柚木麻子 『らんたん』 ― 2025/08/12
図書館に予約をしようと思ったら、とんでもない数になっていたので諦め、文庫本になってから読もうと思っていた作品です。
柚木麻子さんの母校、恵泉女学園の創立者、河井道のお話です。
すみません、私、恵泉女学園のことを知りませんでした。
字が似ている恵泉と清泉の違いもわからない田舎者です。
(清泉女子大学は品川にあり、聖心侍女修道会を設立母体として、1950年に4年制女子大学として設立された大学だそうです)

河井道のことを簡単に書いておきます。
河井道は1877年に三重県宇治山田市(現在の伊勢市)に生まれる。
父親は伊勢神宮の神職だったが、明治維新後、失職し、一家で北海道函館市に移住する。
1887年に札幌区で長老派伝道師、サラ・C・スミスの開設したスミス女学校(現、北星学園女子中学高等学校)に入学し、キリスト教に基づいた教育を受ける。この頃、札幌農学校で教えていた新渡戸稲造と出会う。
北星女学校卒業後、小樽でクララ・ロースが始めた静修女学校の寮母を務めながら教科も教える。
1896年、周囲のすすめで上京し、津田梅子の家に下宿しながら学び、1898年に新渡戸稲造夫妻に伴われて渡米する。
フィラデルフィアのアイヴィ・ハウスで学んだ後、ブリンマー大学に入学。
1904年にブリンマー大学を卒業し、帰国。女子英学塾(現、津田塾大学)の教師になる。
その後、YWCAの活動に携わり、1929年、52歳の時に恵泉女学園を設立する。
この時、校舎は河井の自宅で、生徒数は9名。渡辺ゆりなどの津田英学塾での教え子たちが募金活動を行い支援した。
渡辺ゆりは一色乕児と結婚した後も、夫婦共々河井道を支え続けた。
1930年、世田谷の千歳村に校舎付きの物件が見つかり、移転する。
この後、河井道の教育理念に賛同する多くの人たちの支援を受けながら、学園は成長していく。
戦争を経て、1953年、75歳で逝去。
この本は河井道の伝記ではなく、伝記を基にしたフィクションです。
例えば、ビラは本当に配られましたが、道が飛行機に乗ってビラを配ったという事実はありません。
出てくる有名人たちがこのような性格であったかどうかはわかりません。
有島武郎なんか幽霊になっても出てきて、「エ、こんな人だったの」って感じでしたww。
私的には津田梅子の描き方が少し冷たい感じがしました。
平塚明(後の平塚らいてう)に「先生は、社会を変える気はこれっぽっちもないのですわ。西洋で身につけたのは技術としての英語だけよ。父親や男の顔色をビクビク窺い、懸命に期待に応えようとする、これまでの自分を殺す古い女性たちと何も変わらないですわ」と言わせたり、「優秀な女子を見い出しリーダーとして育成する技術に長けた梅子先生と、なるべくわかりやすく広く教育を行き渡らせたいという道」と書いていたりします。二つの大学の違いを際立てようとしているのでしょうか。
津田梅子(1864年生まれ)は6歳でアメリカに渡り、日本に帰って来たのが18歳。官費で留学したので日本に恩返しをしようと意気込んで帰ったのに政府から音沙汰はなく、日本語を忘れ半分外国人のようだったので、家族から持て余され、一緒に留学した二人は結婚してしまう・・・。
こういう目に遭った梅子と道は世代が違うのに、書き方が梅子に厳し過ぎと思ってしまったのは、先に梅子の伝記を読んでいたからかしらww。
そういえば近頃、女子大学の人気も下がり、軒並み偏差値が下がっていますね。
その上、定員に満たない女子大学が増え、恵泉女学園大学は2023年度をもって募集停止になっています。恵泉女学園中学・高等学校は継続するようですが。
他の女子大学もいつまで続くやらという感じです。
日本の家父長制が今も続いているように思いますが、そういう今、女子教育の成り立ちを学んでおくのも何かの役に立つかもしれませんね。
本の中に津田梅子と新渡戸稲造、有島武郎以外にも天璋院篤姫、伊藤博文、大山捨松、広岡浅子、村岡花子、石井桃子、平塚らいてう、伊藤野枝、山川菊栄、市川房枝、野口英世、北原白蓮、徳冨蘆花、太宰治、ロックフェラー、マッカーサーなど錚々たるメンバーが登場します。
道と関係のあった方々を書いておきたいという気持ちもわかりますが、そのためにお話が長くなってしまったみたいです。
面白いのですが、長さに負けてしまう人がいるかもしれません。
柚木麻子さんの母校に対する思い入れたっぶりの小説ですので、頑張って読んでください。
そのうちNHKのドラマになるかもしれませんよww。
最後に、「ブリンマーのランターンナイト」にちなみ、題名を『らんたん』にしたようですが、晩年の梅子が道に言った言葉を載せておきます。
「誰かが必ず、私の意思を引き継いで、私の失敗や悲しみも糧にしてくれると信じている。そして私がともした光より、もっと大きな光にして、それをまた新しい世代に継承するの。(後略)」
らんたんの光は今も継承し続けています。
最近のコメント