三上延 『百鬼園事件帖』2023/11/18

「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズで話題になった三上延の新作で、昭和初頭のお話です。


第一話:背広
市ヶ谷にある私立大学に通っている甘木は自分が極端に印象の薄いことに悩んでいた。
今日も先週行ったばかりの神楽坂の「●喫茶 千鳥」に行くが、女給の宮子は彼が先週も来ていたことも彼の名前も忘れている。
ビールとカレーライスを頼み、先に来たビールを飲んでいると、隣のテーブルの壁に自分のものと同じ灰色の格子柄の背広がかかっているのに気づく。
そこに座っていたのが、私立大学のドイツ語部教授、内田榮造だ。
カレーを食べようとしたところ、内田に名前を呼ばれ、彼のテーブルで一緒に食べることになる。

内田と別れ、しばらくしてから背広が自分の持っていたものと違うことに気づく。
間違えて内田の背広を持って来てしまったのだ。
甘木の背広は同郷の友人、青池から借りたもので、内田のは形見分けだと言っていた。

その夜、甘木は不思議な夢を見た。
目覚めると高熱を出していた。
お見舞いに来た青池は背広のことを聞いた後、内田の背広を持っていってしまう。
翌日、内田が背広を取り戻しに来たので、一緒に青池のアパートに行くと…。

第二話:猫
甘木の行きつけのカフェ「千鳥」で女学校を卒業したての春代という女給が働き始めた。
ある日、甘木が「千鳥」に行くと、春代は休んでいるという。宮子は翌日お見舞いに行くというので、甘木も一緒に行くことにする。
春代は白山神社の二階家に一人で住んでいる。たまたま来ていた叔母にことわり、二階の春代の部屋に行くと、春代の様子がどうもおかしい。
まるで猫なのだ。
甘木は一目散に春代の家を飛び出す。

第三話:竹杖
甘木が神楽坂のカフェ「千鳥」に行くと、女給の宮子に内田榮造先生が山高帽子の入ったボール箱を忘れていったので、先生に届けて欲しいと頼まれる。
早速内田の家に届けに行くと、そこにかつて甘木と同じ学科で学んでいたという笹目という男がいた。
笹目が蓄音機にどのレコードをかけようか吟味している時に、甘木は不気味な絵が描かれた紙を見つける。
笹目によるとその絵は芥川龍之介が描いたドッペルゲンガーの絵だという。
その夜、内田の家からの帰り道に、笹目と甘木はステッキを持った和服の男、芥川龍之介に出会う。

二日後、甘木がカフェ「千鳥」で青池にドッペルゲンガーについて話していると、笹目が現れる。
そしてそこに…。

第四話:春の日
昨年の九月から甘木は内田に関係を断たれている。
宮子から花見に誘われ、甘木は武蔵小金井まで行く。
待ち合わせ場所の橋で、甘木は内田の山高帽子のようなものを灰色の狐がくわえて「いなり屋」という料理屋に入って行くのを見る。
怪異になるべく近付かないようにしているが、内田に関わることではないかと思うとほってはおけず、甘木は狐に着いて行ってしまう。
「いなり屋」から出られなくなった甘木はいつしか古い二階家に辿り着き、そこで内田と三人の学生たちが写っている写真を見つける。
学生のうちの二人は笹目と多田、そしてもう一人は?
内田から部屋の主に送られた葉書に書いてあった宛名は「伊成一雄」。
そこにやってきた女将らしき女に写真と狐のことを訊くと…。

大学生の甘木君は内田榮造先生と出会ったときから怪異現象に悩まされるようになり、内田先生は甘木に影響がいかないように頑張るが…というお話。
内田先生のツンデレっぽいところが好きです。

気づいた方がいるとは思いますが、内田榮造とは夏目漱石の門下生の一人、内田百閒です。漱石つながりで芥川龍之介と親しくなり、芥川は百閒の良き理解者だったようです。
「存在の不安感を夢や幻想に託した小品、短編を執筆」(「世界大百科事典 第二版」)し、「小説家としては大成しなかったが、一種の精神的美食家として知られ、ユーモアと俳味に富む唯美主義的な随筆に独特の味わいを発揮した(「ブリタニカ国際大百科事典 小項目辞典」)そうです。
性格は頑固一徹で、玄関には「面会謝絶」の張り紙をしていたなんて、そうとうの偏屈者ですね。借金名人で酒好きの大食漢、徳川夢声と奇人対決をしていたり、漱石を愛するがあまり、漱石の鼻毛をひそかに収集していたそうです(キモ)。
他には琴を演奏し、無類の乗物好き、小鳥や猫好き、意外にも教え子に慕われていたようです。(黒澤明監督「まあだだよ」は百閒と法政大学の教え子との交流を描いています)
どうやら人間的魅力に富んだ人だったようですねwww。

三上さんは続きを書きたいそうです。(「芥川においてけぼりにされた百閒は何を思うのか 『百鬼園事件帖』」参照)
影の薄い甘木君は実際にはいない人物という感じですが、本の中で再登場しそうですね。
私はもう一度芥川龍之介が出てくるのを期待しますわ。