吉永 南尚 『萩を揺らす雨』2011/05/04



一応ミステリーの中に入れましたが、ミステリーというほどのもんじゃないです。
「日常の謎」と書いてあります。でも、謎ほどではないような・・・。

主人公がいいのです。

主人公の杉浦草(そう)は、親の死後、古い民家の古材を譲り受け、家を建て替え、65歳で好きなコーヒーと和食器のお店「小蔵屋」をやり始めたおばあさんです。
店では彼女がコーヒーの無料試飲を受け持ち、和食器の方はアルバイトの体育会系女性の久実がやっています。草の入れるコーヒーが美味しいので無料試飲目当てにたくさんの人がやって来ます。

草は若い頃、大恋愛をして結婚しましたが、29歳で離婚し、実家に戻り家業を手伝っていました。この結婚で一人息子を婚家に残してきました。しかし、息子は幼くして用水路で溺れて死んでしまいます。このことが今でも草の心を痛ませます。

近くに由紀乃という幼馴染が住んでいます。彼女は一人暮らしをしており、脳梗塞で倒れたため後遺症が残っています。
彼女は「話そうとしないことは訊ねない、話すことだけを静かに聞いてくれる」人です。
草の心配はいつまで由紀乃が側にいてくれるかということです。九州に住む由紀乃の長男夫婦が由紀乃を引き取ろうとしているのです。

この本を読みながら、老いることの残酷さを思いました。人は誰でも老いていきます。どんなに抵抗しようが、無駄に終わるのです。
赤ちゃんは一つ一つできることが増えていくことに喜びを覚えます。
しかし、ある地点を超えると、一つ一つできなくなることが増えていくのです。
それを諦め、潔く受け入れていくことが老いには必要なのです。


「筋肉は、運動で壊れた組織を再生して強くなる。考えてみれば、気持ちも同じだよ。時には煩わしく感じる付き合いや、人との衝突を繰り返すうちに基礎ができて、たまには荷物の持ちっこができる力も養われる。運動すると筋肉痛が起きるが、それを嫌がっていたら弱くなるばかりだ」


自分ができなくなったことを躊躇なく他の人に頼めるような、そんな心が持てるように、老いを受け入れていくようにしなければと思います。

人にはそれぞれの物語があり、語られない物語が多いほど人を強くするものです。

草さんのように、そろそろ本屋兼喫茶でもやろうかしら。でも、土地がないわ。残念。