緑川聖司 『晴れた日は図書館にいこう』シリーズ2013/09/08



図書館にまつわる”日常の謎”を解くシリーズです。

雲峰市に住む小学校五年生の茅野しおりは図書館大好き少女です。
暇があると図書館に行って本を読んでいます。
彼女の母親は離婚後、小さな出版社に勤めています。
いとこの美弥子は、しおりの通う雲峰市立図書館の司書をしているため、しおりは他の司書たちとも顔見知りです。
どんな”日常の謎”があるかというと、「私の本の謎」とか「六十年延滞した本の謎」、「返却ポストに投げ込まれた水の謎」、「本泥棒の謎」、「ドッグフード缶の謎」、「クリスマスツリーの謎」・・・。
色々と謎があるんでるねぇ。
謎以外にも図書館やそこで働く司書さんの仕事についても知ることのできる本です。
お仕事本にいれてもいいでしょう。

では、図書館に関するクイズを。
①図書館の本を失くしたり、破損した時、どうしたらいいでしょう。
   ⇒同じ本を探し、買って、図書館に渡してください。

②オリンピックについて色々と知りたいと思いました。司書さんに聞けば教えてくれるでしょうか。
   ⇒教えてくれません。司書さんはどの本を読めばいいか教えてくれます。

③友人が読みたかった本をもっていました。それは図書館から借りたものです。ついでな  ので、友人から借りて読もうと思いますが、いいでしょうか。
   ⇒また貸しはいけません。図書館に行って、ちゃんと手続きをしてから読みましょう

④親から読みたい本があるから借りてきてくれと頼まれました。親の貸し出しカードを使って借りれるでしょうか。
   ⇒借りれません。貸し出しカードは本人しか使えません。

⑤ある図書館の貸し出し冊数は5冊まででした。五冊借りています。全部返さないで、一冊だけ返したら、もう一冊借りられるでしょうか。
   ⇒借りれます。手元にあるのは5冊までですから。

まあ、図書館に通っている人にとっては当たり前のことですね。

そういえば、この本に載っている本は本当にある本でしょうか?
私は児童書のことは詳しくないのでわかりません。
『かぜひきサンタ』は実在するようですが、他の本を2、3調べてみるとないようです。


アニケ・ハーゲ画、グードルン・パウゼヴァング原作 『みえない雲』2012/01/26



ドイツの原発まんがです。
この漫画には原作があり、同じ『みえない雲』という題名です。原作はチェルノブイリ事故の後に書かれたそうです。

図書館から借りて返してしまい、メモを取るのを忘れてしまったのですが、序言は「白いバラ」(ドイツの非暴力の反ナチス運動)の一員であった人のお姉さん(だと思う)が書いたものです。その中から抜粋して書いておきます。

「移住する?亡命する?でもどこへ?
今はもう、何も知らなかったとは言えない。逃げることも移住することもできない。地球はどんどん牢獄のようになっていく。原子力の進歩という牢獄に。今日何も行動を起こさなかったら、明日にも彼らは私たちの沈黙と「思慮深さ」に感謝するだろう。何ができるか。ひとりひとりが考えなくてはならない。それぞれの立ち位置で。こんどこそ私たちは忘れない」

ドイツのある町の原子力発電所で爆発事故が起きました。原発から70キロほどの町に住む14歳のヤンナは学校から急いで家に帰り、事故の起こった町にいる両親の言うとおりに弟のウリを連れてハンブルグの叔母さんの家まで避難しようとします。しかし、非難する人が多い上に弟は幼すぎて、なかなか前に進むことができません。そういう時に悲劇が襲います。ウリが自動車に轢かれてしまうのです。ウリを葬ることができないまま通りかかった家族に連れられ、ヤンナは駅に辿りつきます。そこには群衆がいて、その群衆に飲み込まれたヤンナは気を失い、彼女の上に放射能を含んだ雨が降り注ぎます。
気づくとヤンナは病院にいました。やがて彼女の髪の毛が抜けてきます。
その後、しばらくして彼女が病院にいるということを知った叔母さんが会いにきて、叔母さんの家に引き取られます。学校にも通い始めるのですが、周りの「ヒバクシャ」であるヤンナを見る目は冷たいものでした。
元クラスメイトのエルマーとも再会するのですが、優等生だった彼は今や劣等生で進級も危うくなっていました。同じ身の上の彼と話すことにより癒されていたヤンナでしたが、エルマーは彼女に何も言わずに自殺してしまいます。
一体自分はどれぐらい生きられるの?
叔母さんは学校に行って自分の将来のことを考えるようにと言いますが、自分に未来はあるの?
ヤンナは不確実な未来のために備えるのではなく、今やりたいことをやることにします。ウリを探しにいくのです。

漫画ではヤンナがウリが死んだ菜の花畑にいる場面で終わっていて、その後は描かれていません。
彼女は死んだのでしょうか?それとも生きながらえて、癌に苦しんでいるのでしょうか?結婚して子どもを産むことができたでしょうか?
ヤンナの未来はフクシマの子供たちの未来かもしれません。

架空の話だったのに、今や現実。
「原子力の進歩という牢獄」という言葉が重いです。
読売新聞では4年間で首都直下型地震が起こる確率が約70%の確立という記事を載せました。
今は地震が怖いという以上に、地震によりまたフクシマのようなことが引き起こされたらということの方がもっと恐ろしいです。これ以上何かが起こったら、私たちはどこにも行けません。

何ができるか。よく考えてみようと思います。

今年のイグ・ノーベル賞2011/09/30



ネットで新聞を見ていると、イグ・ノーベル賞が出ていました。
イグ・ノーベル賞とは、「まじめなのにどこかおかしい科学研究に贈られる」賞で、受賞式はアメリカのハーバード大学で行われます。

今年の「化学賞」を受賞したのは、日本のわさびのにおいで火災を知らせる「臭気発生装置」を開発したシームス(本社・東京都江東区)のチームです。
鼻づまりの人以外は1~2分で目が覚めるとか。聴覚障がい者のために開発されたようです。
わさびって日本以外では食べられていないのではないかしら?外国人にしたら、強烈な刺激臭でしょうね。

この賞、日本人は16回受賞しています。有名なのは「バウリンガル」かしら?
「たまごっち」も1997年に経済学賞をもらっています。
なんと、あの発明家のドクター中松も栄養学賞もらっています。

今年の他の受賞は、

「カメではあくびはうつらない」とする研究・・・生理学賞
「なぜ円盤投げは目が回り、ハンマー投げは目が回らないか」・・・物理学賞
「人がため息をつく理由の解明」・・・心理学賞
「強い尿意が意思決定に与える影響の研究」・・・医学賞

ホント、真面目に研究しているのでしょうが、どことなくユーモラスですね。
どんなにくだらなく思えようが、その中に偉大な発明がある可能性がありますね。

吉田秋生 『海街diary 1~4』2011/08/25



吉田秋生さんの漫画は『吉祥天女』や『BANANA FISH』などを読んだことがあります。現在も描き続けていらっしゃり、『海街diary』のような日常を丁寧に描く方向へといかれたのですね。

「海街」とは鎌倉のことです。一巻の表紙は海沿いの江ノ電でしょうね。

祖母が残した鎌倉にある古い家に暮らしている香田姉妹の話です。
長女は幸といい、しっかりもののナース。小児科医と不倫しています。
次女の佳乃は酒好きの酒乱。男好きで、その上、男運も悪い信用金庫に勤めるOL。イケメンの彼氏がいます。
三女の千佳はひょうひょうとした人でスポーツ用品店の店員。山男の店長といい雰囲気です。

この姉妹の親は離婚しており、父親は若い女とどこかに行ってしまい、15年間も音信不通の状態です。母親は離婚後再婚し、別の家庭を築いています。三姉妹は祖母に育てられたのです。

ある日、父が亡くなったと連絡がありました。父は離婚した時の女性と死別し、別の女性と山形で暮らしていました。
葬式に行ってみると、腹違いの妹がいました。

ひょんな成り行きから、妹のすずと一緒に鎌倉で暮らし始めた三姉妹です。

すずは今で言う「なでしこ」少女。サッカーが大好きで、鎌倉のサッカークラブに入ります。サッカー仲間との交流を通して、鎌倉の生活に馴染んでいきます。

それぞれの家庭には、それぞれの事情ってもんがあります。それを不幸と思うかどうかによって、人の生き方は変わっていくのではないでしょうか。

幸の先輩ナースがつくづくと言います。

「真実って一つじゃないんだよね」

すずがどういう人生を歩むのか、見守っていきたいものです。

第四巻の「帰れないふたり」の表紙(↓)は鶴岡八幡宮でしょうか?


今週のアエラ2011/06/28



今週のアエラで気になる記事がいくつかありました。

まず、コラムの『内田樹の大市民講座』。
内田さんはブログに「『疎開』のすすめ」を載せたそうです。そうすると、賛成する人が大部分だったのですが、「パニックを煽な」とか、彼が「命の話」をしているのに、「金の話」をして反論する人がいたそうです。
現在の原発をめぐる対策が進まないのも、「金の話」をしているからだと、彼は言います。


「金さえあれば(ないけど)、すべてはうまくゆく(はずだった)」という条件法構文で、この世界は実はそれほど不条理ではないと自分に言い聞かせているのである。「すべてを解決する魔法のお金」の算段に夢中になている間だけ、彼らは恐怖の対象から眼をそらし、いっときの心の平安を掠めとっているのである」


いつまで経っても終息しない原発。政府と東電がいつまでも「お金の話」をしている限り、子供たちの被曝量は増えていくばかり。
そういえば東電の株主総会で原発撤退議案が否決されたそうです。一体彼らは今の現状をどう思っているんでしょうね。

もう一つの記事は「詩人アーサー・ビナードが訴える原発被害」。
ビナードさんによると、『風評』という日本語は英語にできないそうです。しいていうと、『unfounded rumor』と訳せるそう。でも、今回の原発事故は根拠があるので、こうは言えないと彼は言います。

「風評被害というのは、日本国内にだけ通用する文脈で、ただの煙幕です」

今週のアエラに詩人が二人登場していました。もう一人は福島に住み福島を詠う詩人、和合亮一。
彼は高校教師をしている詩人で、震災後ツイッターでつぶやいていたところ、フォロワーが増え話題になったのだそうです。6月に三部作が出版されています。

「詩人というのは職業ではない。生き方です。詩を心に留めて生きることだと思います」

彼の詩を読んでみたいと思いました。


北森 鴻 『深淵のガランス』2011/06/10



文庫本で読んだのですが、単行本の表紙の方が好きなので載せておきます。

花師と絵画修復師、二つの顔を持つ男、佐月恭壱シリーズ一作目です。二作目の『虚栄の肖像』の方を先に読んでしまいました。
『虚栄の肖像』で、佐月は足の靭帯を悪くしていたのですが、そのわけがわかりました。修復師って危ない職業には思えなかったのですが、お金がからむと色々とあります。荒事も出てきちゃうんです。

二作目と同様に短編が3つ。
①長谷川画伯の絵の下に絵が描いてあり、何故下の絵を封印したのかを探る話
②洞窟内壁画修復をしている時に持ち込まれた分割絵にまつわる話
③最後に若き佐月が現れます
①と②には狐さんが出てきます。
佐月の手足のように働く男、前畑こと善ジイが狐さんのことを色々と言っています。
「あのお方の仕事には、面倒がつきまとう」
「余計に注意しなきゃ。あのお方はさ」
こう言いつつ、佐月が用意してくれという物をよろこんで用意しちゃうのが善ジイです。

洞窟内壁画修復なんていうのも佐月はやるんですね。普通の絵画とは違う技法が必要なような気がしたのですが、基本を知っていれば同じなんですね。
使っている絵の具を解析して、同じものを採取しなければならないのですが、昔の洞窟絵ですから探すのも命がけ。シンナバー原石なんて、そんなもの知らないわ。どうも朱色に使われるようです。熱すると亜硫酸ガスが出るので、扱うのも危険です。

読んでいてわかったのは、絵の売買の世界も骨董と同じなんです。お金のため私利私欲が絡まり、ドロドロとした人間関係と騙し騙されの世界が繰り広げられます。
恐ろしい。

「絵画の修復という作業には、文化財の保護という美名とは別に、どこに暗い陰が潜んでいるかわからない一面がある。悲劇と喜劇の境目がよく見えない仕事ともいえる。贋作と知らずに修復を施し、それがマーケットに真作として流通したがために、贋作師の汚名をかぶせられ、消えていった修復師の悲劇。稚拙な修復師によってオリジナリティーが失われ、複製にされてしまった名画の喜劇。そこに第三者の思惑が入り込むと、事態はますます複雑になる。思惑が邪であれば、なおさらのことだ。累が修復師にまで及ぶことも少なくはない。絵画本体のみならず、その周辺にまで目配りを必要とするところに、この仕事の難しさがある」

花師としての佐月について北森はこう書いています。

「佐月恭壱の花あしらいには一点の澱みもない。華道ともフラワーアレンジメントとも違う。独自の美意識によって花は器と一体化してゆく」

私が好きなアレンジは、あるバーのママさんが「使い古された笊(ざる)」を花器に見立てたのに、佐月が早咲きの河津桜一輪だけを生けたものです。
シンプルだけどイキです。
利休のワビサビにも通じるような気がします。

何度も言います。佐月シリーズの続きがないのは悲しいです。


追記:スペイン北東部カタルーニャ自治州が文化や人文科学の分野で活躍した人に贈る第23回カタルーニャ国際賞が村上春樹に授与されました。
村上氏は授賞式でスピーチをし、その原稿がありました。
私は彼が3月11日以降何も発言していなかったのを不思議に思っていましたが、やっと口を開いてくれました。

北森鴻 『写楽・考』――蓮丈那智フィールド・ファイルⅢ2011/04/20

『アエラ』を借りて読んでいたら、原発推進派と反原発派の学者が対談をしていました。もちろん会話はかみ合いません。
その中で、反原発派の学者がすべての原発を止めて安全を確かめるべきだと言っているのに、原発推進派の学者は止める必要はないし、これからも原発は必要だと言っているのです。
う~ん、この学者はどういう精神構造をしているのでしょう。
彼は福島の避難している人たちや現在も福島原発で働いている人たちのことをどう思っているのでしょうか。

福島の学校が始まったようです。校庭など、大丈夫なのでしょうか。給食が始まると、野菜はやっぱり地元産を使うのでしょうか?
「ただちに」放射能の影響がないのをいいことに、危ないのにごまかしているような気がするのは考え過ぎ?

野菜などの産地を見て買うようにしています。周りを見ると、結構気にしないで買っている人が多いようです。年齢的に小さなお子さんがいそうな人もいるのだけれど・・・。
これまた考え過ぎ?

久しぶりに6時台のNHKニュースを見たら、各県と東京都の放射線量を発表していました。いつから始まったのでしょうか?だんだん低くなって平年並みになったから今頃始めたと思うのは私だけ?

色々と変なことがありますね。



美貌の民俗学者、蓮丈那智と彼女の助手、内藤三國が出てくるミステリーです。
三作目は三國の助手としての立場が危うくなります。というのも新しく助手として佐江由美子が雇われたからです。彼女も那智のようにキレる女性です。三國の存在感が薄くなっています・・・。
そうそう、『触身仏』で気になっていた教務部の「狐目の男」は意外といい奴です。彼も昔民俗学をやっていたんです。
『狐闇』の冬狐堂の陶子が出てきて、うれしい驚きです。
その上、ある画家にまつわる話もあるのです。ある画家とは、「カメラ・オブスキュラ」を使って絵を描いていたらしいと言われている彼ですよ。

北森さんがお亡くなりになったので、蓮丈那智シリーズもこれが最後です。女助手や狐目の男がこれからもっと活躍しそうだったのに残念です。
もっとシリーズを続けて欲しかったのですが。

朝日新聞 「患者を生きる 一条ゆかりの欲望」:緑内障編2009/11/11

漫画家の一条ゆかりさんが緑内障であるということは、どこかで聞いたことがあります。
昨日、元同僚がわざわざメールで、朝日新聞朝刊に一条ゆかりさんの緑内障の記事が出ていると教えてくれました。
今日は土曜出勤の代休だったので、図書館に行って見てみました。

一条さんの家系はもともと高眼圧傾向だったらしく、一番上のお姉さんは治療をしており、緑内障は未だ発症していません。
しかし、二番目のお姉さんは緑内障だそうです。
一番上のお姉さんに気をつけるようにと言われたにもかかわらず、一条さんは忙しさから一度眼科に行ったっきりで行かなくなり、その結果、2004年に緑内障であることがわかりました。
わかったけっかけは、たまたま視力検査の紙を見た時に片目がもう一方の目より暗いということに気付き、病院に行き、緑内障であるとわかったそうです。
私が某眼科で緑内障の左目が暗いと言った時に、医師はそんなことないと言いましたが、やっぱり暗いんですね。

彼女の場合は閉塞型と開放型の混合型の慢性緑内障だそうです。
緑内障にはいろいろな種類があり、一条さんのように高眼圧でなる場合もありますが、眼圧が正常でもなる場合があります。
私の場合は怪我が原因の緑内障で、眼圧は正常範囲内です。
彼女はレーザー虹彩切開術を行ったようですが、私の場合、レーザー治療はしても無駄だということで即手術になっています。
緑内障といってもいろいろな種類があるんです。
一般的に人間ドックで眼底検査をして、視神経乳頭陥凹とか書かれて眼科に行く人が多いようです。

一条さんも言っていますが、彼女のような有名人が病気の体験を語るということはとっても意味のあることだと思います。
彼女の記事を読んで、自分もそうではないかと思う人が一人でも早いうちに病院に行ってほしいです。

緑内障の認知度はとっても低いです。
私の同僚などは白内障や老眼と同じだと思っています。
一条さんの記事で、緑内障のことを知ってもらえたらいいなと思います。
彼女の記事はあと4回掲載されるそうです。

「天国に誓う白球」を観る2009/07/20

asahi.comを見ていると、20代の若者の海外旅行ばなれが進んでいることが書いてありました。
「安定した職に就けない若者が増える一方、正社員も収入や休暇が減っている。
就職氷河期を経験した「ロストジェネレーション」の余裕のない暮らしぶりが海外旅行需要にも表れている」などと書いてありますが、就職をした人達はそうかもしれませんが、大学生など海外へ行こうという気持ちが薄いような気がします。
重いバックパックを持ってアジアなどを放浪するなどということは、今のファッショナブルな大学生にはダサいことなのではないでしょうか。
それよりも、彼女や彼氏とハワイやグアムなど南国に行く方が多いような気がします。
相棒に聞いてみると、大学時代に海外に行こうなどと思ったこともないそうです。(こういう人がいることが不思議でしたが・・・)
そういう若者が増えているのかもしれませんね。

話は変わって、昨日遊びに行く前に見たTV番組を紹介します。
私は昔から高校野球は嫌いでした。
近頃、北海道の高校も甲子園に出るほどになってから、少し興味を持ちましたが。
高畠導宏さんのことは、もちろんこのドキュメンタリーを見るまで知りませんでした。
高畠さんはプロ野球五球団を渡り歩いた、伝説の打撃コーチで、アメリカで活躍しているあのイチローや田口を教えたそうです。

50歳を過ぎてから、コーチ業の参考になればと大学の通信教育で心理学を学び、学んでいるうちに教職を志すようになりました。
五年をかけて教員免許を取ったそうで、この頑張りには驚きます。
彼が教壇に立ったのは、なんと59歳。
九州の大宰府市にある私立筑紫台高で社会を教えることになったのです。
アマチュア規定というのがあって、プロ野球で働いていた人は2年間アマチュア選手を教えられないそうで、高校で社会を教えながら、野球部の監督になる日を本人も、そして生徒も待っていたのです。
しかし、1年後にガンが彼を襲い、60歳で亡くなります。

彼の好きな言葉は「気力」。
「気力」があれば、何でもできる。「意識すれば気力は出る」。「自分で決めたら、最後まで諦めるな」。「コーチは教えないこと」。

彼の意思を継ぎ、30歳の若い監督が頑張っています。が、なかなか甲子園への道は遠いようです。(今年は三回戦まで行っています)

彼の一生を見ていて思ったのは、いくつになっても「気力」さえあれば、不可能はないということです。
やりたいことがあったら、躊躇せずにやるということが大事なんですね。
躊躇していると、彼のように志半ばで亡くなるということがあるかもしれませんから。

最後に彼の言葉を載せておきます。

「人生そのものので大切な伸びる人たちの共通点」
1.素直であること
2.好奇心旺盛であること
3.忍耐力があり、あきらめないこと
4.準備を怠らないこと
5.几帳面であること
6.気配りができること
7.夢を持ち、目標を高く設定することができること

「米田知子展―終わりは始まり」 at 原美術館2008/10/12

週間文春で「夫婦でデートに訪れたい美術館」という特集をやっていました。
一位は地中美術館(香川県)、二位は金沢21世紀美術館、三位に原美術館が入っていました。
「都会のオアシスのような美術館」「モダンな雰囲気のなかで最新のアートに触れられます」等書いてあったので、行ってみました。

品川駅のプリンスホテル側に出て左に曲がり、ずっと行くと10分ぐらいで美術館に着きます。
入り口は狭く、そっけないのですが、階段などはしっかりした作りです。
東京国立博物館や和光ビルを設計した渡辺仁により設計され、1938年に邸宅として建造されたそうです。
この美術館は主に1959年代以降の現代美術作品を収集しています。

米田知子さんは1965年生まれのロンドン在住の写真家です。
彼女の写真はたぶん初めて見たと思います。
なんの変哲もない壁紙や一見すると平和な街角、観光スポット、海辺、野原などが写っています。
しかし、題を読むと、その風景に意味が与えられます。
ノルマンディー上陸作戦の海岸、国際諜報団密会場所、血の日曜日事件現場、北アイルランド、エストニア、サイパン島、地雷原、サラエボ…。
美しいものの中に刻印された悲惨な記憶。
解説によると「見えないものを見る」視線が彼女の写真の特徴だそうです。
「炭鉱―南満州鉄道の重要財源になった露天石炭、撫順」の煙った風景が印象的でした。

庭を見ながら、カフェダールでお茶をしました。
展覧会にあわせてオリジナルケーキを出しているというので、そのイメージケーキを頼んでみました。
杏仁豆腐の上に胡麻のクリームが丸くもってあるものでした。
若いカップルと家族が多く、子供が芝生の上を駆け回っています。
ゆったりとした時間を過ごせました。(写真は二階の屋上から見たカフェ)

帰りにつばめグリルに寄りました。
お腹の調子の悪い私は、ハンブルグステーキではなく、ロールキャベツ ポトフ仕立てを食べました。
お腹いっぱいになり、安くてお勧めの店です。
が、お客は60歳以上の人が多いです。若者向きではないのかしら?