アート業界を描いた本 ― 2025/06/07
一冊目は美術品のオークション、二冊目はキュレーターを扱った文庫本です。

一色さゆり 『オークションの女神』
つぎの日曜日に「東京オークション」は社運を賭けたオークションを開催する。
競売の目玉になるのは、ウォーホルの≪192枚の一ドル札≫やピカソの陶芸品。
マネージャーの冬城美紅のアシスタント、小洗凛太郎は慣れない仕事できりきり舞いの毎日だ。
オークションまで後六日という時に、爆破予告がある。
それだけでも大変なのに、ウォーホルを何としてでも落札したいという日本有数の資産家一族のワガママな令嬢や絵を売った金を使い、冷えきった夫婦関係をもとに戻したいサラリーマンコレクター、画廊経営に行き詰まり、絵を高く売るために道を誤りそうになるギャラリーオーナー、ライバル社「キャサリンズ」など様々な人たちの思惑が絡み合う。
はたしてオークションの女神は誰に微笑むのか。
一色さんのアートの世界を扱った本は面白いです。
オークションのことを知らなくても全く問題ありません。
短編集かと思ったら違いました。
全く関係のなさそうなお話が最後にまとまるところがいいです。
ウォーホルやポロック、ダリの逸話が出てきます。
そんなものを知らなくてもいいんですが、知るとより深くアーティストのことが理解できるような気がします。
美紅の実家は骨董屋で、彼女はそこでふたつのことを学んだそうです。
「ひとつは物の価値なんて不確かだってこと。(中略)もうひとつの学びは、その価値を決定する権利は、持ち主や見る者に委ねられるってこと。結局、美術品の本質なんて信じられるかどうか。アートは理解するものでなく、信じるものだから」
ようするにアートは自分がいいと思えばいいってことですね。

望月麻衣 『京都寺町三条のホームズ・22』
新型コロナウイルス蔓延のためニューヨークへの留学を諦めた真城葵は家頭清貴と約一年間の同棲生活を送り、大学を卒業してから籍を入れた。
就職活動は上手くいかず、やっと内定を取れた広告代理店ではやりたかった企画の仕事はできず、向かない経理をやらされ、先輩男性によるセクハラもあり、事業縮小で大阪事務所が撤退になったのを機に会社を退職せざるおえなくなった。
葵の初めての挫折だった。
そんなこともあり、葵は『蔵』で正社員の『美術補佐人(アート・アドバイザー)』として働くこととなる。
そんなある日、サリー・バリモアのアシスタントでキュレーターの藤原慶子が『蔵』にやって来る。
美術キュレーターとして有名な藤原陽平の発案による企画『アンダー25・アート・プロジェクト』という二十五歳以下の学芸員やキュレーターが作り上げる美術展示会にチャレンジしないかというのだ。
葵は清貴とともに、試験会場の有馬温泉の別荘に赴く。
『蔵』は骨董品店ですので、主に日本の美術品を扱っています。
話が急展開し、葵が大学を卒業し、清貴と結婚してしまいました。
このシリーズは葵と清貴の結婚で終わると思ったので、葵がある程度仕事をしてから結婚するものばかりと思っていたので、びっくりしました。
新章となり、結婚後の葵がどのようにアートの仕事を極めていくかが書かれていくようです。
私といたしましては、清貴とのイチャイチャは少しで、京都の紹介とキュレーターのお仕事の方をメインで書いていただきたいものです。
『京都寺町三条のホームズ』はシリーズ物で22巻もあるので、お薦めしませんが、一色さんの本はどの本も面白いので読んでみることをお薦めします。
沖田円 『丘の上の洋食屋オリオン はなむけの皿』 ― 2025/06/05

昨日まで涼しかったのですが、今日から暑くなってくるようです。
そろそろ梅雨が近づいているので、紫陽花も盛りになってきました。
色のついた紫陽花もいいのですが、白いのも素敵です。
夏休みを目指し、憂鬱な梅雨を乗り切りましょうね。
『丘の上の洋食屋オリオン』の続きです。

晴ヶ丘五町目の高台のにある『洋食屋オリオン』は昔から変わらぬ美味しいお料理をだすお店。お店に入ると看板猫のネロが迎えてくれる。
さて、今回はどんなお客様がやって来るのか。
「第一話 はなむけのナポリタン」
社会人四年目の花耶は、母親から急に、とっくに死んでいるはずの父親が今朝亡くなったと聞かされる。
実は花耶は不倫で出来た子で、相手が既婚だとわかり、別れた後に生まれたのだ。
行く気はなかったのだが、母親に忌引き休暇が有給だと聞き、花耶は葬儀に行く。
父親には颯馬という息子、花耶にとっては腹違いの弟、がいた。
颯馬が花耶について来たので、一緒にご飯を食べ、父親のことを色々と聞く羽目になる。
「第二話 ミートドリアと星の声」
文が飼っているキジトラの茶々は今年で二十歳。だんだんと食欲が衰え、眠っている時間が長くなり、高いところにのぼらなくなった。
茶々の様子を窺いながら、家事と仕事をする毎日だ。
たまに妹の結に茶々を見てもらい、夫の賢吾と外出することがある。
そんな時に行くのが『洋食屋オリオン』だ。
ネロと茶々は直接会ったことはないのに、ネロは茶々の体調が高齢のせいで思わしくないことを知って、気にかけてくれる。
「第三話 夏暁の野菜たっぷりカレー」
高校二年生の蓮太郎は不登校気味。一年のときに仲のよかった友達とクラスが離れ、今のクラスで最初は上手くやっていたつもりだったが、何気ない一言の後から避けられるようになった。それから学校に行ったり行かなかったりしている。
テストを受けた帰り道に晴ヶ丘の高台に行ってみようと思いたち、自転車をこいでいると、熱中症になり、高校生の男子に助けられる。
その子はなんと中学の同級生だった桐島蒼だった。中学生の頃、蒼がいじめに遭っていたのに、蓮太郎は見て見ぬ振りをしていた。
つい蓮太郎は蒼にその時のことを訊いてしまう。
「第四話 リスタートを告げる桃のムース」
ホテルのウエディングプランナーだった環はパワハラ野郎の上司を殴って首になる。実家に帰ろうと片づけをしていると、友人の開から電話が来た。
ちょうど開がルームシェアしていた相手が結婚するので家を出て行ったというので、一緒に住むことにする。
開の家があるのが晴ヶ丘の近くで、環は前にホテルで料理人をやってた子が三年前に退職して晴ヶ丘にあるおばあちゃんの店を継ぐといっていたのを思い出す。
開がたまたまその店のことを知っていたので、引越した後すぐにその店に二人で行ってみる。
「第五話 思い出の冷製かぼちゃスープ」
洋子が週に一度、『洋食屋オリオン』に通い始めて十年が経つ。
毎年夏に季節限定メニューとして出されるのが、かぼちゃの冷製スープで、洋子の大好きなひと品であり、特別なメニューでもある。
あずきさんが引退してからくるみちゃんが引き継いでいる味でもある。
これにはある理由があった。
様々な人たちの思い出の一品。
その料理を食べると、思い出すことがあり、それが辛かったり、楽しかったり、色々な思いがあるかもしれませんが、いつしかこの上もない最高の一品になることもあります。
どんな人の心にも寄り添い、心が癒される、そういうお料理が出てくるのが『洋食屋オリオン』なのです。
私の思い出の一品は何かと考えていますが、思いつかないです。
私の小さい頃に外食するという習慣がなかったんですもの。
たまに外で食べるものはお寿司とか塩ラーメン、お蕎麦ぐらいしかないですね。
これらがすごく美味しかったわけでもないですし、私の暮らしている町にイタリア料理屋とかフランス料理屋なんてなかったです(たぶん)。
今では外食や旅行が当たり前になってしまい、いい時代ですww。
読むと心がほっこりとなるお話ですので、心がささくれ立ったときに読むといいでしょう。
読むうちにお腹が空いてきて、きっと何か食べたくなりますよ。
私はナポリタンかな。あなたは?
ほしおさなえ 『梅、香る 琴子は着物の夢を見る』 ― 2025/05/31
琴子シリーズと言っていいのかどうかわかりませんが、一応そうしときましょう。
前回の『琴子は着物の夢を見る』の続きです。

八王子にあるリユース着物専門店「本庄の蔵」で着物の査定の仕事をしている琴子は、横浜の山手にある家まで店長の本庄柿彦とともに出張買取に行った。
本来なら遠いところの出張は引き受けないのだが、浦野というお得意さまの紹介だったので、行くことになった。
実はこの頃、「本庄の蔵に曰く付きの着物を預けると、悪いものを取り除いてもらえる」という噂が出回っており、どうも浦野がその噂を流しているようだ。
だが、その噂は嘘というわけではなかった。
琴子には着物の記憶を見る能力があるのだから。
横浜のお客様は菊子という八十代の女性で、住んでいた家を処分して施設に入ることを検討しているようだ。
菊子の夫の家は『日向スカーフ』というスカーフの製造会社を経営していたという。
菊子の訪問着にはどれもその着物の出自や品質を保証する証紙がついており、保存状態もよかった。
査定が終わった時に菊子が振袖を見てもらいたいと言い出す。
手放したくはないが、本庄の蔵には着物についた念を祓う力があると聞いたからという。
振袖は菊子の娘の真子のもので、本疋田絞りの見事なものだ。
琴子が生地にそっと触れると、「ーいきたい」という強い意志が流れ込んできた。
迷いながらも琴子は菊子に自分の秘密を話し、その着物の話を聞くことにする。
異国情緒溢れる横浜ですが、知らないことがいっぱいあります。
例えば、磁器メーカーの大倉陶園が横浜の会社だとか、横浜にはスカーフ製造関係の業者がたくさんあり、1965年から70年ごろまで、アメリカで普及していたスカーフの九十五パーセントのスカーフは横浜製だったなんて、知りませんでした。
今でも「横浜スカーフ」という会社があるんですね。
ファッションに疎いので、知りませんでしたw。
今回のシリーズは着物のことの他に琴子が出張で行った場所の歴史を紹介していく感じなのでしょうか。
そういう蘊蓄を読むのは好きですが、着物の記憶を探るというお話は期待ほどではなく、ありきたりで、ちょっと残念です。
私としては前に書かれた川越を舞台にしたシリーズのようなものを望んでいるのですがね。
読んだ文庫本(日本文学) ― 2025/05/11

高瀬隼子 『おいしいごはんが食べられますように』
第167回芥川賞受賞作品。
どこの会社にでもありそうなことが書かれています。
体が弱いを理由になんでも許されてしまう芦川と彼女を批判的に見てはいるが、言い出せずにいるがんばり屋の押尾。
食べることに無頓着な二谷は芦川と付き合ってはいるが、彼女の押し付けがましさに辟易しつつも、受け入れている。
二谷と押尾はたまに一緒に飲みに行き、芦川のことを話のダシにしている。
二人はよくわからない関係ですね。
私自身は押尾側で、芦川風の女性がいつも大変な仕事から逃げているのを見て、なんだかなぁ・・・と思っていましたが、いっしょに仕事をしたのは一年間だったので、よかったです。
普通の男性は芦川風女性が好きなのよ。女性に仕事を求めていない。
私の時代はそうだったのだけど、今もそうなんですねぇ。
色々と思い出すことがありましたが、小説としてどうなんでしょう。
私は芥川賞受賞作品とは相性が悪いので、いい作品かどうかわかりませんが。
小路幸也 『小説家の姉と』
僕こと朗人には五歳年上の姉、美笑がいる。彼女は二十歳の時に、小説を書いてることを家族の誰も知らなかったのだが、新人賞を受賞し、小説家になり、二十一歳で小金井市の実家を出て、都内のマンションで一人暮らしを始めた。
僕が大学二年生になって一ヶ月経った頃、姉から防犯のために一緒に住んで欲しいと頼まれる。
断る理由もなく、一緒に暮らし始めるが、実はこれは姉のはかりごとだった。
なんか仲の良い姉と弟でいいですねぇ。朗人みたいな弟ならいてもいいかも。
小路さんですから、大きな出来事がこれといってない、ふんわかしたお話です。
朗人君、将来、何ができるか、何をしたいか、はっきりするといいね。
ほしおさなえ 『言葉の園のお菓子番 大切な場所』
一葉が亡くなった祖母が通っていた連句会「ひとつばたご」で連句を初めてから二年半が経つ。
一葉が「きりん座」の同人誌に父親のことを書いたことがきっかけに、父親はまた写真を撮り始める。大輔といい繋がりが持てたようだ。
ひとつばたこでも文芸マーケットで販売する雑誌を作ることになったり、SNSで連句会を開催するという企画が持ち上がる。
「あずきブックス」ではイベントで詩の朗読会が行われる。
次々と人の輪が広がっていく様子がいいですね。
実際の日常生活ではこんな風に広がっていくことは滅多にないですよね。
一葉は恵まれています。
今回、連句会の様子が少なかったので、次回は増やして欲しいです。
<シリーズの順番>
①『言葉の園のお菓子番 見えない花』
②『言葉の園のお菓子番 孤独な月』
③『言葉の園のお菓子番 森に行く夢』
④『言葉の園のお菓子番 復活祭の卵』
⑤『言葉の園のお菓子番 未来への手紙』
⑥『言葉の園のお菓子番 大切な場所』(本書)
佐藤正午 『熟柿』 ― 2025/05/10

伯母の葬儀の後、大雨の中、帰途についた身重のかおりは、泥酔状態で眠る夫を乗せた車で老婆を撥ねた。
車から下りて確かめずに運転を続けたため、轢き逃げの罪に問われ、栃木の刑務所で息子を産む。
警察官だっった夫は仕事を辞める。
二年半の矯正生活の後、再開した夫に離婚届を突きつけられた。
息子には会わせてもらえなかった。
しばらくしてかおりは友人にそそのかされ、息子会いたさのあまり、息子の幼稚園に行く。
もう少しで会えるという時に取り返しのつかない間違いを犯してしまう。
それからも息子に会いたいという思いがつのり、小学校の入学式に行くが、阻止されてしまう。
かおりは決心する。
息子のために自分は死んだ母となる。
そして、息子のために一億円の生命保険に入ると。
それからのかおりは、千葉県のスーパー銭湯から山梨県の石和温泉の旅館、岐阜県のパン工場、大阪府のパチンコ店、そして福岡県のホテルで働く。
息子への思いを胸に・・・。
久しぶりの佐藤正午さんです。
これといった展開はないけれど、罪を犯した女が息子への思いを捨て切れず、彷徨う様子が切なかったです。
人生は思いがけないことをきっかけに、よくも悪くもなるのです。
夫の狡さが嫌でした。
彼がかおりと一緒に人生をやり直そうとすれば、彼女はこれほど悩み苦しまなくてすんだのに。
それでも、未熟で不器用ながら一生懸命仕事をする彼女の姿を見てくれる人はいます。
それが救いです。
最後に光が見えましたが、どうなるのか。
ちゃんとチャンスを握って離さないで欲しいものです。
本のカバーが好みです。
「熟柿」とは「よく熟した柿」のことですが、「時機到来をじっと待つ」ことでもあります。
じっくりと小説を読みたい方向けの本です。
<今週のおやつ>

シズカ洋菓子店のNo.34 Spring Biscuits。
いつもよりも甘いような気がしましたが、私の味覚のせいかも。
泉ゆたか 『世田谷みどり助産院』&『世田谷みどり助産院 陽だまりの庭』 ― 2025/04/27

≪みどり助産院≫は世田谷線上町駅近くにある”母乳外来”専門の助産院で、おっぱいの悩みを抱えているお母さんの駆け込み寺だ。
助産院には”おっぱい先生”と呼ばれる助産師の寄本律子と見習い看護学生の田丸さおりの二人がいる。
やって来るのは自分は母親として失格ではないかと悩み、誰にも助けを求められず、自分を追い詰めている母親たち。
高齢出産の完全母乳を目指している高校教師、母乳が出なくなったことに戸惑う母親、乳腺炎になったシングルマザーの法律事務所の弁護士、突然死で赤ちゃんを亡くし、母乳がとまらない母親、産後鬱なのに認めようとしない女性、母乳の分泌量の低下と夫の扱いに悩むキャリアウーマン、娘がダウン症であるという現実に向き合うのを避けている母親・・・。
おっぱい先生が悩んでいる母親たちに寄り添い、支え、彼女の言葉が母親たちに力を与える。
「お母さんがひとりで育児を抱え込むことは、美徳でもなんでもありません」
「育児に完全な失敗はないということです。いつからでも、いくらでもやり直しがききます」
「育児に正解はありません」
「子どもを育てるというのは、常に自分の選んだ道が正しかったかどうかという心配をし続けることだと思います」
『不安なときは、情報は人に訊く』
「私は人生というのは、ただこの世界を楽しむためにあるのだと思っています。それをわかっている人の笑顔は、周囲の人たちを心から幸せにします」
子育てをこれからしようと思う若い夫婦が読むと、役に立つのではないかと思います。
特に男性に読んでもらいたいです。
出産は全治数ヶ月の交通事故と同じくらいのダメージを身体に与えるそうです。
あなたの奥さんは大変なんですよ。
子育ては夫婦二人のチームでしていくものです。
お母さん、頑張り過ぎないように。
桜木紫乃 『人生劇場』 ― 2025/04/11

猛夫は昭和十三年に室蘭の蒲鉾職人の新川彦太郎とタミ夫婦の四人兄弟の次男として生まれた。
タミは長男の一郎だけを可愛がり、猛夫たちが一郎に苛められていると言っても信じず、告げ口すると反対に叱りつけた。
どこにも行き場のない猛夫の唯一の居場所は、タミの十五も年の離れた姉、カツのところだ。
カツは幕西の置屋にいたのを夫に身請けしてもらい、商才があったようで、夫の魚屋から駅前食堂へと商売の幅を広げ、松乃家旅館の女将にまでなった。
妹が生まれてから、猛夫はカツの元で暮らすようになる。
カツは猛夫を養子に欲しかったが、タミは許さなかった。
中学校卒業後、カツは高校進学を進めたが、猛夫は理容師になるために札幌に出る。しかし、馴染めず、挫折して室蘭に戻る。
昭和三十年の春、新川一家は長男の一郎が作った借金のため夜逃げする。
一郎は一人で行方をくらまし、猛夫は何も知らされず、置いてきぼりだった。
病気のカツのために、立ち直った猛夫は旅館の近所にある、猛夫が理容師になろうと思うきっかけになった藤堂の理髪店で床屋の修行を始める。
二十歳になる年の春、猛夫は理容学校の通信教育を終える。
あとは国家試験に受かるばかりというときに、カツが亡くなる。
釧路にいた兄の一郎が交通事故で死んだという知らせが来る。
藤堂に諭され、猛夫は釧路に行く。
猛夫は父の彦太郎が言ったことに驚く。
「お前は今日から、新川家の長男だから…」
一郎の借金と一家の出奔ゆえに室蘭で店を持てない猛夫は、釧路にある藤堂の兄弟弟子の島原の店で国家試験に合格し、独立するまで世話になる。
店を持つと同時に国家試験の同期会で知り合った杉山里美と結婚する。
理容師として独立して子が出来ても、猛夫は落ち着かず、金を散財し、気にくわなけりゃ里見を殴る。
八方ふさがりの人生。
生きる拠り所は、カツの旅館で働いていた駒子だけ。
その先にあるのは何なのか…。
猛夫のモデルが桜木さんの実父だそうです。
自分の父親をよくこれほど客観して書けましたね。あっぱれです。
人間は親に愛されなくても、他に愛してくれる人がいればどうにかなると思いたいのですが、猛夫は最後まで駄目でしたね。
カツや駒子の愛情は無駄だったのでしょうか。
女たちに甘えるばかりで、カツが亡くなってからの猛夫は本性が出てしまったのでしょうか。里見に対するDVには驚きました。
まあ、最後の最後には落ち着いたようですが、里見はよく辛抱しましたね。
今なら手に職を持っているのですから、猛夫はすぐに捨てられたでしょう。
昭和では離婚は滅多にできませんものね。
昭和って男が好き勝手をやり、女は耐えるという時代だったのでしょうか。
自分の両親はどうだったのか、思い返してみますが、そういうところがあったかどうか、覚えていません(恥)。
とにかく里美と結婚してからの猛夫には呆れるばかりで、同情も共感も何もできません。
こういう人もいるんだろうなぁと達観視するしかないですね。
里見は生身の女で、カツと駒子は菩薩です。
いかにもずっと待っていた桜木姐さんの作品という感じです。
一人の馬鹿な男の人生航路を楽しんで下さい。
中脇初枝 『天までのぼれ』 ― 2025/04/05
ママとわんこたちと、パパママとわんこたちでお散歩する時は道が違います。
今日はみんなでお散歩。
桜をわざわざ見に行かなくても、満開の桜が見られました。

桜でも一本の木に赤白二色のものがあります。

「源平咲き」というそうです。
椿も赤白二色の「源平咲き」がありました。

もとは赤色で遺伝子の突然変異で白い花が咲くようになったそうです。

自然って不思議ですね。

「ママ、知らなかったの?」
日本で最初に婦人参政権を要求した民権運動家の楠瀬喜多のお話です。

天保7年(1836年)、喜多は米穀商を営む西村屋の父、儀平と母、もとの長女として生まれる。
背がのびず、歩くのも人より遅く、一度に二つのことができない質だった。
六つの時に八つと歳を偽り、小僧の吉乃丞といっしょに手習いを始める。
そこで一生の友である、山内家家臣徒士、池添吉右衛門の娘、あやめと出会う。
喜多は読み書きや算術、縫い物などが得意だった。
だが弟が生まれたので、手習いはやめ、琴や三弦を習いに行くが全く才能がなかったので、再度、手習いに行くことにする。
そこで猪之助と男衆の實と出会う。
猪之助は家禄が二百七十石の士格である馬廻の乾家の惣領であったが、身分を偽って喜多が学ぶ手習い塾にやって来た。
猪之助は字を書いたり読んだりが苦手なのを隠していた。
しかし、人が読んだのを覚え、すらすら言うことができたので、誰も気づいていなかった。
聡い喜多はそれを見抜いていた。
喜多は實から頼まれ、猪之助に字を教えることになる。
喜多は男子のように四書五経を学びたかったが、おなごであるので、劉向列女傳を学ぶように言われる。
喜多の気持ちを知った實は論語を喜多に貸してくれた。
劉向列女傳を読んだ喜多は論語との違いに驚く。
やがて喜多の親が猪之助の素性を知ることとなり、猪乃助は手習い塾を去る。
猪之助を見かけなくなってから一年以上経ったときに、喜多は土俵にいる猪之助を見かける。
その時に實に話しかけられ、借りていた論語を返す。
すると、實はまた猪之助に手習いを教えて欲しいと頼む。
喜多は月に一回、十日に要法寺でいっしょに手習いをすることにする。
あやめは美貌で有名で、十九になり、御用人の山崎の惣領、厳太郎に嫁ぐことになる。
山崎家は厳格な家だったため、あやめは自由に家の外へは出られず、嫁入りの日から、二人は会うことはなかった。
喜多ははなび(生理)がないため、嫁にいけずにいた。
猪之助は喜多に嫁にきてくれと言うが、喜多は自分は石女だからと断る。
母のもとは喜多が望めばどこへでも嫁がせたいと思っていた。
寅の大変(1854年の安政南海地震)が起こる。
喜多は家族とはぐれるが、實と遭遇し、助けられる。
この時、喜多は實に対する自分の気持ちを知る。
猪之助は免奉行加役になり退助正躬という名を名乗り、祝言を挙げたので、喜多をめかけとして欲しいと言ってくる。
喜多の気持ちを知る母のもとは自分の寿命が短いことを悟り、實に喜多のことを頼む。
喜多と實のことを知った退助は、喜多に幸せになってほしい、實には親以上の恩があると言い、身を引く。
1854年に結婚してからも實は退助に付いていき、喜多と過ごす時は少なかった。
1874年に實が亡くなり、喜多は西村屋の戸主になる。
戸主であるからと高知県区会議員選挙に行くが、おなごは選挙人になれないと言われ、投票できなかった。
納得できない喜多は税金を納めるのを止め、県庁に抗議文を送る。
それ以来喜多は立志社の政談演説をかかさず聞きに行き、自由民権家と交流し、彼らの世話をするようになる。
出家した喜多は売り飛ばされそうな娘を買って、女子師範学校に通わせたり、家や土地を売り、貧しくて学校に行けない子どもの授業料を肩代わりしたり、育院を作ったりした。
本の中の喜多の言葉。
「わたしは自分で仕合わせになるき」
「思う人ひとりを思いきれんで、天下国家の何がわかるいうがでしょう」
「ほんまの権利いうものは、その人がその人らしゅうに生きることができる、いうことでしょう」
「世界はどこかにあるのではなくて、自分のいるところから広がっていくのが世界だ」
本を図書館に返してしまいメモを見て書いたので、間違った記述があったら、すべて私の間違いです。
400ページ以上もある大作で、中ごろまで面白く読んでいたのですが、實が亡くなってからの後半が私には読みずらかったです。
NHKの朝ドラに”民権ばあさん”として出てきたらしいのですが、ドラマは見ていないので知りませんでした。
高知は、様々な偉人を生み出した土地なのですね。
喜多が生きていた時代をちゃんと学ばなければと思いました。
板垣退助は自由民権運動の人としてしか認識していなくて、自由民権運動がどんな思想をもとにしているのかも知りませんでした。
退助はいい人だったようですが、それでも子を産めない喜多といっしょになるために、子を作るために他の女性と結婚し、喜多を妾に欲しいなんてねぇ…。
この頃はそういうものだと言われても、納得できません。
この本を読んで、伊藤博文のことがますます嫌いになりましたww。
政治的駆け引きなんでしょが、やり方が汚いです。
女性に対してもひどい奴だったようですし。
喜多の実家の商売は車力の人夫頭だったという説もあるようです。
退助と手習い塾で出会ったこと、退助が読み書きできず、他の者に手紙を書かせていたこと、夫の實が退助の男衆だったことなどは本当のことなのでしょうか。それとも中脇さんの創造なのでしょうか。
ネットで調べてみてもわかりませんでした。
日本が近代国家に変わろうという時に、喜多のような女性がいたことに驚きました。
分厚くて手に取るのを躊躇してしまいそうな本ですが、女性問題に興味がある方は是非読んでみて下さい。
原田ひ香 『月収』 ― 2025/03/29

「第一話 月収四万円の女 乙部響子(66)の場合」
乙部響子は一年前に離婚してひとり暮らしをしている。
娘の時衣は結婚していて、孫がひとりいるが、婿があまり口出しをするなという感じだ。
離婚した時に賃貸アパートを借りようとして断られ、不動産屋にたきつけられて三百万で家を買ってしまう。
年金は四万円だが、国民健康保険料と介護保険料を払うと三万円になる。
わずかな貯金が残り少なくなり仕事を探そうと思っているが、何ができるのか。
ある日、家に全身刺青の若い男がやって来る。
「第二話 月収八万円の女 大島成美(31)の場合」
大島成美は鳴海しま緒というペンネームで、三年前に純文学系の文学新人賞を取った。
派遣社員として働いているが、年収が二百万円台だったため、単行本が売れ、七百万ほどの現金が手に入って嬉しかった。
しかし、それからがいけなかった。
作品を書いても書籍にはならないのだ。
自分は職業作家にむいていないのではないかと思い始める。
そんな時に、同年代の小説家に誘われて出席したパーティで実業家の鈴木菊子に出会う。
「第三話 月収十万円を作る女 滝沢明海(29)の場合」
滝沢明海は一流自動車メーカーの子会社に勤め、新規事業の美容家電の企画と試作の仕事についている。
だが、母親は明海の仕事を理解せず、転職しろと文句を言う。
なにしろ働いたことのない女で、離婚した後も元夫のキャッシュカードを使っているのだ。
このままで行くと母親の介護をしなければならなくなる。
そんなのは嫌だ。仕事は続けたい。
先立つものは金だ。
明海は五年だけ新NISAで投資をしようと思い立ち、独身寮に入り、住居費を節約することにするが・・・。
「第四話 月収百万の女 瑠璃華(26)の場合」
瑠璃華はデートクラブに所属し、パパ活で稼いでいる。
20代のうちに一億稼ごうと決めている。
ある日、マネージャーから変わった依頼を紹介される。
鈴木菊子という小説家がご馳走するし、お金のサポートもするから、パパ活している女性の話を聞きたいというのだ。
何度か会い、食事をするが・・・。
「第五話 月収三百万の女 鈴木菊子(52)の場合」
鈴木菊子は武蔵小杉のタワーマンションに住んでいる。
夫が亡くなった時に、渋谷の一棟ビルと株や投資信託などの有価証券を受け継いだ。
それに自分の金融資産を含めて、ひと月に三百万ほどの金が入る。
しかし、何もすることがない。
いつものように、朝の株価チェックのあと、SNSを眺めていると、タケトという若い不動産投資家の物品援助を求める投稿が目に溜まった。
菊子はタケトに寄付をすることにするが・・・。
「第六話 月収十七万の女 斉藤静枝(22)の場合」
介護士の斉藤静枝は訪問介護の仕事をしているうちに、高齢者の部屋の「生前整理」を専門にする仕事を思いつく。
ある日、同じく起業をしようとしている友だちに誘われ、女性の起業を助ける会に参加してみた。
すると、前に会ったことがある鈴木菊子がいた。
会が終わった後、二人はいっしょにお茶を飲むことにするが・・・。
月収が異なる女性たちのお話ですが、それぞれに色々とあり、お金の多少を問わず人って満足することがないんだなと思いました。
特に身に沁みたのが、年金が四万円という乙部響子さん。
四万円じゃ、私暮らしていけないよ。
これから物価がどんどん上がっていくと、年金だけで暮らしていけるだろうか。
もっと暮らしを縮小しなくては、でも旅行には行きたいわぁ。
鈴木菊子さんなんか、悠悠自適の生活ができるのに、なんでと思います。
若い人たちをバックアップしていくのを老後の楽しみにしていくのでしょうかね。
斉藤静枝さんには頑張れとエールを送りたいです。
「生前整理」、してもらいたいですものww。
原田さんの本は明るくていいです。
これからの自分の生活を考えさせられるお話でした。
<お花見と美味しいお料理>
お花見にはまだ行っていませんが、お花見箱膳というものを食べに行ってきました。


一の膳と二の膳にご飯と汁物がついていました。

桜が五分咲?
夜桜は携帯で撮り難いですね。
明日は晴れるらしいので、犬連れで花見にでも行きましょうか。
岩井圭也 『夜更けより静かな場所』 ― 2025/03/28
六編からなる短編集。

「真昼の子」
夏季休暇中に暇をもてあました大学三年生の遠藤吉乃は父親の兄、茂の営む古本屋<深海>を訪れた。
伯父におすすめの小説を訊くと、ロシアの作家が書いた『真昼の子』を勧められた。
読んでみると面白くて、一晩で読んでしまった。
次の日も<深海>を訪れ、似たような小説か同じ作者の小説を読みたいと伯父に言った。
それから吉乃は<深海>に通うようになる。
ある日、伯父に読書の楽しみを共有できる機会がないことを愚痴ると、伯父は読書会を開いてみようと言い出す。
読書会は深夜〇時から二時までで、メンバーは伯父さんと吉乃を含めて六人。
課題図書は『真昼の子』。
吉乃には恋人がいた。その恋人はゼミの准教授で、妻子がいた。
『真昼の子』を読んでから吉乃のこころは変化していく。
「他人がどう言おうと、自分にとって大切だと思える一文に出会うためにわたしは本を開く」
「いちばんやさしいけもの」
真島直哉は元野球部員。プロを目指していたが、イップスになり、野球を止めたが、退部届けは出していない。親にも言っていない。
同級生の吉乃のことが好きだ。彼女が読書会のことを話しているのを聞きつけ、読書会に押しかけた。
彼が選んだ課題図書は絵本、『いちばんやさしいけもの』。
「能力と生きる価値の間には、いっさい関係がない」
「隠花」
安井京子は非正規の図書館司書で<深海>の常連客。
新卒から勤めているのに、月給は18万円から上がらない。
母から家に帰るなら、家は売らないと言われたので、それなら売れと言うと、男はいないのか、元夫とはどうなのかと訊かれる。
彼女が選んだ課題図書は詩集「隠花(いんか)」。
「自分を信じている限り、花は萎れない。誰だってそうだ」
「幸せではないが、もういい」
「雪、解けず」
中澤卓生はグラフィックデザイナーで、<深海>の常連客。
実の父親は病気の母を捨て、子を置き去りにした。
その父からSNS経由で会いたいと連絡が来る。
彼が選んだ課題図書は歴史時代小説「雪、解けず」
「登場人物への共感は、必要でしょうか」
「トランスルーセント」
国分藍は元ヴァイオリニスト。7歳でヴァイオリンを始め、大学でプロになれないことを悟り、音楽教師になるが、学級崩壊し、一年で辞めた。
緩い<深海>でバイトとして働き始めてから三年が経つ。
ある日、店主の遠藤から楽譜を渡される。
それは戦後日本を代表する作曲家が書いた無伴奏ヴァイオリン曲<トランスルーセント>の自筆の楽譜で、販売価格が二百万というものだ。
今度の読書会で弾いて欲しいというのだ。
三年間、ヴァイオリンに触れていなかったが、国分は弾くことにする。
「美しい音だけが音じゃない。がむしゃらに生きていれば、雑音も出るし騒音も立つ。それが当たり前なのかもしれない」
「夜更けより静かな場所」
吉乃は最後の読書会から八カ月経つが、伯父とは会っていなかった。
就職の内定がなかなかもらえず、やっともらえたのが七月で、それから卒論の執筆で忙しかったからだ。
久しぶりに<深海>に行き、片付けていると、伯父が書いた自伝『夜更けより静かな場所』が見つかる。
初めて知る伯父の過去・・・。
「居場所は必ずしも探すものじゃない。自分でつくったっていいはずだ」
「誰もが、選択と偶然の連続を生きている」
吉乃は「小さな選択」をする。
岩井圭也の本を読んでいないと思っていたら、読んでいました。
意外でしたが、とても好きなお話です。
読書会に参加したことがありませんが、こんな読書会なら参加してもいいかもしれませんね。
課題図書は架空の本ですので、探さないようにしましょう。
もしあるなら、私は『真昼の子』を読んでみたいです。
簡単に言うと、本の中の登場人物たちが本や楽譜などを通し、自分を見つめ直し、ある選択をしていくというお話です。
最後の伯父さんのした選択はよくわかりませんでした。
理由のない、漠然としたものからそうしたのでしょうかね。(ネタバレになるので詳しくは書きませんが)
特に本好きな方におすすめしたい作品です。
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