堂場瞬一 『沈黙の終わり』 ― 2021/04/28
堂場さんの「作家デビュー20周年記念碑的作品」という文に惹かれて読んでみました。
警察物だと思ったら違いました。今回は新聞記者たちの奮闘記です。

松島慶太は東日本新聞柏支局の支局長として赴任してから一週間。以前は本社で編集委員をしていたが、定年を前に胃がんに罹り、思うところがあり現場に戻った。
三十年以上前に県警で知り合い、今は野田署長の小野のところに挨拶に行って話していたところに、重大事件が発生する。
行方不明になっていた七歳の女の子が野田市今上の江戸川近くにある小さな森で遺体となって見つかったというのだ。
古山孝弘は東日本新聞埼玉支局の記者だが、来月、異動で本社の社会部へ行くことになっていた。
「週間ジャパン」で千葉の事件を読み、何かが気にかかった。
地図を見ていて、四年前も同じような事件があったのを思い出した。
それは埼玉支局に配属されたばかりの頃、小学二年生の女の子が行方不明になった事件だ。
場所が野田市の現場と直線距離にすると五百メートルほどしか離れていないのだ。
吉川署の副署長が知り合いだったので問い合わせてみると、女の子はまだ見つかってはいないが、同じ犯人が川を挟んで千葉と埼玉で事件を起こしているとは思えないと言われる。
そう言われても納得のいかなかった古山は柏支所にいる大先輩の松島に電話をかけて自分の考えを話し、資料を送る。
すると、資料を読んだ松島から三十三年前の流山で七歳の女の子が殺された事件を思い出したと連絡がある。
遺体は江戸川近く、野田と吉川の現場から直線距離で七キロの所で見つかり、犯人はわからないままだ。
松島は三十三年前の事件のことを野田署長の小野にぶつけることにする。
小野はその時、捜査一課の刑事で、事件の捜査本部に入っていたと言うが、一生懸命捜査してもどうにもならないことがあるというばかり。
埼玉の事件のことも伝えたが、小野の反応は薄いままだった。
その頃、古山は捜査一課長から警告される。
間違いなく、警察には取材されると都合の悪い事実があると確信する古山。
同じ頃、松島に面識のない警察関係者と思われる朽木という男から、三十三年前の事件のことで気をつけるようにという電話がある。
古山は被害者の家族と会っている時に、別の行方不明事件のことを聞く。
他にも同じような事件がないかと調べてみると、行方不明事件が他に2件、殺人事件が2件見つかる。
同じような事件が合計7件あったのだ。
被害者の共通点は全員六歳から九歳の小学校低学年の女児で、通っていた塾が永幸塾で、塾帰りに行方不明になっていた。
これは連続した事件なのか。
警察は何を隠そうとしているのか?不祥事、捜査ミス、隠蔽工作?
古山と松島は警察庁のコメントをもらい、7つの事件に関した記事を書く。
記事が出た後に、野田署長の小野が自殺する。
事件と何か関係があるのか…?
警察物ではないので、事件に関する直接的な捜査シーンはありません。
記者たちは警察を刺激しないように、周りから攻めていく感じです。
新聞記者ってもっと自由に取材できると思っていましたが、そうでもないんですね。
松島や古山みたいな記者らしい記者って、もはや絶滅危惧種みたいなものなのですね。
「忖度」って言葉が一時期流行りましたが、今やマスコミは忖度だらけなのかしら?
事件の記事は正義感から書くという記者が一人でもいて欲しいです。
松島の言葉が熱いです。
「政治記者は書かな過ぎるんだ。時代の目撃者とか言って威張っているけど、見るだけで記録者にはなっていない。結局、権力の近くにいるだけで満足してるんだろう?」
この言葉、今の政治記者たちにあげたいですね。
警察物ではない堂場さんの本を初めて読みましたが、私は警察物の方が好きです。
松島や古山がそれほど人間的に魅力的じゃないからかしら、笑。
警察内部の話の方が面白くなりそうなので、そちらの方を書いて欲しいですね。
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