くようになり、勘当された娘のお秀のところや自分と同じ身の上の屋台の蕎麦屋に入り浸るようになる。
息子の太一郎は世間体が悪いのが気になり、注意するが、言うことを聞かない。
そのため姉のお秀に母に意見してくれと頼む。
太兵衛とお清の娘、お秀は浮世絵師と恋仲になり、親の反対を押し切って家を飛び出した。娘が生まれ、これからという時に亭主が亡くなり、親に頼ることもできず、仕立物をして細々と暮らしている。
父の葬式には呼ばれたが、なかなか実家は敷居が高い。
母がくれるお金でなんとか暮らしを保っている。
太兵衛とお清の息子の太一郎は困っている。
商人として父に及ばないことはわかっていたが、父が死んでから周りの態度が変わってきたのだ。
そんな時に息子の一之助の育て方を巡って夫婦の間で言い争うことが増えてきた。
一之助がこのままつらいことから逃げているようでは立派な五代目になれないと思う太一郎は一之助に厳しく当たるのだが…。
太一郎の妻のお真紀は実家の畳表問屋野田屋のことで困っていた。
店は弟の万作が継いでいるのだが、妻のお律との間に子ができないのに、女中との間に家継ぎの子が産まれたというのだ。
お律はお真紀よりひとつ下で、妹のように親しくしていたが、彼女が弟の子を孕ったというので、お律の呉服屋との縁談が流れ、それ以来口をきいていない。
それなのにお律はお真紀に泣きついてきた上に嫌みまでいう始末。
太一郎とお真紀の子、一之助は隠居した祖父の太兵衛とおしゃべりをするようになっていた。
勘当した娘に対する太兵衛の気持ちを父に話してから、叔母のお秀とその娘のお美代が店に来るようになり、お美代と親しくなる。
何物にもとらわれない、好き勝手に生きているお美代は彼の憧れだった。
母と祖母は一之助の気持ちに気づき、心配していた。
お秀の娘のお美代は蕎麦屋の店主にいい舌をしているとほめられことから、料理人になることにする。
十四で深川八幡門前の料理屋「なか乃」で奉公を始める。
そんな時に、蕎麦屋の主人の娘で幼馴染みのお民が、男手ひとつで育ててくれた父を捨て、十年前に出ていき、金貸しの妾をしている母と一緒に暮らすと聞く。
男の薄情さを知り、嫁入りをせずに料理人になろうと固く誓うお美代。
こんな白井屋の人々の複雑な心境を描いた作品です。
「隣の芝はよく見える」とは言ったもので、誰もが他人と比べて自分は不幸だと思いがちです。
幸福か不幸かは自分が決めるだけで、本当のところはわかりません。
どんな状況になろうが、自分は幸福だと思えると、運も上がっていくかもしれませんね。
それにしても江戸時代の女性は生きづらいですね。
「男は商人として秀でていれば、他はどうでもいいのだろうか。
女は妻として、母として、嫁として、すべてできて当たり前とされるのに。
望んで女に生まれたわけではないのに、この差は一体何なのか」
「男なんて己の思い通りにならなければ、妻や娘を捨てる薄情者だ。どんな男と所帯を持っても不幸になるだけだろう」
などと女の怨嗟が満ちています。
結構私も愚痴る方ですが、人の振り見て我が振り直せで、気をつけますわ。
軽いタッチで書かれていますから、男性は心配せずに読んでください、笑。
これから白井屋の方々がどうなるのか、興味があります。特にお美代は嫁に行かずに本当に料理人になるのでしょうか。
半端な終わり方だったので、続編を読んでスッキリしたいです。
<今日のおやつ>

「これは何?」と思うでしょう。
『言葉の園のお菓子番 復活祭の卵』に出てきた、「HIGASHIYAの棗(なつめ)バター」です。
棗の上に発酵バター、クルミがのっている果子(と書くそうです)です。
バターの味が濃厚で、棗はどこだろう…。
味のわからない私なので、明日もう一粒食べてみて、味を確認しますわwww。
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