「エミール・ガレの生きた時代―近代生活のエレガンス」@目黒区美術館 ― 2010/04/17
アール・ヌーヴォーのガラスの花瓶やランプは好きで、展覧会があると、たいてい見に行っています。
目黒区美術館でエミール・ガレの展覧会があり、ブロガー内覧会があるということなので、行ってみました。
学芸員さんの話によると、今回の展覧会は、有名になる前のガレに焦点を当てているそうです。
考えてみると、ガレのアール・ヌーヴォー以前は全く知りません。
ガレはフランスのナンシーで生まれました。
彼の父親は製陶工房主をしていたそうなので、彼は幼い頃から陶器に囲まれて育ったんですね。
14歳の時に植物学を学び始めます。
14歳の時に植物学を学び始めます。
後にジャポニズムの影響で植物の柄の作品を作るようになった時に、この勉強が役立ったことでしょう。
18歳で父親の手伝いで食器のデザインをてがけ、その後、ドイツに留学し、ドイツ語とデッサンを学びました。
18歳で父親の手伝いで食器のデザインをてがけ、その後、ドイツに留学し、ドイツ語とデッサンを学びました。
ガレに影響を与えたものは主に2つあります。
まず、初期の彼に影響を与えたのは、ヨーロッパの伝統的なロココ洋式で、その家具や調度品、タペストリー、マイセンやセーブルなどの陶器が展示してあります。
まず、初期の彼に影響を与えたのは、ヨーロッパの伝統的なロココ洋式で、その家具や調度品、タペストリー、マイセンやセーブルなどの陶器が展示してあります。
18-19世紀のタペストリーと19世紀中ごろの書き物机
ロココ様式の家具というと、曲線模様と猫足。ガレの家にも、このような家具が置いてあったのでしょうか?
ロココ様式の家具というと、曲線模様と猫足。ガレの家にも、このような家具が置いてあったのでしょうか?
マイセン窒 人物群像飾り時計
1880年代 獅子型燭台 エミール・ガレ
トランプ文リキュールセット エミール・ガレ 1878-1889年
私達の知っているガレの作品とは違った雰囲気のものです。シンプルと言ってもいいかもしれません。
1889年から1900年の2度、パリ万博のあった11年間の作品にはジャポニズムの影響が見られます。
私達の知っているガレの作品とは違った雰囲気のものです。シンプルと言ってもいいかもしれません。
1889年から1900年の2度、パリ万博のあった11年間の作品にはジャポニズムの影響が見られます。
下の写真の家具はマルケットリーといわれる寄せ木細工で、花や昆虫が描かれています。
草花図屏風 江戸時代(上)
<ボケ文キャビネット>(左)
<麦と芥子文ティーテーブル>(中央)
<花文棚>(右)
エミール・ガレ 1900年頃
北斎の漫画がヨーロッパで流行ったそうですが、ガレにかかるとこうなります。
<ボケ文キャビネット>(左)
<麦と芥子文ティーテーブル>(中央)
<花文棚>(右)
エミール・ガレ 1900年頃
北斎の漫画がヨーロッパで流行ったそうですが、ガレにかかるとこうなります。
蛙文花器と蜻蛉文花器 エミール・ガレ 1889年頃
刀の柄の形を取り入れた花器もあります。
刀の柄の形を取り入れた花器もあります。
鍔文花器 エミール・ガレ 1900年
万博の11年間の間にガレはジャポニズムを取り入れ、彼独特のデザインに変えていったのよくがわかります。
万博の11年間の間にガレはジャポニズムを取り入れ、彼独特のデザインに変えていったのよくがわかります。
1900年以降の作品は、わたし達がよく知っている、これぞガレという感じになっています。
花器「アルプスのアザミ」 エミール・ガレ 1900年頃
エミール・ガレのランプ 1902-14年頃
ガレは1904年に白血病で亡くなります。58歳でした。
ガレ以外にアール・ヌーヴォーの作品を残したのがドーム兄弟とティファニーです。
ガレは1904年に白血病で亡くなります。58歳でした。
ガレ以外にアール・ヌーヴォーの作品を残したのがドーム兄弟とティファニーです。
この展覧会は、ドーム兄弟の作品にいいもの(特に冬の景色の花瓶など)が多いです。
その代わり、ティファニーの作品は数が少ないようです。
そういえばラリックがなかったですね。
私が知らないヨハン・レッツ・ヴィトヴェ工房の作品もありました。
私が知らないヨハン・レッツ・ヴィトヴェ工房の作品もありました。
この工房はボヘミアにあり、1836年から1947年まで操業していたようです。
独特の模様、水に油を落とした時にできるような玉虫色に輝く虹彩ガラスが美しいです。
独特の模様、水に油を落とした時にできるような玉虫色に輝く虹彩ガラスが美しいです。
虹彩花器 ヨハン・レッツ・ヴェトベ工房 1910年頃
冬景色文ランプ(左2つ) ドーム兄弟
テーブルランプ ヨハン・レッツ・ヴィトヴェ工房
テーブルランプ ヨハン・レッツ・ヴィトヴェ工房
黒壁美術館は、醤油問屋の店舗兼住宅として使われていた江戸末期の商家を美術館にし、ガラスなどのコレクションを所蔵し、主に他の美術館への貸し出しをしているそうです。
他にどんなものがあるのか、一度訪れて見てみたいですね。
ガレの初期のことがわかり、その意味において、いい展覧会だったと思います。
ただ、ガレのアール・ヌーヴォーの作品にはそれほどいいものがなかったのが残念でした。
テーマが有名になる前のガレですから、仕方ないのかな?
目黒区は結構がんばっているんだなと思いました。
このような企画をこれからも期待しています。
(写真は主催者の許可を受け、撮っています。が、あまりにもブロガーさんたちの勢いがすごいので、びっくりしました。)
このような企画をこれからも期待しています。
(写真は主催者の許可を受け、撮っています。が、あまりにもブロガーさんたちの勢いがすごいので、びっくりしました。)
コメント
_ むろやん ― 2010/04/18 02時18分25秒
_ coco ― 2010/04/18 10時17分59秒
むろやんさん、こんにちは。
初めての内覧会でしたが、意外と家庭的な雰囲気なのですね。
また参加したいと思いました。
用事があり、早めに美術館を後にしたので、
マカロンとかお菓子が食べられなくて
食いしん坊の私は残念でした。
初めての内覧会でしたが、意外と家庭的な雰囲気なのですね。
また参加したいと思いました。
用事があり、早めに美術館を後にしたので、
マカロンとかお菓子が食べられなくて
食いしん坊の私は残念でした。
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_ CRAFTS DESIGN - 2015/05/04 16時14分16秒
共有 エミール・ガレ 花瓶 オルフェウスとエウリディケ ( Émile Gallé Vase Orphée ) アールヌーヴォーを代表するガラス工芸家、エミール・ガレによる、花瓶作品です。 本作品は、1889年のパリ万博に出品された有名な作品。 竪琴の名手オルフェウスが、亡き妻エウリディケを黄泉の世界から連れ戻す物語をモチーフにしています。 幸福の絶頂に潜む不幸の影を描いています。 新婚の喜びのさなかに蛇にかまれて命を落とした妻エウリディケ。 冥界に向かったオルフェウスは、支配者ハデスに妻を返してく…
いい企画でしたね。私も本日のブログ記事は内覧会のことにしました。
ではでは・・・。