江戸から明治へ ― 2014/12/13
一遍に三冊紹介します。
まず、シリーズ物から。

鎌倉河岸捕物控二十五の巻。
政次は定廻り同心・寺坂の町廻りで昔勤めていた呉服店松坂屋へ同行します。
そこで不審な男女二人組に遭遇します。
買うそぶりもないのに、京下りの春物を次々と広げさせているのです。
彼らに尾行をつけることにします。
同じ頃、淀藩の納戸方が行方不明になり、彼はこの二人を知っていると言っていたことを突き止めます。
江戸を離れ、上州で政次たちが活躍します。

「しゃばけ」シリーズ外伝。
外伝ですから、シリーズ物とリンクしていない話です。
短編五編の中の一つ、「五百年の判じ絵」には犬神である『佐助』が何故『佐助』という名になったのか。
そして、何故若だんなの兄やになったのか。
その秘密が明かされています。
ショックだったのが、題名にもなっている「えどさがし」。
なんと明治時代の話で、人間の若だんなは死んだ後です。
妖たちは若だんなの生まれ変わりを探しまわっていますが、話はそれとは関係ないので、ちょっとガッカリ。

幕末から明治にかけて生き、医師で73歳にして北海道開拓を志した関寛斎の妻あいを主人公にした小説です。
寛斎については彼自身や彼と会った人たちが書き残したものがありますから、色々と本が出ています。
しかし、妻のあいについては、寛斎が「婆はわしより偉かった」といったということ以外に残されたものは少ないようです。
時代が時代ですから、女性は男性にかしずくのが当たり前の世の中でしたからね。
「ひとの一生とは、生まれ落ちて死ぬるまで、ただひたすらに一本の道を歩くようなものなのだな。どれほど帰りたい場所があろうとも決して後戻りはできぬ。分かれた人と再び出会うこともない。ただ、前を向いて歩くしかないのだ」
こう寛斎は物語の中で妻に語ります。
彼の生き方はこのようなものでした。
彼に寄り添って生きていくあいの姿はこの時代の女性の生き方でもあります。
余計ながら考えてしまったのが、あいが亡くなってからの彼の人生です。
過酷極まる北海道の大地で、子に裏切られ、孫に訴えられ、最期は自殺したという彼の人生。
後世に残るような立派な仕事をしたとはいえ、彼は幸せだったのだろうかと考えると、なんとも言えません。

トイレの上ですが、ちょっとかわいく(?)撮れたので載せてみました。
彼はお尻ぐせが悪く、未だにトイレがちゃんとできません。
今朝、私がいつもよりも遅く起きたのが悪かったのか、う〇ちがあちらこちらに。
サークルから出して遊ばせ、しばらくして見てみると、おしっこが絨毯の上。
兄も何回か失敗しましたが、それはサークル内のこと。
外では数回でした。
犬によって違うんですね。
兄は楽だった・・・。
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