梶よう子 『噂を売る男 藤岡屋由蔵』2021/09/03



足袋商『中川屋』の軒下に筵をしき、古本を積み、古本商いをしている由蔵は、古本商いとは別に江戸市中の事件や噂などを覚え書き帳に記録し、種を留守居役や御番所の役人に売っています。今でいう情報屋です。

由蔵は上州藤岡宿で育ち、実家は生糸問屋でした。
父の失態で百姓たちの恨みをかい、四歳で父母を亡くします。
13歳で生糸問屋に奉公をし、19のときには番頭格まで出世しますが、父のことが彼の出世を妨げたため、20歳で由蔵は店を辞め、江戸に来たのです。
江戸では日本橋本石町に店を構える埼玉屋の寄子になり、大奥の広敷勤めをしました。この時に親しかった寄子の留吉が無実の罪を着せられた末に、自らの命を絶ってしまいます。
これらの経験から由蔵は「真実を見極めること」、「信用や信頼など、実態のないあやふやなものだ。いつでも覆し、裏切り、そっぽを向くことができる。信じていいのはじぶんだけだ」という思いを強くしていきます。

由蔵が種を売るようになったのにはあるきっかけがありました。
ある日、北町奉行所の定町廻同心の杉野与一郎に何をやっているのだと聞かれ、覚え書きを書いているというと、胡散臭い目で見られ、難癖をつけられました。
この時杉野に留吉のことを話し、遺した紙片を渡すと、杉野は納得し「人手が足りないから、噂や風聞は必要で、その種をくれた者には相応の銭を払う」、「やりたいように、様々な話を拾い集める」ようにと言って、金の入った紙包みを置いていきました。
この後、留吉の無念は晴らされました。

中川屋の娘でおきゃんなおきちは由蔵になつき、好き勝手にしています。
加賀前田家の聞番・佐古伊之助に輿入れしてきた溶姫の女中頭の弱みを探すように頼まれ、探してやると、それ以降、何故か伊之助は由蔵のところに入り浸ります。
常連の隠居は実は町年寄で、覚え書き帳に一枚かませろと言って、好きに使ってもよいとお供の勝平を置いていきます。
由蔵の周りには何故か人が集まってくるようです。

そんなところに天文方の高橋作左衛門がやってきて、自分の噂がないか確かめます。
彼はこの頃何者かに尾けられていて、身の危険を感じているというのですが…。

実在の人たちが沢山でてきて、話はどこに進むかと思ったら、なんとシーボルト事件に繋がっていきました。
由蔵は真実に辿り着けるのでしょうか。

情報が溢れている世の中ですが、何がデマで、何が真実かを見極めることの大切さを考えさせられるお話でした。