乃南アサ 『緊立ち 警視庁捜査共助課』2024/03/27



川東小桃は警視庁刑事部捜査共助課見当たり捜査班に所属している、見当たり捜査官。
見当たり捜査官はその秀でた記憶力と鋭い観察力を武器にして、都心のターミナル駅周辺などに立ち、街を行き来する人の中から指名手配犯を探し出す能力を持つ、選ばれた人たちで、仲間内ではメモリー・アスリートと呼ばれている。
2022年現在、日本全国の警察署から指名手配などをされている所在不明の被疑者は総勢七百名以上で、メモリー・アスリートたちは、その七百あまりの顔をすべて記憶している。
警視庁の捜査共助課には見当たり捜査班が四人一組で四チーム、総勢十六人在籍している。
彼らが見当てる手配犯の総数は年間六十から七十。単純に計算すれば捜査官一人あたり年間四、五人を見当てることになる。
小桃は並外れた才能の持ち主で、カメラアイという見たものを瞬間的に映像として記憶する能力の持ち主だ。 

小桃の夫は病院勤務の介護福祉士で、まん延防止等重点措置が出ると、病院が用意した宿舎に泊まらなければならない。
そのため一人暮らしに慣れたのか、夫が帰ってくると煩わしくてしょうがない。
神経質なところと、少しばかりしつこい部分があるのが癪に障るのだ。
適度な距離感が必要なことを言うと、分かったとは言ったが、子どもが出来るまでは、お互いに自分たちのペースで楽しもうと言われ、小桃は一瞬ゾッとした。
彼の子どもを産みたくなかったのだ。

佐宗橙は警視庁刑事部捜査共助課広域捜査共助係の刑事で、七歳下の石清水巡査部長とコンビを組んでいる。
広域捜査共助係は指名手配犯を専門に捜査する係だが、見当たり班とは違い、わずかな手がかりを頼りに、細い糸をたぐり寄せるようにして日本全国どこに逃げているのかも分からない手配犯を追う。

橙の夫は農家の次男で、同じ警察官だが、昨年、七十四歳になる父親が脳梗塞で倒れて左半身に後遺症が残ったため、母親一人では面倒をみきれないことと、農家の仕事の手が足りないということで、介護休暇を取り、茨城の実家に帰っている。
長男は当てにならないので、警察を辞めて家業を継ぐという話が出ている。
夫は自分の都合で農業を継ぎ、警察も辞めて東京を引き払うことになれば、離婚されても仕方ないという。
一人息子はスポーツ推薦で大学に入り、ラグビー部の寮に入っている。
それぞれがバラバラに暮らすことになったら、家族でいる意味があるのだろうかと思う橙。

小桃と橙は、小桃が十歳の小学生のときに、泥棒に入られた家の子と新米刑事という関係で会っていた。
それから二十年近い月日が流れ、昨年の春の異動で、橙の所属する捜査共助課に小桃がやって来た。女警になったきっかけが橙だという。
やがてたまに二人で飲むようになる。

ある日、「緊立ち!」という声が響き渡った。
「緊立ち」とは「緊急立ち回り情報」のことで、指名手配されている人物が「今ここにいる」という情報がもたらされたのだ。
捜査共助課は、見当たり班か広域かに関わらず、犯人を逮捕するために、可能な限り迅速に必要な人員を集め、布陣を敷いて現場に向かう。
今回は全員だ。
小桃と橙はホシがいる台東区千束へと赴く。

わたしは「指名手配」というと、強盗殺人など重大犯罪を犯した犯人に出されるものとばかり思っていましたが、違うんですね。
「逮捕状を取ったのにホシの居場所が分からない」という場合は全て指名手配などの対象になるのだそうです。

小桃さんのお話を読んでいて、そうかと思い当たることがありました。
昔、上野駅で改札口に向かって歩いていたら、一人の男性が近付いて来て、「○○さん?」と声をかけてきたのです。
違ったので無視し、歩き続けると、今度は手帳を見せながら、「○○○○さんを知りませんか?」と聞いてきたのですが、立ち止まらず、「知りません」と言ってそのまま改札口を通りました。
ひょっとして、その男性は見当たり捜査官だったのかしら?
その頃、わたしとそっくりの指名手配犯がいたの?
逮捕されずにすんで、よかったわぁwww。

台東区千束と言えば、そこに、昔、通っていた鍼の治療院がありました。
治療のついでに、吉原大門や吉原神社、見返り柳、一葉記念館、天麩羅土手の伊勢屋などを見に行きました。
吉原ソープ街を覗くと、歩いている人はいないのに黒服の方が多数いました。お客は皆車を利用していたのね。
最後の緊立ちの場面で吉原ソープ街が出てきたのですが、なんとなく雰囲気がわかったので、どんなところでも行って見ておくといいと思いました。

1つ1つの事件の犯人逮捕までの様子が様々で、面白く読めました。
未だに男社会の警察で、男に伍して働く女性警察官たちは大変ですね。
嫌み、嫉妬、蔑視、恫喝などいろいろありますものね。
お魚天国を歌う小桃にイラッとくる人がいるかもしれませんが、許してあげてね。
わたし、目が悪いこともあり、人の顔を覚えるのが苦手で、小桃を尊敬します。
それに彼女の気持ちがよく分かるので、嫌いになれません。
どちらかというと事件捜査よりも、二人の女性警察官の私生活の方が心に残ります。
派手なクライマックスではないけれど、わたしは好きです。
「家裁調査官」シリーズ(『家裁調査官・庵原かのん』と『雫の街 家裁調査官・庵原かのん』)がお好きな方にぴったりな本ですので、是非お読みください。