伊多波碧 『物が全てを教えてくれる 日本初の女性化学者・黒田チカ』 ― 2026/04/06
前に女性化学者・猿橋勝子について書かれた『翠雨の人』を読みましたが、NHKのおかげでしょうか、今まで日の当たらなかった専門職に就いた女性に関する本が続々と出版されるようになったようですね。
私が中高生の時にこのような本が読めたら、進路決定に何らかの影響があったかもしれませんねぇ。

黒田チカは明治17年(1884年)、元士族であった父・平八、母・トクの三女として佐賀県に生まれる。
小さい時から聡い子で、毎日、小学校に通う姉に付いていって、教室の外で授業を聞いていた。
5歳の時に小学校高等科の教師・米満与三郎の口利きにより、尋常小学校に入学を許される。
父の平八は「これからも女子にも教育が必要」と考える、進歩的な人だった。
そのためチカは当時の女性としては考えられぬ教育を受ける。
尋常小学校の高等科を卒業した後に佐賀師範学校に入学し、明治34年(1901年)に卒業後、小学校に一年勤務し、明治35年(1902年)に女子高等師範学校理科(今のお茶の水女子大)に進む。
明治39年(1906年)、女性高等師範学校を卒業後、福井師範学校の教諭となるが、一年で辞め、明治40年(1907年)、女性高等師範学校研究科に入学し、明治42年(1909年)に修了後、同校の助教授となる。
大正2年(1913年)、日本初の女性帝大生として東北帝国大学理科大学化学科に入学。
大正5年(1916年)に黒田の化学者としての生涯に多大なる影響を与えた眞島利行のもとで紫根の色素の研究に着手し、東北帝国大学化学科卒業するが、卒業後も大学に残り、研究を続ける。
大正7年(1918年)、紫根の色素構造の特定に成功し、研究論文を発表。東京化学学会で「紫根の色素について」講演する。東京女子高等師範学校教授となる。
大正10年(1921年)、英国オックスフォート大学に留学。フタロン酸誘導体を研究。
大正12年(1923年)、帰国して東京女子高等師範学校に復帰。
大正13年(1924年)、理化学研究所(眞島研究室)嘱託となり、紅花の色素の構造について研究を始める。
昭和4年(1929年)、「紅花の色素カーサミンの構造」で博士号取得。女性で二番目の博士となる。この後、ナフトキノン誘導体やウニの棘の色素(ナフトキノン系)の研究をする。
昭和24年(1949年)、お茶の水女子大学が発足し、同大学の教授となる。
自由学園の生徒たちに質問されたことがきっかけとなった、玉葱の皮からケルセチンの結晶を取り出すことに成功する。(1953年にケルセチンを主成分とした高血圧治療剤「ケルチンC」が開発される)
昭和27年(1952年)、お茶の水女子大学退官し、昭和38年(1963年)まで同大学非常勤講師を務める。
昭和43年(1968年)、福岡で逝去。享年84歳。
(参考:お茶の水女子大学附属図書館歴史資料館「黒田チカ」)
家父長制度があった時代では、女子が教育を受けられるかどうかは父親の考えに左右されます。
黒田チカは女子にも教育が必要だと思う父親がいたので、このように高度な教育を受けられたのです。
本人の資質も必要ですが、幸運の下に生まれたのでしょうね。
未だに古い、女には学問はいらないと考える親がいるようですが、本人がやろうと思えば何でもやれるのが今のいいところ。
ダメだと思わずチャレンジしていって欲しいですね。
本の中の米満先生の言葉を書いておきます。
「一つ知恵を授けよう。悩んだときは、物事を単純に考えるといい。自分の邪魔をするものには近寄らなければいいのだ。大きな石が道をふさいでいたらどうする?
回れ右をして別の道を通るだろう。上手に逃げなさい」
「物事を単純に考える」ことはいいことですね。
なかなか逃げるのも大変ですがねww。
小説としてみるとイマイチですが、黒田チカを知るにはいい本だと思います。
YAにお勧めです。
コメント
_ ろき ― 2026/04/09 15時33分31秒
_ coco ― 2026/04/10 06時41分19秒
ロキさん、日本にもいたのです。父親の存在が大きいですね。父親に興味を覚えました。
黒田さんは留学するなら結婚するなと言われたようですが、今は既婚でも研究を続けていけてるのでしょうか?まだまだだと思います。
黒田さんは留学するなら結婚するなと言われたようですが、今は既婚でも研究を続けていけてるのでしょうか?まだまだだと思います。
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://coco.asablo.jp/blog/2026/04/06/9846542/tb
※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。
本人の才能はもちろんすごいが、お父様が立派。邪魔なものを壊そうとするより避けたほうがいいのは真実だなあ。
好きな研究を極められて充実した人生でしたね。