青柳碧人 『名探偵の生まれる夜 大正謎百景』2023/11/07



大正時代の偉人たちの謎解き話。
表紙から誰が出てくるのかわかるかな?
正解は左から野口英世、宮沢賢治、芥川龍之介、与謝野晶子、真ん中はハチ公
八つの短編の題名と出演する偉人を紹介いたしましょう。

「カリーの香る探偵譚」
出てくるのは1895年に創業された日本最古の探偵事務所の創業者、岩井三郎と平井太郎こと江戸川乱歩、そして新宿中村屋の創業者、相馬愛蔵とその妻、黒光。
平井がインドの独立運動家ラス・ビハリ・ボースの潜伏場所を推理するが…。

「野口英世の娘」
後の星製薬の創業者、星一はアメリカで同郷の野口英世と知り合い、金遣いの荒い野口に金の援助をしていた。
大正四年、ロックフェラー医学研究所の研究員をしていた野口が星に送金してもらい日本に帰国。ホテルに入ろうとしたところ、若い娘が野口の娘だと名乗り出てくる。この娘は本当に野口の娘なのか?

野口の母親シカの肝っ玉の大きさと星の財布の紐の緩さに感心しました。

「名作の生まれる夜」
大正七年四月、児童文学者の鈴木三重吉は児童文学雑誌を創刊するために作家たちに声をかけていた。芥川龍之介にも頼んだのだが、彼は三重吉のところにやって来て書けないと言う。困った三重吉は芥川にある不思議な話を語る。

「都の西北、別れの歌」
大正七年十一月五日、≪芸術倶楽部≫に元早稲田大学の応援隊長、吉岡信敬がやって来る。ちょうどその日の朝、島村抱月が亡くなった。二階の居室から舞台上手の階段を使い稽古場へ抱月を運ぶことになるが、抱月が何故この階段を作ったのか、謎だった。

作曲家の中山晋平や「都の西北」を作った東儀鉄笛と相馬御風、坪内逍遙、そして松井須磨子などが登場します。
そういえば青柳さんも早稲田の男ですね。

「夫婦たちの新世界」
大正七年十一月一日、大阪の新世界のロープウェーに与謝野晶子は乗っていた。
夫の与謝野鉄幹と大喧嘩をし、鉄幹を置き去りにして一人で乗ったのだ。ところがロープウェーが止ってしまう。

若き松下電器産業の創業者、松下幸之助が登場します。
紹介漫画があります。ここをクリック。

「渋谷駅の共犯者」
大正十四年四月、東京帝国大学農科大学の教授、上野英三郎は改札口を出たところで何者かに愛犬ハチを殴られ気を取られていると、風呂敷に入れた資料を盗まれる。被害届を出すと、渋谷署の多田という刑事がやって来て、「江戸の大親分」と呼ばれたスリの仕立屋銀次が上野に会わせろと言っているという。
銀次に会いに行くと、彼は上野の本を読んでおり、内容を理解しているようだった。銀次はスリは身近な人で、明日も同じようにしていれば、またスリに会えるかもしれない、「ハチによろしくお伝えください」と言った。
はたしてスリは現れるのだろうか?

ハチは上野教授が亡くなった後、10年間も彼を待ち続けたといいます。
上野教授が亡くなったのは飼われてから17か月後ということなので、ハチが1歳か2歳の時に教授が亡くなったのですね。思ったよりも一緒にいた時間は短いです。
スリの銀次はなんとなく男前のような気がします。会ってみたかったわ。

「遠野はまだ朝もやの中」
遠野と言えば、そうです、柳田国男。彼と一緒に南方熊楠が遠野に来ていたのですが、そこに花巻の農学校で教員をやっている宮沢賢治がやって来ます。
民俗学と科学は相容れないのか。
それでも遠野は遠野…。

「姉さま人形八景」
昭和三十一年三月、平塚らいてうは山下清の初の展覧会に来ていた。
彼女は一枚の海の絵に懐かしさを覚える。絵の中に二人の女がいて、彼女たちの着物は姉さま人形の千代紙だという。
その姉さま人形を折った人にらいてうは覚えがあった…。

相馬黒光と松井須磨子が再登場。他に伊藤野枝と有島武郎の愛人で心中相手の波多野秋子、高村光太郎、長沼(高村)智恵子、尾竹紅吉など錚々たる人々が最後を決めてくれます。

大正時代というと15年という短さからあまり重視されていませんが、本の中でらいてうが思ったように、「理想に満ち溢れ、時に痛々しく、時に残酷で」、美しい時代だったのかもしれませんね。

「『青鞜』が廃刊となったあと、様々な才能が散っていった。そんな中、らいてうは自分の信じた道を生き、主張してきた。暗い戦争さえも乗り越えてきた。それでもなお、現状に満足してはいない。婦人の権利はまだ完全とは言えず、社会のあちこちに差別が残り、世界に真の平和も訪れていない(中略)今日からまた、戦いの始まり(後略)」

時代が移り変わっても、変わらないことがありますね。
平成になってもまだ戦いの最中ですもの。

どこまでがフィクションかなかなかわかりませんが、こうであってもおかしくないと思わせるところが上手いです。

そうそう11月10日はハチ公生誕百周年だそうです。