乃南アサ 『晩鐘』2015/11/20



母親が自分の学校の教師に殺されてから七年が経ちました。
真裕子は大学の農学部を卒業して種会社に就職したのですが、人間関係の煩わしさから一年で退職し、父の関係でモデルハウスの仕事につくことになります。
母のことが忘れられず相変わらず苦悩している真裕子ですが、父は再婚し、姉は結婚し子供までできて、母のことを忘れ幸せを掴んだようです。

一方、父親が加害者になった笹塚大輔と絵里は長崎の祖父母と暮らしていました。
隣に住む叔父家族からは疎まれ、大輔は鬱屈した生活を送っていました。
絵里は病弱で入院することになり、祖母が倒れたこともあり、大輔は東京の叔母の所に預けられることになります。
その頃、従兄が殺されます。
加害者であったのが、一転して被害者になったのです。
叔父家族はこのことによって崩壊していきます。

真裕子の母の事件を取材していた新聞記者の建部は長崎に転勤しており、大輔の従兄の事件を知ります。
建部は大輔が従兄の事件に関係しているのではないかと思います。
その後、長崎から東京に戻った建部は真裕子と再会することになります。

どんなに悲しいことがあっても人は生きていかなければなりません。
例えそのことを忘れているように見えても、人の心の中まではわかりません。
真裕子は父や姉の心情まで考えることができませんでした。
そういう彼女のことを建部は強いといいますが、どうでしょう。
結局、人を癒すことができるのは人なのかもしれないですね。
真裕子の未来に光が見えたのことが唯一の救いでした。

笹塚家では「人殺しの子」というのを周りが隠しているために、歪みが生じ、大輔や絵里には悲しい運命が訪れます。
被害者意識の強い香織は大輔や絵里のことを思いやれないのです。
もともとそういう人だったのでしょうね。
大輔のことを考えると、あの悲劇は避けられなかったのかと思ってしまいます。

犯罪というものは被害者であろうが、加害者であろうが、どちらにも影響を与え、その影響はどんなに時間が経とうが消えることはないのです。

重い内容の本ですが、『風紋』と『晩鐘』を是非読んでもらいたいと思います。