「ちょこっと京都に住んでみた」を観る2022/05/11

京都には何年か前には毎年行っていました。
そろそろ行きたいとは思いますが、連休中の様子を見ると、人が多そうで躊躇してしまいます。
観光に行くのではなく、このドラマのヒロインのように、一時暮らしてみるのもよさそうですね。

このドラマは2019年の年末スペシャルドラマとしてテレビ大阪が作成し、第57回ギャラクシー賞テレビ部門奨励賞を受賞したみたいです。
今夏、連続ドラマになって放送されるそうです。


江藤佳奈は仕事を辞め、実家に帰り、ブラブラした生活をしていた。
ある日、母から京都に住む大叔父が怪我をしたので、京都に行って様子を見てきて欲しいと頼まれる。
大叔父の大賀茂は京都の町家に住んでいる。怪我は大したことがなかったが、佳奈はしばらく大叔父の家に世話になることにする。

毎日茂は佳奈にお使いを頼む。
初日は鰻の蒲焼き屋や油揚げ屋、七味屋などのお店での買い物。
佳奈は初めはスーパーに行けば一遍ですむのにと思うが、お店の人と話しながら買い物することが面白いことに気づく。

次の日には水を汲みに行く。お料理などにその汲み水を使うらしい。
佳奈は水が京都と密接な繋がりがあるのを知る。
夕食に茂は佳奈を自分のお気に入りの洋食屋に連れて行く。

三日目には骨董屋に金継ぎをした器を取りに行く。
茂に美味しい和菓子のお店を聞くが、彼は自分で探せと教えるのを断る。
「あんたには好きなもんを探す自由があるんや」
佳奈は自分の嗅覚でお店を探す楽しみを知る。

四日目、茂は鯖寿司を食べたいと言い出す。
佳奈は鯖寿司は嫌いだから自分の分はいらないと言ったのに、お腹が空いたので、いい景色を見ながら全部食べてしまう。
茂はそんな佳奈に怒りもせず、佳奈を外に連れ出す。
鴨川の見えるベンチで茂はコーヒーを入れる。
佳奈は仕事を辞めたことを茂に話す。人生に失敗しちゃったと言う佳奈に茂は自分のことを話す。
夜、角打ちの酒屋で飲んでいる人たちに誘われ、佳奈は一緒に飲む。

五日目、佳奈は東京に帰る。
茂に京都はどうだったかと聞かれ、佳奈は「ちょっと大人になったかも」と言う。

茂が佳奈に語る言葉がいいです。失意の佳奈を励まして欲しいと、佳奈の母が茂に頼んだのかもしれませんね。
茂は自分のことを中途半端と言います。結婚もしていないので子どももいない、仕事も三、四回変わった。
「あんたにしたらわしの人生失敗だらけやけど、わしはそんなん思ってへん」
「人生シンプルに生きる。何でもやったらいい。やってるうちにいろいろと好きなことが見つかり、好きなことをどんどん増やしていき、毎日生活すると人生楽しいだろ」

茂は実家にも自分の居場所がないという佳奈に、買って来た椅子を指し、あの椅子があんたの居場所だと言う。

「当たり前のことをいちいち言わんでよろしい」「知らんけどな」は茂の口癖。

同じテレビ大阪の制作した「名建築で昼食を」と似た、ドキュメンタリーパートとドラマパートを組み合わせたドラマです。
京都を一緒に歩いているようで、楽しかったです。
そうそう、100年でも老舗ではないとか、京都で戦争というと応仁の乱だというベタな京都あるあるが出てきましたが、京都の人は本当にそう思っているのかしら?

ドラマで出てきた鰻やフルーツサンド、レーズンサンド、麩菓子、エビフライとハンバーグ、鯖寿司etc.食べたいです。
佳奈が鯖寿司を食べている音羽川砂防ダムの景色がとっても綺麗で、一度行きたいと思いました。地図で見ると町からけっこう遠いんですが、自転車で行けたのかしら?
エコバッグの代わりに使っていたバッグが素敵でした。
京都のお店「Sans-Serif」の物で、ロンドンバスで実際に使われていた行き先案内標示と国産帆布を使って作ったバッグだそうです。

近くに公園のあるところに住みたいと思っていますが、お寺のある町もいいかもしれませんね。
そうそう近藤さんは京都生まれだそうです。どうりで京都弁が上手いはずです。
観光では知ることのできない京都の人々の暮らしが垣間見られるドラマです。
是非観てみて下さい。

コメント

_ 山親爺 ― 2022/05/14 18時35分54秒

音羽川なんて懐かしいですね。学生時代、修学院の下宿農家で友人と囲碁を打ち、終わってその友人が帰るやいなや、えらい慌てて「大変だー!と叫びながら戻ってきた。「部屋が無くなっとるー、家が流されとるー!」すわ!何事かと思い、雨の中を近くの友人の下宿に向かって一緒に走って行ってみると、普段はほとんど水のない掘り込みの音羽川に、上方叡山の方から濁流が鉄砲水の如く押し寄せ、彼の下宿は二階の部屋の中も丸見えになる状態で、家屋の半分が切り裂かれるように無くなっていた。雨が降っていたとはいえ、100m弱の距離にあった私の下宿部屋にいた時は、近隣でまさかこのような災害が発生しているとは思えないぐらいの静寂さで、二人そろって盤上の勝負に夢中になっていた。半世紀前の出来事である。

_ coco ― 2022/05/15 16時53分36秒

山親爺さんは京都で学生生活をなさっていたのですか。羨ましいです。
京都は現代になってからあまり災害のないところかと思っていましたが、そうでもないのですね。
たった100mぐらいないのに、明暗を分けたのは、より川や山に近いかの違いだったのでしょうか?
それでも友人さんの運はいいですね。囲碁を打っていなかったら、今頃…。

調べてみると音羽川は1972年に台風20号による大規模な土石流が発生したみたいですね。ひょっとしてこの時のことですか。

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