甲斐善光寺と甲斐武田神社に行く ― 2026/08/24
翌日、六時前に起きて、お散歩に行きました。
思ったより暑くありません。

山梨県らしくブドウの木があります。

立派に育っています。

栗も大きく育っています。

「石和温泉芸団協見張番」と書いてあります。
石和温泉にまだ芸者さんがいるのでしょうか?

温泉街とは言っても草津なんかと比べると寂れていますね。
お散歩は終わりにして、ホテルのドッグランにも寄っていきましょう。

お散歩をしたというのに、まだまだ元気なわんこたちです。

パパに抱き上げてもらい、記念撮影です。
部屋に戻って朝食です。

弟は何が気に入らないのか、餌を檻の中にぶちまけていましたww。
兄のウエットの餌の方が美味しく思えるのかしら?
歯が丈夫な犬は普通のドッグフードでいいのよ。
ママパパは朝食を食べに行きます。

朝食もママにはぴったりのものです。
日本食はいいですね。

部屋からお麩を持っていったので、池の鯉を餌付けしましょう。
お腹が空いているのか随分寄ってきます。
小さい鯉にあげようとするのですが、大きい鯉に取られてしまいます。

二匹で争っていますが、左の鯉の方が強そうですねww。

ホテルは迷路みたいになっていて、こんな通路もあります。

チェックアウトまでゆっくりして、さて、どこに行きましょうかね、弟君。
まだ夏休みなので、笛吹川フルーツ公園は子どもで混んでいそう。
近くの神社を調べてみると、武田信玄を祀った武田神社があります。
では、行こうかと地図をみていると、近くに善光寺もあります。
わんこも連れて入れるのか調べてみると大丈夫です。

まず、善光寺から行きましょう。
長野の善光寺のようなお寺を想像していましたが、意外と小さいんですね。
このお寺は武田信玄が川中島の決戦の折、信濃善光寺の焼失を恐れ、永禄元年
(1558)、御本尊善光寺如来像をはじめ、諸仏寺宝類を奉還したことに始まり、
武田氏滅亡後、御本尊は織田・徳川・豊臣氏を転々とし、慶長三年(1598)に信濃に帰座し、甲府では新たに、前立仏を御本尊に定め、現在に至っているそうです。

この金堂の中に有名な鳴き龍の天井があります。
わんこたちといっしょに拝んだ後、木陰のベンチで休ませ、ママは御朱印をもらい、天井画を見てみることにしました。
ちょうど人がいない時だったので、簡単な説明を受け、手を叩いてみました。
共鳴がとてもいいです。
この後、お戒壇廻りをしようと思ったのですが、人が7~8人並んでいたので止めました。
暑いなか、わんこが待っていますからねぇ。

登楼。

お咳婆さんの石。
咳がでないように、石に触ってきました。全快したら飴を奉納するようです。

急に行くことになったので、御朱印帳を持って行かなかったので、きれいな切り絵の御朱印と書き置きの御朱印を頂きました。

善光寺から車で約10分で武田神社に着きます。
武田神社は武田信玄が御祭神として祀られ、大正8年に創建されました。
神社のあるところは武田氏の躑躅ヶ崎館跡だそうです。

手水舎も武田氏の家紋の形です。

甲陽武能殿。
手水舎の後ろにベンチがあったので、そこでわんこたちを待たせることにして、ママが最初に拝みに行きました。
ちなみにこのベンチの横に「三葉の松」があり、探している人がいました。
二つほど持ち帰りました。
珍しく兄が人が来ても吠えず、そばにずっと座っていたお婆さんが帰る時に「大人しく座っているわね」と褒めていったみたいです。
パパは苦笑い。

結構人が来ています。
武田信玄って人気があるんですね。

拝殿の左側に酒樽があります。

右側に今年の絵馬。
この後、御朱印とパパ用の御朱印帳をいただきました。
人が並んでいたので、少し時間がかかりましたが、驚いたことに御朱印を目の前で書いてもらえます。
私なんかは緊張して書けないと思いますが、若い方なのに慣れているのですね。

パパとバトンタッチして、ママがわんこたちの面倒をみます。

パパが戻って来たのでみんなでいっしょに、信玄の娘が誕生した時に産湯として使用したという「姫の井戸」に行きます。
飲める水だと聞いていたのですが、飲めなくなったようです。

井戸の向かいに水琴窟があります。
水が足されていないのか、ポツポツと音が聞こえるぐらいです。
神社の前に信玄ミュージアムがあるのですが、わんこがいますので入れません。
次回にしましょう。

右が御朱印帳で、左側が書き置きの御朱印です。
書き置きの御朱印は二種類あり、信玄が座っているのもあります。
旅行に行くときは思い立って神社やお寺に行くことがあると思うので、次からは御朱印帳を持参しますわ。
お土産はパパが飲む、山梨大学が作ったというワインでした。
帰る車の中で驚愕の事実がわかりました。
昨夜、二時頃、パパママの二つの携帯から緊急地震警報が鳴り響いていたそうです。
私は全く気付かずに寝ていました。
犬たちも吠えなかったようです。
いつも旅行先では寝れず、絶対に気づくはずなのに…。
たぶん旅行に行く前日によく寝ていなかったためだと思われますが、ショックです。
それにわたしたちがいない間に東京で大雨が降ったそうです。
家では兄のトイレの上に小樽のレンガ倉庫を描いた版画と飾ってあった表札が落ちていました。
結構揺れたのでしょうか?
浮かれているのもほどほどにして、災害に備えなければならないと思いました。
新井薬師梅照院と新井天神北野神社へ行く ― 2026/08/17
お寺用の御朱印帳が欲しいと思って探していたら、新井薬師梅照院のものがよさそうだったので、いただきに行ってきました。

思っていたのとは違い、意外とこじんまりしたお寺でした。

山門。

右上は修行大師像。

山門をくぐって振り返って参道を見たところ。

霊堂。

お願い地蔵尊。

不動堂。

本堂。
札所あたりを修繕しているのか改修しているのか、ちょっとわかりませんでした。
札所で御朱印帳をいただきました。
御朱印は書いてありました。

勢いのある力強い字の御朱印です。

鐘楼堂。
人がいないように見えますが、そんなことはなく、通り過ぎていく人が多いです。

大悲殿の前にある白龍権現水。

駐車場のところに緑色の聖徳太子像があります。
何故緑なんでしょうね。
近くに新井天神北野神社があるようなので、行ってみることにしました。

なんとなく雰囲気がよさそうです。

なんとも変わった形の手水舎。

撫で牛さんもいます。
悪いところを撫でるのを忘れてしまいました。


稲荷神社。

なんとこれが北野神社の拝殿です。
最初は拝殿だと思いませんでした。
創建は天正年間(1573~1592年)で、菅原道真と保食神の2柱が祭られています。
戦後まもなく作られた拝殿の老朽化が進んだので、令和2(2020)年に建て替えたそうです。
手水舎もそうでしたが、拝殿もモダンですね。

神社用の御朱印帳を持って来ていなかったので、書き置きをいただいて来ました。
パン屋があったので、パンを買ってきました。

クロワッサンとイチジクパン、食パンなどを買ってみました。
下町っぽい雰囲気かなと思いましたら、結構しゃれたお店があります。
来年は花見でここら辺まで来たいと思っています。
神明宮と馬橋稲荷神社に行く ― 2026/08/16
お盆中はどこにも行かない予定でしたが、身体がなまるので、涼しいうちに少し歩きに行ってきました。
阿佐ヶ谷駅から歩いてすぐの神明宮でお参りした後、特別御朱印符がないかと思って見たらないようです。
HPを見ると、四日間ですべての特区御朱印符が売り切れたそうです。
御朱印帖を持っていったので、問題はありません。
御朱印帖に書いてもらいました。
さて、ここから歩いて高円寺まで行くことにしました。
途中に馬橋稲荷神社があるので、前回、子どもがいてゆっくりできなかったので、寄っていくことにしました。
曇りですが湿気が多くて、私は汗だくになりました。
Tシャツがえんじ色だったので、汗地味が目立ちますww。
黒か紺、白を着るべきでした。
東参道鳥居から入りましたが、一の鳥居の方から紹介いたしましょう。

曇っている方が朱色が映えますね。

午前中だからか人が少ないです。
夫曰く、神明宮にいた人がここにもいたそうです。
みんな神明宮からここに来て、高円寺まで行くのかもしれませんね。

二の鳥居が有名な双龍鳥居です。

左の昇龍の柱に触れると運気がアップするそうです。

私も触ってきましたw。

参道の両脇に水路があり、金魚がいました。
蛍がいるという噂もあります。

三の鳥居。

左側に手水舎。

髄神門には直径75㎝の都内最大の鈴があり、開運の鈴というらしいです。
1月4日に鳴らすことができるらしいです。
鈴の下で手を叩き、音が響いたら願いが叶うという噂があるとか。本当かしら?

髄神門から振り返るとこういう感じです。

社殿の右側に社務所や東参道鳥居があります。

左側には斎霊殿や厳島神社などの境内社があります。

建設中だった回廊がほぼ完成したようです。
写真には写っていない右側がまだできていないようでした。

左側に小さく写っているのが、「みたまのふゆ」です。
社殿には宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)が祀られているそうです。
御朱印をいただくために社務所に行くと、誰もいません。
ベルを鳴らし、御朱印帖を出して書いていただきました。

神明宮は二つ御朱印をいただきました。
ここから高円寺の氷川神社に行こうかと思いましたが、暑いのでまた阿佐ヶ谷駅まで戻り、スタバに入って涼みました。
スタバではカフェインレスのカフェオレを頼みました。
時間がかかると聞いていたのですが、すぐに出てきました。
普通のカフェオレよりもミルクの脂肪分が薄く感じましたが、調べてみると同じミルクを使っているそうです。
スタバならどこのスタバにもデカフェがあるそうなので、これからはスタバをよく使いそうです。
フィンランド旅行・五日目(ボルヴォー) ― 2026/06/25
ポルヴォーはスウェーデン王エリクソンによって1346年に設立された、フィンランドで二番目に古い町です。
フィンランド国歌を作詞した国民的詩人のJ.L.ルーネベリと息子の彫刻家ヴァルテルが生まれた場所でもあるとか。
ヘルシンキからバスで約1時間ですが、私たちは行きは船に乗って行ってみることにしました。(片道37€)
船はマーケット広場の船着き場から出航します。

MSJ.L.Runebergは10時に出航し、13時半にポルヴォーに着きます。

スウェーデンから戻って来たシリヤライン。
これに乗っていつかスウェーデンに行きたいです。

曇っていますが、雨は降っていません。
一階と二階に船室と甲板に椅子席があり、地下は売店と食堂です。

サンドイッチやピザ、飲み物などが売っています。

カルヤランピーラッカがありました。ゆで卵とバターを混ぜた「エッグバター」をトッピングして食べるそうですが、本当にエッグバターがトッピングされています。食べたかったのですが、ランチを予約していました。
予約したランチはサーモンスープとパン、ルーネベリタルト、コーヒーか紅茶がついて16€です。
11時過ぎにランチの用意ができたと放送が入りました。

売店の横の席で食べることにしました。

前に食べたサーモンスープはクリームスープでしたが、今回のは透明な塩味ベースのスープです。
塩味の方も美味しいです。
横にあるパンは三種類あり、左上の長方形の黒いパンはモルト(麦芽)やダークシロップを加えて作られた群島パン(サーリストライスレイパ)で、少し甘いです。

デザートは詩人のルーネベリにちなんで作られたルーネベリタルト。
甘党のルーネベリのために奥さんが作ったとか。
ものすごく甘いケーキで、生地を砂糖水に漬けたのかと思うほどです。
上のベリージャムと砂糖の塊は避けて食べました。
日本茶を飲んだのですがやはり風味が違います。何を入れているのでしょうね。
日本ではフォークでケーキを食べますが、こちらはスプーンが一般的なようです。

水の傍にサマーコテージがあるのが見えます。
コテージは水洗トイレや水道、シャワーなどがないものが多いそうです。
私には無理かもww。
船の上はちょっと寒いです。ブランケットを借りましたが、もう一枚着てくればよかったと思いました。
途中にランチを取ったりしたので、三時間半が短く感じました。

ポルヴォーが近づいてきました。

もう少しで発着所に着きます。

船旅はボーと景色を見るのがお好きな方におすすめです。
船を降りてから帰りのバス乗り場を確かめにマーケット広場に行くことにしました。

Runeberginpuistoにあるルーネベリの像。

ライラックがきれいでした。
バス乗り場はすぐにわかったので、教会に向かいます。

ポルヴォー大聖堂は1450年に建立された石造りの福音ルーテル派の大聖堂です。

可愛らしい教会ですね。

残念ながら中は見られません。


観光地らしく、こんなのがありました。

誰も写真を撮っていませんけどww。

ポルヴォー博物館。1764年建造の旧市庁舎。
夏至の日なのでどこも閉館しています。

道を見ても人がいません。夏至ですからww。
開いてるチョコレートのお店があったので入ってみましたが、私はチョコレートは食べられないので買いませんでした。
有名な倉庫群の方へ行ってみましょう。

橋の上から撮ったらこうなります。

橋を渡っていくと、川岸に行けます。

小樽の倉庫を彷彿させる景色ですね。
三時半ごろのバスでヘルシンキに帰ることにしました。
少し時間があるので、川べりにあるカフェに入り、デカフェがなかったので、また日本茶を頼みました。味が…。
バスに乗る前にトイレに行こうと思いマーケット広場に行くと、公衆トイレがありました。
誰かが入っているようで、少し待ちましたが出てきません。
トイレに住んでいるのでしょうかww。
バスにトイレがあるので、バスのを使用することにしました。
フィンランドはどこに行ってもトイレがきれいですので、安心してください。
一時間ちょっとでヘルシンキに着きました。
スーパーで夕食を買いましたが、夏至だったからか寿司が売っていなくて、サラダバーもやっていませんでした。
開いているだけでありがたいです。
フィンランド旅行・第三日・四日目(トゥルク) ― 2026/06/23
<第三日目>
三日目はフィンランド最古の町トゥルク(Turku)に行きました。
ヘルシンキ駅から列車で約2時間、夏のバーゲンで往復20€以下でした。
列車は定時にアナウンスもなく静かに発車します。
中世の初期にスウェーデンがフィンランドへ進出し始めるころに、トゥルクをフィンランド支配の基地としたそうです。
フィンランド語では「Turku」ですが、スウェーデン語では「Åbo」と言います。
ヘルシンキに首都が遷都されるまで、トゥルクがフィンランドの首都でした。
9時35分発の列車に乗り、11時39分にトゥルクに着きました。
博物館や美術館などはやっていましたが、夏至の前なのでいつもよりも閉館時間が早いです。
夏至の前日から三日間ぐらいは美術館や博物館、デパートなどは休みのところが多いようです。
トゥルク駅から川岸の方に行く時に気をつけてください。

近道をしようと思って駅前にある公園(Puolala Park)を突っ切って行こうと思いますよね。
それは間違いです。
駅を出たら、写真に写っている公園に続く階段には行かずに駅前の道を左か右に行って下さい。
体力に自信があるなら石段を登ってもいいですよ。頑張ってね。
私たちは石段を登ってしまい、疲れましたww。
後から階段を上らずにホテルに行けることがわかりました。

宿泊したのが公園のそばにある「Park Hotel Turku」です。
1902年に建てられた建物を利用したホテルです。

早めに着いたのですが、部屋にすぐ入れました。
居心地のいいアンティーク風の部屋です。
しばし石段を登り疲れた身体を休ませましたが、部屋の中が少し暑かったです。
フィンランドは二日目は少し涼しかったのですが、三日目からは気温が20℃ぐらいまで上がり、日が当たると暑いぐらいです。
トゥルク城は15時で閉まるのでトゥルク大聖堂に向かうことにし、途中のマーケット広場でランチを食べることにしました。
まだ道のことを知らない私たちはトゥルク美術館の方からマーケット広場に行きました。
坂道を下ることになるので、帰りに上ることを想像してゾッとしました。
マーケット広場付近にはショッピングモールがあり栄えています。
一度入りたかったファッツェル・カフェに入り、ランチにしました。
胃にコーヒーはよくないのですが、デカフェ・ラテがあることがわかり、頼むようになりました。
ランチの後、大聖堂に向かいます。

アウラ川の向こう岸に大聖堂が見えてきました。

大聖堂は現在修復工事の真っ最中で、2028年12月まで一般公開はされないそうです。
トゥルク大聖堂は1300年に建造されたフィンランドで唯一の中世の大聖堂で、フィンランドの福音ルーテル教会の母教会です。

教会の庭に屋外カフェがありました。


ここにも階段があり、足が筋肉痛になりそうです。
白い花の木はちょっと見、紫陽花に見えなかったのですが、日本の紫陽花よりも繊細な花(花ではなく装飾花だけど)の紫陽花が咲いていました。
フィンランドの美術館の入り口にカフェの看板があり、どこが入り口か迷いました。

<家にて(裁縫する母)>1903年
ヘレン・シャルフベックの絵が数点あり、その中にお母さんの絵がありました。
映画「魂のまなざし」の影響で、お母さんに関しては娘の生き方を否定する嫌みな女という印象です。
一階ではアイスランドの画家、Eggert Pétursson(エッゲルト・ペトゥルソン)の個展をしていました。
幼い頃から花に惹かれ、アイスランドの花をモチーフにした絵を描いているようです。

<Untitled> 2011年
画面いっぱいに様々な花が描いてあります。
ビデオでは70歳になっても、花を求めてアイスランドの草原を歩いている姿が映っていました。
写真ではわかりませんが、大きな絵で、今回の旅行で一番印象深い作品でした。
<第四日目>
パークホテル・トゥルクは素泊まりがなく、朝食付です。

ダイニングルーム。

こちらで朝食を食べました。
(安い軽いカメラを持っていったのですが、画質が悪いですねぇ)

パンと手作りっぽいジャム。

フルーツやらチーズ、卵料理などがあります。
とにかく適当に消化のよさそうなものを食べました。
Japanese teaを飲んだのですが、変わった味がしました。
夏至祭を見るために13時34分発のヘルシンキ行きの列車に乗るので、それまで川岸を散策することにしました。

川の水がよどんでいます。
調べてみると、「フィンランド南西部の農地や粘土質の土壌を削りながら流れるため、細かい土砂が常に水中に混ざりこんでいるのが最大の理由」だそうです。
Ai、解説、ありがとう。

川岸に点々と何やら不気味な像があります。なんで手の指が三本しかないの?

遊覧船が川を行き来しているようです。次に来ることがあったら、島巡りでもしてみたいです。
工事が多くて、川岸はあまりいい景色ではありません。
無料のシティ・フェリー(Föri)とケーブルカー(Funicular)があるというので、乗りに行きました。
思ったよりも町が小さいようで、ちょっと歩くとすぐにフェリー乗り場に着いてしまいました。

向こう岸からのフェリーが来ました。といっても1分ぐらいで着いちゃうんですけどねw。

教会の塔が見えます。

いつも乗る人がこんなに少ないのかどうかわかりませんが、どうなんでしょうね。

水が汚く見えると、景色もイマイチ…かな。
向こう岸に行って下りずに戻ってきました。

すぐ近くにケーブルカー乗り場があります。
結構新しい感じです。

入り口。
この中に入って、ボタンを押して待っていると、ケーブルカーが下りてきます。

乗り物、結構好きです。

実はこの上に刑務所があったのです。

ここはカコラ(Kakola)といい、刑務所がリノベーションされ、ホテルやカフェ、集合住宅になっています。

人が住んでいるのでしょうが、みんな夏至で休みなので田舎のサマーコテージに行っているのか、いませんね。

ショップもカフェも閉まっています。

子ども用の遊具があります。
まさか刑務所で使われていたわけではないですよね。

木の柵みたいものは何のためにあるのでしょう?

刑務所だったとは言え、うまくリノベーションされていますね。
建物の中も見学してみたかったです。

帰りのケーブルカーは下るので怖いかと思ったら、傾斜が緩いので全く怖くありません。
列車までの時間がまだあるのでゆっくりと川岸を歩いて戻り、お茶をすることにしました。
HPに休むとは書いていなかったカフェに行ってみると閉まっています。
フィンランドの人は親切で、私たちに休みだよと教えてくれます。

紫陽花が飾られています。綺麗ですねぇ。
カフェで休んでから荷物を取りにホテルに戻り、列車に乗りました。
珍しく機械の故障か何かで途中の駅で停まってしまいましたが、無事に少しの遅れでヘルシンキまで帰れました。
次回は夏至以外の時に来たいものです。
伊勢神宮御木曳行事に行く③ ― 2026/05/19
御木曳行事には二種類あり、陸曳と川曳があります。
内宮が川曳で外宮が陸曳です。
御木曳行事当日は伊勢市宮町交差点に集合し、結団式が行われました。
今回は一番車は800人、二番車は約900人の曳き手が集まり、一日に1700人あまりの日本各地から集まった人たちが参加するそうです。

色によって分けられており、同じ色の人たちがいっしょに行動します。
服装は白いTシャツの上に支給された法被、白いズボン、白い靴と決められています。
意外と真っ白いものが売られていないです。ホワイトとは書いてありますが、見てみると黄色味が強いものが多いです。
バッグを持つならバッグも白ということですが、白一色のバッグはなかなか見つからず、結局、ユニクロで買いました。バッグはユニクロ率が高かったです。
私は白はすぐに汚すので、この際だからとTシャツやズボンもユニクロで調達しました。

御木曳の御用材は主に長野県から岐阜県にまたがる木曽の檜を用いるそうです。
御用材は木造の奉曳車に載せられ、約一キロを外宮まで曳いて行きます。
「太一」の文字が書かれている奉曳車は神宮所有で、「太一」とは「神宮の御用の印で、天下に一つの大事なものであるという意味」だそうです。
奉曳車が動き出すと車輪の芯からでる摩擦音、「椀鳴り」が響き渡ります。
結団式が行われた後、二列に並び、並び終わると、白い縄が二本送られてきます。
その縄を各自腰の上で持ちます。
木遣り唄が披露され、唄が「エンヤ」で終わると始まりの合図です。
曳き手は木遣りたちに鼓舞されながら、「エンヤ」とあいのてをかけながらゆっくりと歩いていきます。
前の人との間隔が狭いうえにゆっくりと進むので、前の人の靴を踏まないように、気をつけましょう。
私は何回も後ろの人に踏まれましたww。
途中、二回の休憩があり、その間に木遣り唄が5曲ほど謡われます。
だいたい50分ぐらいで外宮に着きます。
御木曳行事の実際の様子はここをクリックして見てみてください。
万歳三唱をした後に解散し、外宮で特別参拝をします。

特別参拝の順番を待っていると、私たちの曳いた御用材が運ばれてきました。

ここは機械で運ぶのですね。

やっと列が動き始めました。

天気がよく、涼しい風が吹いてきます。

外宮の正宮で特別参拝をします。
私たちのグループ以外の方もいて、結構な人数で御垣内参拝をしました。
内宮と同じように、一斉に二拝二拍手一拝をしました。
参拝後、おもてなし広場に移動します。
記念品をもらい、伊勢の企業からお菓子やバナナ、お茶をいただきました。

時間がないので、テントの中では休まず、駐車場に向かいます。

曳いてきた御用材が置いてありました。
どこで使われるのでしょうね。

2029年には宇治橋の架け替え、2033年の夏にはお白石持行事が行われます。
そして、第六十三回神宮式年遷宮、遷御の儀は2033年10月2日に内宮、10月5日に外宮にて行われる予定だそうです。
それまで元気でいられるように頑張りましょう。
どこでも伊勢の若い人たちがボランティアをしていて、伝統が脈々と受け継がれていることがわかりました。
バスで内宮の駐車場まで行き、おかげ横丁自由散策です。

50分ぐらいしか時間がないので、急いで通りを歩いて行きます。
ちいかわとかスヌーピーなどの前にはなかったお店があって驚きました。
これもインバウンドの影響でしょうか。
連休の時と比べて人が少ないと言われましたが、それでも結構な人出です。
かわいいグレート・プレニーズと二匹の柴犬がいました。
おかげ犬ですねww。
冷たい甘酒があったので、飲むことにしました。
店員さんに「どこから来たの」と話しかけられました。
偶然、甘酒を売っているお店が「伊勢萬」という奥が酒造場で、伊勢で唯一の小さな造り酒屋でした。
お店でお酒を一杯から売っています。
ボトル販売はせず、店内でしか飲めない限定酒がありました。
夫は喜んで頼んで飲んでいます。美味しかったそうです。
飲み助は是非飲んでみて下さい。今なら飲めますよ。
ういろうとおかげ犬サブレを買ってお買い物は終わりです。
ランチはすきやきでしたが、なんとか肉を二枚食べられました。
久しぶりに牛肉を食べても胃が痛くならなかったのでよかったです。
御木曳行事の前に私の左目に炎症が起きたり、夫が腰痛になったりしましたが、大事にはいたらず、伊勢に来ることができました。
御木曳行事は次から次へとやることがあり、あっという間に終わってしまいました。
次は七年後のお白石持行事に参加したいです。
それまで元気でいられますようにww。

帰りの新幹線で行きには見られなかった富士山を拝むことができました。
御木曳行事に参加するには、まだ募集しているかどうかはわかりませんが、各神社や神宮会館などの指定団体の募集に応募したり、旅行会社の奉納ツアーに参加するなどの方法がありますので、調べてみられるといいでしょう。

記念品の御用材のミニチュア。ちゃんと「太一」と彫ってあります。
<参考>「第63回神宮式年遷宮」
「御杣始祭」
伊勢神宮御木曳行事に行く②(内宮と浜参宮) ― 2026/05/18
昼食を食べた後に内宮に向かいました。
一般的に外宮から内宮に参拝と言われていますが、御用材は外宮に運ばれ、運んだ後に外宮で参拝する予定ですので、先に内宮を参拝するようです。

久しぶりに宇治橋を渡りました。
前はいつ来たのかしら…?
前の式年遷宮の後に渡ったことがあり、その時は橋が真新しかったことを覚えています。
その時以来ではないとは思いますが、記憶が定かではありません。

五十鈴川。

御手洗で手を濯ぎます。
この後、御垣内参拝(みかきうちさんぱい)をします。
御垣内参拝とは「通常立ち入ることができない最も神聖な区域(御垣内)に進み、神職の先導のもとに神様に最も近い場所で行う特別参拝」です。
服装は男性は礼装が望ましいとのことですが、背広とネクタイ、白シャツ、革靴着用で、女性はそれに準じた服装となっています。
境内を背広姿で歩いている人たちがいたら、特別参拝をしたんだなと思って下さい。
特別参拝はあまりにもラフな服装だと断られることがあるそうです。
御木曳行事に参加する全員が御垣内に入り、全員で二拝二拍手一拝をしたら終わりです。
あっけなく参拝が終わってしまいました。
団体だと一人ずつ服装をチェックすることはせず、参拝後に次回はスニーカーではなく革靴を履いてくるようにと注意を受けました。
個人的に特別参拝をする時には気をつけた方がよさそうです。
参拝の前か後に神楽殿で御神楽奉納になるようです。

御神楽奉納の後は二見々浦で浜参宮なので、内宮では正宮と神楽殿以外には行けませんでした。
浜参宮では御木曳行事で羽織る法被を着ていきます。
浜参宮とは「伊勢神宮へ正式に参拝する前に、二見浦の二見興玉神社に立ち寄り、汐水を浴びて心身の穢れを祓い清める(禊)の儀礼・習わし」のことです。
「木曳行事などの神事において、関係者が御用材を運び入れる前や儀式に先立って浜参宮を行い、安全と成功を祈願する」そうです。

駐車場から歩いて本殿に向かいます。
昔、来た時は雨で海が荒れていたので、とにかく速く本殿に行きたいという思いだけだったので、ここら辺は覚えていません。

遅れないように人についていきます。

夫婦岩が見えてきました。

手水舎には願掛けカエルがいます。
頭に水をかけて願掛けするそうです。
興玉神社本殿にて無垢塩大麻(むくしおおおぬさ)でお祓いを受けました。
(普通の神社では紙のついた大麻(おおぬさ)です)
無垢塩草を頂きました。
「浜参宮之証」があり、それを御木曳行事の時に身に着けているといいそうなので、「浜参宮之証」と「御木曳行事浜参宮記念御朱印」を頂いてきました。

蛙が境内のいたるところにいます。

子蛙を載せた親蛙。

本殿を後にし、夫婦岩の方へ行きます。

夫婦岩。

歩いていくと、「烏帽子岩」こと「かえる岩」が見えました。
この日はこれでおしまいで、駐車場でバスに乗り、ホテルに向かいます。
やることが盛沢山な一日でした。
伊勢神宮御木挽行事に行く①(多度大社) ― 2026/05/17
ある神社のHPで御朱印のところを見るついでに他のところも見ていると、「伊勢神宮で20年に一回行われる式年遷宮で新しい社殿を建てるための「御用材」を市民の手で神域へと運び入れる」という御木挽行事参加者を募っていました。
御木挽行事は今年と来年の5月から6月にかけて二年度に渡って行われるそうです。
この機会を逃すと二度と参加できないと思い、参加申し込みをしました。
神社の氏子たちの集まり、崇敬会の人たちだけでは参加人数が足りなかったので、一般人も募集したようです。
御木曳行事の前日に新幹線に乗り、名古屋からは貸切観光バスにのり伊勢まで行きます。
最初に三重県桑名市にある、「お伊勢参らば お多度もかけよ お多度かけねば 片参り」と謡われた多度大社を参拝します。
多度大社は5世紀の雄略天皇の時代に創建されたと伝えられている、三重県で四番目に参拝者が多い神社だそうです。

本宮の多度大社には天津彦根命(天照大御神の第三皇子)、別宮の一目連神社には天目一筒命(天津彦根命の御子)が祀られています。

鉾立社。

緑豊かですね。

左に見える建物は多度祭御殿で、その前にある坂で御例祭のときに上げ馬神事が奉納されます。
近年、馬への虐待だと言われることがあるので、昔よりも斜面の角度を小さくしているそうです。

左に手水舎、正面に神楽殿。

神馬舎にここで飼養されている神馬の錦山号がいます。
あまり時間がないので、後でゆっくりとと思っていたら、戻って来たときはお馬様の休憩時間になっていました。

鳥居をくぐり、参道を行きます。

左側の石段の方に行きます。

右側に白馬舎。

1500年前からここに住むという白馬伝説があるそうです。
「歯軋り除けの豆」が頒布されているようですので、気になる方はどうぞ。

招魂社。
ここに紹介していませんが、他にもいろいろと社があります。

於葺門。

門を通ると、本宮と別宮があります。

別宮 一目連神社。

本宮 多度神社。

本宮の両脇に川が流れていました。
左側には小さな滝があります。

華やかな美御前社。
紅葉の頃、美しそうですね。

下りは川沿いの道を行きます。
左に流れている川は落葉川といいます。
途中に御手洗所がありました。

祈祷所で御朱印を頂きました。
なかなか趣のある神社ですので、伊勢に行く前に訪れてはいかかでしょうか。
御木曳行事関連については明日以降書きます。
武蔵野八幡宮に行く ― 2026/05/05
吉祥寺に行く用事があったので、用事の後で武蔵野八幡宮に行ってきました。
789年に坂上田村麻呂が宇佐八幡大社の御分霊を今の水道橋駅付近に祀ったのが創建と言われています。
江戸時代の明暦の大火で本郷元町にあった「諏訪山吉祥寺」と門前町が焼失した際に、移転を命じられて、1661年に武蔵野原野に「吉祥寺村」を開村し、その際に武蔵野八幡宮を鎮守として信仰したそうです。
弓矢の神様としても名高い、応神天皇が祀られているそうです。

吉祥寺駅から歩いて約10分。

緑豊かな神社です。

境内社があり、三島・出雲・大島・厳島・稲荷・須賀・疱瘡の七社が祀られています。

前に来た時よりも境内が狭い気がします。
私だけではなく、夫もそう言っていますが、気のせいでしょうか。

ゆっくり拝んで、御朱印をいただいていきます。
この頃、御朱印集めが流行っているようで、人が並んでいます。
ここは直書きの人が来るたびに奥に持っていき、書き終わったものを持ってきて渡すようです。
食べれるようになったので、吉祥寺エクセルホテル東急内にある、前に来た時は閉店していたベーカリー、B2(ビースクエアード)でランチをしました。

チキンサンドとハム・チーズサンド、アイスコーヒー、ホットミルク。
パンが美味しいです。夫が飲んだアイスコーヒーは…薄い?
なんだかんだと言いつつ、毎日どこかに出かけている連休です。
桜神宮に行く ― 2026/04/20
三月の休日に行き、人が鳥居を出てずっと並んでいたので諦めて帰ってきた、桜神宮に行ってきました。
桜が終わっているし、平日だからそんなに人はいないだろうと思ったのです。

参拝するのに二、三人並んでいるかいないかですが、途切れなく人が来ます。

木にピンクのリボンが結んであります。
これは2月中旬から3月中旬の河津桜が咲くころに、願い事をピンクの「えんむすびの花帯」に書いて結ぶ、縁結びの祈願なんですって。
若い女性に人気がありそうですね。

神社のHPによると、社殿は明治16年に神田に創建され、大正8年に「西の方角へ直ちに移転せよ」との神託により現在地の世田谷に移転し、そのため関東大震災や第二次世界大戦の戦災から免れたそうです。

懸魚の下に龍や馬、学者と弟子(かな?)などが彫られた立派な彫刻があります。
お参りするときは気をつけてください。
古式神道というからか、通常のお参りや祈願は、二拝四拍手一拝で、春季大祭や秋季中祭などの正式な場合は、四拝八拍手一拝だそうです。
書いてあるので、大丈夫だとは思いますが。

ここを左に行くと社務所があります。

5、6人が並んでいます。
御朱印と授与品の両方を一人の方が伺っているので、少し時間がかかります。
みなさん、ご自分の御朱印帖をお持ちになって、直書きの御朱印をご所望です。
ナンバーカードをいただき、奥のベンチのあるところで待ちます。
ベンチの前におみくじがあり、鈴が入っている可愛らしいものがあるそうですが、次に来た時にひいてみましょうか。
今回は御朱印帖と書き置きの御朱印を頂きました。
直書きにはメジロがいないんです。

驚いたことに、海外からの観光客らしき人たち二、三組が御朱印を待っていました。
これから御朱印もインバウンドの方々に人気になりそうですね。
月ごとの花が描かれた御朱印もあるそうなので、また訪れるかもしれません。
神社やお寺には結構行っていますが、今まで御朱印を書いていただいたことはありませんでした。
御朱印帖を手に入れたので、少しずつ増やしていきましょう。
そうそう、御朱印帖の使い方を知っていますか。
右開きで、一ページ目は神様のために空けておき、神社とお寺の御朱印は分けた方がマナーとしていいそうです。
知りませんでした。
お寺用にもう一冊、必要ですね。
どこか由緒あるお寺で手に入れましょうかね。
御朱印集めも始めると楽しみになります。
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