「ノマドランド」を観る2021/06/28

映画の原作はジェシカ・ブルーダーの『ノマド:漂流する高齢労働者たち』です。


図書館に予約していますが、いつ読めるのかわからないので、そのうち買って読むかもしれません。
映画のポスターは色々とあったのですが、ルネ・マグリット風(かな?)を載せときます。
(ネタバレあり)


「ノマド(nomad)」とは英語で「遊牧民」や「放浪者」を差す言葉。
「IT機器を駆使してオフィスだけでなく様々な場所で仕事をする新しいワークスタイルを差す言葉として定着した」(「知恵蔵」より)そうですが、今の「ノマド」は違いますね。

2008年アメリカの大手証券会社の破綻に端を発する経済危機が世界を襲いました(リーマンショック)。
USジプサム社は2011年1月業績悪化を理由にネバダ州の石膏採掘所を閉鎖します。それにともない企業城下町であったエンパイアも閉鎖され、7月に町の郵便番号が抹消されました。

ファーンの亡くなった夫はUSジプサム社の社員で、彼らは社員住居に住んでいました。ファーンは数年間事務職をし、その後エンパイアの町でレジ係や代用教員をしていまいた。
1年前の採掘所の閉鎖で全住民が立ち退きをしなければならなくなり、住む場所を失いました。
ファーンは荷物を預け、夫の車をキャンピングカーに改造して車の中で暮し、12月いっぱいはアマゾンの倉庫で働くことにします。
ある日仕事の後スーパーに寄ると、教え子と彼女の母親に会ってしまいます。
教え子に「先生はhomelessになったの」と聞かれ、ファーンは「いいえ、house-lessよ。別物よ」と答えるのでした。

クリスマスの日、同僚で親しくなったリンダ・メイと楽しく語らい、飲んでいると、リンダ・メイが自分のことを話し始めます。
2008年はどん底で自殺をしようと思った。12歳の時から働きづめで、2人の娘を育てたのに、62歳になる前にネットで調べてみると公的年金はたったの550ドル(約6万円)。
ボブ・ウェルズの「RV節約生活」を見て、もう働き蜂は止めてキャンピングカーで暮らすことにしたと言うのです。
ボブがRTR(ラバー・トランプ・ランデブー:放浪者の集会)をアリゾナ州のクォーツ砂漠の外れでやるので、行かないかと誘われます。

アマゾンの仕事を終え、職業安定所に行ってエンパイア近郊の仕事を探しますが、年齢やその他不利なことばかりで、仕事は紹介してもらえず、年金の早期受給を申請することを勧められます。しかし年金だけでは暮らしていけません。

車に乗り、アリゾナを目指すファーン。
途中のガソリンスタンドで一晩車を止めさせてもらいます。
とっても寒いからとガソリンスタンドの女性は教会に行くように勧めますが、ファーンは車の中で寝ます。

RTRには様々な人たちが集まっていました。
ボブ・ウェルズがみんなの前で話し、みんなで食事をし、焚き火の周りに集まり、自分のことを話します。
ベトナム戦争に行き、PTSDになった男性、両親が癌でなくなった女性、定年前に亡くなった同僚に、人生を楽しめ、時間を無駄にするなと言われ、仕事を止めた女性…。
ファーンはボブと個人的に話をし、「ここは答えを探すのにはいい場所だ」と言われます。

集会ではRV車で暮らすためのノウハウ、都会で警察にノックされない方法、排泄の仕方などを教えてくれます。
物々交換もありますし、RV車の展示会にもみんなと行きます。

集会も終わり、それぞれが車に乗り去って行きます。
ファーンは残り、車の改造に取り組んでいましたが、タイヤがパンクしてしまいます。
スペアタイヤがなかったので、近くに車を止めていたスワンキーに助けてもらいます。スワンキーはスペアタイヤさえ持っていないファーンがRV車の暮らしに慣れていないことを察し、色々と教えてくれます。
彼女は75歳で、肺がんが脳に転移しており、後7~8ヶ月の命と言われていましたが、病院で死にたくないので、アラスカまで行きたいと言っています。

スワンキーと別れ、ファーンも出発します。
車を止めた場所でコーヒーを配っていると、ボブの集会にいたデイブと再会します。彼はファーンがリンダ・メイと一緒に働く予定のバッドランズ国立公園で働いているようです。
やがて公園での仕事が終わり、リンダ・メイとまたお別れです。
ファーンはデイブが熱を出したので、スープを作り、病院まで連れて行きます。
彼女の次の仕事はネブラスカでのビーツの収穫で、それまでにまだ時間があったので、デイブと一緒にハンバーガー・ショップで働くことにします。

ハンバーガー・ショップにデイブの息子が現れます。
2週間後に子どもが生まれるので、デイブに来て欲しいというのです。
デイブに一緒に息子の家に行こうと誘われますが、ファーンは断ります。

一人で車を運転し、一人で働き、一人で食べるファーン…。

そんな頃、とうとう車が動かなくなります。
車を売って新しい車に買い換えることを勧められますが、ファーンは夫との思い出のある車を手放したくありません。
姉のドリーに借金を申し込みます。

ドリーの家に行き、お金を借ります。
ドリーに一緒に暮らそうと言われますが、ファーンは断ります。

車を運転するファーン。
今度はデイブに会いにいきます。
その途中で前に会った青年と再会します。
彼は北部の農場にいる恋人に手紙を書きたいのですが、彼女が喜びそうなことが書けないと悩んでいました。
ファーンは自分の結婚式の時に披露された詩を教えます。(たぶんシェークスピア)代用教員をしていたことがうなずけますね。でも彼女、喜ぶかしら?

デイブには孫が生まれており、彼はこの先も息子のところで暮らす、ファーンのことが好きだからここで一緒に暮らそうと言います。
馬や鶏、犬が飼われている素敵な田舎家です。
しかし夜になると寝付けず、ファーンは自分の車で寝ます。
次の日の朝、ファーンはデイブに別れも告げずに出発します。

同じような生活の繰り返し。
アマゾンで働き、ランドリーで洗濯し、パズルをし、新年を祝う…。
RTRではスワンキーを弔い、焚き火に石を投げ入れます。

ボブにファーンは話します。
夫のボーは天涯孤独だったので、エンパイアを離れると彼の生きた証がなくなると思い、エンパイアを出ていけなかったと。
ボブは言います。彼の息子が五年前に自殺をした、息子のいない世界で生きていくために、人を救うことが息子の供養になると思えた。
”思い出は生き続ける”。私の場合は思い出を引きずりすぎかもしれない。
ノマドの多くは高齢者でみんな悲しみや喪失感を抱いている。
この生き方が好きなのは、最後の”さよなら”がないからだ。
また会える。君はボーに、私は息子に。

エンパイアの町に戻り、ファーンは預けてあったすべての家財道具を処分します。
そしてゴーストタウンになった町を、工場跡地や住んでいた社員住居、果てしなく続く荒涼たる砂漠を、見て回るのでした。

そしてまたファーンは一人、車を運転し続けます。



リンダ・メイとスワンキー、ボブ・ウェルズは本人として登場していますが、スワンキーの身の上話は演出らしいです。

家を持たず、RV車でアメリカ国中をドライブし、キャンプ場に泊まり、季節労働者として働くノマドたち。(「ワーキャンパー(workamper)」とも言う)
一見自由でいいなぁと思いますが、実際はどうなのでしょうか。
映画にも出てきますが、アメリカの中流層の労働者の公的年金はやっと食べていけるかどうかという額で、働こうにも職は限られ、高齢者向けの仕事の賃金は下がる一方なのだそうです。
そういう状況から家賃や住宅ローンを払わない生活を選択した、「再貧困すれすれの白人高齢者」たちがノマドなのです。(「橘玲の日々刻々」参考)
映画ではなかなかよさそうに思えますが、実際の暮らしは大変でしょうね。

日本はどうでしょうか。似たようなものじゃないですか。
公的年金も下がるばかりで、定年退職をしてから仕事を探しても、現役時代と同じように稼げる仕事はありません。せいぜい清掃業や管理人などのような肉体労働しかなくはないですか?(義理の親たちの状況を見て書いているので、違ってたらご指摘を)
日本は国土が狭いですから、彼らのようにRV車生活はできないです。
都会では警察に通報され、田舎では不審者として扱われ、無理ですね。
そうそう病気をしたらどうなるんでしょう。
こんな心配をする私はノマドにはなれませんわねぇ(溜息)。

ファーンは孤独でも、夫との思い出に生き、縛られない、属さないことに心地よさを感じ、今の暮らしを続けていこうと思っているのかもしれません。
次々と移りゆく自然の美しさに目を奪われます。自然が彼女の心の在りようのように思えました。
彼女のこの生活が長く続き、最期は幸福なものでありますようにと祈らずにはいられません。

旅に出られない今、こういう映画を観て、ココロの癒やしを得てみるのはいかがでしょうか。