中島久枝 『しあわせガレット』 ― 2023/12/01
ガレットに引かれて読んでみました。
ガレットとはフランスのブルターニュ地方の蕎麦粉を薄く丸く焼き、ハムや卵、野菜などを具材にし、食事として楽しむものです。
ちなみにクレープは小麦粉で作ったものです。
そういえば中島さんは「日本橋牡丹堂 菓子ばなし」シリーズを書いている人ですね。時代小説だけを書く人ではなかったのですね。

詩葉(ことは)は人づきあいが苦手だ。たわいのない会話が出来ず、その一方でみんなと仲良くしなくてはならないという気持ちが強い。
大学では英文科を選び、英語に関わる仕事をしたいと思っていたのに、就職活動に出遅れ、なんとか警備保障会社に滑り込んだが、二年で辞めた。
その後、契約社員として英文翻訳の会社で一年働き、それからは派遣社員になった。
今は千駄木の大学時代からのアパートで暮らし、結婚もしていないし、子どももいない、貯金もない、安定した仕事もない、ないない尽くしの三十五歳。
派遣契約が終わった日に、詩葉は”ポルトボヌール ガレットとクレープの店”を見つけ、入ってみた。
店主は多鶴という赤い髪をした女性で、メニューのページに詩葉の好きなゴーギャンの絵があった。
ガレットにかブルターニュにか、はたまた店主にかはわからないが、魅了された詩葉は四日間この店に通い、四日目に思い切ってこの店で働かせてもらえないかと頼み込んだ。
ポルトボヌールは不思議なお店。
食べるガレットは必ず自分で選び、他の人とはシェアしてはいけない。
ガレットは多鶴がその人だけのために心を込めて焼くのだから。
詩葉は多鶴や店に来る常連たちと交流するうちに、いつしか自分と折り合いをつけ、変わっていく。
多鶴さんは厳しいです。俳優を辞めて新しい道を進もうとする男性が、今の僕に相応しいガレットをお願いすると、ピシャッと言います。
「あなたはこれから自分の新しい人生を生きるんだから、自分で決めるのよ」
「行き先は変わるだけで旅は続くんだから」
こんな多鶴さんも人生で迷うことがあり、ブルターニュの旅先で出会ったマダムにこう言われます。
「思いどおりになる人生なんてないのよ。だから面白いんじゃないの。もう、好きに生きたら。誰かのためじゃなくて、自分のために」
詩葉は久しぶりに会った高校時代の恩師にこう言われます。
「人それぞれ立場が違うんだから、全員が同じ意見にはならないの。それでいいのよ。あなたはあなた、私は私。遠慮したり、自分を曲げたりする必要はないわ」
「居心地のいい場所を探すのはそんなにいけないこと?(中略)運良く見つけたら、その場所を大事にするの。あなたの人生なんだもの。あなたらしく毎日を過ごすのが一番。誰かのためじゃなくて、自分のためよ」
本に出てくるゴーギャンの『ブルターニュの少女たち』はこの絵だと思います。

『浜辺に立つブルターニュの少女たち』(1889年)
真ん中の女の子の目が「反逆者の目」で、恨めしそうな顔をしているそうです。
そう言われるとそうですね。
ゴーギャンはパリがいづらくてブルターニュに行き、ついにタヒチまで流れていきます。
結局は「居心地の悪さって自分の中にあるもの」で、「世界のどこに行っても追いかけてくる」もの。そうですね。
「流されるほうが楽なのよ。違う、そうじゃない、私はこう思う、こうしたいって言うにはエネルギーがいる。疲れるのよ。ゴーギャンが不機嫌そうな顔をしているのは、分かるわ。あの人はいつもひりひりして、居心地がわるかったんだと思う。……でも、そっちの道を選んだの。いいじゃないの、面倒くさい奴で。無理していい人のふりをするくらいなら、少しくらい嫌われても、私は私の道を歩きたい」
私がゴーギャンが嫌いだったのは、ゴッホを袖にしたというだけではなく、不機嫌な顔をしているからだったのですね。
今頃気づきました、笑。
お話自体はよくある内容で、目新しさはありませんが、多鶴さんの作るお料理が美味しそうで、こういうお店があったら行きたいなと思いました。
まあ、多鶴さんと性格的に合うかどうかわかりませんがねww。
生きづらいと思っている方がいたら、この本を読んでみるといいかも。
読むのが面倒な方は(読んで欲しいですけど)、私が本から抜粋した言葉を読んで、少しでもこころに触れることがあったら嬉しいです。
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