せやま南天 『パルティータを鳴らすまで』 ― 2026/01/04

中学校二年生の時本拓実は里親のもとで4歳から暮らしている。
里父は弦楽器職人。部活には入らず、学校から帰ると彼の工房で過ごしている。
里父からバイオリンを教わり、出来上がったばかりのバイオリンを弾くのが楽しみになっている。
来年の三月で10年の委託期間が終わり、実母のもとへ戻る。
そのことでこの頃、拓実は情緒不安定気味だ。
ある日、何か父のためにしたいと思い、拓実を引き取ったせいで行き来が途絶えた父とバイオリニストである祖父との間を取り持とうと思い、拓実は祖父の家に行く。
祖母が招いてくれた部屋には憧れのストラディバリウスの「ヨーゼフ」があった。
父が「ヨーゼフ」の写真を作業机の真ん中に貼っているので、すぐにわかった。
拓実は弾きたいという思いに負け、「ヨーゼフ」を弾いてみる。
しかし、勝手に弾いたことで激怒した祖父に追い出されてしまう。
帰ろうと歩きだした時、バイオリンの音が聞こえてくる。
それはあたたかく、切なく、懐かしい響きだった。
別の日、拓実は祖父のバイオリンの音をもう一度聞きたいと思い、祖父の家に行く。
彼に気づいた祖母がまた家に入れてくれ、拓実の気持ちを聞いてくれた。
それから拓実は祖父にバイオリンを習うようになる。
そして、友人の八木沢に促され、実母のところに戻ると二度と会えなくなる父母と別れる前に、祖父が主催する信州の教会で行われる演奏会でバッハの「無伴奏バイオリンのためのソナタとパルティータ」を弾くことにするが…。
YA(ヤングアダルト)向きのお話です。
里親制度のことを知らない人が読むと色々とわかります。
実の親のところに戻ると、里親に会えないことがあるんですね。
なんかそれは非情な感じがします。
実母と里親と両方で子どもに関わり、育てていくことはできないのでしょうか。
それがダメでも、大人になってから会っても問題ないと思いますが、ずっと会ってはいけないのでしょうか。
この話には裏があって、祖父母は他人だから、これからもバイオリンを教えてもらえるようですがww。
本の中で拓実と同じ境遇の幼馴染の果鈴がいいことを言っています。
家族とは死ぬまでずっと一緒にいられるわけがない、私と一緒にいるのは私だから「私が私を幸せにするしかない」。
その通りですね。
「パルティータ」とは音楽用語で「組曲」という意味ですが、実はフランス語の動詞「partir」が由来だそうです。
「partir<パルティール>」は「出発する」という意味です。
養父母と別れ、実母と新しい生活を始めるという本のテーマに合った曲ですね。
HIMARIちゃんの演奏をお聞きください。
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