乃南アサ 『涙』 ― 2011/06/08

乃南さんは担当編集者と一緒に宮古島にヴァカンスで訪れた時、昭和41年に第二宮古島台風(コラ台風)が宮古島に大きな被害をもたらしましたのを知りました。この台風を東京の旅行者が体験したらどうなるか、描いて追体験したかったのだそうです。
作家の頭の中はどうなっているのかと考えてしまいます。
台風のことから、こんな話ができるなんて、すごいです。
昭和39年、東京オリンピックの年。
萄子は幸せでした。
社長の娘で何不自由なく育ちました。短大を卒業してから一年間、何もしていなかったのですが、その後、父親のコネで会社に入り、OLの仕事も経験しました。
そして、結婚することになって、寿退職をしました。
相手は近所の強盗事件の聞き込みにやってきたことから知り合いになった刑事の奥田勝です。始めは親は反対していましたが、萄子は親を説得し、刑事の妻になる道を選んだのです。
オリンピックが明日開かれるという日、奥田は萄子に電話をしてきます。そして言うのです。「もう、会えない」と。
奥田の先輩刑事韮山の娘、のぶ子が殺され、そこに奥田がいたようだということがわかります。奥田は失踪していました。
奥田はのぶ子を殺して逃げたのでしょうか?
何故萄子に会って本当のことを言ってくれないのでしょうか?
ある日、萄子がテレビを見ていると、川崎のドヤ街中継に奥田らしい人の姿が映ります。萄子は弟と一緒に川崎へ奥田を探しに行きます。
兄の友人の淳が奥田を熱海で見たと教えてくれます。
萄子は熱海へ旅立ちます。
それから焼津、田川、宮古島へと奥田を探す萄子でした。

最後の宮古島の台風の場面が美しくも悲しいものでした。
戦後の日本の姿が所々に描かれています。昭和39年から41年のことは記憶にありませんが、たぶん日本が近代国家に変わる頃。古いものと新しいものが混在していた時代でしょう。
女一人の旅がまだ一般的ではなく、沖縄に行くのにパスポートが必要でした。
いくら萄子がお嬢様でも沖縄まで行って何泊もできるなんて、ちょっと不自然かもしれませんね。それでも、長さを感じさせない本です。
私が好きな言葉を書いておきましょう。
「それでも生きていれば、また何かが始まります」
「生きてさえいれば、人間何度でも、また新しい風に吹かれることが出来る。そしていつか、すべては遠くへ流れていくだろう。それを今は、眺めてみたいと思っている。思いもよらなかった風景の中に身を置きながら、よくぞここまで来たものだと、生きていて良かったと思いたい」
自分が高校生の時、今のような生活を夢見ていたでしょうか?たぶん、全く違う生活を想像していたのだと思います。
どういう風景がいいのか、わかりませんが、息を引き取る時に満足できたらいいなぁと思います。
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