アン・タイラー 『ヴィネガー・ガール』2021/11/01

この本は<ホガース・シェイクスピア>の中の一冊です。
ホガース・シェイクスピア>とは、シェイクスピアの死後400年を祝うため、ヴァージニア・ウルフと夫のレナード・ウルフが設立した出版社であるホガースプレスが企画した、現代の作家がシェイクスピア作品を選んで語り直すというプロジェクトです。
日本では「語りなおしシェイクスピア」シリーズとして集英社から出版されています。
第一弾は『侍女の物語』が代表作のカナダの作家マーガレット・アトウッドが『テンペスト』を語りなおした『獄中シェイクスピア劇団』、第二弾はイングランドの作家で『パトリック・メルローズ』シリーズで知られているエドワード・セント・オービンが『リア王』を語りなおした『ダンバー メディァ王の悲劇』です。
『ヴィネガー・ガール』はシリーズの第三弾目。
アン・タイラーはアメリカのボルティモア在住の『ここがホームシック・レストラン』や『ブリージング・レッスン』などでピューリッツアー賞を取っている作家です。
第四弾以降の作家は、ギリアン・フリン(『ハムレット』)、トレイシー・シュヴァリエ(『オセロ』)、ジャネット・ウィンターソン(『冬物語』)、ハワード・ジェイコブソン(『ベニスの商人』)、ジョー・ネスボ(『マクベス』)などで、どの順番に翻訳されるのかはわかりません。
各作家がどのようにシェイクスピアを語りなおしているか、楽しみなシリーズです。(と言っても知っている作家がこの中にいないですけど、笑)


実はアン・タイラーはシェイクスピアの戯曲が嫌いで、とりわけ嫌いなのは『じゃじゃ馬ならし』らしいです。
それなのに何故『じゃじゃ馬ならし』を取り上げたのと言いたくなりますよね。

『じゃじゃ馬ならし』とはどんな話かというと…。
簡単に言うと、ヴェローナの紳士ペトルーチオは持参金目当てでかたくなで強情なじゃじゃ馬であるキャタリーナに求愛し、キャタリーナを手なずけるために、様々なやり方で心理的に苦しめます。しかし最後にはキャタリーナは彼に調教されてしまい、従順な妻になってしまうというお話です。
女の方からしてみるととんでもないお話しですが、馬鹿な男の夢物語だと思ってやってください、笑。
さて、アン・タイラーはこの話をどう料理したのでしょうか。

ケイト・バティスタはボルティモアに住む、長身でおしゃれに関心のない、無愛想で無遠慮な29歳の女性です。
植物学者になろうと思い大学に進みますが、教授の光合成の説明の仕方が「中途ハンパ」だと言ったため(他にも何かやらかしたらしいけど)、大学から退学勧告をされ、ボルティモアの実家に戻ってきたのです。
今はプリスクールの四歳児クラスのアシスタントをやりながら、自己免疫疾患の研究者である父と妹のバニーの世話をしています。
こんな暮らしに夢なんてないし、将来もなさそうです…。

ある日、父が電話をしてきて、ランチを忘れたから届けて欲しいと言います。
父は電話嫌いで、今まで電話なんかしてきたことがないのに、何故?
そう思いながらランチを届けると、父は優秀な助手のピョートル・チェーバコブと会わせようとします。
おかしいと思い問い詰めると、彼のビザがきれそうなので、自分の娘と偽装結婚させて永住権を取らせようと考えているようです。
嫌だと言って断わりますが、父とピョートルは様々な手を使って結婚させようとします。
いつまでたっても嫁にも行きそうもなく、これといった未来もない娘を自分の野心のために人身御供にするのかと怒るケイト。
何故か気難しいはずの叔父と叔母はピョートルのことを気に入ってしまい、披露宴を自宅でしてあげるとまで言い出します。
唯一バニーだけは最後まで反対しますが…。

実験のことしか考えない、変わり者の父親とケイトとは正反対の美人でおしゃれ好きで頭が空っぽのバニー。
ケイトとこの2人とのやりとりだけでも面白いのに、ピョートルが出てきて面白さ倍増。
父親はあくまでも偽装結婚だと思っていますが、実はピョートルはもとからケイトのことが好きで本当に結婚したかったのではないでしょうか。
厚かましいようではありますが、ピョートルはケイトのことを大事に思ってくれているように思えました。

性差別的と言われている作品がアン・タイラーによって心暖まる家族のお話に変ってしまいました。
他の作品がどのように味付けされているのか、読んで見るのもいいみたいです。

BBC版「ミス・マープル」シーズン1を観る2021/11/02

短時間で観ることができるということで、本は読んでいない(たぶん)けど有名な、イギリスBBCが1984年から1992年にかけて作成したジョーン・ヒクソン版の「ミス・マープル」シリーズを観てみました。
ところが1話では終わらず、2話か3話で一つのお話なので、結局1時間以上も観ていることになってしまいました。
ミス・マープル役は色々な女優がやっていますが、ジョーン・ヒクソンはアガサ・クリスティから「年を経た暁には、ミス・マープルを演じて欲しい」と言われたという逸話があるそうです。一番ミス・マープルに近い人なんでしょうね。


ミス・マープルはロンドンから25キロ離れた架空の小さな村セント・メアリー・ミードに住む、中流階級出の老嬢で、噂好きで社交的。友人や知り合いが多いようで、よくロンドンや英国各地へ出かけており、出かけた先の人に気軽に話しかけています。一見無害に見えますが、鋭い人間観察と論理的で素晴らしい考察力、推理力を兼ね備えている女性です。
バッグの中にいつも編み物を入れており、どこでも編み物をしていますが、それは回りにいる人の話をそれとなく聞くためのようです。
庭いじりが趣味ですが、これも村の人たちの行き来を見るためかな?
謎解きの才能が広く認められており、警察内部にも彼女の良き理解者がいますが、どちらかと言えば現場の刑事に煙たく思われているようです。
事件に関わる人をよく自分の村の人に例えるので、聞いている人たちは訳がわからず困惑しますが、彼女の事件解決の糸口を探す一助になっているようです。

BBCのシリーズではミス・マープルの出てくる12の長編がすべてドラマになっています。
<シーズン1>
エピソード1~3 「書斎の死体」
見知らぬ女性の死体がバントリー大佐の書斎で見つかります。村で四面楚歌になったバントリー夫人は謎を解くためにミス・マープルに電話をし、屋敷に招きます。

エピソード4~5 「動く指」
飛行機事故で負傷したバートンが妹と共にロンドン近郊のリムストックに療養にやってきます。その頃村の住民に悪意と中傷に満ちた手紙が届けられていて、バートンのところにも手紙が届きます。その最中弁護士の妻とそのメイドが殺され…。

エピソード6~8 「予告殺人」
地元紙「ギャゼット」に殺人を予告する広告が掲載されます。好奇心旺盛な人々が集まり、予告時間になると、急に明かりが消え、銃声が…。明かりがつくと、そこには一人の男の死体がありました。

エピソート9~10 「ポケットにライ麦を」
投資信託会社社長のレックス・フォテスキューが毒殺されます。彼の上着のポケットに何故かライ麦が入っていました。さらにフォテスキュー夫人も毒殺された上に、小間使いのグラディスが鼻を洗濯ばさみで挟まれた姿で見つかります。グラディスはミス・マープルがかつて行儀作法を教えた娘でした。

ドラマだけではミス・マープルの推理がよくわからないところがありました。
本を読んでから見た方がよかったかしら…。
ドラマは1950年代のお話になっているので、当時の人々の暮らし向きとかファッションとがよくわかったので、それだけでも見がいがありました。
続けてシリーズ2も見てみます。

BBC版「ミス・マープル」シーズン22021/11/03

意外と面白くて、続けて観てしまった「ミス・マープル」です。


<シーズン2>
エピソード1~2「牧師館の殺人」
セント・メアリー・ミード村の牧師館の書斎で村の名士のプロズロー大佐が殺されていました。彼は頑固な吝嗇家で村人から疎まれていました。しばらくして画家が自首し、事件は解決すると思われたのですが…。

エピソード3~4「スリーピング・マーダー」
ニュージーランド出身のグエンダはイングランドに新しい家を買い、新婚生活を始めます。ある日、観劇中に台詞を聞いて失神し、この家で殺人が行われたのを見たという記憶が甦ってきます。新婚夫婦はグエンダの過去を探ることにします。

エピソード5~6「バートラム・ホテルにて」
甥夫婦の計らいで、ロンドンにあるエドワード王朝時代のたたずまいそのままのバートラム・ホテルに2週間滞在することになったミス・マープルは、ホテルに何やら違和感を抱いていました。
やがて常連客の牧師が失踪し、霧の夜にベルボーイが殺されます。

エピソード7~8「復讐の女神」
かつてともに事件を解決した富豪ラフィールが亡くなり、ミス・マープルのところに「ある犯罪調査をしてほしい」という手紙が届きますが、具体的な内容には触れていませんでした。
ラフィールの指示通り観光バスツアーに参加するミス・マープルと彼女の甥でしたが…。

シーズン1と2で長編小説の8冊分です。後の4作品は個々に放送されたようです。
シーズン1よりもシーズン2の方がおもしろかったです。
『牧師館の殺人』はミス・マープル初登場の作品ですが、残りの三作品は最後の方に書かれた作品になります。
「スリーピング・マーダー」ではミス・マープルの出番は少なく新婚夫婦が活躍します。彼らはミス・マープルの過去は掘り返さない方がいいというアドバイスを聞かないで過去を探っていきます。
「バートラム・ホテルにて」では1950年代のホテルの様子が興味深かったです。
古き良き時代のホテルの趣っていいですね。ミス・マープルはホテルのラウンジで編み物をして、人々を観察していましたけどね、笑。
「復讐の女神」では観光バスツアーが出てきて驚きました。もともとどこの国から始まったのでしょうね。アメリカかしら?

「復讐の女神」の富豪ラフィールとの関係が気になるので、次に「カリブ海の秘密」を観てみることにします。

マイクル・コナリー 『素晴らしき世界』2021/11/04

この本ではボッシュとロス市警ハリウッド分署深夜勤務の女性刑事レネイ・バラードの二人が主人公です。

レネイ・バラードはハワイ出身のポリネシアとコーカソイドの混血の三十代の女性。独身でボクサーとのミックス犬ローラと一緒に暮らしています。
パドル・ボードを愛し、勤務の後は浜辺で過ごし、ライフガードの恋人がいます。
かつてロス市警の強盗殺人課に勤務していた彼女が、何故誰も志願しない深夜勤務(レイトショー)になったのかというと、元上司にセクハラを受け、告発したからです。当時のパートナーは現場に居合わせていたにもかかわらず、彼女の証言を裏付けなかったために告発は事実無根となってしまいました。そのため元上司は強盗殺人課に留まり、レネイはハリウッド署のレイトショーに飛ばされたのです。
彼女のシリーズ第一弾は『レイトショー』として日本では2020年に出版されています。私は上巻を買ったのにまだ読んでいないようなので、『鬼火』を読んだら読みますわ、苦笑。

そうそう、題名が内容と合っていないのですが、気にせずに読んでください。
ルイ・アームストロングの「What a wonderful world」が出てきたので、タイトルに使ったようです。


バラードが深夜勤務から戻ると、見知らぬ男がファイル・キャビネットの引き出しを開けて古い事件ファイルを漁っていました。男はボッシュという名前で、昔ここで働いていたと言います。
当直司令官のマンロー警部補から彼の身分を保証されましたが、バラードはボッシュが何を探っていたのか気になってしかたがありません。
ボッシュが会いにきたという巡査部長から話しを聞き、彼が9年前に起ったデイジーという少女の殺人事件を個人的に調べていることがわかります。
バラードは好奇心を抑えきれず、報告書を覗き見し、この事件が六ヶ月前に未解決事件担当刑事のルシア・ソトに委ねられたことを知ります。
キャビネットを現在利用している警官とも話しをしてわかったことは、ボッシュが当時のシェイク・カード(職務質問カード)を探していたらしいということでした。カードは箱詰めされて保管されているというので、バラードはわざわざカードを探し出し、その後ソトに電話をしてこの事件を調べる許可をもらいます。

ボッシュは潜入捜査で出逢ったエリザベス・クレイトンと暮らしています。もちろん男女の関係はありません。しかし娘のマディはエリザベスがいる家には寄りつきません。
ボッシュはサンフェルナンド市警の仕事をする傍ら、エリザベスの娘デイジー・クレイトン殺人事件の捜査をしています。
ある日、裁判所に行く前に旧刑務所に寄ったところ、そこにバラードがいて、デイジー・クレイトン事件の捜査に加わりたい、ハリウッド分署にシェイク・カード十二箱分を押さえていると言います。
ボッシュとバラードは共同で捜査をすることにします。

ボッシュとバラードの章が交互に書かれています。
ボッシュは母のことがあるからか、過去のある女性に惹かれてしまうようです。
そんな女性との間には未来はないのにね。
潜入捜査の時に負傷した膝が良くないようで足を引きずって歩くようになり、ボッシュも年を取ったもんです。
元パートナーのルシア・ソトも勇敢な才能のある刑事でしたが、レネイ・バラードも優秀な刑事のようです。
ボッシュは男性よりも女性と組んだ方が能力を最大限に発揮できるのかもしれません。これからバラードがボッシュの後を継ぐのかしら。

今回はデイジー・クレイトン事件の他に事件がありすぎで、お年のボッシュは大丈夫かと心配になるぐらいでした、笑。
ボッシュはギャング絡みの事件でヘマをしてしまい、サンフェルナンド市警にいられるかどうかの瀬戸際になってしまいます。
次作でボッシュの肩書きがどうなっているのか…。

読んだ本と漫画2021/11/06

この頃海外ドラマを見るようになったので、なかなか本が読めません。
原則としてミステリー以外の文庫本はまとめて紹介します。


坂井希久子 『すみれ飴 花暦居酒屋ぜんや』
ぜんやシリーズはお妙と只次郎が結婚をした前回で終わったと思っていたら、続きが出たようです。
新しい主人公はお妙と只次郎が養い子として引き取ったお花です。
お花の母親は鬼畜のような人で、お花に心理的かつ肉体的虐待をしていました。
娘を吉原に売れば金になるのに売らなかったのは、娘が衣食住に困らなくなるのが許せなかったかららしいです。変な理由ですね。
最後にはお花を捨て、男と駆け落ちですから、呆れた人です。
善人を絵に描いたようなお妙と只次郎ですから、お花を大事にしてくれますが、お花は母親に虐待を受けていたため、彼らの気持ちを素直に受けとめられません。
いつ嫌われ、捨てられるかとビクビクしながら暮らしています。
いつもお妙たちのことばかり考え、彼らの役に立ちたいと思い行動します。
そういうお花がお妙たちには痛ましいのです。
何でも好きなことをしたらいいと言われても、何が好きなのかもわからないお花。
これからどういう風に成長していくのかが今後の楽しみです。

椹野道流 『モンスターと食卓を 3』
法医学者の杉石有は恩師から託された美青年・シリカと暮らしています。
彼には辛い過去がある様子が見られ、自らも過去のトラウマを抱いた有はシリカのことを黙って見守っていくことにしていました。
しかし…。

不思議な青年シリカの過去がだんだんと暴かれていきます。
美味しいお料理が出ると思って手に取りましたが、椹野さんの本ですからだんだんと怪奇じみてきました。
このままで最後までいくのか、どんでん返しがあるのか…?

喜多みどり 『弁当屋さんのおもてなし(9)しあわせ宅配篇3』
6月の北海道。『くま弁』の配達の仕事も順調な雪緒。
店長のユウと千春の結婚記念日が近付き、店の常連たちが集まり結婚記念パーティを開催することになります。黒川が発起人となり、ユウと千春が料理を作り、雪緒が二人を喜ばせるサプライズを考え、楽しいパーティになりそうです。

こんなお弁当屋さんがあれば、週に一回以上使いたいですね。
雪緒は一体何をやりたいのかがよくわかりません。回りを見回せば、彼女のことを思ってくれているいい人がいるのにね。

次は漫画です。

荒川弘 『百姓貴族 7』
北海道の農業高校の様子を描いた『銀の匙』の作者で、自らも農業高校を卒業し、七年間自宅で農業に従事していた荒川さんが描いた北海道の農家のあるあるです。
これを読むと、農業って面白そうと思いますが、体力のない私には無理だ・・・とも思います(軟弱)。
農業にあこがれるあなた、一度読んでみてください。

堀田あきお&かよ 『おふたりさま夫婦、老活はじめました。どうなる!?わたしたちの老後』
そろそろ老後のことを考えなければと読んでみました。
コロナ禍でよかったことの一つはお葬式が簡素になったことです。
昨年親戚に家族葬をするから葬式に来なくていいと言われました。コロナ禍だから人数を少なくするために、家族以外は断ったようです。これがスタンダードになればいいのですが。
うちは直葬で、お墓はいらないから樹木葬にしようと話しています。
話すだけではなくて、ちゃんと遺言書にでも書いて置かなければ…。

二階堂ヒカル 『あおざくら 防衛大学校物語22』
夏季定期訓練が始まり、いよいよ船の上での訓練になります。
近藤をライバル視する嫌な奴の登場で、近藤ピンチ!
真のリーダーシップとはなど色々と考えさせられます。
自衛隊について知りたい方、読んでみてください。

福丸やすこ 『一杯のしあわせ 1&2』
食べ物に潜む思い出を描いた作品。
思い出すたびに幸せな気分になったり、ちょっぴりおセンチになったり…。
こころに染みる物語です。

石塚真一 『BLUE GIANT EXPLORER 4』
アメリカ大陸を巡る旅で、いよいよロスに到着。
ヨーロッパで認められていたのに、アメリカでは大のような音は嫌われるようです。ロスは耳障りのいいジャズ好みなんですね。
いつアメリカで大は認められるのか、次回に期待します。

医療関係の漫画
荒井ママレ 『アンサングシンデレラ 7』
水谷綠 『こころのナース夜野さん 4』
薬剤師と精神科ナースのお話。どちらもお勧めです。

幻想的な世界の漫画
猪川朱美 『鵺の絵師 10』
今 市子 『百鬼夜行抄 29』
こういう感じの漫画、大好きです。妖魔のいる不思議な世界が好きな方向きです。

漫画はどれも面白かったです。


トリミングで顔の毛を短くしてもらったら、ちょっと目がぎょろ目になって、可愛くなくなった犬たち。


弟は相変わらずトナカイを咥えていますが、咥えたままだとママが遊んでくれないことを覚え、トナカイを持ってきては床の上に置くようになりました。
(唾液がベットリついているので、ジュータンが汚れますぅ)
こうなるまでに二、三週間かかりました(ママは疲労困憊、笑)。

吉永南央 『月夜の羊 紅雲町珈琲屋こよみ』2021/11/07

「紅雲町珈琲屋こよみ」シリーズの第九弾。


コーヒー豆と和食器のお店「小蔵屋」を営む杉浦草は、道端で「たすけて」と書かれたメモを拾います。
誰が書いたのか気になった草はメモを取っておきました。

そんな頃、店に寄り道をしていた女子中学生が行方不明になったことを知ります。
彼女があのメモを書いたのかと心配になった草は警察に報せますが、少女はその後すぐに見つかります。家出して東京にいる父親に会いに行っていたようです。
彼女は変装が得意な子で、小蔵屋に来るときはメイクをして制服を着ていないので、大学生ぐらいに見えていたのでした。話しをすると意外と良い子です。

彼女がメモを書いたのではないなら、一体誰が書いたのか…。
草は気になってしょうがありません。

ある朝、草は昔もらった町内会の名簿と地図を持ち、近所の家を見て回りました。すると通販カタログや新聞が散乱し、玄関ドアに鍵を差したままの家を見かけます。
声をかけてから思い切って玄関を開けてみると、高齢の女性が倒れていて、微かに脈があります。救急車を呼び、これでお役目ごめんのはずだったのですが…。

小蔵屋の従業員の久美は一ノ瀬と同棲を始めます。
よく親が認めたなと思っていたら、言っていなかったんですね。
結婚しちゃえばいいと思うのですが、何故か久美は嫌みたいです。
山を辞めて会社員になった一ノ瀬ですが、山仲間がなかなか諦めてくれず、連絡を取ろうとしてきます。仲間の中に女性がいて、心がざわつく久美。
二人はこれから一山、二山、三山と超えなければならなさそうです。

このシリーズには毒があるので、読んだ後にザラッとした不快感が残ります。
生きていると、思った以上に様々な感情が行き交うもので、善人ばかりいるもんじゃないし、育った家庭にも色々と問題があり、それぞれの人が心の中に闇を抱えているものです。
読みながらトルストイの『アンナ・カレーニナ』の中の有名なことばを思い出しました。
「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」

何故草は自分とは関係のない、親子のことに関わろうとするのか。
死んだ息子のことがあるからなのか。
そのうちにっちもさっちも行かなくなり、大変なことが起らなければいいのですが。

気になった言葉。
「子供は残酷だ。それに、その自分の残酷さに将来自分が必ず打ちのめされることを知らない」


また買ってしまった「アトリエうかい」のクッキー。



今回は大缶です。真ん中のイチゴのクッキーがちょっと酸っぱくって苦手です。

桐野夏生 『砂に埋もれる犬』2021/11/08

題名の『砂に埋もれる犬』はスペインの画家ゴヤの絵からきているそうです。
有名な「黒い絵」の中の一枚です。


スペイン語の題名はただの「El perro(犬)」。
実はこの絵は「聾者の家」の壁に描かれていたのを切り取り、キャンパスに保存したものです。もとの絵の犬の目線の先には大きな崖と2羽の鳥がいたそうです。
犬は砂に埋もれているのか、大きな岩の後ろにいるのか…。
かつては「流れに逆らう犬」とも呼ばれていたそうです。


12歳の小森優真は住居が定まらず、毎日の食事も満足に食べられず、母の亜紀からは疎んじられ、母の男たちからは虐待され、苦しまされてきました。
学校ではいじめられ、引越ししてからは母が手続きをしないため学校にも通っていません。
亜紀はいつも男に依存し、彼女が選ぶ男はみな暴力をふるい、亜紀に飽きると未練もなく彼女を捨てます。
それでも亜紀は働かず、次の男をさがし、子どものいる家には帰ろうとはせず、刹那的な生き方をしています。

そんなある日、空腹に堪えきれなくなった優真はいつも行くコンビニの店長の目加田に思い切って廃棄する弁当をもらえないかと頼みます。
優真のことを可哀想に思った目加田は人には言わないことを約束をし、弁当とおにぎりを渡します。

そんな頃に優真は母の亜紀が泊まりがけの仕事だと嘘を言って、恋人の北斗とラウンドワンで遊んでいるのを見つけます。
母親に激しい憎しみを感じる優真。

優真が親から虐待を受けているのではないかと疑惑を抱いていた目加田は、左目の下に青痣を作った優真が現れた時、躊躇せず警察に報せます。
優真は保護され、施設で暮らせるようになります。

それから一年が経ち、重度脳性麻痺の一人娘が亡くなり、目加田夫婦は優真を引き取り育てることにします。
暖かい寝床と食事、学校にも通えるというのに、優真の心は満たされません。
普通の家庭が手に入ったのに、学校では相変わらず友だちができないのです。
何か違う、欲しかったのはこんなものではなかった…。
いつしか同じクラスの女の子に対する憧れが捻れた欲望へと変わり、彼の出自を知り、見下す同級生に対する憎悪がつのり、彼のためだと言い説教する目加田に対する殺意が芽生えてきます。
そして…。

490ページが短く感じるほどで、すぐに読み終えました。

虐待の連鎖は止められるのでしょうか。
なかなか難しいと思います。
優真のような虐待を受けている子は、もちろん育ってきた家庭によって違いますが、私たちが当たり前だと思っていることを知らないことがあります。
例えばお店で物を取ったり人の家の敷地に入ったりすると犯罪になること、お風呂の入り方、身支度の仕方、食べ方、挨拶の仕方等の日常的なこと、人とのコミュニケーションの取り方 etc.。
思春期で、それでなくても自尊心の低い優真ですから、里親になった目加田・夫のように言われると、反発し、そういうことを言う目加田を恨みたくもなりますよね。(ちょっと疑問に思ったのは、こんなに簡単に里親になれるんでしょうか)
目加田夫婦は善人ですが、善人であるだけに困った人たちでもあります。
優真の持つ闇を軽く考え、自分たちの力でどうにかできるなんて思っていますもの。
いつ優真が爆発するのか、ビクビクしながら読み進んでいきました。
あっけない終わり方でがっかりする人もいるかもしれませんが、私は微かな光が見え、よかったと思います。
「わからない」からこそ互いに手探りをしながら、少しずつ信頼と愛情を育てていければ…と思えたからです。


我家の犬たちはおやつを探して奮闘しました。


弟も登場。


クンクン匂いを嗅いでいますが、なかなか見つけられないみたいです。


弟はすぐに飽きてしまい、カモシカを咥えていなくなってしまいました。
兄はいつまでもおやつを探しているので、ママはおやつが見つかるようにちょっとズルしました。
弟の使った後は唾液で濡れているのが気持ち悪いです(ゴメン)。

「ピーターラビット」&「ビーターラビット2」を観る2021/11/09

可愛いピーターラビットが見られると思ったら、悪たれピーターでしたwww。


ピーターはいとこのベンジャミンと三つ子の妹、フロプシー、モプシー、カトンテールと一緒に住んでいました。
彼らは近所に住んでいるジョー・マグレガーの庭に行って農作物を失敬し、マグレガーをおちょくるのを楽しみとしていました。
というのもマグレガーは彼らの父親を捕まえ、ミートパイにしてしまったのですもの。
マグレガーに捕まりそうになると、画家のビアがいつも助けてくれました。

ある日、ピーターがマグレガーの庭に父の形見のジャケットを忘れてきてしまいます。取りに行くと、運悪くマグレガーに捕まりそうに…。
その時、なんとマグレガーは心臓発作を起こして亡くなってしまいます。
喜んだピーターたちは彼の家でどんちゃん騒ぎ。

マグレガーの甥のトーマスはロンドンのハロッズのおもちゃ売り場で働いていました。彼の望みは昇進して副支配人になることです。
上司に呼ばれたので、いよいよ昇進かと思ったら、会ったこともない叔父が亡くなったという知らせと、社長の甥が昇進したということを聞かされます。
頭にきたトーマスは売り場をめちゃくちゃにしてしまい、首を言い渡されます。

トーマスは大叔父のマグレガーの家を相続することになり、売却する前に家を見に行きます。
トーマスが家の戸を開けようとしたちょうどその時、どんちゃん騒ぎをしていた動物たちは彼に気づいて、急いで隠れます。
家の中の様子を見て唖然とするトーマス。
次の日、トーマスは家の掃除と庭の手入れをし、動物たちが庭に入れなくします。

ここからピーター軍団VSトーマスの熾烈な命を懸けた戦いが始まります。
その一方で、トーマスとビアは惹かれ合いますけどね。

さて、戦いはどうなるのか…。


あれから3年が経ち、トーマスとビアは結婚し、ピーターたちも彼らと一緒に仲良く(?)暮らしています。

ある日、出版社からビアに連絡が来ます。
ビアが描いた絵本『ピーターラビット』を出版したいと言うのです。
早速ビアとトーマスはうさぎたちを連れて町へ行きます。
出版社の社長のナイジェルはうさぎたちの素朴な暮らしを描きたいというビアに、絵本をヒットさせるために、絵本をもっと過激にしようと持ちかけます。
ビアはどうするのか…。

ピーターはビアと結婚したトーマスからいつも悪い子だときめつけられ、説教されるのがウザくて仕方ありませんでした。
彼も努力しているんです。認めてくれよぉ。
町に行っても叱られるばかりで、いじけたピーターは一人で町をぶらついていました。
そこに盗みを働くうさぎが現れ、盗みがバレて追いかける人間たちから一緒に逃げることになります。
そのうさぎはバーナバスと言い、なんとピーターの父親の友だちだったのです。
二匹は意気投合し、ピーターはバーナバスから盗みの極意を教わります。
ピーターは本当のワルになってしまうのか…。

バーナバスは町で開催されるファーマーズマーケットでドライフルーツを盗むという大仕事を計画し、ピーターを騙して仲間を集めさせます。

ファーマーズマーケットの日、ピーターたちうさぎとハリネズミのティギーおばさん、あひるのジマイマ、キツネどん、豚のピグリン・ブランドがドライフルーツ争奪戦に協力します。
計画は上手く行ったのですが…。

今回はなんとあのトーマスが大活躍します。
主役はピーターではなくてトーマスかって感じです。
情緒不安定なところは前回と変りませんけどね。
なんだかんだ言ってもトーマスはピーターを愛しているんですね。
いつもはこうなんですけど、笑。


一作目では電気フェンスとか爆弾が出てきてビックリしましたが、二作目はそれほど過激ではなかったです。
小さい子には見せない方がいいかも。噂によると一作目のバトルを4歳の男の子が怖がったらしいです。
ワルのピーターなんて嫌とか、こんなの原作のイメージを壊していると思う人は見ない方がいいでしょう。
私は悪たれピーターが結構気に入っています。

石井妙子 『魂を撮ろう ユージン・スミスとアイリーンの水俣』2021/11/11



銀杏の葉が地面に落ち、いい感じになっていました。
今年の紅葉は少し早いのでしょうか。

ジョニー・デップが制作・主演した映画「MINAMATA ミナマタ」を観る前に、スミス夫妻と水俣病のことを知っておこうと思って読んだ本です。
写真集『MINAMATA』がアイリーンの献身的な助けがなければできなかったことを初めて知りました(恥)。


アイリーン・美緒子・スミス(スプレイグ)はユージン・スミスの二度目の妻で、ユージンとは31歳の年齢差がありました。
知らなかった二人の生い立ちを、覚え書きとして記しておこうと思います。
映画を観る前に二人のことを知っておくのもいいかもしれません。

アイリーンの曾祖父は岡崎久次郎と言い、一橋の高等商業学校を卒業後、三井物産に入社。退社後、自転車の輸入販売を手がけ、巨額の富を手にし、政界へ進出します。第一次大戦中には自転車製造に乗り出し、大金持ちになります。
アイリーンの母である美智子は久次郎の娘で男好きで奔放な桂子の娘でしたが、桂子の夫が自殺した後に引き取られ、久次郎の娘となります。
1942年に久次郎が亡くなってから岡崎家は没落していきます。
終戦後、美智子は働き始めます。そのうちダンスと英語ができたため、財閥が開いた進駐軍の将校たちのパーティに呼ばれるようになり、ダンスパーティで出逢ったアメリカ人ウォーレン・スプレイグにプロポーズされ、結婚します。
ウォーレンは結婚後GHQを辞め、日本で化学製品を扱う貿易会社を立ち上げます。やがて美智子は妊娠し、1950年に聖路加病院でアイリーンを出産します。
ミドルネームは美智子の双子の妹・美緒子の名前をもらってつけられました。
享楽的な家で育てられた美智子は派手好みで、母親が料理や洗濯をするのを見たことがなく、バスタブから上がれば身体を拭いてもらえるような環境で育ち、ウォーレン曰く、5歳の子どものままでした。
一方、ウォーレンは堅実な生活を好み、穏やかな性質だったため、美智子の性格や個性が自分には合わないと思い始め、気持ちは秘書の「ヨーコさん」に移っていきます。
彼らは1956年に離婚し、アイリーンは父親に引き取られます。
翌年、父は「ヨーコさん」と再婚し、二人の子どもが生まれますが、なぜか「ヨーコさん」が継母であることを伏せていました。そのためアイリーンは自分に実母がいることを世間や弟たちには絶対に知られてはいけないと思い込んでしまい、果てには新しい家庭には自分の居場所がないと思い詰めるようになります。
実母の勧めもあり、アイリーンは10歳でアメリカのミズーリ州セントルイスに暮らすスプレイグ家の祖父母の家で暮らすことになります。
まわりは白人で東洋人を見たのは初めてというような環境で、自分の成績が悪いと、やっぱり日本人の血が入っているからだと思われてしまうのが嫌で、アイリーンは勉強だけではなく、優等生になろうと努力をします。
その努力は報われ、すべての学科で優秀な成績を修め、名門スタンフォード大学に入学します。
そして大学在学中にユージンと運命的な出会いをしたのです。

ユージン・スミスは1918年アメリカの中央部、カンザス州ウィチタに生まれます。
父親のウィリアム・スミスは裕福な穀物商人、母のネティは資産家の娘でネイティブ・アメリカンの血が四分の一ほど流れていました。
ユージンは次男でしたが、長男が脊椎性小児麻痺を患ったため、ネティの関心と期待は次男のユージンに集中することになります。
リンドバーグが大西洋無着陸横断飛行を成功した時期でもあり、少年たちはみなリンドバーグに憧れ、ユージンもその一人でした。
飛行機の写真集が欲しくなったユージンが母にねだると、母は彼にカメラを渡して自分で撮るように言いました。
実はネティは美術学校出で、写真を趣味にしていたのです。
いつしかユージンはいい写真が撮れると新聞社に売り込みに行くようになります。
1929年株が大暴落し、父親の会社も資金繰りに苦しむようになり、夫婦仲も最悪の状態になっていきます。
1936年、父は自殺し、母はこれまで以上にユージンを束縛し、自分の意のままにしようとするようになります。
母は策略を練り、奨学金を得てユージンを大学に進学させますが、ユージンは大学に馴染むことができず、1937年に大学を辞め、ニューヨークへ行き写真学校に通いながら仕事を探します。
やがて「ニューズ・ウィーク」に専属カメラマンとして採用され、母をNYに呼び寄せます。
母は運転手、宣伝係、マネージャーなどの役を務め、ギャラ交渉やお金の管理、スケジュール、フィルムの処理などをし、献身的にユージンを手伝います。「周囲の人々はユージンのマザコンぶりと、ネティのステージママぶりに驚き、様々な噂」をしました。
戦争が始まり、ユージンは憧れの「ライフ」の専属カメラマンになります。
1940年にカルメンと結婚しますが、それでも母から離れられず、母に認められようとする気持ちはなくなっていませんでした。

1943年、ユージンは「フライング」誌の特派員として太平洋の戦場に赴きます。
ラバウル、サイパン、レイテ島、硫黄島、沖縄と写真を撮っていく間に、日本人の兵士や民間人を目撃して、彼の心情は変わっていきます。
日本人を敵として憎むことができなくなり、心が日本人と同化していき、日本人を自分の家族だと思うまでになっていったのです。
1945年、沖縄で「兵士の一日」を撮っていたユージンは砲弾の爆風により負傷し、生涯その後遺症に悩むことになります。

戦後、カメラマンの仕事に戻ろうかどうか決められずにいたユージンに写真を撮る決意をさせたのは母でした。
1946年、母のネティの写真からインスピレーションを受け、彼の代表作とも言える「楽園への道」を撮りました。
その後「ライフ」に戻ったのですが、彼の身体と精神はボロボロでした。
アルコールと痛み止め、抗鬱剤を大量に飲むことが日常となっていたのです。
1955年には「ライフ」を辞め、母のネティが亡くなります。
1957年、向精神薬デキセドリンの多用により被害妄想や自殺願望が出るようになり、周囲から人が離れていきました。
この時に出逢ったのが17歳の美術学生のキャロルです。彼女はユージンの仕事の手伝いをするようになり、関係は恋愛にまで発展します。
キャロルを得て、ユージンは生きる意欲を回復します。
この年に日立製作所の招聘により、ユージンはキャロルと共に日本にやって来ます。帰国するとユージンとキャロルの関係も変化していきます。というのもキャロルがユージンから離れようとしたのです。
ユージンはそれを知り、キャロルに自殺をすると言っては困らせ、罵り非難し、酷い時には彼女を殴りました。
キャロルが去ってからユージンは重い鬱病になり、仕事ができなくなりますが、出逢った若い女性たちに次々と交際を申し込みます。
その様子はキャロルの代わりを求めると同時に母を求めているようでした。
ユージンは母ネティやキャロルのように献身的に尽くしてくれる女性がいないと駄目なんですね。

1970年八月、日本からCM撮影隊がやってきます。
この時、アルバイトで通訳をしていたのがアイリーンでした。
キャロルは、<ユージンの才能の一つは、人が何者であるかを正確に見抜いて、その人を自分の目的のために使うことにあったと思います>と述べています。
ユージンはアイリーンの「優しさや献身的な性格」や「世慣れていない」ことを見抜き、アイリーンを求め、なりふり構わず愛の告白をし、アイリーンがいなくなったら死ぬとまで言います。
結局アイリーンはユージンに絡め取られ、展覧会の準備の手助けをすることになり、大学には戻りませんでした。

この展覧会のオープンの四ヶ月前に、日本から元村和彦がやって来ました。
彼は日立でユージンのアシスタントを務めた森永の知人で、写真家のロバート・フランクを紹介して貰いたいと頼みに来たのです。
この時彼が日本の漁村を撮りたがっていたユージンに水俣病のことを話し、もし彼の写真展が日本で開催できたら、写真展に合わせて来日し、水俣で写真を撮ってはどうかと提案したのです。
1971年8月、アイリーンとユージンは来日し、東京で結婚します。
9月から熊本県水俣市月ノ浦に家を借り、1974年10月までの三年間、水俣病と水俣で生きる患者たち、胎児性水俣病患者とその家族などの取材と撮影をしていきます。

1956年5月1日は「水俣病公式確認の日」で、その12年後1968年に厚生省は水俣病を公害病であると認定しました。
アイリーンとユージンが日本に来た1971年は、「一任派が低額の補償をのまされ、訴訟派が裁判を闘って」おり、「さらに新たなグループの闘いも始まろうとしていた」時期でした。

この本には水俣病の歴史や『MINAMATA』を撮るために運命的に出逢ったユージンたちの歩みが詳しく書かれています。(二人は写真集が出来た後に離婚しています)
高度成長時代に産業を優先した政府やチッソ、御用学者や医師たち、お抱え学者の捏造データを信じ報道していくマスコミには怒りを禁じえません。
その反面、悲しいのは同じ土地に住む住民たちが争うことです。
水俣病患者とその家族への差別、補償金に対する羨みと非難、分断させられていく患者たちとその家族…。
本にも書いてありましたが、この構図は何年経っても変らず、福島でも起きたことです。
水俣病の入門書として読みやすいと思いますので、是非この本と写真集『MINAMATA』を手に取ってみてください。

写真集『MINAMATA』の著作権はアイリーンさんにあり、写真集でもっとも有名な写真「入浴する智子と母」は両親の願いにより1998年から封印されていたのですが、映画では使われており、再販された写真集にも載せてあるということです。

心に残ったユージンの言葉を載せておきます。

<客観なんてない。人間は主観でしか物を見られない。だからジャーナリストが目指すべきことは、客観的であろうとするのではなく、自分の主観に責任を持つことだ>

MINAMATA~ユージン・スミスの意志~」【テレメンタリー2020】
   その後のアイリーンさんと水俣病患者の姿が見られます。

「MINAMATAーミナマター」の本予告

夏川草介 『臨床の砦』2021/11/13



この本はコロナ診療の最前線に立つ医療関係者の闘いを描いた作品です。
フィクションという形を取っていますが、夏川さんは長野県の現役の感染症指定医療機関に勤めている医師ですから、リアルな医療現場の様子が描かれています。

北アルプスのふもとにある小さな総合病院、信濃山病院は感染症指定病院として、専門の呼吸器内科医はいませんが、専門外の内科医と外科医が集まった混成チームで、一年近くコロナ診療を続けています。重症患者は筑摩野中央医療センターに受け入れてもらっています。
初めは正体不明だった感染症に向き合い、命がけのぎりぎりの状態でなんとか持ちこたえていましたが、年末から様相が大きく変わり始めます。

「圧倒的な情報不足、系統立った作戦の欠如、戦力の逐次投入に、果てのない消耗戦」
「かつてない敵の大部隊が目の前まで迫っているのに、抜本的な戦略改変もせず、孤立した最前線はすでに潰走寸前であるのに、中央は実行力のないスローガンを叫ぶばかりで具体案は何もだせない」

「感染症のスタッフは明らかに疲弊していますよ。誰が誰だかわからないまま通り過ぎていく患者、大量の高齢者の介助、想定外のコロナ患者の看取り、そして必死にがんばっても終わりの見えない果てしない業務…」

「周辺の感染症専門病院やその他の大規模専門病院からはことごとく患者の受け入れを拒絶され」、「憶測に基づく苛烈な風評被害にさらされ、他院からの医師派遣も中止され、病院の職員というだけで接触が拒まれた…」

「コロナ診療における最大の敵は、もはやウイルスではないのかもしれません。敢えて厳しい言い方をすれば、行政や周辺医療機関の、無知と無関心でしょう…」

不思議なことに第5波は医療崩壊を叫ばれながらも、終息しつつあります。
第6波は来るとは言われていますが、備えはできているのでしょうか。
今回なんとかなったから、次も大丈夫などと楽観的になっていなければ良いのですが…。(信用できないよね)

一人でも多くの方がこの本を読んで、コロナと闘っている医療現場への理解を深めてもらいたいです。


この頃、楽しみにしているのがコンビニスイーツ。
こんな可愛いのを見つけました。


ファミマのすみっコぐらし和菓子。