アン・タイラー 『ヴィネガー・ガール』2021/11/01

この本は<ホガース・シェイクスピア>の中の一冊です。
ホガース・シェイクスピア>とは、シェイクスピアの死後400年を祝うため、ヴァージニア・ウルフと夫のレナード・ウルフが設立した出版社であるホガースプレスが企画した、現代の作家がシェイクスピア作品を選んで語り直すというプロジェクトです。
日本では「語りなおしシェイクスピア」シリーズとして集英社から出版されています。
第一弾は『侍女の物語』が代表作のカナダの作家マーガレット・アトウッドが『テンペスト』を語りなおした『獄中シェイクスピア劇団』、第二弾はイングランドの作家で『パトリック・メルローズ』シリーズで知られているエドワード・セント・オービンが『リア王』を語りなおした『ダンバー メディァ王の悲劇』です。
『ヴィネガー・ガール』はシリーズの第三弾目。
アン・タイラーはアメリカのボルティモア在住の『ここがホームシック・レストラン』や『ブリージング・レッスン』などでピューリッツアー賞を取っている作家です。
第四弾以降の作家は、ギリアン・フリン(『ハムレット』)、トレイシー・シュヴァリエ(『オセロ』)、ジャネット・ウィンターソン(『冬物語』)、ハワード・ジェイコブソン(『ベニスの商人』)、ジョー・ネスボ(『マクベス』)などで、どの順番に翻訳されるのかはわかりません。
各作家がどのようにシェイクスピアを語りなおしているか、楽しみなシリーズです。(と言っても知っている作家がこの中にいないですけど、笑)


実はアン・タイラーはシェイクスピアの戯曲が嫌いで、とりわけ嫌いなのは『じゃじゃ馬ならし』らしいです。
それなのに何故『じゃじゃ馬ならし』を取り上げたのと言いたくなりますよね。

『じゃじゃ馬ならし』とはどんな話かというと…。
簡単に言うと、ヴェローナの紳士ペトルーチオは持参金目当てでかたくなで強情なじゃじゃ馬であるキャタリーナに求愛し、キャタリーナを手なずけるために、様々なやり方で心理的に苦しめます。しかし最後にはキャタリーナは彼に調教されてしまい、従順な妻になってしまうというお話です。
女の方からしてみるととんでもないお話しですが、馬鹿な男の夢物語だと思ってやってください、笑。
さて、アン・タイラーはこの話をどう料理したのでしょうか。

ケイト・バティスタはボルティモアに住む、長身でおしゃれに関心のない、無愛想で無遠慮な29歳の女性です。
植物学者になろうと思い大学に進みますが、教授の光合成の説明の仕方が「中途ハンパ」だと言ったため(他にも何かやらかしたらしいけど)、大学から退学勧告をされ、ボルティモアの実家に戻ってきたのです。
今はプリスクールの四歳児クラスのアシスタントをやりながら、自己免疫疾患の研究者である父と妹のバニーの世話をしています。
こんな暮らしに夢なんてないし、将来もなさそうです…。

ある日、父が電話をしてきて、ランチを忘れたから届けて欲しいと言います。
父は電話嫌いで、今まで電話なんかしてきたことがないのに、何故?
そう思いながらランチを届けると、父は優秀な助手のピョートル・チェーバコブと会わせようとします。
おかしいと思い問い詰めると、彼のビザがきれそうなので、自分の娘と偽装結婚させて永住権を取らせようと考えているようです。
嫌だと言って断わりますが、父とピョートルは様々な手を使って結婚させようとします。
いつまでたっても嫁にも行きそうもなく、これといった未来もない娘を自分の野心のために人身御供にするのかと怒るケイト。
何故か気難しいはずの叔父と叔母はピョートルのことを気に入ってしまい、披露宴を自宅でしてあげるとまで言い出します。
唯一バニーだけは最後まで反対しますが…。

実験のことしか考えない、変わり者の父親とケイトとは正反対の美人でおしゃれ好きで頭が空っぽのバニー。
ケイトとこの2人とのやりとりだけでも面白いのに、ピョートルが出てきて面白さ倍増。
父親はあくまでも偽装結婚だと思っていますが、実はピョートルはもとからケイトのことが好きで本当に結婚したかったのではないでしょうか。
厚かましいようではありますが、ピョートルはケイトのことを大事に思ってくれているように思えました。

性差別的と言われている作品がアン・タイラーによって心暖まる家族のお話に変ってしまいました。
他の作品がどのように味付けされているのか、読んで見るのもいいみたいです。