五木寛之 『百寺巡礼 第五巻 関東・信州』2009/02/17

アレ、第五巻?四巻は?と思った人もいることでしょう。
同じ頃に両方を読み出したのですが、やはり関東は身近だということで、第五巻の方が早く読み終えてしまったのです。
どの巻にもおもしろいことが書かれています。
例えば、禅が今みたいに広く知れ渡ったのは、明治時代の円覚寺管長、今北洪川という人のおかげだそうです。
彼の意思を継ぎ、海外にまで禅を広めたのが、彼の元で修行した釋宗演(しゃくそうえん)という人です。
彼は若狭に生まれ、十二歳で出家。
慶応義塾大で学び、今北師が他界すると三十三歳の若さで円覚寺管長に就任。
あの鈴木大拙も今北師の指導を受け、後に釋師に心酔したそうです。
円覚寺は現在も一般に広く座禅の機会を提供しているそうです。
毎朝一時間ずつ、年中無休だそうで、近くに住んでいるなら一度は座禅をやってみたいものです。

そのほかに、成田山で水行をした倉田百三について書いてありました。
彼の書いた『出家とその弟子』は読んだことがありませんが、親鸞とその弟子をあつかった作品だそうです。
「淋しくてよいのでしょうか」と言った弟子に親鸞は言います。

「淋しい時は淋しがるがいい。運命がお前を育てているのだよ。只何事も一すじの心で真面目にやれ。ひねくれたり、ごまかしたり、自分を欺いたりしないで、自分の心の本当の願いに忠実に従え。それだけ心得ていればよいのだ。何が自分の心の本当の願いかということも、すぐに解るものではない。様々な迷いを自分でつくり出すからな。しかし真面目でさえあれば、それを見出す智慧が次第に磨きだされるものだ」

親鸞が言ったことと、はからずともいろいろな精神世界の本が言っていることと、共通するところがありますね。
私たちは自分の心の欲することを真面目にやり続ければいい。
仏教の悟りもその先にあるのでしょうか?
自分に都合よく、曲解しすぎかな?

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