太田愛 『未明の砦』2023/10/01



大手自動車メーカー<ユシマ>の非正規工員の矢上達也と脇隼人、秋山宏典、泉原順平が<共謀罪>で逮捕されようとしていたところを、何者かの電話により救われる。
彼らがやろうとしたことは一体何だったのか。

その年の夏期休暇に、四人は組み立てラインの班長、玄羽昭一から、笛ヶ浜にある彼のセカンドハウスに遊びに来ないかと誘われる。
今まで彼らは夏の休暇を派遣会社の寮で過ごしていた。
久しぶりの海とバーベキューに有頂天になる四人。
しかし、その夏休み気分も墓場であった老婆の言葉でぶち壊される。
彼女は彼らのことを<使い勝手のいい馬鹿>と言ったのだ。
玄羽によると老婆は宗像朱鷺子といい、「文庫のねえさん」と呼ばれているという。

夜に飲みながら四人は玄羽の話を聞き、自分たちの置かれている状況に疑問を持つち始める。
朱鷺子の屋敷の土蔵に文庫があることを聞いた四人は、毎日、朝から文庫に行き、本を読み、調べる。

夏期休暇が終わってしばらくして、玄羽が勤務中に亡くなる。
具合が悪い玄羽を放置し、死なせたことを四人は突きとめるが、ユシマは労災とはしない。
玄羽はユシマに勤めていた知人の過労死をめぐる裁判で証言をすることにしていたという。

通夜の五日後、四人は<はるかぜユニオン>に行き、相談員の國木田莞慈に玄羽のことを話す。
國木田の助言を参考にして、四人は新しい労働組合を旗揚げすることにする。

非正規工員たちで新しい労働組合を作ろうとしていることを知ったユシマは、政治家や公安など、あらゆる手を使い彼らを潰そうとする。

南多摩署の刑事藪下哲夫は本庁が四人の罪状を秘匿することに疑問を持ち、四人のことを独自に捜査する。

<週刊真実>の記者・溝渕久志とカメラマンの玉井登は、与党重鎮の相次ぐ突然の引退表明の裏に何かあると考えて独自に調査をしていた。
そこに初老の男・山崎武治がある書類を持ち込む。

果たして四人の無謀とも思える闘いは報われるのか…。

この本の自動車の組み立てラインの工員は昔の『女工哀史』、いや『自動車絶望工場』そのままです。
企業は劣悪な労働環境のもと、正社員の下に期間工と派遣工を設け、互いに対立させ、「死ぬまで喜んで働く労働者を作り出せるシステム」を構築し、労災隠しは当たり前、絶対に過労死は認めない、被雇用者の年間自殺者が全国一位になっても報じさせない…。
工員を人間として扱っていません。

組合活動に対してあまりいい印象を持っていない人が多いかもしれませんが、私の職場限定ですが、組合員が多く、力を持っていた時は働きやすかったです。
でも時代の流れなのか、だんだんと組合員が減り、働き方に余裕がなくなり、今やブラックじゃないかというような感じになっています。
今になっていい人材が来ないとか言っていますが、労働環境が悪すぎですからねぇ。

600ページもあり、読むのを躊躇してしまうかもしれませんが、是非読むことをお勧めます。
日本の労働法制やなぜ日本だけ低賃金なのか、日本の現状と来たるべき未来のことなど目を開かせられます。
その他に、特攻兵に渡されたヒロポン入りチョコレートとか、2013年の<ラナ・プラザの悲劇>、デンマークのマクドナルドが高給な理由、サフラジェットたちの闘い、『ハーレム・カルチュラル・フェスティバル』など私の知らなかったことが沢山書かれていて参考になりました。
読むのが面倒になったら飛ばしてもいいですよ、笑。

特に印象に残った文を覚え書きとして書いておきます。

「日本における戦後の労働法制の変遷は、力の強い側、つまり働かせる側が都合の良いように、法律を作ったり「改正」したりしてきた歴史ともいえる」

「この国の人間には社会という概念がないのだ。あるのは帰属先だけ。(中略)社会にどれはど醜悪な不正義や不公正が蔓延しようと、自分に実害がないかぎり無関係な事象でしかないのだ」

「専制主義的国家のメディアは、平時においては不都合な事実を隠蔽して消極的な虚偽報道を行う。だが戦時においては、事実を捏造して積極的に虚偽報道を行う。歴史の教訓である」

「怒りは希望だ」

私なんかはもうたいした労働力になりませんが、これから働こうとしている人や働き始めてまもない人などに読んでもらいたい本です。
今年のベストな一冊になりそうです。